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4話 少女の問い

『呪い、かあ。一応俺にもあるぞ、原呪』


 小さなころ、俺の故郷の村にふらりと現れた冒険者。

 せがむままに様々な話をしてくれた彼は、話題が『呪い』について及んだ時、そんなことを言った。

 どんな呪い? と聞く俺に、


『おいおい、原呪の内容はそう気軽に聞くもんじゃないぞ? まあ俺は大したことないからいいけどよ。──俺の呪いは、こいつだ』


 彼はそう言って、手にした容器を傾ける。ちゃぷり、という音と共に、飲み口から独特の匂いが漂った。

 祭りの後とかに村の大人たちが漂わせているものと同じ匂い。俺もよく知るそれは、


『酒だよ。俺の原呪は『酔仙の呪い』。酒を飲まないといけない、って呪いさ』


 それを聞いた当時の俺は、大層微妙な顔をしていただろう。

 子供の俺にとってはただ苦い飲み物としか思えなかったそれだが、村の大人たち、そして目の前の彼が、美味しそうにそれを飲んでいるのを見ていたのだ。

 俺の反応を見て彼はからからと笑う。


『ははは、何だその顔。まあ言いたいことは分かるぜ。確かにこれは呪いと言っていいか怪しいもんだ。でも一応本当に原呪なんだなこれが』


 なおも微妙な顔を崩さない俺に対して、彼は続ける。


『そもそもな、原呪ってやつには謎が多い。前触れも無く世界に現れ、人類の行動を縛り、そして逆らうことは(・・・・・・)絶対に出来ない(・・・・・・・)。その突拍子の無さと絶対性から、『原呪は天罰である』とか崇める連中も居たっけか』


 天罰?


『ああそうさ。原呪は増長する人の子に与えられた罰である。故に強い原呪を持つ者ほど、より罪深く、矮小で汚れた魂を持っているのだ、とかなんとかな。だが俺も一応自覚できるレベルの原呪を持ってるから、奴らとはそりが合わなかったし──奴らとは、別の考えを持っている』


 そこで彼は言葉を切って残る酒を飲み干し、不敵に笑い。


『原呪が天罰ってのには納得しよう。だが──その先は逆だと、俺は思う』


 結論を、述べる。


『強い原呪を持つ者ほど、本来は強い力、強い魂を持っているんじゃないか?

 だってそうだろ? それはつまり、『この人間は強く縛っておかないと危険だ』って、神様とやらが判断したって事なんだからよ。慈悲だの試練だのよりも、そっちの考えの方が俺は余程納得できるね』


 その日の話は、その言葉とその笑顔が。

 強く印象に、残っていた。




 ◆




 意識が浮上し、目を開ける。

 真っ先に目に入ってきたのは、見覚えのない白い天井──と、横合いから俺を覗き込む信じられないほど綺麗な少女の顔。


「!?」


 寝起きに見る光景としては少々破壊力が強すぎて、反射的に上体を起こそうとする。だがその寸前で衝突の可能性を思い出してどうにか自制できた。


「起きましたか」


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、意識の覚醒を確認した少女が身を引き、それを見て俺もようやくゆっくりと体を起こす。


 体の痛みは──ある程度残っているものの、動く分には支障はない。とりあえず五体満足を確認した俺は、少女に問いかける。


「ええと、ここは」

「ギルドの救護室です。あの迷宮を脱出した後、わたしが職員さんに頼んでここまで運んでもらいました」

「今はいつ?」

「日付は変わっていませんよ。あなたが寝ていたのは大体四時間ほどです」


 ふと窓の外を見ると、既に日は沈んでいた。日付が変わってないとすると、確かにそれくらいの時間は経っていそうだ。


 あの迷宮での出来事は夢ではなかったらしい。いや、夢ではないことは起きた瞬間から理解していた。何せ、未だ俺の右眼はあの時と変わらず異様な視界を映し続けているのだから。


