21話 思わぬ報酬
『きっ、決まりました──! ニナ選手の圧倒的な強さにあわやここまでと思われましたが、エルク選手の驚異的な粘りから、サラカ選手の奇跡の復活による大逆転! 決勝に相応しい、劇的な幕切れとなりました!!』
実況の声に応え、会場全体が震えるような歓声が再度上がる。
それと同時に、闘技場の入り口から救護員と清掃員が入ってきて、慌ただしく戦いの処理を始めていく。
主に俺が何も考えず血を撒き散らしまくってしまったので掃除が大変だろう。申し訳ない。
……さて、それはそれとして。
手足の感覚が無い。視界も暗転してきた。
端的に言えば限界だ。体力も魔力も血液量も不足している。今まで意識を保っていたのが奇跡と言えるだろう。
まあ、別にこの後大々的な表彰式があるとかではないしいいだろう。多少のインタビューくらいはあるかもしれないが、それくらいはサラカに任せても問題あるまい。
そう考えて、傷だらけながらもどこか気持ちの良い達成感を味わいながら、俺はゆっくりと意識を手放した。
◆
ひどく心地良い、微睡みの中を浮上する。
通常、失血と疲労困憊による気絶からの覚醒など最悪の寝起きに近いものだが、何故か今回はそれが無い。
いや、あることはあるのだが、丁度良い温もりに包み込まれてそれが大分和らげられている、と言うべきか。
しかしいくら俺でもそんなところまで寝起きの頭では考え付かず、少々の名残惜しさを感じながらも意識を浮上させていく。
目を開けると、武骨な石壁がまず目に入った。闘技場のどこかの控室か?
側頭部の柔らかい感覚を不思議に思いながらも、起き上がろうと身じろぎした瞬間。
「んっ──? エルク、起きたんですか?」
俺は固まった。
そのサラカの声が、上から聞こえてきたからである。
待て、何故彼女の声が上、しかもこんな至近距離から聞こえてくる? 側頭部の妙に柔らかく暖かい感覚は──と考え、すぐ今自分がどんな体勢でいるのかに思い至る。
それを確認しようと、声の聞こえた上方向に顔を動かし──すぐ背けた。
予想していた光景であるサラカの顔は見えたのだが、その途中で見えてはいけない光景も見えてしまったからである。一言で言うと山だ。それ以上の形容は俺の精神衛生の問題で控えさせていただきたい。
……この子、そう言えばスタイル良かったなぁと今更のように思い出した。
そして俺の頭部の運動をどう思ったか、サラカがやや申し訳なさそうに、
「……ええと、エルク。今わたし結構足痺れてるので、あまり動かないでいただけると……」
その言葉に脱出しようとする動きすら封じられ、固まったまま俺は問う。
「そ、それはすみません。が、一つ聞かせていただきたい。……サラカ、この体勢はどういうことでしょう」
以前喫茶店に入った時と同じような質問を俺は告げる。
この体勢、もう直接的に言ってしまうと膝枕だ。あの決勝の後何がどうしてどういう流れになればサラカに膝枕される俺という構図が出来上がるのだ。
俺の問いにサラカは、「……えっ」と声を上ずらせた。
「えっ、と、これは、その…………、姉ムーブです」
「困ったらそれ言っておけばいいと思ってません?」
流石に万能過ぎませんか姉ムーブ。俺に姉は居ないから分からないが。
「こっ、今度は本当ですとも。故郷では弟たちを寝かしつける際に時折これをやっていました。何の不自然もありません。あなたにしたのは、その……あろうことか救護室にベッドが無かったので。救護班の人も命に別状はない、すぐに目覚めるだろうと言っていたので病院に運ぶのも大げさだろうと……ただ、その間固い所に寝かせるのもどうかと思いまして、その結果……その……」
話の後半は早口かつ小声になっていて聞き取れなかった。
彼女の顔は諸事情により見れないが、多分真っ赤にしているんだろうなぁとは雰囲気で感じ取れた。
そして、そうやって黙りこくられると俺の方も非常にいたたまれない気分になってくる。そのまま何とも言えない空気が流れ始めたところで、
「……すみませんでした」
サラカが、唐突に謝ってきた。
「? 何がです? ニナがあそこまで強かった点については決勝戦で言った通り見誤った俺の方にも非がありますが──」
「そっ、それもですけど!」
一度声を荒らげた後、沈んだ調子でサラカは語り始めた。
「……それ以外にも、いろいろです。あなたに想像以上の負担を与えてしまったこと。それに……あなたを、あんなにたくさんの悪意に晒してしまったこと。
わたしは、この大会であなたのことを認めてもらおうと思ってたんです」
いつか俺が予想した通りのことを、彼女は語る。
「呪いのせいで直接戦えなくても、冒険者として十分な働きが出来る。わたしが魔物を倒す時のようなあなたの働きを見てもらえば、分かってもらえると思ってました。なのに、実際の評価は……」
詐欺師。強者に取り入るしか能の無い寄生虫。
