9話 それを人は○○と呼ぶ
こうして、サラカに付きまとっていた男たちを排除することに成功した。一番過激な彼らが衛兵に捕まったと知れれば、他の人間は動きにくくなるだろう。
見目麗しい冒険者の少女。しかも仲間が多いようにも見えない。そんな子が突如現れたことに対するある種の混乱は、これで一先ず抑えられただろう。
正直なところ、あのような迂遠な手段を使わずとも、あの程度の男たちならサラカを呼んで直接どうにかしてもらう方が余程早かった。それは理解している。
だが、個人的にそれはしたくなかった。彼女は恐らく、過去に冒険者の嫌な部分、暗い部分を通常より多く見てしまっている。その過去を想起させるような言動を繰り返すあの男たちに、関わって欲しくは無かった。
せめて、俺がパーティーメンバーでいる間は。可能な限り冒険者の楽しい部分を見せてあげたい。そう、思うのだ。
……会ってまだ二日足らずなのに、随分と入れ込んでしまっているな。そう自覚して苦笑しつつ、俺は待ち合わせ場所に歩みを進める。今日は予定していた、サラカの装備を整えるため店を回る日だ。
「おはようございます、エルク。今日はよろしくお願いします」
待ち合わせ場所で俺を認めると同時に、昨日と変わらず穏やかに挨拶をしてくるサラカ。この表情を守れただけでも、昨日内密に頑張った甲斐があったと思える。
そう確信して俺も挨拶を返し、サラカと共に歩き出し。
しばらく歩いたところで、彼女がふと口を開いた。
「ところでエルク。昨日、素行に問題のある冒険者三人組が衛兵に捕まったと聞いたのですが」
……………………、おおっとぉ?
「……そうですか。まあこの街には冒険者が多いですからね。そう言うこともあるでしょう」
「ええ。それで詳しく聞いたところ、彼らは黒髪赤目の少年一人を集団で暴行している現場を押さえられたそうです。そう言えばあなたも黒髪赤目ですね」
努めて冷静を装って返すが、続くサラカの言葉に嫌な汗が出てきた。
「……俺のご先祖様は東の国の出身らしいので。珍しい配色でも無いでしょう」
「ちなみに捕まった時刻は丁度、昨日わたしがあなたと別れた後くらいだそうです。思い返してみるとその辺りで、昨日からたまに感じていた嫌な視線が綺麗に無くなっているんですよね。……ねぇ、エルク」
浮気がバレる時の状況ってこんな感じなのだろうかと不謹慎かつ場違いのことを考えて気を紛らわせつつ、サラカを見やる。
彼女は相変わらず見惚れるほどに美しい、けれどどこか寒気を感じさせる微笑を浮かべて。
「右頬にうっすらと傷跡が残っていますが、どうしたんですか?」
……この子、こんな怒り方もするんだなぁ。
敗因はポーションをケチって傷を綺麗に消さなかったことか。いや違う。善意とは言え彼女に黙って事を為したからに決まっている。
俺は両手を挙げた。
「……降参です。すべて話すのでまずはその顔を止めていただけると」
「はい。では丁度そこにカフェがあるので、お店を回る前に少しお話していきましょうか」
かくして、昨日の件はあっさりとバレる運びになるのであった。
◆
全ての事情と状況を説明した後。
「……改めて思いますけど」
彼女は軽い溜息とともにティーカップを置いてこう言った。
「あなた、魔物を倒せないことを除けば本当に有能なんですね」
「え?」
何やら予想外の言葉が返ってきた。表情も怒りと言うより呆れの色が強い。
「どうしました」
「あ、いや、その……もう少し、お叱りの言葉があるものかと」
「まあ多少咎める気持ちはあります。けれど、善意から出たものですし、わたしに害をなしたわけでもないどころかそれを防いでくれたんです。大体予想通りの事情だったので、そこまでとやかく言うつもりはありません」
確かに、と思い直す。彼女の性格的に、怒っているのなら問い詰める際にもっと直接的な表現で聞いてくるような気がする。
手がかりさえ揃っていれば彼女の洞察力は俺以上だ。言葉の通り、聞く時には既に大まかな事情を察していたのだろう。
「わたしの事情を鑑みてくれたことには感謝します。けれど、内密に行うのは今後は控えて下さい。あなたに必要以上に負担させるのは本意ではありません」
「いや、俺の負担なんて──」
「わたしが、不本意だと言っているんですよ」
少し拗ねたような表情で言われると、俺もそれ以上のことは言い辛い。
大人しく頷くと、彼女も気を緩める。これで、この話は終わりだ。
そして、パーティーリーダーとしての理知的な彼女の後は。
「……それで、大丈夫でしたか? 暴行を受けたとの話ですが……」
本来の、心優しい彼女の顔を覗かせる。
