8話 撃退手段
「案内は出来かねます。その権限が俺にはないので」
彼女のもとに案内して欲しい、という男の提案を、まずは無難にお断りしておく。これで引きさがってくれればありがたいのだが──
「まあそう言うなよ。権限なんて固っ苦しい言葉は冒険者らしくないぜ?」
──まあ、ですよね。ここで大人しく引くようならばここまで執拗に彼女を追い掛け回したりはしないだろう。
「改めて聞きますが、彼女に何の御用で?」
「なぁに、ちょいとお話しするだけさ。あの嬢ちゃん、冒険者になって日が浅そうだしよ。俺達が色々とアドバイスしてやろうと思ってなぁ。何ならパーティーを組んでやっても構わない」
自分の感情が、すう、と冷えていくのを感じた。
口調だけで分かる。そのアドバイスとやらが文字通りの意味であるとはとても思えない。
彼らは、ほぼ間違いなくかつてサラカの心に傷を負わせた連中と同じ類の輩だ。それを確信した瞬間、僅かにあった譲歩の意志も消え失せる。
「お引き取り下さい」
故に静かに、されど断固たる口調で俺は告げた。
「どうしてもと言うのなら、ここで名前と身分を明かしてください。貴方がたが会いたがっていた旨だけは、彼女に伝えておきましょう」
「……おいおい、兄ちゃんよぉ」
先頭の男の瞳に剣呑な光が灯りかける。そして、それに拍車をかけるような情報が横の男からもたらされた。
「なぁ。どっかで見覚えのある面だと思ったが──ひょっとしてお前、『聖者』のエルク・アンシャールじゃねぇのか?」
……おっと、気付く人間がいたか。先頭の男が問いかける。
「『聖者』? なんだそりゃ」
「おいおい知らんのかよ。エルク・アンシャール。『聖者の呪い』。『他者を傷つけられない』っつーアホみてぇな原呪を持ってるくせに、まだ冒険者の地位にしがみついてるイカれた野郎。冒険者の面汚しさ!」
本来、原呪とはみだりに他者に明かすものではない。だが、俺の場合は原呪がバレた過程が少々特殊なせいで噂が広がるのが速かったことと、冒険者をやっている以上隠し通せる類の原呪ではなかったことが合わさって、知っている人間も少なくないのだ。
俺についての詳細な解説を受けた先頭の男の顔が──歪む。警戒が消え失せ、自分が圧倒的に優位に立っている確信を得た喜悦の笑みに。
「なぁ兄ちゃん──いや、エルク。俺達は本当にあの嬢ちゃんとお話をしたいだけなのさ。それをお前さんの勝手な都合で邪魔するのはどうかと思うぜ?」
「へぇ。なら女性の泊まる宿をお話する為だけに突き止めるのは勝手な都合じゃないんで──」
俺の言葉は、横顔に叩きつけられた拳で強制的に止められた。
……思ったより、手を出して来るのが早かったな。
「おい。いい加減、自分の立場を自覚しろよ?」
先頭の男の口調が変わる。どうやら完全に実力行使モードに入ったらしい。
「そもそもお前如きが誰かとパーティーを組むなんておこがましいんだよ! お前みたいな足手まといを抱えても迷宮に潜れてるってこたぁ、あの子も相当な実力者なんだろ? そんな優れた冒険者を縛り付ける資格がお前なんかにあるわけねぇだろ! いいからさっさと居場所を教えろ!」
怒鳴りたてる右側の男とは対照的に、俺の心はどんどん冷めていく。
『そんな優れた冒険者を縛り付ける資格がお前なんかにあるわけねぇ』と来たか。まるで自分たちにはその資格があるとでも言いたげな物言いだ。
ふざけているのだろうか。
そんな資格は誰にも無い。誰を仲間にし、誰と関わり、誰を傍に置くかの権利は本人だけが有するものだ。この男たちは、彼女をものか何かだとでも思っているのか?
