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22話 結末と幕間

前半は別視点です。

 エルクとサラカが闘技場を後にした時と、丁度同じ頃。


「ありえない、ありえない、ありえない……!」


 ぶつぶつと呟きながら幽鬼のような足取りで歩みを進めるのは、紫髪に端正な顔立ちをした優男、アキオスだ。


「この僕が負ける? しかもあんな奴に? あってはならない、ありえないはずだ。そう、あれはズルだ。あの男がいきなりあんな強さを得るわけがない。何か不正をしたに決まっている!」


 目を血走らせながら、己の言葉で身勝手な真実を捏造するアキオス。


「そうだ、この僕が負けるなんて嘘だ! エルクめ、どこまでも卑劣な奴だ! 待っていろ、貴様の悪行を暴いてやるぞ! 大丈夫だ、幸いニナはまだ僕の仲間だ。彼女の名声を利用すればいくらでも人を動かせる! それを使ってエルクを完膚なきまでに貶めてやる!」


 歪んだ考えから、しかし生来の頭の回転によって即座にエルクに対する復讐の手順を構築し始めるアキオス。


 しかし、そこで。

 アキオスの背後で、足音がした。


 振り向くアキオス。そこに立っていたのは銀髪の少女剣士、ニナだ。

 その正体を認めたアキオスは、どこか歪んだ笑顔で彼女に話しかける。


「やあ、ニナ。体はもう問題ないのかい?」

「……ええ。実質受けたのは一撃だけだもの。むしろ向こうの方が重傷だったわ」


 その情報を聞いて、アキオスが笑みを深める。


「そうか! ならば丁度いい。実はね、あの決勝、エルクは不正をしていたのさ。だってそうだろう? あんな呪い持ちの劣等種があそこまでの強さを得るなんてあり得るはずがない。きっと誰か協力者を引き入れて、そいつの魔法で戦っていたのさ。今からそれを暴きに行こう。大丈夫、僕と君が協力すれば今回の汚点はすぐに──」

「もういいわ」


 アキオスの言葉を遮って、ニナが冷え冷えとした声で告げる。


「アキオス、私がパーティーに入る際に出した条件二つ、覚えている?」

「な──何だね昨日に引き続き。『迷宮攻略を第一の目的とすること、君に嘘をつかないこと』。勿論覚えているさ。そんなことより──」


 強引に話を戻そうと言葉を並べ立てるアキオスに対し、もう面倒臭くなったニナは精霊剣を突き付けて強引に黙らせ、一気に核心へと切り込んだ。



「パーティーの物資を横領していたのは貴方の方よね? アキオス」



「──な」


 いくらこういうことに疎いニナでも、このアキオスの反応は図星だと分かる。

 普段ならばこんなボロは出さないだろうが、どうやら今の彼は相当に追い詰められているらしい。


「……本当のようね」


 そしてニナが確信した通り、それは真実だ。


 アキオスはニナが細かいところに頓着しないのをいいことに、迷宮攻略の収入や物資の購入を誤魔化し、その差分を自らの懐に入れていた。

 その使い道は、今回のようにエルクを陥れる噂を観客に流す等の裏工作のための資金だ。


 ニナ及びギースは元々大雑把な性格の為バレなかったが、エルクの加入によってそれがバレそうになったため、逆にその罪を全てエルクに擦り付け、ニナを唆して追放させた、というのが以前の追放劇の顛末なのである。


「ち、違うんだニナ。これは横領ではない。パーティーの危機を救うための資金として僕が取っておいただけで──」

「まあ薄々感づいてはいたけれど。それでも貴方の実力には価値がある。だから多少のことは見逃すつもりだったけど……」


 アキオスの言い訳を無視して、ニナは続ける。


「貴方は負けた。決勝で、よりにもよってそのエルクに。約束を破って私に嘘を吐いただけでなく、その強ささえも疑わせる失態を犯した」

「ま──待ってくれニナ! だからそれはエルクが不正をしたからで!」

「あのね」


 更に底冷えする声で、アキオスを黙らせる。


「舐めないでもらえるかしら。直接刃を交えて得た真実を私が見間違う訳が無いでしょう。エルクは不正をしていない。あれは彼の実力よ。私たちは正々堂々、真正面から彼らに負けた。──また嘘を吐いたわね、アキオス」

