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23話 賢者との邂逅

 迷宮、という存在には謎が多い。


 突如として世界に現れた、謎の巨大建造物。その内部には凶悪な魔物が湧き、放っておくとその魔物が溢れ出して世に解き放たれてしまう。


 その側面だけを見ると完全に人類を滅ぼす気しかないように思える機構だが、一方で迷宮は多くのものを人類にもたらしもした。


 迷宮を構成する不思議な力を解き明かした結果人類は『魔法』を手に入れたし、迷宮で手に入る様々な物質、それらからできるマジックアイテムは人類の生活水準を大幅に上昇させた。


「人類に害を与えるが、それを乗り越えれば益を為す。だから、迷宮は『神の試練』だと言う人もいますね。主に宗教系の人ですが」

「へぇ、言われてみればそんな気もしてきますね」


 時刻は、武闘祭から四日後の朝。


 全快した俺はサラカと共に、マキリの依頼によって服の素材となるとある植物を集めるべく迷宮:ユグドラシルにやってきていた。


 迷宮の入り口で物資の最終点検をしているとき、サラカが「そもそも迷宮ってどういうものなんですかね?」と中々哲学的な問いをしてきたため、手を動かしながら俺はこう回答したわけだ。


 あとは、確か中々とんでもない話があったよな──と俺は記憶を探り当て、こんなことを言う。


「ああ、そうだ。迷宮の登場は、『原呪』の登場とほぼ一致している。だからそこに関係性を見出す人もいますね」

「原呪……」

「ええ。俺の『聖者の呪い』のように、原呪は呪いが人間に作用した結果人間の特性を変質させるものです。俺の場合は『他者を傷つけられない』という特性が付与されたわけですね。

 ……ならば、迷宮は呪いが世界に(・・・)作用した結果生まれるものではないか、という説も囁かれています」

「……なるほど」

「後はそれに派生するものだと……そう、原呪と迷宮は同じ力が働いているものだ。ならば──人間の原呪が何かしらの理由で暴走して、その成れの果てが迷宮なのではないか、という学説もあるにはあったかと」

「それ──って……迷宮は元々人間だった、ってことですか……?」

「まあ流石に飛躍しすぎだとは思いますけどね」


 少しばかり怯えた様子を見せるサラカ。

 仕方あるまい、流石にこの理論は気味が悪すぎる。

 この説が本当ならば、原呪が世界の全ての人間に与えられている以上、理論上は世界中の全人類が迷宮になり得る(・・・・・・・)、ということなのだから。


 だからあくまで仮説ですよ、とサラカに笑いかけて安心させるが、そこで



「おお、『同一根源仮説』をそこまで知っているとは、すごいね少年」



 俺達の後ろから、声がかかった。


 振り向くとそこに立っていたのは、見知らぬ風貌をした少女だった。


 青を基調とした簡素な服の上に、使い込まれた白衣を羽織っている。

 白衣がだぼだぼなせいで、体格の割に小柄に見えるのが何とも言えない可愛らしさを演出している。知性を感じさせる眼差しが興味深げに俺へと注がれていた。


 そんな謎の少女に対し、サラカが小首を傾げながら問う。


「ええと、あなたは?」

「おっとすまない、ボクは怪しいものと言えば認識次第で怪しいものなのかもしれないが、一応きちんとエステルという名前と、学者という身分がある。よく子供と間違えられるが、大学は出ているのでご心配なく。

 そこの迷宮でのフィールドワークを終えて帰ろうとしたところ、マイナーな学説にも造詣のある少年を見かけたものでね。すわ同志かと思った結果、交友関係の狭い人間特有の馴れ馴れしさを発揮してしまったというわけだ。気を悪くしたなら謝ろう」


 中性的な口調で個性的な自己紹介をしてくれたが、確かに服装だけならアクティブな研究者と言った風体だ。


 実際迷宮に関する研究を行っている人間の中には、直接迷宮に潜って調査をする人間、更にはそれに備えて戦闘訓練をしている人間もいる。

 背負っている鞄から覗く迷宮用の装備からするに、目の前の少女もその類だろう。


 ただ一点気になる点は、


「それは構いませんが……白衣を着て迷宮に潜っていたのですか? あまり意味は無いのでは……」

「ははは、手厳しい。実はついさっき行き詰まった研究に光明が見えたばかりでね。それに伴い迷宮で試してみたいことが出来たため、居てもたってもいられず研究室から飛び出してここまで来てしまったのさ……おおっと?」