アキオスが意図的に流したものとはいえ、そんな噂が流れたということは流れるだけの下地があったということ。
恐らくアキオスが手を加えなくとも、そのような噂は大なり小なり囁かれていただろう。
「それに関しても俺に責任がありますよ。その方が効率が良かったとはいえ、意図的に分かりにくい戦い方に切り替えたのも俺ですから」
「だとしても! あんなに悪く言われるのはおかしいです!」
サラカの声を諫めるように、俺は冷静な声で返す。
「人の意識はそう変えられません。『呪い持ち』──強力な原呪を持つ人間は劣等な人間である。そういう意識が人々の中にある以上、大抵のことはマイナスに取られてしまう。そういうものです」
「っ」
サラカが息を呑む気配がする。……少し言い過ぎたかな。
そう思った俺は、努めて穏やかな声を掛ける。
「それに、別に俺は認めてもらおうとは思ってませんよ」
「え?」
「まあ、ずっと貶されたまま、というのは流石に嫌ですが。それはゆくゆくで構いません。今は、貴女一人に認めてもらえばいい。そう思います。それに、当初の目標である優勝は出来ましたし、あの強敵と戦って勝ったことで多少は自信もつきました。それで充分です。
……だから、サラカ。この武闘祭に出る決断をしてくれて、ありがとうございました」
サラカが体を震わせる。振動が伝わってきた。
彼女はしばし黙り込んでから、多分そっぽを向いてこう告げる。
「ああ、もう。……エルクのばか、です」
……だからそういう不意打ちはやめていただけませんかね。
「と、ともかく。エルク、あなたは無茶をしすぎです。迷宮はしばらくお休みです、数日間は安静にしてもらいますから。なのでまだ動いてはだめです。しばらくこのまま寝ててください」
「え、いや、それは」
「問答無用です。怪我人は大人しく言うことを聞いてください。……それでも、この体勢はいや、ですか?」
嫌じゃないから困るんですよ!
とも言えず、さりとてこのままの体勢でいるのはいろいろと不味すぎるので、どうしたものかと思案を巡らせ始めたその時。
「失礼するわ。エルクがこの部屋にいると聞いたのだけれ……ど……」
唐突に扉を開けて銀髪の少女剣士が現れた。
ニナは中の様子を確認して一瞬固まったが、やがて何とも言えない表情で、
「……ええと。お邪魔だったかしら?」
「ええお邪魔です。何しに来たかは知りませんが早急にお引き取り下さい」
「いやお待ちをサラカ。何故そこまで当たりが強いのかは知りませんが、まずは誤解を解かせてください」
ニナの乱入には驚いたが、これ幸いとばかりにするりとサラカの膝を抜け出し、ニナに向き直る。
いくら何でもこのままニナを返してしまえば俺がいたたまれなさすぎる。
「その、ニナ。まず俺とサラカがそういう関係だとかそういう噂は広めないでいただけると。誤解なので」
「別に広める気はないけれど。でも流石にあの体勢からのその台詞は無理があるわよ。妙なもの見せつけられた私の気分にもなってみなさい」
「あなたがノックもせずに入ってくるのが悪いんですよ」
「サラカ。確かに色々因縁はありますがもう戦いは終わったので水に流しましょう。……それで、ニナ。俺に何の用で?」
「約束を果たしに来たのよ」
先刻まで激闘を繰り広げていたにもかかわらず、既にいつも通りな態度のニナ。この子は変わらないなあとある種感動をいだく俺を他所に、ニナは、
「……悪かったわね」
綺麗な角度で、頭を下げてきた。
「認めましょう。エルク、貴方の戦いは素晴らしいものだった。私ですら『視られたらまずい』と思うほどのその眼の力、そしてそれを十全に活かし、戦況を動かす先見の能力。貴方は強い。貴方を切った私が短慮だったわ」
……突然の言葉に、俺は呆けてしまう。後ろのサラカも同様にびっくりした顔をしていた。
顔を上げてそれを見たニナが、半眼でサラカを睨む。
「ちょっと。エルクはともかくサラカ、貴女がこうしろって言ったんでしょう。どうして貴女までそんな顔してるのよ。得意がるなり何なりしたらどうなの」
「──はっ。え、ええそうですね。決勝で色々ありすぎて忘れてたとかそういうのでは全くありませんので。貴女が律義に約束を守りに来たのにびっくりしただけなので。そこだけは褒めて差し上げます。そしてざまあみろです」
「自分で言っておいて何だけど腹立つわねこの子」
そう言えばサラカがそういう約束をしていた。俺も決勝のインパクトですっかり忘れていたが、ニナはこういう所は律義な子なのだ。
そのニナは、思い出した途端にどや顔をするサラカを半眼で見ていたが、やがて視線を外して嘆息し、
「……まあいいわ。それよりエルク、もう一つ聞いていいかしら」
そう切り出してきた。
「なんでしょう?」
「貴方がパーティーを抜ける際にアキオスに聞いたことなのだけれど、『貴方がパーティーの物資を私物化して横領しようとしていた』って言うのは、本当?」
「──……、はい?」
