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29話 思いと呪いと

本日二話目です。

「……何よ、それ」


 襲い来る影の魔物を蹴散らしながら、俺はニナにこれまでの事情を説明する。それを聞いた彼女の第一声がこれだ。


「『天使の呪い』ですって? そんな酷い呪いを持って今まで生きてきたの、あの子は」


 苦々しくニナは呟く。妥当な反応だろう。

 その後ニナはこちらに向き直り、


「それで。事情は分かったけど……貴方はいいの?」

「いい、とは?」

「本当に助けに行っていいのか、と聞いているの。つまるところ、貴方はもうあの子の呪いの対象に入っているんでしょう? 原呪のせいとは言えあの子は貴方を殺しかけた相手で、貴方を捨てた相手。それに、行ったところで出会えばまた殺しに来られるかもしれない。そんな相手を助けに行く意思が、貴方にあるの?」


 その問いは暗に、そのつもりが無いなら大人しく身を隠していろと言っている。


 彼女らしい。ニナはあくまで『迷宮から民を守る』ことを行動の至上に置いている。俺と同行しているのもそれに役立つと思ったからで、今の話を聞いてそれに疑念が生まれたから聞いているのだ。


 そして、尤もな問いだとも思う。だが俺の答えは決まっている。


「……ええ。確かに呪いを知った時は悲しかったです。でも、だからと言って彼女に死んで欲しいわけではないし、あれが最後の会話になるのも嫌です。

 だから、助けに行きます。例え、どんな結末になろうとも」


 思いを再確認して言葉を紡ぐ。

 それを見ていたニナは心持ち視線を緩めて、


「ならいいわ。疑って悪かったわね」


 視線を、別の方角へ向ける。

 その先にあるのは、酷く歪な建物だった。


 そう、建物だ。それも成金趣味の貴族が好むような、装飾を施した絢爛豪華な屋敷。それを子供が無理やり粘土細工で再現したような、歪でおぞましさを感じさせる建造物。


 ……迷宮、だ。間違いなくあれが影の魔物を生み出した迷宮。歪な容姿とは裏腹に、見ているだけで肺が重くなるような濃密な魔力が渦巻いている。


 それに冷や汗を流しつつ、ニナが告げる。


「……なら残る問題は、あれを攻略できるかってことだけど──」




「まあ、無理だろうねぇ」




 突如として。俺もニナも全く予想していなかった方角から。

 第三者の、声がした。


「ッ!?」


 咄嗟に振り向いたニナが声の主に剣を突き付け、一拍遅れて俺も顔を向ける。

 するとそこにいたのは、


「おおっと怖い怖い。安心しなよ、キミ達に敵対するつもりはない」


 白衣を身に纏った、見覚えのある少女。


「エステル……?」

「おや、覚えてくれているとは光栄だね。エルク君」


 今日会ったばかりの、しかし特徴的な印象を残した研究者の少女が、そこに居た。




 ◆




「それで? 誰かは知らないけれど、こんなタイミングで出てくるってことは貴女もこの事態に一枚噛んでるという認識でいいのかしら」


 剣を突き付けたままのニナの問いに。


そうだよ(・・・・)?」


 臆面もなく、エステルは答える。

 それを聞いて更に剣を持つ力を込めるニナだったが、


「おっと、待って欲しい。本当にキミ達に敵対する気は無いんだ」


 手をひらひらと振ってそう言うエステル。


「むしろ、キミ達を応援しに来たと言ってもいい」

「応援……?」


 訝しむ声を上げる俺に、順を追って彼女は説明する。


「そうだよ。お察しの通り、あの迷宮はボクの開発した術式を核として、アキオス=セルジアの存在を基として生成されているんだけどね」


 その言葉に驚愕する。今、この人は何と言った?

 しかし疑問を差し挟む隙は与えられない。


「だから分かるんだよ。最初に言っただろう? 『無理だ』と。あの中に居るモノは正真正銘の化物だ。キミ達が弱いと言うつもりは無いが、それでも叶うとは思えない」

「……」


 色々と聞きたいこと、反論したいことはあるが、どれも言うことは出来ない。


 分かるのだ。それが真実だと。何よりも、目に見えるところにある迷宮から感じる強烈な圧力がそれに説得力を持たせている。


「だからね、可能性があるとしたら」


 続けてエステルはそう言って、俺を指さす。いや──指差されたのは、


「エルク君。キミの、その眼だ」

「……これが何なのか、貴女は知っているのですか?」


 今日、迷宮に入る前に会った時も彼女は何かを知っている素振りを見せていた。そして今回も、エステルは見透かすような視線をこちらに向けて、


「まあ、ボクの専門分野だからね。正しい魔法。神代の力。迷宮に連なる紛い物ではなく、ヒトの呪い(真価)に連なる真なる奇跡。天眼も魔眼も超越した、世界を変え得る真正なる神性の瞳。表現方法は色々あるけど、それは重要じゃない」


