5話 彼女の名前
……これは流石に予想外だ。
最後の質問は、今までと違って俺本人について聞くものだった。これまでのこの子の印象から興味本位でここまで踏み込んだことを聞くとは考えづらいし、何かしら目的があっての質問だろうとは思っていたのだが……
まさか、いきなりパーティー編成の申し出とは。戸惑いつつ俺は問う。
「えっ、えーと、その……失礼かもしれませんが」
「何でしょう」
「……話聞いてました?」
「ど、どういう意味ですか」
困惑を孕んだ声を彼女が上げる。
「いえ、聞いていたなら、俺の原呪については理解しているはずですよね?」
「勿論です。『聖者の呪い』でしたっけ。他者を傷つけられない呪い。故にあなたは、自力では魔物を倒す手段を持たない。理解していますとも」
「なら──」
「けれど。わたしがわたしのパーティーメンバーに求めるのは、戦闘能力ではありません。というか、魔物を倒す能力、という話でしたら──」
彼女は言葉を区切ると、軽く中空で指先を躍らせる。
すると、ボッ、という音と共に、指先に炎が灯った。
「──わたし一人で、すべて賄えますから」
……すごい自信だ。
だが納得だ。この距離でも肌を焼くほどの熱量。それが放たれた時の威力は先の迷宮で嫌と言うほど見せられた。
確かに、彼女ならばそこいらの魔物に後れを取ることは無いだろう。だが、そうなると尚更疑問が募る。
「ならば、何故俺を? 貴女ほどの実力があればどのパーティーからも引く手数多でしょうに」
「……ええ、まあそうですね。勧誘の手に困ることはありませんでした」
微妙に遠い目をして彼女が呟く。その理由はすぐに明らかになった。
「ですが、どのパーティーともそりが合わなかったんです。必要以上に仲間意識を押し付けてきたり、逆にわたしの年齢や性別を理由に侮ったり。加えてあろうことか、その、男の人が、わたしを……」
そう、呟いて俯く。その態度でその先のことは推し量れた。
冒険者の中には、一定数モラルの欠如した人間がいる。元来冒険者は迷宮攻略に当たる人手不足を解消するために生まれた存在だ。
よって、その門戸は非常に広く開かれている。ある種の家出少年である俺でさえ冒険者になることだけはあっさりできたのだから、その基準の緩さは推して測るべきだろう。
それ故に、そういった人も他の職種と比べると多くなる。彼女の実力だから直接被害を受けはしなかっただろうが、そういう目に遭いそうになったと言うだけでも女性にとっては嫌なものだろう。
「……だったら、尚更駄目なのでは? 俺も一応若い男ですが」
「ええ。でも再度確認しますが……『他者を傷つけられない呪い』ですよね?」
そのことを踏まえての俺の質問に、彼女はそう答えた。なるほど、そこまで気付いていたとは少し驚きだ。この子は頭の回転も相当に早いようだ。
彼女の言う通り、俺は『聖者の呪い』で、他者を傷つけられない。魔物も、そして人間も。故に……あまり考えたくないことだが、仮に俺がこの場で彼女に乱暴しようとしたとしても、出来ないのだ。意志だとか彼我の実力差だとかそういうこと以前に、絶対的な呪いによってその行動がキャンセルされてしまう。
「不快に思われるかもしれませんが、わたしがあなたをパーティーに入れようと思った理由の発端がそれです。加えてこれまでの会話から──あなたは性格面でも、信用に値する人だと判断しました」
だから、と彼女は続ける。
「魔物はわたしが倒します。あなたには先の迷宮のようなサポート等の、直接戦闘以外で出来ることをお願いしたいです。
それに──あなたはあの迷宮での戦いにおいて、わたしが戦っている隙に逃げることも出来たはずです。でもあなたはそれをしなかった。
その能力、そして気質は、わたしにとって価値がある。そう考えたから、こうやって勧誘しているのです。……どう、でしょうか?」
偽りのない言葉で、どこまでも真摯に。
けれど、最後に少しだけ不安を覗かせて、彼女は問いかける。
……参った。もとより答えはほぼ確定していたのだが。
そんな顔をされては、尚更断れない。
