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7話 距離感

 休憩の後に場所を移動して、俺とサラカは魔物狩りを再開した。


 丁度休憩前と同量程度の魔物を討伐したところで、十分な量の素材が集まった。時間的にもいい塩梅なので、ここで今日は切上げ。後はこの各種素材をギルドに納品して査定後お金を受け取れば、本日のお仕事は終了である。


 結果は上々だ。一日の稼ぎとしては十分な量を得ることが出来たし、必要以上に時間がかかったわけでもない。それに何より──欠片も危なげなく、全ての魔物を討伐することが出来た。


 この分ならば、明日以降はもう少し難度の高い迷宮に潜ってもいいかもしれない。無論彼女の意志は確認するが、返答次第ではそうしてもいいように思えた。


 ……ただ、強いて上げるとしたら気になる点が、一つ。


「サラカ。ひとつ聞きたいのですが……貴女、冒険者歴何か月ですか?」


 それを解消するため、俺はギルドからの帰り道でサラカに問いかけた。

 不思議そうな顔をしながらも彼女は応える。


「? 四か月ですけど──って。エルク、今何か月(・・・)、って言いましたね。どうして一年以内だと分かったんですか?」


 回答の途中で言い回しの違和感に気付き、サラカが問い返す。だが、その顔を見るに半ば答えには辿り着いているようだった。


 流石に鋭い。そう、昨日の戦闘と今日の迷宮での動きを見て思ったことだが──彼女は、全体的にやや拙い。


 Aランクの技能によって結果こそ出せているが、細かい立ち回りとか、突発的な状況への対処とか。そのような経験でしか得られない部分に粗が見られる。


「あとは装備、ですかね。貴女の戦い方を見るに、少し防御力が過剰なセットのように思えます。金属よりも革や魔術的処理を施した布のものにして、身軽さを上げて少しでも手数を増やす方がより強みを生かした戦いが出来るかと。

 このように守りを固めようとする傾向は、冒険者を始めたての人によく見られるものなので。もしかしたら──と思いまして」

「……相変わらずすごい観察眼ですね」


 呆れを滲ませた声でサラカがこぼす。


 もし今後、今日よりも高難度の迷宮に潜るなら。少なくとも装備だけは、このパーティー構成に最適化したものにしておきたい。


 今日は楽勝だったが、本来迷宮内では一瞬の油断が死を招くものだ。不安要素は可能な限り潰すべき。俺の本音としては、明日にでも彼女と共に装備を売っている店を回りたいところだ。


 俺も多少のアドバイスならできますので、と彼女に提案する。だが、


「……すみません。善意で言ってくださっているだろうことは分かります。ですが……少し、嫌な経験がありまして。心理的な抵抗が……」


 サラカは申し訳なさそうにそう答えて俯く。


 ……大方想像はつく。見た目を理由に侮られて悪質な冒険者或いは店にカモにされた、あたりか。


 彼女は簡単に騙されるような人間ではないだろうが、それも前提となる知識あってのこと。完全な初心者に悪質かそうでないかを見分けろと言う方が無理な話だ。


 しかしこの子、以前のパーティーと悉くそりが合わなかったことと言い、


「随分と、これまで人に恵まれてこなかったようで」

「……あなたにだけは言われたくないです」


 本当に申し訳なく思っているのか、いつもの口調にもキレがない。


 ……こんないい子にこれほどの心の傷を負わせた連中に、今更ながら強めの怒りが湧く。だがそれを何とか飲み下し、顔を上げる。


 もとより、断られる可能性も十分あると思っていたのだから。


「そういうことなら、勿論無理強いするつもりはありません」


 ただ、と俺は続ける。


「せめて真っ当な商売をしている店の見分け方や、俺がこの街で行きつけにしている店のリストを教えるくらいのことはさせていただけませんか? これも無理にとは言いませんが、知っておいて損はない情報だと思いますし、今後の貴女にとっても役に立つはずなので」


 最初の案を断られた場合の次案を提案する。

 どうでしょう、と念を押すと、どうしてか彼女はやや驚いたような顔で俺を見て、


「……どうして、そこまで」


 そう言った後、恐縮と少しの警戒が混じった声で、


「あのっ、何度も言っていますが昨日の件を恩に着せるつもりは」

「ええ。俺も恩義だけでここまでするわけではありませんよ」


 ならばなぜ、と言いたげな視線を受けて俺は続ける。


「昨日も話しましたが、俺は冒険者という存在そのものに憧れてこの業界に入りました。だから貴女のように強く正しい冒険者には敬意を払いますし……そんな人が、くだらない悪意で足を引っ張られるようなことは、見ていたくない」


