朝起きて、時計を見たらもう遅い!! 始業時間が四時間も過ぎている!!
俺の名は『夜更歌詞尾』
六畳一間のアパートに、ひとりで暮らしている二十歳の大学生で、家賃と学費を稼ぐために、近くのファミレスで週六日でバイトしている。
……お陰で、勉学に励むのはいつも深夜になり、平均睡眠時間は三時間を下回っている。
くそ……! 困難じゃ……じゃなかった、こんなんじゃ、勉強も覚えられないし、バイトにも身が入らないぜ!!
「政治家さんよお!! もっと俺達の事を考えてくれよお!!」
ある日、へとへとになりながら帰宅した俺は、突如噴き出した怒りを、どこぞにいる政治家に対してぶつけるように天井に向かって喚くと、その日は勉強する事を諦め二十三時に就寝する事にした。
「明日のシフトは……八時から三時までか……」
俺は画鋲で壁に貼り付けたバイトのシフト表を確認すると、死んだゾンビのようにぐったりとしながら布団に潜り込み、直ぐに意識を飛ばした。
……次の日、俺はスマートフォンの着信音で目を覚ます。
「……ああ……何だよ……五月蝿いなぁ……」
真っ暗な部屋の中、寝返りをうちながらスマートフォンを手に取ると、そこで着信は切れてしまった。
「……誰だよ……こんな……朝早く……」
眠気まなこを擦りながら俺はスマートフォンに映し出される時間を確認する。
『12:37』
「……何だよ……まだ真夜中じゃん……」
俺はそう言うと、頭を落とし、うつ伏せ状態で二度寝に取りかかろうとする。
そんなぼんやりした思考回路の中、俺はあることを思い出していた。
………………あれ? 俺……時計の表示、いつの間に十二時間表示にしたんだ?
確か、午前と午後が一目で解る様に二十四時間表示してたはずだよな……?
……そうだ……そうだよ……二十四時間表示のままだよ……
つまり、これって…………
昼の十二時!!
「バイト時間大幅に過ぎてんじゃん!!」
ようやく大失態を犯したことに気づいた俺は、急いで布団を剥ぎ取り、飛び跳ねる様に起き上がる。
そして、部屋に光を取り入れるため、窓のカーテンを開けると、やっぱり太陽は高く昇っていた。
「げ……現実とは無情だな……」
ぽろりとそう呟いた瞬間、再びスマートフォンが鳴り響き、俺は口から心臓が飛び出そうなほど震え上がる。
「……バ……バイト先からだ……」
俺は、恐る恐るスマートフォンを手に取ると、そこには『萩野店長』と書かれていた。
「やべぇ! 萩野店長だ!!」
萩野店長とはもちろん俺のバイト先の店長の事である。女性としては高身長な方で、真面目に仕事をしているときはとても優しく接してくれるが、怒るととても恐く、男女共に人気がある。
そんな萩野店長が俺は好みだ。ええ、大好きです。
もうすぐ三十だけど、そんなの関係ねぇ!
てゆーか、一昨日思い余って告白したわ!! 文句あっか!! 返事貰えなかったけど!!
その矢先にこの大失態だわ!! 正直出たくねぇ!!
だが、出ないわけにもいかねぇ!!
「も……もしもし……」
俺は胃液が出そうな脇腹を、右手で押さえながら思いきって電話に出た。
「……あ、夜更歌詞尾くん?」
「ひゃいいいぃぃぃ!!! ごめんなさい!!!」
恐怖のあまり、俺はうわずった声で思わず謝ってしまう。
「……うん、ちょっと落ち着いて。今日はどうしたの? 何時まで経っても仕事来ないから、みんな何かあったんじゃないかって心配してたんだよ」
「はい! あの! 決してサボろうとか思っていた訳じゃなくて……その、寝坊してしまって……ホントごめんなさい!!!」
駄目だ。情けなさと申し訳なさで何を言っているか訳が解らなくなっている。
「そっか……まあ、君に最悪な事態が起こった訳じゃなくてひと安心だよ……」
「ホント、二度とこんなことは無いように気を付けますので……ごめんなさい!! ごめんなさい!!!」
誰もいない壁に向かって俺は泣きながら何度も土下座する。
「だから落ち着いてってば……とりあえずさ、今日はもうこのまま休みなさい」
「……え……それって……もしかして……ク……」
「そうじゃないよ。今日はゆっくり休養して、疲れをとりなさいって事。歌詞尾くん、ここ最近顔色悪かったし、きっと無理が祟ったんだろうね」
「あ、あの! 店長! 俺、大丈夫です! 今すぐ行き」
そこまで言った時、電話の向こうから深いため息がしたかと思うと、萩野店長の厳しい声が聞こえて来た。
「……あのね、歌詞尾くん。これからくるっていうけど、電話口の様子じゃ、何も用意してないんじゃない?」
「……は、はい……」
「今から出勤の準備をして、家を出て、ここに着くまでの間に歌詞尾くんの勤務時間はあとどれくらい残されていると思う?」
「……そ、それは……」
俺は何も言い返せなかった。
「それに歌詞尾くん、朝から何も食べて無いよね? その状態で無理して出勤して、今度こそ最悪な事態になっちゃったら、目もあてられないでしょう?」
「……はい……」
「だから今日はゆっくり寝て、身体を休めなさい」
「……はい……」
俺はただ電話口で、はい、を繰り返すだけになっていた。
ああ……なんて情けないんだ……
「そして、明日元気なったら、仕事場に来なさい」
「分かりました……」
「……そしたら……」
「……はい……」
「OKの返事するから……」
「……はい……え?」
……今……俺……聞き逃してはならない言葉を聞き逃さなかったか……?
「て、店長! 今なんて……!」
俺は身体を起こし、大声で店長に聞き返すが、通話はすでに切れていた。
ああぁぁーー!! 俺はなんて馬鹿だ!! 店長の大事な言葉を聞き逃がすなんて!!
どうする!? もう一度電話するか!? いや流石に駄目だろ! 仕事に戻っただろうし!!
で、でも確かOKの返事をするとかなんとか言ってたような気がする!! 確証はないけど!!
こうなったら、店長に言われた通り、今日はゆっくりと身体を休めて、明日、店長がなんて言ってたか聞いてみよう!!
よーし!! そうと決まったら、今からカップラーメンを食べて、とっとと寝てしまおう!!
ではみなさん、おやすみなさあぁい!!
…………………………
気になって眠れええぇえぇんん!!
……次の日、元気になった夜更歌詞尾くんは、萩野店長から見事、OKの返事をもらい、お付き合いを始めましたとさ。
……おしまい。