 そんなエステルと名乗る少女は、割と危なめな理由を告げた後に、俺の風貌を観察し始めて、


「ひょっとしてキミは、エルク=アンシャール君かい?」


 そう問うてきた。


「え、ええ。そうですが……」

「おお、やはり! キミが武闘祭優勝者のエルク君か! となると隣の女の子がサラカ=ロステラントさんだね! 光栄だ、そして丁度良かった(・・・・・・)。この幸運を神に感謝しようか。まあ神はボクのような人間に感謝されたところで顔を顰めるだけだろうが、感謝とは押し売りするものだ。遠慮なく顰めてもらおう」


 後半の言い回しは謎だが、


「丁度良かった、とは?」

「うん、エルク君。ちょっと君に聞きたいことがあってだね」


 そう前置きして、エステルは語る。


「エルク君、そしてサラカさん。決勝の戦いは見事だった。ボクも迷宮に潜るものの端くれとして存分に感動させてもらったよ。

 それでだね。聞きたいことというのは噂についてだ。息抜きがてら武闘祭を見学するはいいが、どうもエルク君、そこで聞くのはキミの不穏な噂ばかり」


 ぴくりと俺の眉が動く。


「しかしボクも研究者の末席だ。証拠も無い憶測がいくら飛び交っていようと信じるには値しないし、それがこうまで声高に叫ばれていると真実を確認せずにはいられなくなる。それに武闘祭でのキミの様子、そして今会ってみた印象からするに、どうも噂と人物像が噛み合わない。

 だから知的好奇心の発露として単刀直入に聞きたいのだけど──エルク君、武闘祭の間囁かれていた噂は真実かい?」

「違います!」


 回答を捻りだそうとしたが、何故かサラカが先んじて答えてしまった。


「あれはアキオス──決勝の相手が意図的に流した噂です。エルクを貶めて、決勝を公開処刑にしようとした卑劣な策です。わたしはその噂を流した人と、信じる人は許さないと決めているんです」


 そう言ってエステルを睨むサラカ。エステルの方は数秒目をしばたたかせていたが、その後にふっと表情を緩め、俺の方を見てくる。


「サラカさんは、随分と仲間想いの女の子のようだね。エルク君」

「……え、ええ」


 そう直接的に指摘されると恥ずかしい俺を他所に、彼女はサラカに向き直る。


「そして安心すると良い、サラカさん。先も言った通りボクは証拠も無い情報は信じない。そういう意味ではキミの言ったことも断定は出来ないのだが……少なくともそちらは噂よりも辻褄が合っている。アキオス=セルジアさんは随分とエルク君を目の敵にしていたようだったからね。

 だから、どちらの情報を信じるかと言われれば、ボクはキミの言った方を信じよう。これでいいかな? サラカさん」

「良いです。あなたは話が分かる人のようですね」

「研究内容が絡まなければボクは話が分かる方だよ」


 受け答え自体は普通だが、やはりところどころに不穏な気配が滲む。研究内容が絡んだらどうなるのだろう。


 サラカとの会話を終えたエステルは僅かに笑みを滲ませ、


「でもそうなると、アキオスさんは災難だね。そんな噂まで流すってことは必ず勝てる確信があったんだろうけど、結果は敗北。今までの評価も反転してどん底だ。きっと彼は今頃、さぞエルク君を恨んでいる(・・・・・)んじゃないかい?」


 どうしてそんな言葉が出たのかは分からないが、俺はこれだけを告げる。


「そうかもしれませんが、俺には関係ない話です。俺は悪人ではないつもりですが、自業自得で評価を失った人間に手を差し伸べるほど聖人でもない。放っておきますし、もし彼が俺やサラカを狙うのなら、その時は容赦しません」

