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24話 見たかった光景

 ぶん、と耳障りな音を立てて、甲虫型の魔物がサラカに襲い掛かる。

 その動きは、これまで潜ってきた迷宮の魔物よりもさらに数段早い。流石は迷宮:ユグドラシル。他の迷宮とは難易度が一味違う。


 だが、そんな動きも彼女の実力の前では誤差のようなものだ。


「はぁ!」


 サラカが腕を振るった瞬間、手の前に炎の壁が現れる。飛んで火に入る何とやら、甲虫の魔物は後続の魔物諸共焼き払われて消え去った。


 Aランク技能による圧倒的な火力。流石はサラカ、真正面から戦う限り、この迷宮レベルの相手は問題なくあしらえる。


 だが、この迷宮の真に恐ろしいところは魔物の強さではない。『森の形をした迷宮である』という点だ。


 当たり前だが、森という場所は障害物が多い。それはそのまま隠れる場所の多さに繋がる。

 この迷宮に出没する魔物はそれを利用してくる。真正面から叶わない相手には音を消し、森の景色と同化し、死角から不意打ちで襲い掛かってくる。その奇襲こそが、この迷宮に出没する魔物の本領だ。


 だからこそ、それをさせないのが俺の仕事。


 周囲を睥睨する。この右眼ならば多少の障害物など物ともしない、魔物の位置はすべて把握している。現時点で脅威となる魔物は三匹。全て対処可能だ。


 まず木の幹と同化してサラカに不意打ちを狙っている茶色の兎型魔物は、飛び出す瞬間を見計らって足元に結界を配置。派手に転ぶ音でサラカに気付かせ、対処してもらう。


 続いて無音の歩行で隙を伺っている猿型の魔物は、さりげなく幻術で動きを誘導してサラカと兎型の魔物を結ぶ直線状に配置。

 狙い通りサラカの放った熱線がそのまま猿型の魔物も撃ち抜く。サラカが驚いた顔でこちらを見るが、まだ終わりではない。


 問題は最後の、そして一番厄介な三匹目。少し離れたところから俺達を伺っていたフードを被った魔物。


 その魔物の名は、『ストレイ・メイガス』。文字通り魔術師の魔物で、一定以上の難度の迷宮で出没する、魔法を使用する魔物(・・・・・・・・・)だ。


 そのストレイ・メイガスはサラカの顔が俺に向いたのを見計らって、魔方陣を展開する。サラカが見ていない隙に風弾で狙い撃つ心積もりだろう。


 だが残念、サラカに見えなくとも俺には視えている。


 この魔物は魔法を使いこそするが、その練度は非常に粗い。魔法の種類が風弾だと簡単に分かったし、術式も綻びだらけ。そういう相手には、武闘祭で取得したこの技が非常に有効だ。


 魔法を視認し、指を鳴らす。


 疑似魔法消去術式パラ・マジックキャンセル


 術式の綻びに俺の魔法を割り込ませて魔法の起動を失敗させるという、この右眼ならではの荒業。決勝でもアキオス戦の決め手となった技で、魔物の先制攻撃を潰す。


 慌ててストレイ・メイガスは次弾を用意するが、既にサラカが気付いている。お返しとして起動した風の刃がフードを真っ二つにし、魔物は消失した。


 これで一区切り。恐らくは次の波でこの辺りの魔物は全部だろう。


 最後の一団なだけあってその魔物の数は非常に多そうだ。今までならば俺の対処やサラカへの指示が追いつかなくなりそうな量だが、今は問題ない。


 何せこの戦闘において、俺はサラカにほとんど指示を出していない。出す必要が無いからだ。


 武闘祭での戦いを通して何より鍛えられたのは、敵を観察して次の動きを読む能力。そして敵の動きが読めるならば、当然味方の動きも読める。


 それによって俺はこの戦いで、魔物だけでなくサラカの動きすらある程度誘導して戦闘を進めた。これならば、いちいち指示を出さずとも余程効率的な戦闘展開が可能になる。


 故に、あの量の魔物と言えど俺と彼女ならば恐るに足らず、だ。


 事実、次の魔物の一団と激突してから数分後。俺もサラカもかすり傷一つ負うことなく戦闘を終了させた。


 戦場の全てを掌に乗せているような全能感。

 無論それに溺れてはいけないが、少なくともこのレベルの相手なら十分通用する。

 その確信を得た、有意義な戦闘だった。



 そして戦闘が終わった後は、恒例の休憩だ。


 特に今日は、この後ひたすら特定の植物を採集し続ける重労働が待っている。俺はともかく強力な魔法を連発したサラカは十分に体を休めるべきだろう。


 そう思って多目に取った休憩時間で、


「エルク」


 サラカが果汁水の水筒を手にし、一口飲んでから顔を上げ。


「……とんでもないですね」


 随分と抽象的なことを言ってきた。


「え? な、何がでしょう」

「先の戦いであなたがやったことすべてが、ですよ。あなたは気付いていないようですが……わたしの主観では先の戦闘、怖いくらい楽に感じました。これまでの迷宮で経験した戦いの何よりも、です。