「ええ。話した通り、ある種そうなるように誘導した節もありますから。ちゃんとダメージも逃がしましたし、ポーションが必要ない程度の怪我しか負っていません。だから──」
大丈夫です、と言おうとしたが。
『お前如きが誰かとパーティーを組むなんておこがましいんだよ!』
そこでふと、嫌な言葉を、思い出した。
「ど、どうしました?」
「ああ、いえ。本当に体は問題ありませんよ。ただ──彼らに言われた言葉の中で、少し思うところがありまして」
分かっている。彼女は俺の能力をきちんと把握して、その上でパーティーに入れる価値があると認めてくれている。
だが、この五年間あらゆる冒険者に否定され続けた過去が、ふとした瞬間に現れては自尊心を責め立てるのだ。
お前に価値があるのか。お前はここにいていい人間なのか、と。
彼女のように優れた人間のそばに居ると、尚更に。
情けないなと思う。でも、この傷は長い時間をかけてつけられた故に、一朝一夕で癒せるようなものではない。だから今は、どうしようもない。
そう思って、俺は俯く。
──そんな俺の頭頂部に、柔らかなものが乗る感覚があった。
それがそのまま二度三度と、労わるように動かされる。
「……よく、分かりませんけど」
身を乗り出した彼女が、気遣うような顔で告げてくる。
「そのような輩が何を言おうと、気にする必要はないです。……というか、そのような輩の言葉より、わたしの言葉の方が価値があると思うのですが」
思わず笑った。自分で言うとはすごい評価だ。だが、
「……ええ、その通りですね。ありがとうございます」
内容を否定する気は微塵も起きないので、大人しく頷いて礼を言う。
そして、この状況にもそろそろ疑問を呈するべきだろう。
「……それで、サラカ。別に嫌と言うわけではないのですが……この体勢はどういうことでしょう」
先程は迂遠な表現をしたので今回は直接的に言うと、今俺は、身を乗り出したサラカに頭を撫でられている。
どうやら無意識でやっていたらしく、手を動かしながらも首を傾げたサラカだったが、俺の目線からようやく自分のやっていることを理解したか、
「~~~~~~~っ!」
瞬時に顔を真っ赤にしてぱっと手を離し、着席する。……少しもったいない、と思ってしまう自分が恨めしい。
「こっ、これは、その」
紅茶が残っていれば確実にこぼれていただろうと思うくらい体と机を揺らして慌てるサラカ。どうにか理屈を捻りだそうとしているらしい。そして、
「えっと、そう、あれです。あ──姉ムーブです」
「姉ムーブ」
なんかすごい単語が出てきた。
「そ、そうです。姉という属性を持つ生物は年下の人間が落ち込んだ様子で頭を差し出して来るとつい撫でてしまう習性を持つのです。任意の姉がそうなので仕方ないのです」
「そ、そうなのですか」
説明は全く分からないがとりあえず彼女に弟か妹がいることだけは分かった──ってちょっとまて。年下?
「え、年下? サラカ、失礼ですが貴女年齢は──」
「十七ですけど? あなたは確か十六なので一つ年上ですよね──って、何ですその驚きの顔は」
言えない。会ってからずっと年下かあっても同い年だろうと思っていただなんて言えない。
「何を考えているのか顔を見れば大体分かるので、失礼なと言っておきます。これでも故郷では、年齢の割にしっかり者だと評判だったのですから」
それ多分年齢の方を間違えられているやつでは。
何せ、彼女は体つきはともかく背は高い方ではないし、全体的に態度や所作からも、どうしても幼く見えてしまう。
「……まだ何か?」
俺の顔から未だ疑惑が抜けていないことを察したか、サラカが頬の赤みを残しつつじとっとした目で睨んでくる。でもあまり怖くない。むしろ可愛い。
そういう仕草が原因なんだけどなぁと思いつつ、これ以上は機嫌を損ねすぎると悟った俺は表情を整えて告げる。
「いえ。お陰様で多少は元気が出てきました」
「む──ならば良いです。メンバーの精神状態のケアもリーダーとしての務めなので」
幸いサラカも納得してくれ、それ以降は少しばかりの雑談を楽しんだのちに、今日本来の目的を果たすべく店を出た。
……ちなみに。
年若い男女が二人で喫茶店に入り、多少ぎこちないやり取りをしつつも最後は仲直りした様子で店を出て、しかもその最中にスキンシップも行っていた。
そんな二人の関係を周囲はどう解釈するか、周りからの生暖かい視線に気付かなかった俺とサラカは最後まで思い至ることが出来なかったのである。
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