 ともあれ、あれが全て現実なら、言わなければならないことがある。

 眼前で背筋を伸ばして座る少女に向けて俺は、頭を下げた。


「……まず、迷宮では助けていただきありがとうございます。あの時はああ言いましたが、貴女が協力してくれなければ俺は恐らく生きて帰れなかったでしょう」


 そこまで言って、頭を上げる。すると少女は、軽く目を見開いてどこかびっくりしたような顔でこちらを見返していた。なんだろうその顔、可愛い。

 俺の視線に気付いたのか、少女ははっと体を震わせ、やや焦り気味に言葉を返す。


「──い、いえ。当然のことをしたまでです。というか、あなたがいなければ私も生きてはいられなかったと思いますし、お互い様でしょう、それは」

「それでも、最初に助けられたのは俺です。礼はこちらが言うべきかと。改めて、ありがとうございます」

「……ああもう。冒険者にしては随分と気真面目ですね、あなたは」


 直接的なお礼を言われ慣れていないのか、少女が早口で言ってそっぽを向く。その後、強引に話を軌道修正にかかる。


「感謝うんぬんはもういいでしょう。ともかく無事であるのなら何よりです。わたしが四時間もここで待っていたのは聞きたいことがあったからで」

「えっ、四時間も待っていてくれたんですか?」

「……あっ」


 仮に聞きたいことがあったとしても、わざわざここで待つ必要はないだろう。俺が目を覚まし次第職員に呼びに来てもらう、という手も使えたはずだ。


 それをしないということは、他に理由があったということ。

 例えば……単純に心配だった、とか。


 そこまで至った俺の思考を掻き消すように、少女が声を出す。


「──き、聞きたいことが! あったからで、ですね!」

「は、はい!」


 何だろう。最初に会った時はすごくクールで格好いいイメージをこの子に抱いていたのだが、どうもそうではないような気がしてきた。

 勢いに押されて頷いてしまった俺に、少女が続ける。


「では、順を追って聞いていきます。──何故あなたはあんなところで、あんな大量の魔物に追い詰められていたのですか?」


 それについてなら説明は出来る。あの時は焦りと混乱で分からなかったが、冷静になった今ならば分かる。


 あの現象の原因、その発端は、俺が所属していたパーティー、ニナ達が強すぎたことだ。


 彼女たちはあの時ギルドの要請で、増えすぎた迷宮の魔物を討伐するために敢えて適正レベルより低い難度の迷宮に潜っていた。


 だが、それ故に。その彼女たちの圧倒的な力故に、本来ならば人間に敵愾心を向けるはずの迷宮の魔物が、彼女たちを恐れてしまったのだ。


 だから、一部の魔物たちは隠れた。殺戮の本能よりも生存の本能を優先し、ニナ達に見つからないように立ち回った。


 それらの魔物たちが、ニナ達という脅威が去った瞬間に出てきて、俺を見つけた瞬間、今まで抑圧されてきた殺戮の本能が解き放たれてしまった。


 以上が、俺を襲った危機の発端である。

 適性の難度よりも大幅に低い迷宮に潜る、という前例が中々なかったことで気付くのが遅れてしまったのだろう。


「……なるほど。では……あの、魔物が合体する現象は何だったのですか?」

「すみません、それに関しては俺も分からない」


 ここは正直に答える。あんなことはギルドの記録にない。或いは前例があったのかもしれないが──目撃者は全て殺されていたのだろう。


 それもそうだ。あのキマイラは、本来あの迷宮に挑む冒険者のレベルで太刀打ちできるような存在ではない。この正体不明の右眼が無ければ俺たちもやられていた。


「恐らくは、あの迷宮に固有の何かなのでしょう。落ち着いたらギルドに報告して、高位の冒険者パーティーに調査してもらうのが賢明かと」

「分かりました。では次です。どうしてあなたは、あの時一人でいたのですか? その……言いにくいことですが、あなたの呪いは……」


 少女が言葉を濁す。仕方のないことだ。むしろ他の冒険者のようにこの呪いについて侮蔑的に触れてこない辺り、この子はかなり優しいと言えるだろう。


「ええ。お察しの通り俺は単独では魔物を倒す手段を持たない。そういう呪いなので。当然あの時も迷宮に入っていたとあるパーティーに所属していたのですが……お恥ずかしながら、追い出されてしまいまして」

