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第三話「宿で」

 私は子供らの感謝の言葉を背に浴びながら孤児院を去った。時間は昼間、宿を探す前に良い料理屋でも探そうか、と思ったが料理のうまい宿を探そうと思い立った。孤児院は少し静かな場所にある。回りに建物はあまりない。私は宿をどう探すか迷った。とりあえず店の多そうな場所に言ってみることにした。

 しばし歩いた。賑やかな場所に近付いてきた。ここらに宿屋はないかと辺りを見回した。あった。宿屋と書いてある。看板によると食事も出来るようだ。ここにしようと私は足を向けた。


「いらっしゃいませー」


 私は綺麗な声に迎えられた。年は十代後半だろうか、声だけでなく顔も綺麗だった。これが看板娘というやつかと少し感動した。初めて見たのだ。私が昼食をとりたいと言うとカウンター席に案内された。一人だからだな、複数人だとテーブル席に案内されるのだろうと思う。席に着きそこにあったメニューを見る。ふむ、日替わりか。まずこれだな、と決めた。カウンターの奥にいる夫婦に日替わりを注文した。返事をして二人はそれを用意しだした。

 さして時間を待たずに日替わりは出来た。女性は私に声をかけ料理を置いた。パンにスープ、肉と野菜を炒めた物だ。まずパンを僅かにかじってみた。ふむ、少し固いが私の食べたことのあるパンの味だと思った。固さを和らげるにはスープにつけるのがいいだろう、次はそうしようと決めてパンを置いた。次は炒め物だ、なかなか香ばしい。何か香辛料が入っていそうな匂いがする。黒胡椒が金と同価値なんて設定を見たことがあった気がする。あれはなんだったかと思いながら、炒め物をフォークで刺し口に運んだ。うむ、うまい。そしてやはり香辛料が入っている。野菜はキャベツのような気がする。肉は……なんだろう。鳥ではない、近いのは豚……ああこれが猪か! 私ははっとした。なるほどな、私が狩った猪はこうなるのかとしみじみと思った。そして最後はスープだ。スプーンですくい鼻を近づけてみた。コンソメのような匂いがする。それを口に入れた。ふむ、コンソメだ、いやちょっと違うかな? と私は首をかしげた。なんだろうこれは、まあまずくはない、むしろうまい。だからいいのだが、再度なんだろうこれはと私は頭を悩ませた。次にパンをスープにつけて食べることにする。うまい。パンの固さは大分気にならなくなった。やはりこう食べるのが正解の気がする。さて一通り試した。私は残りの料理をのんびりと料理を片付けることにした。


 全ての料理を食べ終えた。うまかった、そう思う。そして先のことに考えを巡らせてふと気付いた。値段を確認していない。まさかぼったくりではないだろうなと思い、急ぎ確認した。メニューを見る。銀貨一枚……千円か。ぼったくりではなかったととても安心した。しかし千円とは少し高い気がする。私は以前昼は七百円に抑えていた。いやしかし、ここなら安定した食糧生産、いや生産よりも流通が問題だろうか。なんにせよ私の常識は通じない気がした。

 とりあえず、私は代金を払うことにした。財布にしている革袋から銀貨を一枚取り出した。そして一番近い店員に声をかけた。看板娘だ。いや本当に看板娘なのかは知らぬ、ただ私は看板娘のようだと思ったからこう呼んでいる。代金を支払いたいと銀貨を手渡した。彼女は私の席を見て毎度ありと言った。私の食べ終わった後の様子で代金を考えたのだろうと思う。

 昼食が終われば次は宿だ。部屋をとらねばならない。座ったままカウンター奥の夫婦に声をかけようとした、が忙しそうだ。昼食の客がいなくなるまでどこかで時間を潰そうかと思ったが、場所に心当たりがなかった。また森へ狩りに行くか? いやでも、今日はもう行ったしどうにも気が乗らなかった。ではどこに行こうなどと考えていると、私の様子が分かったのか旦那らしき男性が声をかけてきた。


「泊まりかい?」


 そうだと私は返した。渡りに船とはこういうことなのだろうかと思った。旦那は説明してくれる。


「うちは料理は別で出す、だから素泊まり扱いだ。一人部屋は銀貨三枚だ」


 そう言われ私は銀貨を三枚渡した。


「毎度あり」


 そう言って男は鍵を渡してきた。部屋の番号らしき数字が書いていた。案内はしてくれないようだ。と少しすねたが、よく考えれば昼食時で忙しいのだし仕方ないかと思った。そして私はとった部屋へ向かうべく階段を上がった。

