第五話「家を建てた」
私は前と同じ宿で目を覚ました。身だしなみを整えようかと考え、自分がこちらに来てから一度も風呂に入っていないことに気付いた。もちろんシャワーも浴びていなかった。しかし風呂などどこかにあったかなと思う。その時知識が反応した。ここでは風呂は一般的ではないらしい。風呂に入るのはよほど裕福な者のみで、普通は桶に湯をいれ洗うという。知識は光魔法で浄化すればいいとも教えてくれた。その浄化を試すことにする。いつもどおり魔力を操作して光魔法を使った。自分の体の汚れがおちるようにだ。そしてその通りになった。随分とすっきりしたと、自分の体は随分汚れていたんだなと思った。森行ったしな、それも二度。周りの人に臭いと思われていなかっただろうかと反省した。そして身だしなみは終わったと部屋の外へ出た。
朝食をとり終え宿を出た。不動産を探さねばと思った。今日は土地を買い、その土地に土魔法で家を作るのだ。さて誰に聞こう、とここで宿の店員に訊けばよかったかなと思い反省した。戻って訊くか、それともそのへんの人に訊くか。後者にしようと通りすがった人に不動産屋はどこにあるかと尋ねた。しかし相手は困惑していた。その様子を見て気付いた。不動産という言葉が翻訳されていないように感じた。私は言葉を変え、土地はどこで買えるかと尋ねた。相手は、今度は自分の分かる言葉だったと安心したように見えた。
「土地は買えないよ。領主様のものだと決まっているからね」
そして答えた。なんとそういうものなのかと私は驚いた。
「でも借りることはできる。役所に行けばいいよ。ここからだと……領主様の屋敷はどこか分かる? その方角に行けばいい」
相手は丁寧に説明してくれた。どこに行けばいいか分かった私は満足し礼を言った。相手は鷹揚に手を振り、道の先を見て歩き出した。私は役所に行くことにして屋敷の方角へ進んだ。
しばらく歩くと、人通りが大分多くなってきた。人の出入りが多い建物が役所ではないかとあたりをつけ、その建物を見つけた。看板に役所と書いてある。無事役所を見つけた私はその建物へ入った。
役所は混雑していた。さまざまな人が受付にならんだり、イスに座ったりしている。私は一番短い列に並んだ。のんびりと待つ。そうしていると私の順番になった。受付の人は三十くらいの男性だった。こちらを見て少し驚いているが、何か納得したような顔をしている。はて、なんだろうかと思った。そして領主様達から何か聞いたのかと思いついた。その予想は当たっている気がした。
「ご用件はなんでしょうか?」
話すのを忘れていた私に彼が尋ねた。私は家を建てる土地を借りたいと言った。
「つまり、家のない土地をお求めですね?」
私は頷いた。お待ちくださいと言って彼は席を立った。そして何枚かの紙を持って戻ってきてまた席へついた。
「ここはどうでしょう」
私は、彼が差し出した紙を見た。市街地からいくらか離れた場所だ。農業地帯に近かった。それなりに広い土地だと思う。私は良い土地だと思い、実際にそう言った。
「それは良かったです。ここの賃料は一月大銀貨三枚ですが、ここでよろしいでしょうか?」
私は頷いた。そして疑問が浮かんだ。家を建てた後土地のレンタルをやめたらどうなるのだろうと思い、それを男に尋ねた。
「その場合役所が買い取ることになります。しかし必ず買い取るわけではありません。良い建物ばかりではありませんから」
なるほど、と私は思った。買い取ってくれるとはうれしい。だがただで渡すことになっても構わないと思った。元手はゼロだからだ。土魔法万歳、私はそう思い手続きを進めた。
無事手続きを終えた私は、早速借りた土地へと向かった。どんな家にしようか胸を弾ませながら。まあうまくできるかは分からない、なんせ素人だ。だが柱や壁を丈夫にしていれば多分崩れないだろうと気楽に考えた。
何事も起こらず着いた。更地という言葉がぴったりであった。さて建築だ、真ん中に建てようと思った。素人ながら真面目にどう家を建てるか考えた。さっき柱や壁を丈夫にと考えたな、後は……基礎? そうだ、鉄筋コンクリートはどうだと思いついた。それを使えばとても丈夫な家に出来上がる気がした私は少し興奮した。