 歌うようにエステルは述べた後、もう一度指をこちらに向ける。


「重要なのは、アレに対抗できるとしたらキミの眼を置いて他にないということ。そして、その手の力のトリガーは──人の、思いであること」

「思い……?」

「何を非科学的なことを、と思うかい?」


 問い返した俺に、自嘲するような笑みをエステルは向ける。


「ボクにとっても不本意なんだけどね。でも研究を進めれば進めるほどそういう結論しか出てこなくなるから仕方ない。その結論が真実であることも、先ほどアキオス=セルジアを迷宮にしたことで証明されてしまった」


 俺はあの時、命の危機に瀕して『諦めたくない』という思いを強く持った。それがトリガーとなってこの右眼に目覚めたのだろうか。


 そして影の魔物の襲撃から察するに……アキオスは同様に、俺やサラカ、ニナに対する恨みをトリガーにして迷宮を創成した、ということか?


「エルク君、キミはサラカさんを助けに行くんだろう? ならばその助けたいという思いは持ち続けるんだ。例え何があってもね。それが、これから死地へと向かうキミへのアドバイスだ」


 そうエステルは話を締めくくり、背を向けようとするが、


「おっと?」


 その動きが、再度首筋に突き付けられたニナの剣で止められる。


「待ちなさい。話を聞く限り、一枚噛んでるどころか貴女が黒幕、立場的には私たちに敵対してるじゃない。そんな奴がのこのこと現れて吹き込んだことを信用するはずがないでしょう? 何が目的? そもそも大人しく逃げられると思ってるの?」

「そっちこそ待ってくれ。そういくつも質問を重ねられるといくらボクでも混乱してしまう」


 もっともなニナの問いに、しかしエステルは飄々とした態度を崩さない。


「順に答えるから剣をしまってくれ。まず、確かにあの迷宮が出来た原因はボクだが、何度も言うけど敵対するつもりは無いんだ。迷宮を創成すること自体が今回の趣旨で、それに必要だったからキミたちに恨みを持つアキオスさんに近付いたけど、ボク自身はキミ達に恨みは無い」

「……」

「むしろキミたちのことは応援すらしているよ。それがボクの目的さ」


 ニナと、そして俺を見据え、エステルは意外にも何処か悲しげな笑顔で、


「確かにボクはとある事情(・・・・・)で未知の探求を止めることは出来ないし、する気も無い。そのために今回のようなことが必要なら何度でも繰り返すだろう。

 ……でもね。ボクにだって人並みの感性はある。アキオスさんのような自分以外の全てを見下している人間より、キミたちのような誰かのために動ける人間の方が、ボクは好きだ。だからキミたちに勝って欲しいと思うのは普通じゃないかな?」

「……貴女、エルクの眼に興味を持っていたわよね。それが失われるのが怖いだけじゃないの?」

「まぁそれもあるよ。彼はここで死なせるには惜しい素材だ」


 ニナの切り返しに、悪びれずに彼女はそう答えた後、


「でもどうあれ、キミたちに死んでほしくないと思っているのは確かだ。だからこうしてお節介を焼きに来たのさ。本音を言うなら止めたいところだけど、流石にキミたちをどうこうできるほどボクの戦闘能力は高くない。引き留めて悪かったね。行くと良い」

「いや、だから──」

「ああ、そう言えば最後の質問に対する回答がまだだったね」


 なおもエステルに言いつのるニナだったが、それを見てどこか見た目相応の気配を漂わせていたエステルがまた得体の知れない空気を纏う。


「逃げられると思っているのか、だって? 勿論思っているよ」

「!」

「今言った通りボクはキミたちに叶わない。でも、全力でやればかなりキミたちを手こずらせる自信はある。そしてキミたちにそうしている時間は無いと思うよ? 『彼』がいつ短気を起こしてもおかしくないからね」


