6話 右眼の正体
翌日。
俺とサラカは、先日とは違う別の迷宮に潜入していた。
ここで、『迷宮』というものについて軽く説明しておこう。
迷宮とは、原呪の存在と同時に世界で確認された謎の建造物。原呪が人を呪った結果出来たものとしたら、迷宮は世界を呪った結果出来たと言われている。
総じて入り組んだ構造をしており、中には人間に敵意を持つ凶悪な魔物が湧く。
その魔物は迷宮が存在する限り増え続け……一定密度を超えた瞬間、溢れるのだ。迷宮の外に魔物が解き放たれ、人を襲うようになる。俗に言う大氾濫である。
だからこそ、魔物は定期的に討伐しなければならない。しかし、今なお世界中で増え続ける迷宮に、国や領主が抱えている私兵だけでは対応しきれなくなった。
そこで出来たのが、冒険者という存在。有り体に言えば魔物の討伐を希望者に引き受けて貰おうというもの。
彼らの主な収入は迷宮から取れる魔物の素材買い取り額。その性質から、腕っぷし次第では一獲千金を狙える職業として、それなりの人気が出ている。
潜入する迷宮や討伐する魔物の偏りは冒険者を管理するギルドが買い取り額を調整することで、上手く大氾濫が起きないように討伐をさせる。
そうして、どうにかこうにかこの世界は回っている。
「サラカ、右前方から邪精が三匹やってきます。迎撃を。弱点は頭部なのでそこを狙って下さい。その間目の前のサラマンダーは俺が押さえておくので」
「了解、ですっ!」
そして、そんな世界に溢れる迷宮の一つ、昨日のそれとは違う場所で、俺とサラカは次々にやって来る魔物を捌いていた。
戦法は以前と同じだ。サラカが前方で魔物を倒し、俺が後方で指揮及びサポートを行う。
「はあ!」
サラカが熱線によって片っ端から魔物を焼き払っていく。昨日聞いたところによると、彼女の技能は『ルーン魔術A』らしい。驚きの最高位Aランクだ。だが昨日の、そして今の活躍を見ればむしろ納得せざるを得ないだろう。
射撃を主な攻撃手段としているが、身体強化、再生などの効果を持つ様々なルーンによって近接戦闘や援護もできる、万能手寄りの魔術師タイプ。文句なしの逸材だ。
このレベルなら、下手に囲まれさえしなければ彼女はまず負けない。だから俺はそれだけに気を付けつつ、僅かな隙をこのように結界術で埋めるだけで良い。
「……翠玉遮断結界」
俺の唱えた結界術が、サラカに襲い掛かっていた数匹の魔物を余裕で押しとどめる。
そして俺の方も、一晩経ったがこの謎の技能の性能上昇は変わっていない。今日ここで使った技能は『結界術D』、『幻術D』の二つだが、どちらも確実にランクが一つか二つ上の威力を発揮していた。
やはり、原因はこの右眼か。
右眼についても、昨日ある程度の仮説を立て、今日実戦で検証をしてほぼ仮説が正しいことを確認した。異様な視界を確保し続ける、この眼の正体。
──この眼は、おそらく『呪いが視ている景色を視るモノ』だ。
順を追って説明しよう。
俺の『聖者の呪い』は、他者を傷つけられない呪い。つまり、『原呪』の視点から見れば、『俺のどの行動が他者を傷つけるか把握している必要がある』のだ。
弱く傷つける可能性がある箇所には、弱い制約を。強く傷つける可能性がある箇所には、強い制約を。故に最も呪いが強く反応する場所が、対象の急所になる。以前魔物を倒す際に見えた光景は、この情報を可視化したものだろう。
対象の弱点が見えることは、これで説明がつく。
では、技能の性能が上昇していることについては?
これも本質的には同じだ。魔物や人間を見ているのと同様に、この呪いは魔法も視える。恐らくは生物と魔法、その二つに共通する何かを呪いは視認しているのだろう。
だからこそ、技能を使おうとすると文字通り一目で分かるのだ。自分の魔法のどこが歪んでいるか。それを無意識のうちに修正した結果が、この性能上昇だ。
直接的な魔力量が上昇したのではなく、今ある魔力をより効率よく出力に変換できるようになった……と言ったところか。
以上の考察を厳密に証明する手段はないが、そもそも『呪い』というものが一体何なのか、世界でまだ厳密に証明されていない以上この程度が限界だろう。
ともあれ、確信した。
この眼を鍛えて、もっと魔物を、魔法を、詳細に視ることが出来るようになれば。
俺は、もっと強くなれる。
「──」
昂揚した。
今までは、どんなに努力しても報われなかった。才能に恵まれなかったし、正しい努力の仕方を教えてくれる人もいなかったため、独学でやるしかなく、それにも限界があった。
でも、この眼があれば。
……頑張ろう、と思う。
あまりに子供らしい、でも諦めきれない憧れに、追いつくために。
そして、命の恩人であり、俺を拾ってくれた彼女に、報いるために。
そう再決心し、心持ち気合を入れて、引き続き結界を張り続けた。
「楽勝過ぎます」
程なくして、辺り一帯にいた魔物が全滅した後。
俺のもとに戻ってきたサラカが、開口一番そう言った。
「まあ、貴女の実力を鑑みればこの迷宮だと少し物足りないかもしれませんね。ですがパーティーを組んで初回の戦闘なので一応──」
「いえそうではなく。わたしが言っているのはあなたの貢献についてです」
サラカが指を立てる。説明をするときの癖なのだろう。