 とった部屋の扉を見つけた。私は鍵を開けた。普通の部屋だ。見回して思う、普通の部屋だ。まあ銀貨三枚、三千円だし……、いやそれにしては広いなと思いなおした。カプセルホテルなどより遥かに広いだろうと思った。いやしかし、カプセルホテルは値段は近くても風呂や食事、バイキングも込みかと思った。がしかし、実際泊まったことも詳しく調べたこともない私は実際を知らなかった。

 まず荷物を置こうと思った。なかった。そうだアイテムボックスに入れていたんだと思った。アイテムボックスに何が入っているのか考えた。財布代わりの、硬貨の入った革袋がある。それだけしか思い浮かばなかった。いや、荷物が少なすぎるだろう、他にあるんじゃないかと思ったが、何も思いつかなかった。なんにせよ置く物はないと思った。私はとりあえず部屋の鍵を内から閉めた。そうしてベッドに寝転んだ。

 そうして私は考えた。こちらの世界(いやひょっとして別の星とかかもしれないが)に来て初めてゆっくりしたと思った。何か考えることがあったろうか。こちらに来た理由? 答えは出ないだろう。少なくとも神などが私に語りかけてくることはなかった。あとはなんだ。うーん。ああそうだ、これから何をしよう。したいこと、こちらでこそ出来ること、魔法か? 魔法で何をしよう。戦う? 趣味じゃない。生活できる分だけで十分だろう。そして更に考えた。魔法で何をする? 思いつかない。魔法でこそ出来ることはなんだ? これも思いつかない。さて困った。私はこれからどうしようと思った。


 気付けば寝ていたらしい。目を覚ませばいくらか時間が経った気がした。窓の外を見る。夕方だった。夕方か……寝たのは四時間くらいだろうかと私は思った。ううむ、夕方、なにをしよう。行く場所が思いつかない。どこにも行かなくてできることはないだろうかと考え、魔法の練習でもしようかと思いついた。さて魔法の練習だ。ふむ、どうしよう。魔法で鍛えるべきものはなんだ。発動の速さ、後は精密性か? ならば……さいころだ。面の多いさいころを目指そう。氷、はよしておこう、冷たいし溶ける。土魔法でいいだろうと思う。さて修行だ。私はそう思い体内の魔力を意識した。


 魔法の練習をしようとしてふと気付いた。そういえば猪の皮があったなと思った。アイテムボックスの中身の話だ。あの二枚を革袋にしようか、それともそのまま敷物にでもしようかと考えた。しかし皮はなめす必要があるなと思った。どこでなめすのだ、冒険者ギルドで頼むのか、いやそれならいっそギルドに売り払おうかなどと考えた。まあアイテムボックスの中では時間が経過しないのだから放っておいていいと、私は考えるのを後に回した。

 さて修行だ、魔法の練習だ。土魔法でさいころを作る。まずは六面だ。これが基本だろうと思ったが、ひょっとして私が知らないだけでもっと面の少ないものがあるのだろうかと思った。だが基本は六面だ、そのはずだ。私は魔力に集中した。


 気付けば夜であった。窓の外が暗くなっていた。さいころは十面まで作った。出来はななかに見えたが、私は十面のさいころなど実際見たことはないので実際は不明だ。下の階から賑やかな声がする。夕食の時間だと私は一階に下りることにした。


 一階の様子を見て、やはり賑やかな声のもとはここだったかと思った。予想が当たったことが気持ちよかったが、この問題の予想は簡単すぎたかと思い落ち着いた。恥ずかしい気分であったが、私の胸の内のみの話なので問題はなかった。

