20話 決戦
「──彼女の元には、行かせません。
ここを通りたければ、俺を倒してからにして下さい」
そんな虚勢に満ちた、俺の宣言。
それを聞いたニナは、一瞬目を軽く見開かせるも。
すぐにその目を細め、こう告げた。
「じゃあ、そうさせてもらうわ」
その言葉と同時、ニナの姿が消える。
「ッ!」
間一髪、眼前のニナの袈裟切りをバックステップで躱す。続く斬り上げもスウェーバック、三撃目の狙いは右腕だ、これは半身になって回避。
……よし、大丈夫だ。最初は驚いたが、よく目を凝らせば視える。
右眼が捉えるニナの蒼も良く視れば一定ではない、僅かな色の揺らぎはちゃんとある。それを読めば次の動き程度は何とか予測できる!
ならば反撃だ。紙一重での回避を繰り返したのち、ニナの刺突を斜め前方へ体を動かして躱す。結果、一瞬だがニナと俺が背中合わせの状況になる。
ここだ。そうなった瞬間、俺はニナの方を振り返らないまま、ノールックで右手を後ろに振り、己の返り血をニナに向けて飛ばす。
満身創痍というものも俺にとっては悪い点ばかりではない。こうして呪血封環結界の発動がしやすくなるのだから。
これさえ決まれば、いくらニナ相手とは言えある程度の足止めは可能なはず。
そう思って放たれた俺の血を、
ニナは後ろ向きのまま──しゃがんで避けた。
「は──!?」
「血を浴びるとまずいんでしょう?」
今度は俺が瞠目する番だった。
そう言ったニナは、しゃがんだ体勢のまま反転しての飛び掛かるような剣閃を放つ。それを皮一枚でどうにか捌きつつ、今の行動について考える。
何だあの動きは、あれは俺が攻撃することを読んだだけではない。
どう考えても俺が、『右手を振って血を飛ばす』ということまで理解していないと出来ない避け方だ。彼女は後ろに目でもついているのか?
「あと、視られるとまずい。それも分かるわよ」
そう言った瞬間、彼女は攻め手を変えてくる。
上段の斬り落としをフェイクにしての足払い、大きく距離を取っての緩急を付けた動きで攪乱、等。ともかく、俺の視界から外れる攻撃を織り交ぜてくる。
その攻撃に対応しきれず、彼女の剣先が体を掠め始める。こちらの有利を通り越して俺の体が危険なほどの血が流れ始める。
(うそ──だろ!?)
確かに俺の戦術はこの右眼に頼ったもの。必然的に視界外が弱点になる。
だが、何故それをこうまで的確に見抜ける。しかもそれだけではない、先の背後からの攻撃を回避したことと言い、今も隙を見て行っている死角を突いた結界での妨害が、何故かことごとく当たらない。
何だこの少女は、これはまるで、目以外の感覚で何かを捉えているとしか──
「貴方も、『眼』が特殊なんでしょう?」
そんな俺の考えを読んだように。
ニナが、答えを述べてきた。
「貴方──も?」
その言葉が指す意味は一つ。俺が目線をニナの顔にやると、そこには常以上に煌々と蒼い光を放っている、彼女の碧眼があった。
「ええ、私も。ここまでの戦いに敬意を表して貴方には教えましょう。私の持つ眼は、『羅針の天眼』。『直感力が跳ね上がる』という効果を持つ天眼よ」
俺は絶句する。
聞いたことがある。自身の経験や、五感から得たものの意識していなかった情報、それらを統合した結果、『理由は不明だが最適な行動』を咄嗟に思いつくこと。
すなわち直感。それをいつでも得ることが出来るという、感覚系の天眼の中では最高峰の性能を持つ天眼。それが『羅針の天眼』だ。
納得した。背後からの奇襲を察知したのも、俺の嫌な行動を的確に出来るのも、目だけでない感覚、第六感で行動を決定していたのだ。
そして思う。冗談じゃないと。
