第一話「転移したらエルフ」
気付けば森の中にいた。先ほどまでは部屋にいたのにどうしたことかと驚きながら辺りを見回した。誰一人いない。動物などもいなかった。ふとそこで違和感を感じた。耳からだ。なんだろうと思いそっとなでてみると、耳の先がとがっていた。おやこれは、と驚いた。まさか私はエルフになっているのか。ではこの状況は異世界テンプレかといくらか興奮した。しかしその興奮はすぐに冷めた。この状況に命の危機を感じたからだ。さして生きたくもないが、さして死にたくもない。どうするべきかと考え、まずは人体には水が必要だと考えた。
今の私はエルフだ。魔法で出せないものか。手から水よ出ろと念じる。ふと気付くと何か体の中に不思議な物を感じた。暖かい気がする何かだ。ひょっとしてこれが魔力かと思い、それが手に行くように念じて、それを使い水が出るようにも念じた。水が出た。どうやら私は魔法が使えるらしい。水も手に入ると喜んだ。ふと気付くと魔力と仮定した物が僅かに減っている気がする。これは魔法を使うと消費するようだ。あまり魔法を使いすぎると、なくなって気絶するかもしれないと注意することにした。しかし今は主に魔法が頼りだ。次は風魔法で辺りを探ろうと、そのように念じた。森が開けているのを感じた。道がある気もした。私はそちらに行くことにした。
そちらにしばし進むと、魔法で探った通りに森が開けた。道もあった。まだ腹はすいていない。今のうちに町まで行きたいものだと、また風魔法を使い探った。道の両方を探る。開けた場所だからか風が操作しやすい。遠くまで探ってみた。ふと人などが大勢いるように感じた。魔法をやめ、私はそちらに向かうことにした。
おそらく一時間ほど歩いただろうか。町の物らしき壁があった。他の人がこちらから壁に向かって歩いているのが見えた。馬車らしき物もあった。私も他の人にならい壁に向かった。
私が向かっていき他の人に近付くと、彼らは驚いたように見た。彼らは普通の人間のように見えた、耳はとがっていない。彼らの様子を見て、おそらくエルフは珍しいのだろうと思った。壁の前に人の列がある、私もそれに並んだ。ちらちらと周りの人が私を見てきた。しかし特に話し掛けられはしなかった。列の前が掃けていき、私の順番が近付いてきた。
「次……おお、エルフか。珍しい」
驚く彼によると、やはり私はエルフらしかった。
「荷物は……特にないようだな、入って良し」
検査が終わったらしい。てっきり以前読んだテンプレ小説のように町に入るには税がいるのかと思ったが、いらないらしい。そこまで考え、ようやく私は自分が金など持っていないことに気付いた。税がいらなくて良かったと心から安堵した。
さて、町に入れた。テンプレだと次は冒険者ギルドであろうか。ちらちら私を見ていた一人に尋ねてみる。
「ひゃっ!」
声をかけると人間の女性はかなり驚いた。珍しいらしいエルフだからかとあたりをつけ話を続ける。
「あ、ああ……。冒険者ギルドならあっちだよ。あのでかい建物さ」
あれか。彼女が指を指した方を見やると、確かにでかい建物があった。いやでかいというと語弊があるやもしれぬ。私のいた場所のビルなどに比べるとかなり低い。しかし四階建てだろうか。私の中のファンタジーのイメージと比べるとなかなかでかかった。私は礼を言う。
「どういたしまして……」
女性はそれに返した。そして私は冒険者ギルドに向かった。
そう焦ることもないかとのんびり歩いた。町の様子を眺めたくもあった。周りを見た。ふむ、全員人間に見える。エルフは珍しそうだ。人間、エルフ、とくればあとは獣人やドワーフだろうか。しかし辺りには見当たらなかった。
冒険者ギルドに着いた。彼らのような人間ではないエルフだからと特に絡まれることはなかった。この中でもそうだと良いと思いながら、私は扉を開けた。