それに、合理的な理由もある。この僅かな時間だけでもはっきりと分かるほど、この子は優しい人間だ。何故か妙にそれを隠したがる傾向にあるが、正直言ってあまり隠せていない。
呪いについても利用するとは言っているが、正しい理解を示してくれている。それだけで、俺が信を置くには十分だ。
……まあ、それでも。
この大変可愛らしく、どこか庇護欲を誘う美少女の頼みとあれば、どちらかといえばものすごく断りにくいという理由が多くを占めることも否定は出来ないのだが。
ともあれ、俺の答えは決まっている。
「……是非、よろしくお願いします。元々追い出された直後だったので、パーティーを組んでくれると言うのなら渡りに船です。俺で良ければ使ってください」
それを聞いた少女は、ぱっと顔を輝かせ。
すぐにはっとして表情を戻し、そっぽを向いて言う。
「か、感謝します。でも、先も言った通りわたしは必要以上の馴れ合いを好みません。あくまでビジネスパートナーのようなものです。そこのところははっきりしておくように」
……この態度にも、恐らく何かしらの理由があるのだろう。
「はい、分かりました」
特に余計なことは言わず大人しく答える。彼女はその態度で微妙に子ども扱いされたと感じたのかやや頬を膨らませたが、流石にここで何か言うのは理不尽だと思ったらしく、そっぽを向いたままぽつりとこう言った。
「……サラカ」
「はい?
「サラカ=ロステラント。わたしの名前です。一応パーティーメンバーになるのですから、名前は知っておくべきでしょう」
なるほど、唐突でびっくりしたが当然のことだ。
ようやく彼女の名前を知れたことに喜びつつ、俺も返す。
「俺はエルク。エルク=アンシャールです。よろしくお願いします、サラカさん」
それを受けて、彼女はようやく心の整理がついたのか、俺に向き直り。
「サラカでいいですよ。……ええ。こちらこそよろしくお願いします、エルク」
その言葉とともに、向けられた控えめな微笑みに。
またも俺が見惚れてしまったことは、言うまでもないだろう。
こうして、俺は追放されてから約四時間後、迷宮で出会った謎の少女サラカと、新たにパーティーを組むことになった。二十八回ほどこの流れはやったが、流石に追放から加入まで一日を切ったのはこれが初めてである。
◆
幸い俺の症状は疲労が主な原因で傷は浅い。意識さえ戻れば動くのにそう支障は無かった。
そして丁度この救護室の下が受付の為すぐにパーティー申請を済ませた。リーダーをどちらにするかでひと悶着あったが、書類上は戦える人間がリーダーの方が都合がいいのでサラカに決定した。
そこまでは問題なかったのだが、やはりサラカの外見は非常に人目を引くようで、受付のある広間にいた冒険者たちが軽くざわついていた。サラカがこの街に来たのは昨日のこと、ギルドに入ったのは今日が初めてらしいので、納得と言えば納得だ。
そして、これだけ目立つ外見の美少女が突如として現れたのだから、良からぬことを企む人間が居るかと思っていたが──やはり。
俺達がギルドを出た後に、続いて何人かがこちらに向かう気配を察知。
「……サラカ。背後からお酒に酔った男の人たちが数人近付いてきてます。ギルド職員の見ている場所ではなくここで接近してきたということは、まあ、そういうことでしょう。どうします?」
サラカが驚きの顔をこちらに向け、少しばかり眉をひそめて、
「どうって……その、撒くか、わたしが撃退するかしかないのでは」
そう告げた。俺がいざという時の正当防衛の手段を持たない以上妥当な判断だと思う。
だが、俺も一応は五年間冒険者をやってきている。その経験を活かせば、一応俺にも何とかする手段がないことも無い。よって俺は提案する。
「一応、俺に任せていただければ貴女の手を一切煩わせずどうにかできると思います。無論、俺にも貴女にも危険は及びません」
それを聞いて更にびっくりした顔をするサラカだったが、
「そ、そんな手があるならそれに越したことは無いですけど……では、出来るのならお願いします」
そう言ってくれた。
リーダーの許可も出たので、俺は魔力を集め、右手を掲げる。