 だから、これは言ってみれば俺の趣味です。と冗談交じりに笑いかけると、サラカはどうしてか「うぐっ」と一瞬息を詰まらせて再度俯いた後。

 意を決した表情で、顔を上げた。


「……分かりました。提案を受けます」

「それは良かった。では後で見分け方とリストを紙にまとめて──」

「そ、そちらではなく!」


 だが、サラカは俺の言葉を遮って、こう言ってきた。


「……最初の、提案の方を。あなたが勧めるお店を、あなたと回る方を、受けます」

「……いいんですか? そちらこそ無理をする必要はない」

「正直言うと、まだ少し怖いです。でも、こうまで言ってくれるあなたの厚意を個人的な感情で蹴ってしまうのは、もっと嫌なので」


 そしてサラカは控えめな上目遣いで告げる。


「あなたの勧めならば、信用します。最初に断っておいて申し訳ないのですが……お願い、出来ますか?」


 ……提案したのはこちらなのに、律義に疑問形にするあたりがこう、いじらしいと言うべきなのか。

 ともあれ、その信用を裏切る選択肢など俺にはない。


「ええ、喜んで。では、明日は迷宮を休んで、装備を整えることにしましょう」

「……はい。わたしが力になれることはありませんが、よろしくお願いします」


 ふわりと安心したような笑みを浮かべるサラカ。

 その微笑みが俺にとっては何よりの活力です──なんて気障な台詞を言う度胸も余裕も当然なく、俺は心臓を跳ねさせるだけに留まったのだった。



「すみません、俺はこの後別件がありますので」

「そうなのですか? では今日はここで。また明日」


 そう言って彼女と別れ、その背中を眺めつつ、俺は思う。


 サラカのことが、朧気ながら見えてきた気がする。恐らく彼女は、冒険者になった直後に連続して酷い目に遭ってしまったのだろう。


 その結果出来たのが、あの冷徹ともとれる理知的な口調と、他者と一定の距離を保とうとする態度だ。……ただし四か月では、その仮面が彼女の素顔を覆いつくすには至らなかったらしい。


 そう考えれば、今までの態度にも辻褄は合う。……だが、何だろう。

 何か、足りない気がするのだ。


 パズルの完成図は見えているのに、ピースが欠けているような違和感。彼女の言動を構成するファクターに、何か見落としがあるような……


 ……いや、よそう。今考えることではない。


 俺も男だ。可愛らしい少女と仲良くなりたいという欲求はある。

 だが、それ以上に彼女には傷ついて欲しくないと思う。彼女が線を引き続ける以上、それを無理に踏み越える気はない。


 先は否定したが、サラカには非常に大きな恩義を感じているし、尊敬もしている。彼女が何か困っていれば出来る範囲で力になりたいし、彼女がいつか、あのような態度で無理に距離を取らずとも、誰とでも自然に話せるようになることを、心から祈っている。



 ──だからこそ。



「──それで」


 その距離感を踏みにじるような輩は、間違っても彼女に近づけたくはない。


「うちのリーダーに、何か御用ですか?」


 俺と別れたサラカを追うように、人気のない路地裏を通って移動していた三人の男。それに向かって俺は声を掛けた。


 男たちはそれを聞いてびくりと肩を震わせ、俺の方へと振り向く。

 その顔には、一様に驚愕が浮かんでいた。……まさか、その程度の尾行がバレていないとでも思っていたのだろうか。


 男たちは行動の選択を逡巡するように一瞬顔を見合わせ──その後、俺に表面上は友好的な笑顔を向けてきた。


「おっと、誤解してるぜ兄ちゃん。俺達はあの嬢ちゃんを探してたんだが見失っちまってな。途方に暮れてたとこだったんだ」


 なるほど、まず俺に取り入ろうという腹か。


「そうなんだよ。いや、あの嬢ちゃん不思議でな。なんでか知らねぇが何回追いかけても見失っちまう。どうしたもんかと思ってたが──丁度いい」


 この言葉から分かる通り、彼らがサラカを追うのはこれが初めてではない。


 突如としてこの街に現れた、人並外れた容姿を持った少女。それに惹かれて寄ってくる人間は、昨日のように俺がさりげなく幻術等で見失わせていた。


 大抵の人間は一時の気の迷いだったためそれで諦めてくれたのだが……どうもこの男たちは、火がついてしまったらしい。何度見失わせても懲りる気配がない。


 言ってしまえばキリが無くなったのだ。俺がわざわざ彼らに声を掛けた理由がこれである。


 手に入りそうで入らない、という状況は人によってはひどく欲望を掻き立てられるものだからなぁ。その辺りも考慮すべきだったか。

 と脳内反省もそこそこに、俺は眼前の男たちを観察する。


「なぁ兄ちゃん。お前さん、あの子の仲間なんだろ? ならあの子の行き先ぐらい知ってるよな? ちょっと俺らもそこに案内して欲しいんだが」


 馴れ馴れしく彼女の居場所を聞き出そうとしてくる男たち。その笑顔は酷く薄っぺらく、裏にあるものが簡単に透けて見える。


 俺がここで断れば、男たちは間違いなく実力行使に出てくるだろう。


 そうなった場合、普通に考えれば非常にまずい。原因は言うまでも無く俺の呪い。一番手っ取り早い返り討ちという選択肢が俺には使えない。


 だが、俺とて何の考えも無くここに立ったわけではない。俺の五年間の経験、そしてこの右眼。二つを組み合わせれば、どうにかする手段はある。


 それに何より──こんなことに、彼女の手を煩わせたくはない。


 さて。

 男たちには悪い──とは微塵も思わないが、それはそれとして。

 丁重に、お帰りいただくとしよう。


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