自由こそが冒険者の魅力。それなのに人を勝手に縛ろうとするなど──それこそ、冒険者に相応しいとは思えない。
冷徹な口調で、俺は拒絶を繰り返す。
「何と言われようと、俺に教える気はありませんよ」
「てめぇ──!」
冷ややかな声で告げた俺に男が逆上し、再度殴りかかってくる。
さて、もういいだろう。先に手を出したのは向こうだ。ならばこちらも手段を自重する必要はない。
勿論手段を選ばないと言っても、返り討ちにするわけではないし出来ない。俺は俺のやり方で、この男たちに対処する。
その手始めとして、俺は大振りの一撃を飛び下がって躱し。
追撃が来る前に、薄い笑みと共にこう告げる。
「随分と軽い拳ですね。右肩の古傷が痛むんですか、ゲイル=メイリスさん?」
その言葉に、男がぎょっとした顔で動きを凍り付かせた。
「……てめぇ、なんで俺の名前を。それに右肩のことはどこで──」
「ここまで彼女を執拗に追い回す人なんだ、素性くらい調べないわけが無いでしょう。傷については、視れば分かりますよ」
種明かしをすると、名前が分かったのは単純にギルドで聞いて調べたから。傷については想像がつくと思うが、右眼の効果だ。
今日、迷宮に潜って右眼を使用し続けたおかげで、最初の頃よりも詳細な情報が見られるようになってきた。
今ならば、ある程度近い場所で対象を視認さえすれば色の種類や濃淡で様々なことが分かる。弱点だけでなく傷や怪我の状態。どこが強くてどこが弱いか。
そこから軽く推理をすれば、こんなこともできる。
「そちらのゼノ=スルタードさんは左足に切り傷がありますね。東の迷宮でブレイド・バット辺りにやられましたか? 恐らく貴方が思っているより深いのでポーションを服用することをお勧めしますよ──おっと、ザイル=チェデフさん、右手に握っているものをしまっていただけます? ここで触媒付きの大規模魔法はここら一体が崩壊しかねない」
「な……んなんだ、てめぇは……」
自分の状態や行動をことごとく見透かされている男たちが、不気味なものを見るような目でこちらを見てくる。
しかし、それでも自分たちの優位には変わらないと右の男ががなる。
「だ──だから何だってんだ! どちらにせよてめぇに俺達を傷つける手段はねぇ! そうだろゲイル、ゼノ! ビビることはねぇ、やっちまえ!」
よし、順調に揺さぶられているな。ならばもう一つ。
「あのですね」
男たちが襲い掛かる前に、俺はぱちんと指を鳴らす。
直後。ドン! という音と共に男たちの立っている付近の地面が爆発した。男たちが飛びずさる。
「俺の呪いを知っているなら疑問には思わなかったんですか? ──直接攻撃できない俺が、こんなところに一人で来るわけが無いでしょう」
伏兵を示唆する言葉に、男たちの顔が引き攣る。
言うまでも無くこれはブラフ。先の爆発は単純に、予め足元に置いていた魔石爆弾を起爆させただけ。呪いによってこれで彼らが傷つくことはない。
だが、先の発言で俺の正体を掴みあぐねている彼らにとっては、あらゆる情報が疑わしさを持って襲い掛かってくる。
もう一押しだな。
「どうして俺がわざわざこんな路地裏の一本道、遮蔽物も無く狙いやすい場所で声を掛けたと思っているんでしょうね」
ここで重要なのは、俺からは直接的な情報を一切言わないことだ。
人は他者から与えられた情報より、自分で推理して辿り着いた情報の方が信じやすい。男たちの脳裏には今、自らの想像力によって居もしない伏兵の狙撃手が確かな実像を持って浮かび上がっている。
しかも、爆発と同時の指鳴らしで、軽い幻術をかけて男たちの視界を混乱させた。今彼らの目にはあらゆる隙間、あらゆる物陰に何者かが潜んでいるように見えていることだろう。
男たちが、確かな恐怖でもって後ずさる。
最早この場の主導権は完全に俺に移った。
「さて、ここらで手打ちにしませんか? 今引いていただけるなら、再三彼女に付きまとった件は不問にします。無論またやって来るのであれば次は忠告しませんし、引かないのであればもう『彼』も威嚇射撃では済まさないでしょう」