サラカが予想した通り、男たちが俺達に接触してしまえば攻撃手段を持たない俺に出来ることはほぼなくなる。
ならどうすればいいか、簡単だ。そもそも接触させなければよい。
だから俺は起動する。俺が護身のために取得したもう一つの技能──『幻術D』を。
魔力を込めて、ぱちんと指を鳴らす。
すると、もう視界に入りかけていた背後の男たちが突如あらぬ方向を向き始め、そのまま俺達の行き先とは反対方向にふらふらと歩いて行った。
ぽかんとした顔をしているサラカに解説する。
「簡単な幻術です。俺達の姿をそのまま真逆の道に映るようにしました。しばらくすれば消えますが、まあ酔っている頭では見失ったと判断するでしょう」
「え、幻術? この距離で?」
サラカの驚きを込めた疑問に、まさかと首を振る。この手の術の成功率は基本対象との距離に反比例する。視認できるかどうかの距離でかけられるほど俺の腕は良くない。
種明かしをしよう。いや種と言うほどのものでもないのだが。
「あらかじめかけておいたんですよ。ギルドですれ違った時にこっそりと。ああいう場所では、意外と直接攻撃以外に対しては警戒が甘くなるので」
「それって……分かってたってことですか? あの人たちが動くと」
「そうです。これでも冒険者長いので、少し所作を観察すればどういう人種かは大まかに分かります。軽く聞き耳を立てれば会話の内容も入って来るので、あの人たちは高い確率で動くと思ってました」
サラカに反応したギルドにいた冒険者全員を軽く観察し、その内動く可能性のある人間にはさりげなく幻術を起動できる仕込みをしておいた。今回は、そのうちの一つがたまたま引っかかったに過ぎない。
困惑の表情を見せるサラカに俺は苦笑気味に笑いかける。
「申し訳ない。癖なんです。俺はこの呪いのせいで荒事に巻き込まれた時点で詰みなので、回避するために少々手癖が悪くなってしまいまして」
「い、いえ。手癖が悪いどころか普通に凄いのではそれ。厄介ごとには巻き込まれないに越したことはありません。現に今回も最小の手間で回避できました」
「そう言っていただけると助かります。よろしければ今後も、ああいった手合いの事前対処は俺に任せていただけると」
「え、いやでもそれはあなたの負担が……」
「負担と言うならば、戦闘時の負担は多くを貴女に任せてしまうんです。その分、それ以外の所で出来ることは俺に任せていただけると俺も気が楽なので」
「むむむ……」
自分でも似たようなことを言っていた手前強く出れないのか、サラカは軽くうなったのち、諦めたようにため息を吐いた。
「……分かりました。お任せします。でも、いいですか」
その後、びしりとこちらに指を立ててくる。
「わたしは馴れ合いを好みません。その代わり、パーティーメンバーに不当な負担を強いることもありません。わたしとあなたは対等です。あなたが必要以上に引き受ける必要はありませんし、不満を抑える必要もないです。その辺りは、しっかりと理解しておいてください」
……ああ。
やっぱり、この子はいい人だ。
「はい、了解です」
素直に答える。その俺の様子に彼女は予想を外されたかのように言葉を呑むと、くるりと振り向いて歩き出した。
振り向き際に彼女が、
「……ああもう。もうちょっと冷たくてドライな感じになると思ってたのに。調子が狂います」
そう小さく呟いていたのだが、俺に聞こえることは無かった。
サラカに引き続いて街を歩きつつ、俺は考える。
内容は、先の幻術について。
確かに隙を突いて男たちに仕込みをしたが、それでもあの距離の遠隔操作でこうまであっさりと成功させられるとは思わなかったのだ。
恐らく原因は──今回も、この右眼だろう。どうやらこれによって結界術だけでなく、幻術も性能が上昇しているようだ。
起きてから今までいろいろありすぎてゆっくり考える余裕が無かったが、いったいこの右眼は何なのか。明日以降、それを検証していく必要があるだろう。
多分、上手く使えばこの眼は、俺の新しい力になってくれる。そんな予感がするからだ。
「……今度は愛想をつかされないよう、頑張らないといけないな」
そんなことを呟いて、俺は彼女の背を追いかけたのだった。