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27話 大氾濫

 サラカを追って宿を飛び出した俺。


 彼女は近くにいる。微かに温もりが残っていた手紙と、渇いていない涙の痕から俺はそう確信する。


 時刻は深夜、人気は無く、馬車等は使えない。街の外に出たとも考えにくい。俺の右眼を使えば、見つけられないことは無いはずだ。


 そう思って、まずは何処か周囲を見渡せる所に行こうと思った矢先だった。


「……?」


 視界の端を、やけに目につく赤い光が横切った。


 そちらの方向を注視すると、確かに見える。夜闇の中で爛々と輝く二対の赤光。まるで、何者かの瞳のような。


 そう思ったところで、暗がりの中からそれが姿を現す。


 一言で言うなら、影の獣だ。

 夜闇に溶け込むような黒々とした体躯に、どこかおぞましさを感じさせる二対の赤い瞳が俺を捉えている。


 そしてその外見と、俺の右眼は言っていた。これは──


「──魔、物……?」


 嘘だ。思わず俺はそう思った。


 魔物はあくまで迷宮の中に現れるもの。一応迷宮の外にいる、所謂『野良』の魔物も存在はするが、それでもこんな街中で出現することはあり得ない。


 しかし。そんな俺の考えを塗りつぶすように、


「……なん、で」


 夜闇から次々と、多種多様な影の魔物が出現し、俺を取り囲んでいく。


 いないはずの魔物の出現。同種の魔物の大量発生。

 これらの状況が指し示す事実は、一つしかない。


大氾濫(スタンピード)……!?」


 大氾濫(スタンピード)。何らかの原因で迷宮から魔物が溢れ出し、世に魔物が解き放たれてしまう現象。


 それが今、この街近辺の迷宮で起こっていることは明らかだ。


 だが、俺は知らない。

 この町周辺の迷宮で、こんな魔物が出る迷宮に覚えがない。


 まさか──俺がユグドラシルから出てくるまでの間に、新しい迷宮が発生したとでも言うのか?


 状況を完全には掴み切れない俺の眼前で。

 更なる驚愕が、もたらされた。


『──エルク』


 声が、した。


 俺の効き間違いでなければ、眼前の魔物の内の一体。同じく赤い眼光を湛えた影人間とでも呼ぶべき個体から、鉄を引っ掻くような声が聞こえた。


 それが聞き間違いでないことを証明するように、



『エルク。エルク! エルク=アンシャール! 見ツケタ! 見ツケタゾ!』



 影人間が、俺の名を呼び。

 真っ赤な口を三日月の形に歪ませて──


『ギャギャギャギャギャギャギャギャ!!』


 哄笑を、上げる。


『”フクシュウ”ダ! エルク=アンシャールに”フクシュウ”セヨ! 憎メ! 憎メ!! 許スナ! 許スナ!!』

『ギシャシャシャシャシャシャシャシャシャ!!』


 影人間の声に応えるように、周りの影の魔物達も哄笑を上げ、酷く耳障りな不協和音を奏で始める。


 ……なんなんだ、こいつらは。


 俺の見てきた、どの魔物とも違う。まず人の言葉を話す魔物なんて聞いたことが無い。ひどく不完全な人間味があるだけに余計に悍ましさを感じてしまう。


 そんな不気味な存在の悪意と狂気が、今、俺に向けられている。通常ならば混乱の極致にあってもおかしくない窮地だ。


 事実俺も顔を歪めて冷や汗を流しながらも……しかし。同時に頭の中でピースが組みあがっていくのを感じていた。


 同一根源仮説。

 俺の知らない迷宮の魔物。

 俺に『復讐』する、という言葉。


 突飛な推理であることは理解している。しかし、脳裏に浮かんだある一つの可能性で、この状況をほぼ全て説明できることもまた事実。


 まさか。いやしかし──と更に思考を巡らせようとするが、その暇は与えられない。


『ギィアッ』

「っ!」


 影の魔物が、とうとう俺に襲い掛かってきたからだ。


 飛び掛かって爪を振るう魔物。それをどうにか飛び下がって躱すが、休む間もなく次の魔物がやって来る。


 ──まずい。


 この魔物達、強い。今の動き自体も相当に速かったし、何より数が膨大過ぎる。ざっと周囲を見渡すだけでも俺を睨む赤光の数が数えきれない。


 それに何より、俺の最大の弱点、聖者の呪い。俺は俺だけじゃ、魔物を倒す手段を持たない。


 右眼を使えば応戦することは可能だ。しかし撃破が出来ない以上、ここから先に進むことが出来ない。俺の切り札、呪血封環結界(コード・グレイブニル)もこの数が相手じゃ一々使っていられない。


 もし万が一俺の予想が当たっていて、かつ最悪の状況であるのなら、こんなことをやっている場合ではないのに……!