中にいる冒険者らしき人達が一斉に私を見た。皆珍しそうな様子だ。私は彼らの視線を感じながら受付らしきカウンターへ向かった。そこには一人の女性が立っていた。二十歳前半だろうか。彼女も珍しそうに私を見ていた。私は冒険者登録をするべく彼女に話し掛けた。
「ええ、ここで合ってます。ではまずこちらの紙にご記入ください」
私はその紙と差し出されたペンを受け取り、人の邪魔にならないよう横にずれた。紙には色々な記入欄があった。名前、使う武器、特技、などなど。そしてふと気付いた。これ日本語じゃないぞ、と。しかし読めた。驚きだ。エルフになった際に異世界言語翻訳ツールでも脳にインストールされたのだろうか。もしそうであれば、インストールした者にあったら礼をせねばなるまい、こうして助かったのだから。そう思い記入欄を埋めだした。自分には何が出来るのか、自分の体についてよく考えながら。
「終わりましたか?」
私は書き終わりペンを置いた。記入欄を確認していると、受付の彼女が尋ねてきた。私ははいと返し、紙とペンを彼女に渡した。彼女は紙を確認しているととても驚いた。
「魔法全属性使えるんですかっ……! すごいですね……!」
どうやらすごいらしい。ただいまいちほめられてる気はしなかった。元々魔法など使えなかったし、すごいのは私をエルフにした方ではないかと思った。
「しかし例外なく最初はFランクとなります。ご了承ください」
私はFランクになるそうだ。これもテンプレだ。Aの上にSがあるに違いない、いややっぱり違うかも、なんて私は考えた。根拠がなかったと気付いたのだ。
「これがあなたの冒険者カードになります。お受け取りください」
私は冒険者カードとやらを受け取った。なにやらファンタジーというよりはSFチックな見た目をしていた。時空魔法を試してみよう。アイテムボックスの魔法だ。できたようだ。自分の中の何か、魔力ではない。魂のようなものに収納する感じだった。それを見た受付嬢が目を丸くした。そして冒険者カードの説明をしてくれた。聞くと随分便利そうだった。私は仕事はどこで探せるのか尋ねた。
「あ、はい。あそこの壁に依頼書が貼ってあります」
彼女が指を指した先の壁に多くの紙が貼ってあった。私は礼を言った。
「いえ、あなたの活躍をお祈りしています」
彼女はそう返してきた。
私は依頼書を見に向かった。多くの依頼があった。しかしこういう形式ならば識字率は高いのかなと思った。良い仕事を探していると動物の肉を求める依頼があった。動物の例が書いてある、猪、鹿、鳥などだ。魔法を使えば楽に狩猟できるだろうとこの依頼を受けることにした。先ほど聞いた説明どおり、冒険者カードを依頼書にかざした。すると、依頼書が消えた、いやカードに吸い込まれたというべきか。マジックアイテムとはすごいと思った。そして私は町の外に出て狩猟に行くことにした。
私は町を出た。狩猟に必要な道具はいるだろうかと思ったが、魔法が便利なのでいらないと思った。そしてそもそも道具を買うための金がないことに気付いた。金、金、金。早く金を手に入れなければと気がはやった。
私は移動にも魔法を使うことにした。風魔法だ。自分の体に風をまとわせて移動の補助をさせた。移動速度が倍を超えた。ふと体内の魔力量に注意してみたが、消費量は少ない。問題はなさそうだ。
さて、町から五キロほど離れただろうか。森があった。森の手前で一旦立ち止まって息を整えた。そして風魔法で森の中を探った。確か依頼物は猪、鹿、鳥などだったか。冒険者カードを取り出し確認した。記憶は合っていた。そして意識を森の中へ向けた。三種とも見つけた。他にも色々な動物がいるが、最初の獲物は一番近くにいる猪に決めた。風魔法を使い飛び上がった。そして木の枝に着地した。そのまま枝から枝へ飛び移り猪のもとへ向かった。