 そう言って、迷宮の方を指差すエステル。


 言わんとすることは明白だ。俺達が捕まらないことに焦れた結果、迷宮内に居るであろうサラカが殺される可能性がある、ということだ。


 はったりの可能性も高いが、それを断定するには不確定情報が多すぎるしリスクも高い。


 それを理解しているのだろう、ニナの剣を持つ手が震える。多少の人間味も見せたが、この状況を作り出した黒幕であるエステルは間違いなく危険な存在だ。

 それを放っておくことは潔癖な彼女にとって許しがたいのだろう。だが、


「ニナ。不本意かもしれませんがここは見逃しましょう。エステルの言う通り、ここは迷宮に駆けつけることを優先すべきだ」

「……分かったわよ」


 最終的にはやはり彼女も剣を引いた。一歩下がるエステルの方を向く。


「……エステル。真偽のほどは分かりませんが、とにかくアドバイスには感謝します」

「うん、それでいいよ。……またね、エルク君」


 その言葉が、また貴方の前に現れるという宣言なのか、それとも生きて会おうという遠回しな応援なのかは分からなかったが。

 こうして、この事態の元凶である少女との邂逅は終わりを告げた。




 ◆




 エステルと別れ、遂に俺達は迷宮に突入する。


 悪趣味な屋敷の周辺に、例の影の魔物はいない。もう品切れ──ということは無いだろうから、単純に必要が無くなったのだろう。俺とニナが迷宮にやってきたことを見越して迎え撃つ気なのだ。


 かと言って怯んでもいられない。ここから入ってこいと言わんばかりに開け放たれた扉をくぐって中に入る。


 瞬間、空気が変わった。


 今まで潜ってきたどの迷宮とも違う、濃い気配。直感的に理解する。この場所は、これまでの迷宮含め今まで俺達が過ごしてきたところとは、『別の世界』なのだと。


 鉛を呑むような圧迫感。立っているだけでも辛いほどの濃密な気配。

 それが発せられている原因を辿るとそこに──居た。



「……僕は悪くない」



 驚くべきことに、蹲るその存在は言葉を発した。影の魔物とは違う、流暢な発声で。

 ゆっくりと、それが立ち上がる。


「……直に目にするまで信じられなかったけど……本当にアキオスなのね」


 そう。ニナがそう断言できる程度には、それは人の形を保っていた。


 アキオスと判別できるくらい原形の残った顔つきと体つき。だが、体のそこかしこからは木の根のような固い質感の黒い物質が生え、肩のあたりは膨張して不自然に蠕動している。

 顔の右半分は根を張ったような跡があり、その様相はもう彼がヒトではなくなっていることを強く実感させる。


「僕は悪くないんだ」


 アキオスだったものが、繰り返す。


「悪いのは君たちだ。どうしてどいつもこいつも僕の価値を認めようとしない。嫉妬しているんだろう? 僕の力に、才能に。醜い、ああ醜い。誰も彼も僕を排斥して、そのせいで僕はこうなってしまったいや違う、まだ間に合ウ。僕を嘲笑う奴らをみんな殺シテしまえばきっと元に戻レルはずナんだきっとソウだ、殺す、殺す殺すコロスコロス」


 次第に支離滅裂な言動になったかと思うと、アキオスだったものの眼球がぎょろりとこちらを向く。


「エルク、ニナ。僕の復讐は正当ダ。僕に直接手にかけてもらえることを誇るト良い。だから君たちハ出来る限り無様に抵抗しタあと撃たれテ捩じ切らレテ磨り潰サレテ轢カレ縊リ殺コロスコロコロkkkkkkkkkkkkkkk」


 その不気味さに言葉を失う俺とニナを他所に。


 アキオスの人間だった部分がどんどんなくなっていく。木の根のような黒い触手が全身を覆い、世の理の外に居る化物へと作り変えていく。


 そして、黒の触手に覆われた悍ましい人型の悪魔が、誕生する。


「ゴガギギガgギggゴggggggggggggggg!!」


 悪魔が叫ぶ。耳をつんざくような金切り声。


 戦闘体勢に入った。そう判断した俺は構えを取って右眼に力を込め、

 そこで気付いた。



 視えない(・・・・)