「ち──違う! 違う違う違う!」


 否定の言葉を吐くほどに、ニナの瞳から温度が失われていくことにアキオスは気付いていない。

 聞いていられないとばかりに、彼女は最後通告を突きつけた。


「もう見過ごせないわ。──クビよ、アキオス」

「──!」


 明確な宣言に、アキオスが体を震わせる。しかし、それでも彼は食い下がる。


「君はエルクに騙されているんだ! 奴に何を吹き込まれたかは知らないが、あんな男より僕の言葉の方が価値がある! 考え直すんだニナ! そもそも、僕まで切ってしまえば君も困るだろう!?」

「別に困らないわよ。私なら単騎でも大抵の迷宮は潜れるもの。貴方をこのまま手元に置いておくデメリットの方がよほど大きいわ。パーティーの共有物資は全部貴方が持って行っていいから、この場で手を切りましょ」


 むしろニナと別れて困るのはアキオスの方だ。

 サラカのようにある程度接近戦闘も出来る人間ならともかく、純粋な魔術師のアキオスに単騎での迷宮攻略は荷が重い。それが無くとも、ただでさえ実力でアキオスはニナに大きく劣るのだ。


 それを正確に理解し、なおもアキオスは苦しい言い訳を続けようとするが、


「ねぇ」


 初めての、怒気すら孕んだニナの声に言葉を封じられる。


「私ね、さっき有用な人間の勧誘に失敗したばかりで、今ものすごく機嫌が悪いの。それ以上ぐだぐだと言い募るなら──物理的に手を斬ってあげてもいいのよ?」


 ぞっとした顔で、アキオスが自身の右手首を押さえる。

 そこまではあり得ないと分かっているものの、今のニナならばやりかねない。そう思うほどの怒気と剣気が直接叩きつけられたせいだ。


 そして、なおもニナは気を緩めない。


「そう言えば貴方、これからエルクに手を出しに行くつもりのようね。それは貴方の自由だけど──やるなら、覚悟なさい」


 顔を真っ青にして震えるアキオスに一歩踏み込み、彼女は言い放った。


「もう私と無関係の人間が、死力を尽くしたあの戦いを汚すような真似をする。そんな輩に、私がどんな報いを受けさせるか。知らない貴方ではないでしょう?」

「う……あ……」


 声も出ないアキオスをもうひと睨みし、完全に気力を失わせたことを確認すると、ニナは剣気を解いて踵を返す。


「それじゃあね。変な気を起こさないことを、祈っているわよ」


 そう言い残して、アキオスの返事も聞かず歩き出す。

 残されたアキオスはしばし呆然と歩き去るニナを見ていたが、やがてニナの姿が完全に見えなくなると、項垂れ、歯を食いしばって。


「何故だ……何故だぁ……!」


 なおも現実を認められない様子で、呪詛のように唸る。


 だが、最早彼に出来ることは無い。


 アキオスが今まで様々な工作や印象操作で自分の望む結果に誘導出来ていたのは、彼自身の人気もそうだが何よりニナの名声があってのことだ。

 そのニナに見捨てられ、尚且つあの決勝、勝って当たり前の戦いで負けてしまい信用を失ったアキオスは、もう人を動かそうとしても話を聞いてもらえない。


 彼の末路は、決まっていた。


「何故なんだぁあああああああああああ!」


 現実を認められない男の咆哮が、虚しく響いていた。




 ◆




 武闘祭が終了してから、三日が経った。


 その間俺は迷宮に潜らず、基本宿で体を休めていた。

 別に動けないわけではないのだが、万全でない状態で迷宮に入るのは非常に危険なことだ。多少の外出こそするものの、まずは体の調子を元に戻すことを最優先とするのが冒険者だ。