そして家が出来た。私の家だ。前の世界では家など到底買えなかった。まさかこんなに早く持ち家が手に入るなんてと大いに喜んだ。すると人影が見えた。役所の男だった。私の家を見て唖然としている。そんな彼を私は見ていたが、彼は見られていることに気付いたらしくはっとしてこちらに近付いてきた。
「魔法ですよね? すごいですね!」
男はそう言った。先ほどの私のように興奮しているらしい。彼に話し掛けられた私は、彼とは逆に落ち着いてきた。ほめてくれるのはうれしいが、しょせん初心者の作品だと思った。私はどうしてここに来たのか訊いた、私に用があったのかとも訊いた。
「領主様にあなたのことは聞いていたんです。そして便宜をはかるよう言われたのです」
なるほど、だが特に問題はない。そう答えると彼は頷いた。
「まさかもう家が出来ているとは、本当に驚きました。他になにか、訊きたいことはございませんか?」
私は考えたが、特に思い浮かばなかったのでそう言った。
「分かりました。何かあればいつでも役所にお越しください」
彼はそう言って礼をした後、来た方向に去っていった。そこで急に空腹を感じた。そういえばもう夕方だが、昼食をとっていなかったことに気付いた。自分は随分夢中だったらしい。食べ物はアイテムボックスに入っていただろうか、入っていなかった気がする。私はどこかに食べに行く、いや何か持ち帰るものを買って作ったばかりの家で食べようと思った。とてもおいしく感じるだろうと思った。ついでに保存食でも備蓄しておいたほうがいいかなとも思った。私は空腹に耐えながら食べ物を手に入れるべく、賑やかな方向に歩き出した。早く食べたいので風魔法を使って。私は空を飛んだ。するとあっという間に良い匂いのする場所にたどり着いた。周りの人間は驚いている、しかしあまり気にする余裕はなかった。腹が減っているからだ。一番列の短い屋台に並んだ。早く順番よこいと思いながら。そして私は、たとえば皿やフォーク、スプーンなど屋台に返さなければいけないものがあると困るなと思った。家に持ち帰れない。しかし腹が減った。もう家にこだわらずにいいかと私は妥協した。しかし少し短くなった列の先を見ると、ここは肉の串焼きの屋台だと気付いた。これで持って帰れると思ったが、正直残念だった。持ち帰れないほうが早く食べられるからだ。そう思ってしまうほど空腹感が辛かった。そして私の番がきた。昼をぬいた私は二本、いや三本買った。それを手早くアイテムボックスにしまい、代金を払った。そして少し人の少ないところに歩くと、家に帰って食事をするべく再び風魔法を使った。
家に着いた。とっとと中へ入る。早足だ。まだダイニングではない、ダイニングではないが、もう家の中だろうとまた妥協して串焼きをかじった。うまかった。更に食べ進める。そして食べながら席に着いた。この席も私の前にあるテーブルも土魔法の産物である。一本食べ終えた私は二本目に口をつけた。腹が少しふくれ大分落ち着いてきた。もうゆっくり食べることにした。二本目を食べ終わる頃になると、味に飽きてきた。他のものも買えたら良かったのだが、そんな余裕はなかったので仕方ない。そのまま食べ終えた。三本目はアイテムボックスにしまっておく、便利なボックスのおかげでいつでも焼きたてが食べられる。
人心地がついた私は、急に疲れと眠気を感じてきた。建築の疲れだ。集中していた分余計つかれたのだろう。私はもう寝ることにした。そこで気付いた。ベッドの枠はともかくマットや布団などない。でも買いにいくのは面倒だったし、店もしまっているんじゃないかと思った。どうしようか考えながら寝室に向かう。代わりになるものはあったろうか、皮は売ったな。あとは、ないな。じゃあ魔法でどうにかできないかと考え、もう土でいいかと思った。柔らかい土だ、多分なんとかなる。そう思った私はベッドの枠をさっさと作った。そしてその上に土を載せた。そこに寝転んだ私は、汚れてもすぐに魔法による浄化でなんとかなると思った。そして魔法は便利だなと心底思い寝た。