 あの悪魔が、この右眼に映らない。


 右眼の異常ではない。現に隣のニナは問題なく右眼で視えている。あの悪魔だけが、何の色も映さない。ニナのように単色の色合いで読み辛いということですらない。


 完全なる無色。読み辛い以前の問題だ。色が無いものは読めない。今奴が何をして、次に何をするか。それを察知することが全く出来ない。


 ──だからこそ、攻撃の予兆も、読み取ることが出来なかった。


 直後。

 悪魔が展開した黒の触手から『何か』が放たれ。

 成す術無く、俺を吹き飛ばした。




「……っ」


 身を起こす。


 反射的に体の状態を確認。背中に激痛がある。迷宮の壁に叩きつけられた時のものだろう。


 逆に言えばそれ以外に外傷はない。あの悪魔が何をしたかは分からないが、少なくともあの攻撃自体に殺傷力は無く、吹き飛ばすだけの代物のようだ。


 視線を前に向けると、その先には健在の悪魔。己の力を誇示するように哄笑を上げ、触手を蠢かせている。

 そして、俺の隣には、


「……笑うしかないわね」


 同じく壁に打ち付けられたニナの姿が。

 言葉とは裏腹に苦い表情で顔を歪め、彼女が告げる。


「あいつの今の攻撃。ただの魔力放出よ」

「──え」


 その言葉に、固まった。


 魔力放出。その名の通り己の体に流れる魔力を集めて外部に放つこと。魔力単体に大した機能は無く、それはせいぜい相手に圧迫感を与える程度。威嚇以上の使い道は無いはずだ。


 ……だからこそ、信じがたい。それだけで俺達を吹き飛ばすなど、どれ程の密度の魔力があれば可能になるのかと。


『あの中に居るモノは正真正銘の化物だ』


 エステルの言葉が蘇る。あれは誇張でも何でもなかった。

 今の一撃だけで悟る。眼前の悪魔は、これまでの魔物とは次元の違う強さを持っている。


「……『逃げろ』と言っているわ」


 ニナが続けて口を開いた。


「私の眼曰く、勝ち目が無いそうよ」


 そう告げる彼女の眼は既に蒼に染まっている。


『羅針の天眼』。これを発動した彼女は異常なレベルの直感を備え、その機動力と合わせればほぼ無敵と言っていい力を得ているはずだった。


 だが。今はそのニナの超直感でさえ、逃走を示唆している。天眼の性能を身をもって知っているからこそ、その情報は絶望的な響きを与えてくる。


「正直、こんなことは初めてよ。だから直感通り逃げたいところだけど……」


 ニナが後ろを見やり、つられて俺も振り向く。


 俺達が入ってきた入り口の辺りには、例の影の魔物が所狭しとひしめいていた。……なるほど、影の魔物を見ないと思ったらこれに使うつもりだったのか。


 逃げ場のない場所での戦い。俺達に悪意的なギャラリー。それはまるで、あの武闘祭決勝の舞台を再現しているかのよう。


 いや、実際そうなのだろう。アキオスは俺達に復讐するためにこの場を整えたかったのだ。


「……エルク」


 どうすると考える俺に、ニナが冷や汗を流しながら告げる。


「作戦変更よ。何をするにしても、この状況で成功率は低い」

「……そうですね」

「だからエルク。まずは──サラカを見つけてきなさい」


 その言葉に、俺は瞠目した。


「今回の最優先目標は彼女の救出よ。まずはそれを果たしなさい。それに、戦うにせよ逃げるにせよこの二人じゃ何もできない。何をおいても戦力が必要よ」

「いや──しかし、サラカは俺を──」

「分かってるわ。『天使の呪い』のリスクがあるのは百も承知。でもね……」


 ニナの眼がゆっくりとこちらに歩み寄ってくる悪魔を捕らえる。


「あなた、アレを足止めできる?」


 ……確かに。俺も足止めはむしろ得意分野だが、今回は相手が悪すぎる。サラカを探す間奴を誰が引き付けるかという話になれば、ニナを置いて他にあるまい。


「……分かり、ました」


 迷っている暇はない。ニナの天眼には時間制限がある。発動しているということは、そうしないとニナでも足止めすら不可能と思ったのだろう。


 俺は頷いて、横合いに走り出す。


 それを逃がさぬとばかりに悪魔がその膨大な魔力を用いた魔法を放とうとする。精霊術だ。元がアキオスである以上妥当だが、当然その威力は比べ物にならない。


 しかし、その魔法は横合いからのニナの突撃によってキャンセルされる。悪魔は煩わしそうに触手で応戦。その手数と速度も段違いだ。ニナですら既に押されている。


 ……長くは保たない。

 そう判断し、俺は屋敷のどこかに居るサラカを見つけ出すため、必死の探索を開始した。

評価、ブックマーク本当にありがとうございます。

お膳立ては全て整いました。いよいよ次話、エルクとサラカが邂逅します。

暗めの展開が続いて申し訳ございませんが、ラストまであと少し。

どうか最後まで、お付き合いよろしくお願いします。

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