 そういう訳で、現在俺は宿の一室で。



「さあエルク、口を開けて下さい」



 スプーンを俺の口元に持ってくるサラカと謎のやり取りを繰り広げていた。


「食べるのです」

「え、いや、その」

「エルク、確かにこのムースはお菓子のくせに薬効成分と血液の元となる成分が含まれていて正直味はものすごく微妙ですが、良薬は口に苦いものです。食べるのです」

「いや、味が微妙だから躊躇っているのではなくてですね」


 実を言うとサラカはこの数日、割とずっとこんな感じである。


 看病と称してしょっちゅう俺の宿にやってきては、何かと世話を焼いてくれる。

 それ自体はとてもありがたいのだが、その看病の中にはこのように非常に気恥ずかしいものも含まれていて心臓に悪い。


 どうも武闘祭以降、彼女は更に俺に構うようになった。適切な距離感とやらは何処に行ったのかと言いたくなる。

 『メンバーの健康管理もリーダーの務めです』と言っていたことから意識していないわけではないようだが、それでも今までより更に距離が詰まっている印象を受ける。



 別に嫌ではないのだが疑問が先立つし、何より繰り返すが気恥ずかしい。


 ひとまず、眼前の所謂『あーん』をどう乗り切るか思案していると、別方向から第三者の声がした。


「別にいいじゃァねぇかエルク、怪我人は大人しく看病されるのが仕事だぜ」

「いいことを言いますねマキリ。さあエルク、観念してください」


 サラカの後ろでやり取りを見守るのは、眼鏡をかけた細身の男、俺の友人マキリである。今日は何故かサラカと共に見舞いにやってきた。


 そんな彼はこの場ではサラカの味方のようだ。言うことはもっともなのだが、愉快そうに緩んだ口元からこの状況を面白がっているのが丸わかりである。


 ますます退路を塞がれる。取り得る手段としては素直に恥ずかしいと伝えることなのだが、それをすると彼女は顔を赤らめながらも行為そのものはやめず、むしろ破壊力が増すという罠が控えている。

 昨日その罠にかかった俺が言うのだから間違いない。


 結局今日も俺は流されるまま、サラカに看病されてしまった。嫌な気分になれないのが逆に怖い。ダメ人間になる。

 微妙な味であるはずのムースは、何故かひどく甘ったるかった。



 頬の熱を感じながらも食べ終えた俺はサラカに感謝の言葉を述べた後、後方で生暖かい視線を向けるマキリにお返しとばかりに突っかかる。


「マキリ、こんなことをやってていいの? 確か、今店がものすごく忙しいて言ってたよね?」

「おォ、そうだな。サラカが武闘祭で優勝した上、この装備は俺の店で買ったもんだって、声を大にして宣伝してくれたもんでよォ、今ウチは開店以来の大繁盛だ」

「宣伝すると約束しましたからね! 今日は呼び込みもさせていただきました。……何故かお客さんに着せ替え人形にされてすごく疲れましたけど……」

「そういう訳で在庫がヤバくなったからなァ、今日は早めに店仕舞いしてきた」


 サラカがマキリとやってきたのはそういう事情か。


「そんでエルクよォ、おめぇ、明日から本業を再開するんだって?」

「ああ、三日も休めば十分だ。賞金のお陰で貯蓄に余裕はあるけど、これ以上は体が鈍るからね」


 最大の重傷であった血液の不足も問題ない。サラカがまだ心配そうにこちらを見てくるが、大丈夫と言って肩を回してみせる。


 そんな俺に、マキリがこんなことを打診してきた。


「そんじゃあよォ……次潜る迷宮、指定させてもらっていいか?」


 彼の提案について考えるが、すぐにその正体には思い至った。


「……ああ。『ユグドラシル』に潜れと?」

「流石、話が早くて助かるぜ。そういうことだ」

「えっ、ど、どういうことですか?」


 唯一話についていけないサラカが顔をわたわたさせる。可愛い。


『迷宮:ユグドラシル』。地上から地中深くまで貫く大樹を中心とした縦型の迷宮で、賞金によって準備をすれば潜れるようになった迷宮の一つ。そして、


「ユグドラシルでは、植物性の魔物に加えて特殊な植物も多く生息しています。それらは食事や薬……そして、服の材料にもなるんですよ」

「……あ」


 そこで、サラカも感づいたようだ。


 彼女の活躍? によってマキリの店は繁盛し、現在在庫が足りなくなっている。だから早急に仕入れる必要があるのだが、


「予想以上に売れたせいで、俺の仕入れ先の一つが今素材不足に悩まされているらしくてなァ。割合早急に用意して欲しい素材があるそうなんだわ。つまるところ、俺とそいつからの使命依頼だ。勿論報酬は出すし仕入れ用の大容量魔法袋も貸し出す。受けてくれねェか?」


 想像通りの事情を話したマキリが、そう打診してくる。

 答えに迷う必要はそこまでなかった。


「構わないよ。もとよりユグドラシルは明日の行き先の最有力候補の一つだった。俺で問題ないなら受けさせてもらいたい。サラカはそれでいいですか?」

「え? ええ、あなたがそう言うのなら構いませんけど……本当に、体は大丈夫なんですね?」

「無論です。ここで無茶をすれば貴女にも負担がかかるんですから、強がる理由がありませんよ」

「助かるぜ。そいじゃ詳しい話を詰めるとすっかァ」


 こうして、明日の行き先は決定した。


 迷宮:ユグドラシル。俺が行きたかった場所でもあるし──彼女に見せたいものがある場所でもある。きっと、充実した日になるだろう。


 さあ、明日からまた、冒険を始めようか。


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