「え──どうして、ですか?」

「魔物を倒せない足手まといはいらない、とのことです。尤もな判断かと」


 苦笑と共に、自嘲気味に俺は呟く。


「そっ、それはいくら何でもおかしいです!」


 しかし、予想外に少女は声を荒らげた。


「た、確かに直接魔物を倒せない、というのはとても大きなハンデだと思います。でも、あの奇妙な魔物を倒した際のあなたの結界術や看破の力、その貢献は非常に大きいものです。なのに、いくら何でも不要だと追い出すというのは──」


 そうか。そういう勘違いか。確かにこの子は、あの迷宮でこの右眼を得る前の俺を知らないのだ。


「……信じてもらえないかもしれませんが、俺のあの時の力は、多分命の危機に瀕したことで偶発的に発現したものなんです。本来の俺は、本当に……」


 突拍子もない話に困惑の様子を見せる少女の前で、それでも俺は言い切る。


「……本当に、何の取柄もない、役立たずと言われても仕方がない、そんな人間なんです」


 ああ、みっともないなあ。

 会ったばかりの女の子に、こんな弱音を吐いて。

 どうやら二十八回目の追放は、思った以上に心に響いているらしい。


 そんな俺の内心の吐露を受けて。

 彼女は目を伏せて、それでもはっきりと、言い切った。


「……仮に、それが本当だったとしても。

 呪われているからという理由で追い出すのは、やっぱり酷いと思います。だって原呪というものは、その人が望んで得たものでは、ないのですから」


 その言葉だけでも、少し気が楽になった。穏やかに俺は告げる。


「……優しいんですね」

「ふぇっ」


 ……彼女が何か変な声を上げた。


「そっ、そういうのではないです。あくまで呪われているという面を過度に強調して評価を行うのは適切ではないと客観的に意見しているだけであって、あなたの境遇に個人的な同情があるとかそういう訳ではな、ないのですのです」


 やや語尾が怪しくなりつつも彼女は言い切る。


 ……うん、何と言うか。何となくこの子の性格が理解出来てきた気がする。

 当初のイメージとはどんどん離れて行っているが、これはこれでほっこりするのでとても良いと俺は思います。


 そんな俺の生暖かい視線を感じ取ったか、「こほん」と可愛らしく咳払いをするとやや頬の赤みを残しつつも言葉を発する。


「で、では、最後に一つ。これはかなり踏み込んだ質問なので、答えたくなければ答えなくて構いません」


 その前置きの間に表情の真剣さを強め、彼女は問うた。


「あなたの境遇、その原呪は理解しました。その上で、聞かせてください。

 ……どうして『冒険者を止める』という選択を、しないのですか?」


 ぐ、と唇を噛む。その質問はもっともだ。


 俺の原呪ほど、冒険者という職業に向いていない呪いは見たことが無い。単純に行動制約の強さだけ見ても、間違いなく原呪の中でトップクラス。この呪いを伝えた上で冒険者をやるべきかと問うたら、百人が百人否と答えるだろう。


 実際、向いていない、やめろ、と何度言われたことか。そう言えば今日追放された時も言われたな。あれは本当に堪えた。


 でも、それでも俺は五年間、冒険者を続けてきた。それは何故か。

 確かに踏み込んだ質問だ。どうしてそんな問いを発したのかは分からないけれど、答えないということはしたくなかった。


 だから俺は彼女の問いかけに、子供の時から胸の内にあり続ける熱が途絶えていないのを再確認し。

 顔を上げて、答えた。


「単純な理由です。憧れたからですよ、冒険者に」

「──」

「勇気を持って世界の脅威に立ち向かい、命を懸けて誰よりも自由な冒険を謳歌する、そんな存在に憧れて、たかが呪い程度(・・・・・・・)では、それを諦めきれなかった。

 だから今まで続けてきた。これからも、諦めることは無いでしょう」


 言うべきことは、これで十分だ。


「……分かりました。答えていただき、ありがとうございます。

 これで、聞きたいことは以上です」


 俺の答えを真っ直ぐ受け止めて、少女が瞑目する。


「続いて、わたしからの提案……いえ、お願いです。お兄さん」


 そして再度目を開き、その輝く瞳で真っ直ぐに俺を見据え。

 最初に会った時のような凛とした態度と声色で、彼女は告げた。



「──わたしと、パーティーを組んでくださいませんか?」

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