 でもそんなことはあり得ません。だからあなたが戦局を誘導していたんでしょう? それもわたしが全くストレスを感じず、気付きもしないレベルで、です。最早サポートの域を軽く超えてるのでは?」

「ど、どうも」


 言い回しは理知的なモードの彼女らしいものだが、二週間弱も付き合えば彼女のこれがべた褒めであることくらい分かる。


 それに気付けること自体も普通に凄いことなのだが……と恐縮するも、彼女の表情が言葉とは裏腹に浮かないことが気になって、問いかける。


「どうしたのですか?」

「……それと比べると、わたしはあんまり役に立ててないな、と」


 思わぬ言葉に驚く。


「え、いやいやそんなことは」

「あるのです。エルク、わたしがあなたをパーティーに入れる時に言ったことを覚えていますか?」


 言ったことは概ね覚えているがいったいどのことだろう、と首を傾げる俺にサラカが答える。


「『魔物はわたしが倒します』、と言いました」

「それは──実際そうしているのでは?」

「ぜんぜん違います。極論わたしは止めを刺しているだけで、戦闘での負担はむしろあなたの方が上だと感じました。……あの時は、戦闘は全てわたしが一人でこなしても構わない、くらいのつもりで言ったのに、これでは……」

「いや、流石にそれは──」

「それくらいしないと割に合わない、と思っているんですよ。今は」


 思いのほか強い語調のサラカに言葉を止められる。


「だって、パーティーを組んでからあなたは色々なことをしてくれました。わたしが以前冒険者や冒険者向けの商法で酷い目に遭ったことを知って、同じ目に遭わないように指導してくれましたし、マキリの店も紹介してもらいました。

 快適に迷宮攻略出来るように手を焼いてもくれますし、わたしが何かしたいと思って誘った武闘祭でも悪いことをいっぱい言われたのに嫌な顔一つせず、ちゃんと優勝してくれました。どれもわたしには出来ないことです。

 ……それに比べて、わたしは。あなたが『聖者の呪い』を持っているのをいいことに、あなたが呪いのせいで出来ないだけのことをやって。それ以外のことを全て押し付けているんじゃないか、と思えてきて……」

「……随分と、役割の平等にこだわるんですね」

「だって。あなたはこれまで、それで苦しんできたんでしょう?」


 正直なところ、考えすぎなのではと思わなくも無かったが。


 今の言葉で気付いた。サラカの言う通り、俺だってこれまで『戦えないこと』を気に病んで、常に仲間に対して申し訳なさと劣等感を感じていた。それと似たような感情を、彼女も今感じているのだろう。


 勿論俺は彼女が役立たずだなんて欠片も思っていないのだが、きっとその言葉だけでは伝わり切らないだろう。俺だってそうだったのだから。


 だから俺は立ち上がり、彼女にこう提案した。


「……それでは、ひとつ。俺の我儘を聞いていただけますか?」

「え?」

「実はこの迷宮には、あなたに見せた──いえ、俺が見たかったとある場所がありましてね。本当は仕事を終えてから余裕があればにしようと思っていましたが、いつかまた訪れたいとかれこれ一年ほど思い続けてきたのでね。正直許されるのならば今すぐにでも見に行きたいのですよ」