 一人客の私はカウンター席の空いている場所に座った。カウンターの中にいる男性が声をかけてきてくれた。


「日替わりでいいか?」


 私は彼の問いにはいと答えた。基本は日替わりだろう、基本は大事だと思った。料理がくるのをのんびりと待つことにした。そうすると途端まわりの気配が気になってきた。あたりをこっそりと見回した。そこでおやと思った。獣人の集団がいたからだ。賑やかなのは主に彼らだったらしい。酒が入って陽気である。私も酒を飲もうかと思ったが、まずは日替わりを食べてからだ。その後良いつまみはないかメニューで探してから酒を頼もうと思った。そこで酒の種類が気になった。獣人たちが持っているのはビール、いやテンプレだとエールだろうか。メニューを見た。エールだった。エールと言う物はよく見かける、だが飲んだことはない。そもそも日本にエールというものはあったのだろうか。私はとんと知らなかった。しかし獣人だ。私は彼らを見てなかなか感激した。はて何の獣人かと思う。あまり観察していては宴会の邪魔になってしまうとつい彼らを見てしまいそうになる自分を戒めた。そして見てはならぬので思い出す。彼らの耳の形だ。種類を判断するにはそこが大事だと思った。……犬と猫だろうか。ここで私は自分が動物に関してもとんと知らぬことに思い至った。私は先ほどのように恥ずかしい気分になった。まあいいか、機会があったら彼らに聞くことにしようと思った。

 そこで料理がきた。パンとスープと肉野菜炒めだ。失敗したかなと思った。昼と同じではないか、いや炒め物の具材が少し違うかなと思った。まずはそれに箸をつけた。うむ、やはり違う気がした。昼の肉は猪のようであったが、これは鳥だった。昼の野菜はキャベツだったか、これは、なんであろう。キャベツに似ているがキャベツでない気がした。私にはこれが何か分からなかった。そこまで考えて、あとは料理を楽しむことにした。二回目だろうがうまいものはうまいと思いながら。


 夕食を終えた私は代金を払うと部屋に戻った。どうにも酒を飲む気分にならなかったのだ。エールはまた今度にする。とりあえずベッドに寝転んだ。そして眠れそうにないと思う。昼寝をしたせいだろう。夜か、何をしよう。魔法の練習は今日はもういいやと思った。さて困った。私はすることがなかった。町でもぶらついてみるかと思ったがそういう気分にもならなかった。


 結局私は夜中までベッドの上でごろごろとしていた。そしてようやく眠れ、やっと朝になった。爽快とは程遠い気分であった。気持ちよく寝るためには疲労が必要だと思い、今日は何か肉体労働でもしようかとも思った。そしてふと気付く。ひょっとしてこれは光魔法でなんとかなるのだろうかと思った。眠ることも、気分を良くすることも。私は魔力に集中した。光魔法だ。自分の気分が良くなるよう魔力を操作して魔法を使った。それはすこぶる効果があった。抜群の効き目であった。朝の日課にしようと私は強く思った。


 すっかりと清々しい気分になった私は、部屋の鍵を閉めその鍵を忘れず、一階に下りていった。すると昨夜宴会をしていた獣人たちがいた、朝食をとっている。私はまた耳を見た。犬のような耳が多い気がする。いやまて、耳は四つあるのか? はっとして見た。なかった。どうやら頭の上にしか耳はないらしい。ほっとしたような残念なような、微妙な気持ちになった。そして私が見ていたことに気付いたのだろう。最も年嵩の男が私を見て言う。


「なんか用か?」


 私は耳を見ていただけだと正直に答えた。答えた後でひょっとしてマナー違反だろうか、怒られるんだろうかと思った。


「そうか」


 しかしそうはならなかった。男はどうでもよさそうだ。そしてこちらから目を離した、もう私に興味はなくなったらしい。私は彼らに倣い朝食をとることにした。またカウンター席に座る。そして前のように男が訊いてきた。


「日替わりでいいか?」


 私ははいと答えた。昼と夜の日替わりは似た様な物だった。朝もそうだろうか、それとも別だろうかと思った。私は料理が来るまでぼんやり待った。そして今日は何をしようかと考えた。また森に行こうかと思ったが、今はそれなりに金を持っている。金貨七十枚ほどだったろうか。七百万円、すごい額だと思う。そして魔法はすばらしいなと実感した。今日はこの金を多めに使うことにした。何に使おうかと考えていると朝食がやってきた。昨日と比べ早いなと思う、朝だからか、やはり別メニューかとも思った。


「お待ちどおさま」


 置かれた椀を見た。これはおかゆ、いや雑炊か? これは麦雑炊というべきだろうか、横に置かれたスプーンですくい食べた。これは米ではないか? と思った。日本のように米があって良かったような、ファンタジー成分が薄れて残念なような気持ちになった。


 食べ終わり代金を支払った。そして鍵を返した。今日もここに泊まるかもしれないが、今はまだ決めていない。そして私は外へ出た。

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