思わずそんな声を上げてしまうのも無理はないだろう。何せ全く身に覚えのないことを唐突に語られたのだから。
勿論、問いに対する俺の答えは決まっている。
「まさか。俺がそんなことをするはずがないし意味も無い。そもそも不可能でしょう。パーティーの資材管理は全てアキオスが行っているのですから。俺のやっていたのは戦闘での小規模な管理だけですよ」
「本当に?」
「本当です。俺はもうパーティーメンバーではありませんが、貴女に嘘を吐く気はない。それに、貴女は俺の夢を知っているはずだ。それを承知の上で言ったのならば……今度は俺が、撤回を要求させていただきますが」
俺の憧れる冒険者像からは、当然外れた行いだ。それ以前に人としてやってはいけない。その上で疑ったのかと俺はニナを心持ち強めに見据える。
すぐに、ニナの方が視線を和らげた。
「……そうね、貴方がそんなことをするはずは無い。疑って悪かったわね。少し確認したかっただけなの」
そう告げ、ニナは身を翻す。
「聞きたいことはそれだけよ。邪魔したわね。……ああ、言っておくけれど一応謝罪は本心よ。貴方を切ったのは本当に早計だったと思っているわ」
その言葉に驚く。だが、申し訳ないがそれは否定させていただく。
「いえ。信じられないかもしれませんが、俺がこの力を手に入れたのはパーティーを抜けてからなんです。だから、それ以前の俺であれば貴女に切られても仕方なかったと今は思っていますよ」
俺の言葉に今度はニナが驚いて、その後何か思いついた様子で、
「……じゃあ、戻ってくる?」
思わぬ提案をしてきた。
「はい?」
「知ってるとは思うけど、こっちもこの後本格的に人数が不足しそうなのよ。貴方さえよければ戻ってきても構わないわ。決勝での戦いを見る限り今度は歓迎できると思うけれど」
「なっ! だっ、だめです!」
しかし、今度はサラカが反応した。
会話に置き座られ気味だった彼女が素早く反応すると、俺の腕を取ってこちらにぐいっと引き寄せてくる。
「エルクはわたしのです。あげません」
……サラカ、凄いことを言っている自覚はありますかっていうかそんなに強く腕を抱き寄せられると色々当たってしまうので! 力を! 緩めて!
そんなテンパる俺を他所に、ニナは淡々と勧誘を続ける。
「サラカ、私はアキオスとは違うわよ。別にエルクと貴女と引き剥がそうって気は無いわ。貴女も一緒に来ればいいじゃない。元々武闘祭には勧誘のために来てたんだし、その目的を今果たしているだけよ」
「だとしてもだめです。どうしてもと言うならむしろあなたがわたしのパーティーに来てください。わたしのもとで従順に働くと言うなら考えなくもないです」
頬を膨らませ、本人は威嚇しているつもりだろうが実際の所可愛さしかない顔でニナを牽制するサラカ。
それをしばし眺めたニナは、やがて諦めた様子で肩を竦める。
「ならやめておきましょう。居心地が悪くなりそうだし」
そう言って、今度こそニナは踵を返す。
「それじゃあね。サラカ、その男は捨てられ癖がついてるから、ちゃんと守ってあげなさい」
「あなたにだけは言われたくないです!!」
その言葉に軽く口元を緩め、ニナは扉を閉めて去っていった。
「…………あの人、きらいです」
取り残されたサラカがそう呟く。
「なんです、負けたくせにあの偉そうな態度!」
「まあ、勝ったものの実力は確実にあちらが上でしたからねぇ。というかサラカ、改めて聞きますがどうしてニナにはそこまで当たりが強いので」
「……それですよ」
何故か俺の腕を離さないまま、サラカはこちらを睨んでくる。
「あの人がエルクを捨てた張本人だということもそうですが、それなのにエルクはニナさんのことを妙に評価するのがこう、ぐわーってくるんです!」
「ぐわーの内容は知りませんが、俺自身はニナの判断に納得していますし……ニナは、俺の知る限り最も高潔な『冒険者』ですから。道を分かっても一定の敬意は抱きます」
そう答えるが、どうやら俺の返答はお気に召さなかったらしい。頬を膨らませたまま、
「……エルクは、強い子なら誰でもいいのですか?」
そう不安そうに問われると俺は弱いのです。
「いえまさか。強くなる前の俺でも見出してくれたのは貴女だけですから。これからも力になるので、よろしくお願いします」
「……ならばよいです」
そう言って、ようやく手を離してくれるサラカ。そのまま彼女と共に闘技場を出る。
さて、色々あったが武闘祭は終了し、当初の目的通り優勝して賞金も得た。
俺の方の負傷がそれなりに酷いのでサラカの言う通り数日は療養の必要があるだろうが、その後はまた本業に戻る。
賞金を使って用意をすれば、より様々な迷宮を彼女と共に回れるようになるだろう。
そのことに胸を躍らせながら、今はゆっくりと休むとしよう。
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