 どうする、と俺が歯噛みした、その時だった。



 ──きぃん、と。



 俺の眼前を、一閃の細い光が横切って。

 次の瞬間、目の前で魔物が真っ二つになって消え去る。


「──驚いたわ」


 そして、いつの間にか俺の隣に居た銀髪の少女が、その碧眼をこちらに向け。


貴方も狙われて(・・・・・・・)いたのね(・・・・)、エルク」


 俺の推理を補強する更なる情報を、ニナ=サーティスは告げた。




 ◆




「……助かりました。情報交換をしたいところですが……まずは」

「そうね。この連中を片付けてからにしましょうか」


 一応二か月パーティーを組んでいた仲だ。意思決定も早い。


 俺もニナも全貌を把握していないが、ここは応戦しなければならない状況であることは分かっていた。こういった切り替えの早さも冒険者には必要な能力だ。


 次々と襲い来る魔物を次々と真っ二つにしていくニナ。魔物側も彼女を脅威とみなしたか、ニナに対して集中的に、連携して襲い掛かってくる。


 この魔物たちは、個々の能力も非常に高い。連携されればいくらニナと言えど多少はてこずってしまうだろう。だが──


「──司令塔はあの影人間です。奴を先に」

「!」


 ニナが魔物を引きつけてくれれば、魔物を右眼で観察する余裕ができる。


 まずは瞬時に指揮系統を看破し、ニナがそれに反応して影人間に突撃する。周りの魔物はそれを守るように動くが、それはさせない。俺が動きを読んで結界で阻害。


 一対一の状況さえ作り上げればニナは最強だ。影人間自体も周りの魔物より強力のようだったが、ニナ相手では一刀のもとに首を斬られる。


 そして読み通り、司令塔を失った魔物たちは途端にバラバラになる。


「魔物の弱点は赤い目の部分です。そこを狙えば多少は一体にかける時間を減らせるかと」


 弱点を教え、それに従ってニナが残る魔物を瞬時に蹂躙。ひとまず第一波を退けることに成功した。


「……凄まじく便利ね、その眼」


 俺の力が右眼にあることを知っているニナが、剣をしまいながらそう告げる。


「恐縮です。それでニナ。今しがた、俺()襲われている、と言いましたが……」

「ええ。どこから湧いたか知らないけどこの魔物、私だけを狙って襲ってきてたのよ。状況把握のため発生源を探していたんだけど、貴方も襲われてるところを見かけたから。

 ……一体、誰が何をした結果こんな状況になってるの? 見たことの無い喋る魔物に、突然の大氾濫(スタンピード)。はっきり言って訳が分からないわ」


 気味悪そうに顔を顰めるニナに、俺は答える。


「『何をした結果』というのは分かりませんが、『誰が』というのは見当が付きます。……恐らくこの状況、アキオスが絡んでいる(・・・・・・・・・・)


 そう。何故か意志を持つ魔物が俺と、そしてニナをも狙ったことから動機の部分は確信に近い推理を得ている。


 俺とニナの双方に強い殺意をぶつけていることから、あの魔物を──操っているのかは知らないが──けしかけたものの意志にアキオスが絡んでいるのは間違いないだろう。



「アキオス? あの男が何かをした結果、あの魔物たちが私たちを狙うようになった──ちょっと待って。だとしたら」


 ニナが瞬時にそれを理解し、次の危惧すべきことに思い至る。

 だがそれを言語化するより前に、


『ギャギャギャギャギャ! エルク! ニナ! 見ツケタ!』


 新たな影人間の耳障りな声が聞こえてきた。次の集団がやってきたのだ。


「ッ! ほんっとにキリが無いわね……!」


 ニナが顔を歪めつつも瞬時に戦闘体勢を取る。そんな俺達に向かって、影人間は尚も喚きたてる。



『許スナ! 許サレザルハ三人! エルク、ニナ、ソシテ──サラカ(・・・・)

 エルク、ニナ、ココニ居ル! サラカハ既ニ捕マエタ(・・・・・・)!』



「「ッ!」」


『エルク、ニナ、殺スナ! 捕ラエロ! 持チ帰リ、死ヨリモ惨イ苦シミヲ与エルノダ! ソレガ主ノ意志デアル(・・・・・・・・・・)!』


 ……どうやら。

 最悪の予想が、現実となってしまったようだ。


「──エルク。これは」

「ええ。間違いないでしょう。この奇妙な意志持つ魔物を生み出した迷宮、その創成には確実にアキオスが関わっている。そして──」


 そのアキオスの意志で、アキオスが恨む人間だけを魔物が狙っている結果がこの状況だとしたら──間違いなく、俺達と同様にサラカも狙われる。


 そして彼女は今確実に一人。そんな時にこの強力な魔物に囲まれ──その先は俺とニナが予想し、今影人間が言った通り。


 サラカが、捕らえられた。


(……いや、落ち着け)


 影人間の口調を信じるならば、まだ彼女は死んではいない。アキオスの目的が俺達に対する復讐ならば、俺達を捕らえるまですぐ殺すような真似はしないだろう。


 ならば、俺のやることは一つ。


「……俺は、迷宮に向かいます。彼女を助けなければ」


 むしろ好都合とも言える。ある意味で一番の難関だった『サラカを探す』過程がクリアできたのだから。


 迷宮で、何が待ち受けているかは分からない。そもそも彼女と対峙して何が起こるかも全く予想がつかない。むしろ死ぬ可能性の方が高い。


 それでも、彼女ともう一度会わなければいけない。それだけは、確信していた。


 そして、一転して苦々しい顔で俺は隣の少女に言う。


「……ニナ。出来れば貴女にも協力してもらいたい。間違いなく迷宮は危険だ。強制はできませんが、報酬も俺に出来る範囲なら用意しますので──」

「何言ってるの。そんなもの無くとも行くわよ」


 思わず隣を見る。


「迷宮から民を守るのが冒険者の責務。ならばここで動かない道理は無いわ。

 ──むしろこちらから頼むわ。一度追い出した手前申し訳ないけど、この状況では貴方の力が必要よ。臨時でもいいから、組んでくれるかしら」

「……」


 ……こんな状況だが、その言葉に、胸に来るものがあった。

 俺は無言で頷き、眼前に迫る魔物たちを見据えて、ニナと共に駆け出した。




 こうして。


 ニナにパーティーを追い出されてから始まったこの一連の因縁、何の因果か最後はそのニナと再度パーティーを組んで。


 決着をつける場所へと、俺達は向かう。

またも感想頂きました。ラビット様、改めてありがとうございます!

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