「その『眼』とやらの索敵性能にも確かに驚きました。弱点の看破もさることながら、死角から現れる魔物まで正確に探知できるのは見事です。ですがそれ以上に、なんなんですかあなた。──状況判断が、完璧すぎる」
やや呆れに似た驚きを滲ませて、サラカが続ける。
「わたしが欲しいと思ったタイミングで結界を張ってくれますし、魔物が殺到する状況も必ず事前に読んで回避。あなたの指示通り動くとびっくりするくらい綺麗に魔物を処理できます。……その眼、未来でも見えているんですか?」
「まさか。でもそうですね……これでも、経験だけはあるので」
ここで言う経験は、戦闘の経験──とは少し違う。
正確には、『戦闘を俯瞰した経験』だ。
俺は五年間様々なパーティーに入り、そのほぼすべてでただの荷物持ちとして戦闘に参加させてもらえなかった。
だから見た。様々な冒険者パーティーと様々な魔物の戦闘風景を。本来荷物持ちがそんなことをする必要はない。だが俺は、いつか戦闘に参加できるようになってやると思い、その時に必ず役に立つはずだとの一心で、ひたすら、詳細に、余すところなく、戦いの機微を観察し続けた。
……ひょっとすると俺が『眼』に覚醒したのは、このような経験があった故かもしれない。
ともあれ、おかげで三、四年もする頃にはある程度魔物の、冒険者の動きが理解できるようになってきた。理解できると自然と、次にどう動くかも分かる。
先日、パーティー登録の帰りに男たちの動きを事前察知できたのも、この観察の副産物である。
サラカは今『未来でも見えているんですか?』と問うたが、あながちそれも間違ってはいないのだ。
その経験が今生きているのなら──それは何より、嬉しい。
「……その指揮能力だけでも十分、パーティーに入れておく価値はあったでしょうに。前のパーティーのリーダーは目がガラス玉で出来ていたのですか?」
「どちらかと言うと蒼玉に近かったですかね」
ニナの容姿を思い出しながら俺は答える。目が曇っていたわけではない、との返答も込めて。
確かに、俺は多少通常の冒険者より戦闘で人を動かす能力はあるのだろう。だが、冒険者は自由を好むもの。人に動かされるのは性に合わない人が多いのだ。
特に、動かされる相手が俺のような弱い冒険者の場合、感情的な反発もあるのだろう。自分より弱い、しかも戦った経験もない奴の言うことなど聞いていられない、と言った感じに。
その判断を咎めるつもりはない。実際、自分の思うように動いた方が高いパフォーマンスを発揮できる人間は確かに存在する。というか俺の知る限りその筆頭がニナだ。
だから、あの時は取り乱してしまったが冷静に考えれば、俺があのパーティーに居られなくなったのは妥当だと考えることが出来る。
……だが、それを言う必要はない。少なくともサラカは人の指示で動くことに苦を感じないでくれている。それで十分だ。
だから俺は、代わりにこう告げる。
「……俺の働きはどうあれ、魔物を倒したのは貴女ですし、貴女の実力です。Aランクの技能は伊達ではない。改めて、拾ってくれたのが貴女で良かったと思いますよ」
「!」
心からの感謝の言葉に、サラカの顔が紅潮した。
「あっ、あのですね。そうやって唐突に褒めるのはびっくりするので……」
「? 貴女ほどの冒険者なら、称賛に慣れていないなんてことはないでしょうに」
「それは──否定しませんけど! でも、あなたの言葉は別と言うか……いえそういう意味ではなく、ええと、真っ直ぐすぎて……その……」
手を胸の前でわたわたさせてしどろもどろになるサラカ。
……うん、なんだろう。婉曲的に言うとすごく可愛い。
この子は、普段はとても理知的だ。多分意図してそうあろうとしているし、実際そういう時の彼女は非常に聡明で、俺の指示の意図も的確に理解してくれて動きやすい。
だが、ふとした瞬間に。これが彼女の素なのであろう、心優しくて恥ずかしがりやな性格が覗くのは、なんというかこう……ずるいと思います。
……落ち着こう。俺までこの妙な雰囲気にあてられている。
空気を切り替えるように、咳払いの後俺は言った。
「……とりあえず、一旦休憩したら場所を移してもう少し狩りましょう。座るときはこのクッションをどうぞ。それとこの迷宮は暑いですから水分補給はしっかりと。飲みやすいように果汁を冷水で割ったものを用意してあります。小腹が空いたのなら言って下さい。携帯用の調理器具で簡単なものは作れますので。ああ、マッピングもしてありますから何か異変があってもすぐ逃げられます。だから貴女は安心して体を休めていただければと」
「ちょっと待ってください何ですその至れ尽くせり。あなた前職は執事か何かですか?」
言葉の間に正気に戻ったサラカが凄い質問を投げかけてきた。
十一歳で冒険者になったので前職は当然無い。強いて言うなら農民だ。ただ、この五年戦えないなら他の役に立てという名目で実に様々な雑用を押し付けられた結果色々と身についてしまっただけである。
「……やっぱり前のパーティーは間違っていたと思います」と水筒を手に呟くサラカを他所に、俺はてきぱきと休憩の準備を進めたのだった。
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