頃合いを見計らって、俺は最終通告をする。
「だから──今のうちに逃げることを、おすすめしますよ?」
その、俺の言葉を受けて、男たちは。
「……ッ! ふざけんじゃ、ねぇッ!」
逆上して、襲い掛かってきた。
……騙されなかったのか。俺の中で彼らの評価をほんの少し上昇させようとして──やっぱりやめておく。単純に、俺如きの口車に乗って引くのが彼らのプライド的に受け入れられなかっただけかもしれない。
だが、何はともあれ、この場で俺を叩くのであれば彼らの選択が正解だ。
男の前蹴りを受けて吹き飛ぶ俺。その直後に男は身構えるが──狙撃は当然飛んでこない。それで察したのだろう。
男たちの顔が怒りと羞恥、そして直後に喜悦に歪んだ。
「は、ははははは! やっぱりハッタリじゃねぇか!」
「随分と小賢しいことをやってくれたな。覚悟は出来てんだろうな?」
「もう無傷で済むと思うなよ?」
既に無傷ではないのですがそれは。
という軽口をたたく間もなく、三方から拳が飛んでくる。
……まあ、確かにこうなった時点で俺に彼らを引かせる手段は無い。実質詰みだ。後は俺がこの場で嬲られるだけ──とでも思っていることだろう。
だが。
「……俺は言いましたよ? 『今のうちに逃げることをおすすめします』と」
拳を受けつつもそう言った直後。
「──おい! お前たち! そこで何をしている!」
路地の向こうから、そんな声が聞こえた。
男たちが振り向くと、そこにいたのは揃いの制服を着た複数の人間──衛兵だ。既に反対側にも数人が待機しており、逃げ場はない。
あまりに出来すぎたタイミング。それで察したのだろう。しまった、という顔の後、男は俺に殺意すら篭もった形相を向けてきた。
「てめぇ……まさか」
男の推察は正解だ。この衛兵たちは予め俺が呼んでおいた。
つまるところ、どちらでも良かったのだ。
俺の最終通告に従って引いてくれれば、居もしない狙撃手の存在を植え付けて今後の接近を牽制できる。
通告に従わず逆上して、結果ハッタリがバレたとしても──俺にさんざん揺さぶられた分、それを知った男たちは安堵して気が緩み、怒りで視野が狭まる。普段なら気付ける衛兵の接近にすら、気付けないほどに。
冒険者同士の争いで三対一。俺だけが傷を負っていて向こうは無傷。極めつけはまさに暴力を振るう現場を押さえられている。
どちらに非があるかは、一目で明らかだ。言い訳のしようは既にない。
「俺に貴方がたを倒す手段はありません。だから──声を掛けた時点で貴方がたはどうあがいても詰み。そういう用意を整えておくのは当然のことでしょう」
最初から最後まで踊らされていたことを、俺のその言葉から察したのだろう。
せめて最後に、と男は振りかぶるが、もう喰らう必要のなくなった俺はそれを結界術で防ぐ。もとより今の俺なら倒せずとも、彼ら程度の攻撃を防ぎ続けるくらいはできるのである。
想像以上に固い結界を全力で殴ってしまったことで、男が反動の痛みで身もだえる。その隙を突いて、衛兵たちが男にとりついた。
冒険者は荒くれ者が多い業界ではあるが、無法者がのさばれるほど甘い業界でもない。むしろ力を持つ分、一般人よりこういったことへの罰則は厳しいくらいだ。まず間違いなくしばらくは牢の中だろう。
「てめぇ……覚えてろよ……」
衛兵に両手を後ろに回されつつも、男が俺を睨みつけてくる。この状況でもまだそんな顔を出来る胆力だけは評価すべきかもしれない。
「ええ、覚えておきますとも」
だから俺は、自分でも驚くほど冷淡な口調でこう答えた。
「貴方たちの名前、経歴、身体的特徴まで詳細に記憶しておきます。……もし次彼女にちょっかいを出そうとしたら、この程度では済まさないために、ね」
直接的な手段を俺は取れない。だが、それが何だと言うのだ。今回のように、このような輩を陥れる手段はいくらでもある。
そんな意志を込めて言葉を放つと、得体の知れない圧力を感じたか、男たちは三人一様に蒼い顔をして黙りこくる。それを確認した衛兵が、詰所へと連行していった。