見つけた。猪が肉眼で見える位置に来た。さて、どう狩ろうと悩んだ。なにぶん狩りなの初めてのことである。まるで詳しくなかった。ええと、確か血抜きをするんだった。皮はなるべく傷つけない方がいいだろう。売り物になるはずだ。後は臓物、腸をやぶらないように気をつけなくてはいけない。ふむ、首にしよう。風魔法で首を切ろうと決めた。こちらに未だ気付いていない猪の首を狙った。かまいたちを放った。狙い通り首を切った。死に際に僅かに暴れ、すぐ倒れ動かなくなった。さて、解体をしなければならないがどうやるのだろう。いっそこのまま持っていくか? と考えているとふと解体の仕方が分かった。どうやら言語のようにインストールされているらしい。実にアフターケアがしっかりしているなと思った。これは神の仕業なのだろうか。信仰した方がいいのだろうか、などと考えながら解体に取り掛かった。胃や腸は、水魔法で洗えば食べられると思うが、今回は気が乗らなかったので捨てることにした。解体が終わった。それをアイテムボックスに入れた。なかなか大きな猪だし、良い値段がつくのではないか。そう思い町へ帰った。
町へ帰るとどうも騒がしかった。門番に聞いてみると、この町を治めている領主の娘が魔物に襲われ怪我をしたらしい。
「あんたエルフだし、ポーションを持ってないか?」
私はポーションは持っていないが回復魔法は使えると言った。
「そりゃいい! 領主様の屋敷は町の中央部にある。すぐ行ってくれ!」
私は了解し、町の中心へ向かった。風魔法で屋根から屋根に飛び移った。何事かと下の道にいる人々が私を指差した。ちょっと目立ってしまったな、まあ別にいいかと思った。大きな屋敷が見えてきた。ここに来て見た建物で最も豪華だ。その屋敷の門前に飛び降りた。当然ながら門番達が私を警戒した。こちらに槍を向け訊いてきた。
「なんだきさ……エルフ!?」
リーダーらしきものが誰何しようとして、私がエルフだと気付いたらしい。先ほどの門番のようにポーションを期待しているのだろうか。先んじて回復魔法が使えると言った。
「おお! 少し待ってくれ! おいお前知らせにいけ!」
「了解!」
やはり治療を期待していたようだ。私はここで待つことにした。門番のリーダーは態度を一転させて話し掛けてきた。
「いや助かった。しかしエルフが来ていたなんて知らなかったな。来たばかりだったりするか?」
彼の質問にはいと返した。
「やっぱりか。なんにせよ良かった」
彼は笑顔で話した。ふと私はここで待っていていいのだろうかと思った。早く治療した方がいいのではないかと思った。それを訊いてみた。
「ああ、大丈夫だ。命に関わるものではないそうだからな」
大丈夫らしい。私は安心してのんびりと待つことにした。
少し時間が経つと人間達が三人走ってきた。私の前に立ち止まり急いで息を整え言う。執事長と侍女長らしい。二人に挨拶をされ、私も挨拶を返した。
「では中にお入りください」
二人に連れられ私は門の中に入り、屋敷の入り口まで歩いていった。見事な門だ。私は美術など詳しくないが、豪華であるのはなんとなく分かった。それを通った。屋敷の中は広々としていた。日本だといくらになるんだろうとちょっと下品なことを考えた。続いて案内された。行くのは領主の娘の部屋らしい。そして着いて、中に入った。
まず目を引いたのは怪我をした少女だ。両肩に傷がある。彼女が令嬢で、白衣を着ているのが医者。後の男が領主で、女が領主婦人だろうか。あと一人の青年は令息かなと私は思った。私に気付いた領主らしき男が言った。
「おお! 本当にエルフではないか! すぐに娘を治療してくれ!」
「お願い!」「お願いします!」
領主婦人と青年も言った。
私ははいと答えすぐに治療に取り掛かった。光魔法を使った。初めてだし失敗してはいけない。魔力の丁寧な操作を心がけた。じわじわ、ゆっくりと治していく。それを見た一家が目をみはっていた。治療は数分で終わった。完治だ。それを告げた。瞬間歓声が上がった。