 困惑するサラカに、俺は笑いかけて。


「だからサラカ。俺と一緒に、四層まで来ていただけますか?」




 ◆




 俺の見たかった光景は四層、正しく言えば四層の中心部にある。

 遭遇した魔物を最低限撃破しつつ、最短ルートで中心まで向かう。


 この迷宮において、構造上中心あるものと言えばに全層に共通している。そう、迷宮を縦に貫く大樹、その幹だ。


 中心に行くのにはそれなりに大変だ。三層までと比べて段違いに入り組んだ道を進まなければならないが、サラカはついてきてくれた。


 そして、中心。大樹の幹を見上げて、サラカは驚きの声を漏らす。


「これは──」


 四層の中心、彼女の眼前にあるのは、(うろ)だ。樹の幹に出来た空洞。しかし樹の大きさ自体が規格外なので、その洞も人間がゆうに通れる大きさとなっている。


「俺が見たかったものは、この中にあります。入りましょう」


 サラカを促し、中に入る。暗がりの中を進むことしばし、淡く発光する出口が見えてくる。

 そして、俺とサラカは、洞の出口に辿り着き。


 その光景を、見た。




 ──一面の夜空が、広がっていた。




 暗がりの中に、色合い様々な大小の光。それが延々と連なって、思わず自分の立っている場所を見失いそうな。


 大樹の中にあるにはあまりに不可解で、あまりに壮大で、あまりに幻想的な光景が、そこにはあった。


「──」


 言葉を失うサラカに、俺は種明かしをする。


「大樹の内側は、実は完全な空洞なんです」


 だから夜空の下地は、上下に広がる幹の内肌。そして、


「星のように見えるのは──花です」

「花……?」

「ええ。この樹だけに咲く、光る花。大樹のエネルギーを光に変換して、この迷宮全体の光源となっている、そんな不思議な特性を持つ花。文字通りですが、『星の花』と呼ばれているそうですよ」

「ほしの、はな……」


 その響きを反芻するように、サラカが呟いた後。


「……きれい、です。樹の中に、星空があるなんて」


 この上ない感想を、言ってくれた。


「俺は子供の頃、故郷の村に訪れた冒険者の話に憧れて、冒険者を目指そうと思いました」


 そんな彼女に、俺は自分の原点を語る。


「彼の話の中には、このように迷宮ならではの景色を発見する楽しさも多く含まれていました。だから俺は、魔物を倒すことだけではなく、こんな光景を見ることも、冒険者ならではの報酬だと思っています」


 ですが、と俺は続ける。


「他の冒険者の多くにとっては、そうではなかったようで」

「……」

「実は四層のこの場所に来ることに、あんまり金銭的価値は無いんですよ。出てくる魔物は三層と同じだし、四層ならではの特殊な植物があるわけでもない。そのくせ三層よりも入り組んだ構造をしていて進みづらい。わざわざこの場所に来るメリットは、『この景色を見ることが出来る』という、ただそれだけなんです」


 だから他の冒険者は、この場所に行きたいという俺の願いを嘲笑った。一銭にもならないことにどうしてそこまでしなきゃいけない。お遊びのつもりで迷宮に潜っているのなら帰れ。ただでさえ戦えないのに目的までくだらないとは本当に救えない、等々。


 そういう理由で、この迷宮で迷った際偶然発見してから一年以上、俺はこの景色を再度見ることが叶わなかった。


 だから、俺は隣の少女に問いかける。


「サラカ。あなたはこの話とこれまでの道程を鑑みて、『割に合わない』と思いますか?」

「まさか!」


 サラカが振り返り、力強く否定する。


「思わないです。それに、仮にわたしがそう感じたとしても、あなたは苦労してまで見る価値がこの光景にはあると思っているんでしょう? ならばそれを否定することは、わたしには出来ないです」

「それですよ」

「え?」


 唐突な言葉で困惑する彼女に、俺は笑いかける。


「貴女は気付いていないようですが」


 先の意趣返しのような、少しばかりの悪戯心を込めて。


「貴女は、他者を尊重できる人です。俺の呪いを知っても差別せず、他人が馬鹿馬鹿しいと笑うことでも貴女は真っ直ぐに向き合ってくれる。それは、俺にとってはとても価値のあることです」

「……それは」

「貴女の知らない所でも俺は貴女に随分助けられているのです。戦うことも勿論ですが、このように戦うこと以外でも。だから気にする必要はありませんよ。俺のやっていることは、俺がやりたいからやっているんですし」


 俺は星空の中、彼女に向き合い、真っ直ぐに告げた。


「自信が無いのなら、何度でも言いましょう。──俺を拾って下さってありがとうございます、サラカ」

「──っ!」


 それを受け、彼女は顔を真っ赤にして俯き。


 そのまま俺に向かって駆け出し、とん、と額を俺の胸にぶつけてきた。




 ◆




「……え?」


 待て、何だこの状況は。


 手を伸ばせば抱きしめられそうな場所に彼女がいる。すぐ手前に彼女の綺麗な金髪が流れている。ふわりと甘い芳香が鼻を掠める。


 彼女が顔を上げた。


 至近距離で目が合う。サラカは何かを望むような、何かに耐えるような目をこちらに向けてきていた。その瞳に吸い込まれるような錯覚を覚える。



 そして彼女は、唇の動きだけで何事かを告げた後。

 ほっそりとした指先を、俺の胸に這わせ。





 ──(ケン)のルーンを、俺の体に刻んだ。





 直後。

 ルーンから放たれた熱線が、呆気なく俺の体を貫いた。

直後にもう一話更新します。

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