「なるほど」


 俺の答えを聞き、エステルはそう言って身を翻す。


「ありがとう。未知が一つ解けたし、望むものも得た。これで心置きなく本題の方に取り掛かれるよ。じゃあね、エルク君。今度機会があれば──」


 そこでエステルは再度俺の方に振り向き、今日一番の不敵な笑顔で。


キミに何が(・・・・・)視えているのか(・・・・・・・)も聞かせて欲しいな」

「──な」

「武闘祭での戦いぶりを見ていれば分かるさ。それじゃあね~」


 驚く俺を置き去りに、軽やかな足取りでエステルは去っていった。


 ……本当に驚いた。


 一応、俺の戦いの根幹が『眼』にあることがバレたのは初めてではない。


 決勝でニナも気付いていた。だが、あれはあくまで彼女の『羅針の天眼』があってのものだ。俺が半ば意図的に分かりにくい戦い方を心掛けているのもあって、それ以外にこの右眼まで想像を及ばせた人間はいない。



 故に、純粋な観察のみで俺の戦いの根幹に辿り着いたのは、あの研究者の少女が初めてということになる。

 確かに研究者という存在は観察と解析のプロのようなものなので、そういう意味ではバレてもおかしくないが……それでも驚愕だ。


「なんかへんな人でしたね……」


 戸惑ったようなサラカの呟き。それには同意だが、俺は同時に──ただならぬ人という評価を、あの少女に与えていた。




 ◆




 思わぬ邂逅もあったが、気を取り直して。


「では、ユグドラシルに潜りましょうか。この迷宮で気を付けるべき点は二つ。毒と不意打ちです。毒は専用の対毒ポーションを十分量買い込んでいるので、惜しまず定期摂取を心掛けて下さい。魔物の不意打ちに関しては基本俺の眼で察知できるとは思いますが、一応余裕があれば貴女も周囲を警戒してくださると助かります」

「了解しました!」


 最後にもう一度注意事項をおさらいし、迷宮へと進む。


 ユグドラシルは、地面に埋まった大樹を中心とした迷宮だ。


 縦型構造の全階層を貫くように大樹が屹立しており、そのせいで地上に出ているのは大樹の頂点の一部分。

 遠目から見るとまるで葉でできた丘のように見える。


 その麓にある穴が、地下にある迷宮への入り口だ。

 入り口に入り、長い通路を進み、その終わり。

 一気に視界が開け、眼前に──緑が広がった。


「わっ」


 サラカが思わず声を上げる。……驚くだろう。これまでオーソドックスな洞窟型の迷宮しか見てこなかった分、特に。


 眼前に広がっていたのは、一言で言うなら森だ。


 地面の下に森林が広がっている、というものは中々にインパクトがある。理屈はさっぱり分からないが、この迷宮を貫く大樹そのものが光を放ち、それによって多様な植物が育つそうなのだ。


 しかもこれは迷宮なだけあって、完全に地上とは別の生態系が構成されている。今しがた会った少女のような研究者が飛びつくのも道理だ。


 こういうものがあるから、迷宮は神秘に満ちていて。

 こういうものがあるから、冒険者は楽しいのだ。


「今日は、ここの三層にあるとある植物を袋が一杯になるまで収穫するのがお仕事です。……ですが、その前に」


 俺がそう言うと同時、ずしん、という音がする。


 音の方向に目をやると、発生源は俺の倍ほどの大きさを持った枯れ木。枝が寄り集まって手足を形成し、木の巨人とでも言うべき存在になっている。


 この迷宮第一層の代表的な魔物、トレントだ。


 そう、見た目の美しさに誤魔化されてはいけない。あくまでここは迷宮。当然魔物も出現する。


 だが、恐れることは無い。


 このために準備を重ねてきたし、体調も万全。そして何より──このパーティーの実力は、以前までとは別物だ。


「まずは冒険者の本業を果たしましょう。あれの弱点は見た目通り火です。周りはしっかり視ておきますので、倒すことだけに集中してください」

「はい!」


 サラカが飛び出して(ケン)のルーンを刻み、俺は右眼に力を込める。


 武闘祭を通して鍛えられた右眼の力、迷宮で使うのは初めてだ。少しばかりの緊張と共に高揚が全身を包む。


 この眼を用いた新たな技術、存分に振るわせてもらうとしよう。

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