インキュバスがモンスター小屋に入りません
Q:不具合ですか?
A:いいえ、仕様です。側に置いてかわいがってください。
~前回のあらすじ~
召喚した魔物を使役する〝魔物使い〟というものが一般的な職業の国。駆け出しの魔物使いの少女スピカは、初めての魔物召喚で、十連インキュバス召喚という偉業(?)を成し遂げてしまった。
十連召喚がひとつの種族で統一されるのは非常に珍しい現象で、召喚主がその種族と特別相性がよいことの証。スピカは、この女性の敵とも言えるドスケベの権化たちと生まれながらのソウルメイトであったのだ。
◇◇◇◇
――最初から妙に高い忠誠度のせいで送り還すことも叶わず、インキュバス十匹とともに神殿から放り出されたスピカ。歩く十八禁を連れて街に長居する訳にもいかず、仕方なくインキュバスたちと家に戻ることにした。
インキュバスはその美貌や甘い言葉で女性をたぶらかす色魔だというが、手厚い保護魔術が仕込まれた神殿での召喚で現れた彼らは、スピカに害を為すような邪悪なものではない……はずだ。たぶん。
連れて帰るにあたって、目のやりどころに困るインキュバスたちには精霊絹の黒いローブを買い与えた。街だろうが自分の家だろうが、裸同然の黒ビキニパンツ一丁でいられたのでは堪ったものじゃないからだ。痛い出費だったが、必要経費である。
精霊絹は竜の爪でも炎でも決して破損せず、それでいて最高の通気性と遮光性を持つ。つまり、着ていないのと同じような温度感覚でいながら絶対に透けない。服のいらない皮膚や体温調節機能を持つインキュバスたちの衣服としては、最適の素材だ――逆に、これが普通の綿や絹で作られた服であれば、保温性が仇となり茹だってしまう――。
「えへへ、ありがとうご主人様。ボク、新しいお洋服似合ってるかな?」
女の子と見間違うような可憐な姿のインキュバス・ヴァーレはぴょこぴょこと跳ねるような足取りでスピカに擦り寄る。そして、ローブに開けてもらったスリットから自慢の羽や尻尾を出し、恋人に試着を披露する少女のようにくるりと一回転した――お日さまの光でストロベリーブロンドがきらきらと輝く――。
尻尾をぴこぴこと左右に揺らす、羽を小さくぱたぱたと動かすのは、確か、喜びの証であったはずだ。ヴァーレに限らず、インキュバスたちは皆、新たな装いにおおむね満足しているようだった。
衣服を嫌がる魔物も少なくないなか、彼らがそうではなかったことにスピカは一安心。これでどうにか風紀紊乱の罪で衛兵に連れて行かれずに済むと、ほっと胸を撫で下ろした。
◇◇◇◇
破廉恥な姿という最大の問題を解決して、いざ家路へ。スピカは神殿の街から遠く離れた万年雪の山脈、その麓の小さな家へと一日かけて戻ってきた。既に夕日は山の向こうへと沈みかけていて、青々とした草原には濃い影が差し始めていた。
「ここがあなた達のおうちだよ」
家のすぐ側に建てられた、真新しい木の匂いがする魔物用の小屋。スピカはそこをインキュバスたちの新しいすみかとして案内したが、どうも彼らの反応は芳しくない。長い尻尾を落ち着きなく大きくゆっくり揺らし、不満と困惑の入り交じった表情を浮かべている。そのうち、十匹のなかでもしっかり者らしいシーニィがおずおずと口を開いた。
「ええと、その……ご主人様。本当にここが俺たちのすみかなんですか? 隣の家ではなく?」
「うん? あっちは私の家だよ」
「それなら俺たちもあちらに住みたいです。こちらは獣型の魔物のための小屋のようですし、俺たちインキュバスはご主人様の側にいないと元気が出ませんし……」
シーニィたちインキュバスの言いたいことをまとめるとこうだ。『インキュバスに限らず、人型の魔物はご主人様と一緒の環境で暮らすもの。獣のように魔物小屋で飼うなんてとんでもない!』人型の魔物の召喚はごく稀と、そこをあまり考慮に入れていなかったスピカは悪いことをしたなと反省した。
しかし、しかしだ。十匹のインキュバスと一つ屋根の下というのは、さすがに不穏な響きしかない。家のことはきちんとするから、今日のところは魔物小屋で寝てほしいと丁重にお願いしたが……インキュバスたちは「魔物虐待はよくない」と首を縦に振らない。それどころか、腕力の違いや数の多さを恃みにして、さも当然のごとくスピカの家に落ち着いてしまった。
そうして契約初日から魔物の反逆を食らったスピカは、あれよあれよという間にあつあつのご飯を食わされ、ほかほかのお風呂を用意され、ふかふかの寝床に放り込まれた。かつては人間を囲って精気を得ていた歴史から、インキュバスは人間のお世話が得意なのです……そう誇らしげに語るシーニィは精霊絹のローブを脱いでたたみ、スピカをむちむちの筋肉質な肢体で包み込む。あぶれた者も、まるでコウモリの群れのように、たった一つしかない寝床の周りに寄り集まった。
歩く十八禁、レディキラー、愛欲の落とし子……そう呼ばれる魔物が人間の寝床で何をするかなど、考えるまでもない。スピカは「あわわわわ……」と顔を青くしたり赤くしたりして逞しい腕から逃れようともがいた。いくら忠誠度が高いとはいえ、インキュバスはインキュバス。連れて帰るべきではなかったのだ――。
そんな哀れな獲物を、下剋上を果たした色魔が見ている。彼は白皙の美貌を満足そうに、そして屈託なく笑ませた。
「今日からは俺たちを肉布団としてお使いください。寝心地は保証しますよ」
「そうそう。インキュバスの添い寝はフェニックスの羽毛布団にも負けない気持ちよさだからね。ご主人様の安眠はボクたちがばっちり守ってあげるよ♡」
いつの間にか潜り込んできたヴァーレがもちもちすべすべの体をくっ付けて退路をふさぐ。しかし、肉布団とか添い寝とか言う通り、それ以上は何もしないようだ。彼らは体温を分け与えるように柔らかくスピカを抱きしめる。
「ほ、ほんとうに食べない……?」
「……? 俺たちはあなたの魔物です。そんな酷いことしませんよ。――さあ、今日はもう寝ましょうね」
温かく、いい匂いのする腕の中でぽんぽんと頭を撫でられていると、だんだんと心地よい眠気がやってきた。春のあたたかな日光をいっぱいに浴びながら、真綿の海をふわふわ漂うような最高の眠気。それはインキュバス十連召喚に端を発するドタバタで疲れきったスピカを優しく受け止めて、ゆっくりと眠りの世界に誘ってゆく。
インキュバス×10の添い寝こうげき! 新米魔物使いスピカちゃんはねむってしまった――!
(続きました。続いてしまいました。まだまだ世界にはインキュバスにおしくらまんじゅうされる小説が足りない……そんなあふれ出るパッションに任せた単発ネタ(PART 2)です。続きはまだないです)
(続きましたがボリューム不足なので、短編をシリーズでまとめておきます。連載への道は遠い)
(2020/3/30)いくらなんでもセクシー成分が足りないと思ったので、オチを大幅に改稿しました。たいへん申し訳ない。