歓声がやんだ頃、令嬢が目を覚ました。まだ意識がはっきりしていないようだ。そこに領主達が話し掛けた。
「治ったぞ!」
「良かったわね!」
「大丈夫か?」
領主と夫人はうれしそうに、青年はまだぼうっとしている令嬢が心配そうだ。しかし大丈夫だろうと思った。魔法はうまく使えた。現に令嬢は痛そうなそぶりを見せなかった。
いや、これは麻酔でも使ったのかもしれないと思った。令嬢の意識がはっきりしてきたようだ。
「お父様……、お母様……、お兄様も……」
やはり青年は領主夫婦の息子だった。そして令嬢の兄らしい。喋った妹を見て令息も安心したようだ。一家揃って私を見た。そして一つ礼をした。
「感謝する、助かったぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
口々に礼を言った。令嬢はまだ少し呆けている。私も礼を返しお役に立てて光栄だと言った。令嬢を見ていた医者が言った。
「治ったようです。やはり魔法はすごいですね」
その顔は悔しそうだった。そんな医者を領主はなだめた。
「お前もご苦労だった。礼を言うぞ」
「は、光栄であります」
領主が礼を言うと、はっとして背筋を伸ばし、固い表情で言った。そうして医者は帰っていった。残ったのは私と領主一家、執事長と侍女長だ。領主が言う。
「今日はお前への礼と娘の快気祝いを兼ねた宴会をやる」
堅苦しいのは苦手なのだが、相手は領主だ。大きな権限を持っているのだろう。私は仕方なく宴会に出席することにした。
私は客間に案内された。今日はここに泊まっていいそうだ。ここで、猪のことを思い出した。そういえばまだ売っていない。今日の宴会用に買ってくれないだろうか、とその旨を扉の前にいた侍女達に話すと、料理長に言ってくれることになった。
その侍女が帰ってくる。料理人らしき男も一緒だ。猪はどこにあるのかと言われた。アイテムボックスに入れてあると答えると、皆驚いた。どうやらアイテムボックスは希少らしい。そして厨房まで来るよう言われた。そこで猪を出してくれとのことだ。私は彼らに先導され厨房へ向かった。
厨房に着いた。料理人達がせわしなく動いている。料理長らしき男がこのテーブルの上に出せと言い、私はその通りにした。猪の肉がそこにどんと音を立てて落ちた。料理長が良い肉だと言う。他の料理人も感心したように見ている。どうやら私は見事に解体していたらしい。知識をくれた方に感謝した。
そしてまた客間に戻った。少し時間が経つと、ノックの音がした。どうぞと答えたら侍女が入ってきた。革の袋を持っていた。ああ、猪の代金かと思った。そしてその通りだったらしい。それを受け取ると、侍女は礼をして出ていった。私は革袋を開けて確認をした。なかなかの額だ。金貨が一枚に大銀貨が五枚入っていた。例によってインストールされていた知識によると、金貨は一枚十万円、大銀貨は一枚一万円ほどの価値らしい。ちなみに他の貨幣は銀貨が一枚千円、大銅貨が一枚百円、銅貨が一枚十円ほどだそうだ。とにかく、無事に猪が売れ当座の金が手に入った。手の上の革袋の重みの分安心した。
と、ここで思い出した。あの猪は依頼用だった。……また明日狩りに行こう、そういうことにした。
そして宴会が始まるらしい。侍女に呼ばれた。その後をついていくと、大広間に着いた。どうやら着席形式らしい。貴族のパーティーは立食形式だという先入観があったが、いやあれは客が多い場合かと考え直した。領主が言った。
「来たか。まず娘の話を聞け」
私は令嬢を見た。きらきらとした笑顔で、しかし若干緊張しているようにも見えた。彼女は頭を下げた。
「治して頂きありがとうございました」
丁寧な礼だ。そう思いながら私はまた役に立てて光栄だと、前回と同じように言った。