ニナの機動力にその天眼が加われば、鬼に金棒どころの騒ぎではない。あらゆる攻撃を超直感で察知する今のニナには、文字通り血の一滴すら当てられる気がしない。
「魔力消費と疲労が激しいから、使う機会はあまりないのだけれどね。貴方達が相手ならば、使用する価値はあるわ」
その言葉を最後に、ニナの攻めの手がさらに増す。
無理だ。捌き切れない。攻撃が聞かない以上防御に全力を費やすが、それでもニナはその超直感で的確に俺の死角を縫った攻撃を繰り出して来る。
そして、遂に。
ニナの、剣の腹を鈍器のように用いた横殴りの一撃が、俺の脇腹に直撃した。
「か──はッ」
肺の中の空気を全て絞り出され、吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。しばらく息が出来ないほどの衝撃に立ち上がることも出来ない。
その俺を一瞥すると、ニナは踵を返し、サラカが倒れている方に歩き出す。
その行く手を、阻むように。
俺は今出来る最大の結界を、ニナの眼前に出現させる。
「──ッ! まだ、だ……!」
げほごほと咳をして、無理やりにでも空気を肺に取り入れる。軋む全身に鞭打って立ち上がる。
気を抜くと折れそうになる膝を叩いて起こし、顔を上げてニナを睨みつける。まだ勝負は終わっていない、と言うように。
「……なんで、そこまで……」
思わず、と言った調子で呟いたニナに、俺はこう答える。
「……そうですね、いろいろ理由はあったと思いますが、今は一つです。
──勝ちたいんですよ、貴女に……!」
俺の答えを聞いて、ニナはしばし呆けていたが。
「……パーティーにいた頃は、能面のような人間だと思っていたけれど」
やがて口の端を吊り上げると、再度踵を返して俺の方に歩き出す。
「いい顔できるじゃない。見直したわ。……いいでしょう、最後まで受けて立ちます」
それを確認すると、俺も気合で一歩ずつ歩みを進め、ニナに近付いて。
両者の距離がある程度縮まった瞬間──ニナが何かに気付いた様子で、残念そうに顔を伏せた。それを訝しもうとした、その瞬間。
かくん、と膝から力が抜けた。
「あ──れ?」
膝の力が入らない。全身に寒気が襲ってくる。視界が歪み始めた。
……ああ、そうか。血を流しすぎたんだ。
「残念。今の貴方となら、最後まで戦ってみたかったけれど」
呂律すら回らなくなってきた俺を見て、ニナが嘆息し。
完全に意識を刈り取るべく、剣ではなく拳を掲げて。
「むしろ賞賛すべきでしょうね。貴方はよく粘った。
けれど、時間切れよ」
「──ええ、時間切れです。あなたのほうがね!」
視界の端から、金色の輝きが。
ニナ向けて、一直線に襲い掛かってきた。
完全に不意を突いた一撃にニナは驚きつつも、羅針の天眼でそれを察知。横合いから凄まじい勢いで飛び込んできたサラカの飛び蹴りを剣の腹で防ぐ。
しかしさしものニナも咄嗟のガードでは踏ん張り切れず、勢いに押されて飛ばされた。
間一髪、サラカの復活が間に合ったのだ。
そのサラカがこちらに目を向ける。俺の様子に痛ましそうな顔をしつつ、彼女はまず謝罪してきた。
「……すみません、わたしの力及ばず」
「……いや、あれは……仕方ない。むしろ……ニナを見誤った、俺の、ミスです。むしろ、よく……戻ってきて、くれました」
途切れ途切れになりつつも俺は返す。それに、そのようなことを言っている時間ではない。
そう思ってニナに目を向け直すと──彼女の方にも異変が起きていた。
「っ!」
ニナが苦悶の声を上げ、顔を押さえる。その体勢のまま何かを唱えて手を外し、再度顔を見せる。しかし予想通り、その眼に宿っていた蒼の輝きが失われていた。
「どうやら、あの妙な眼の効果が切れたようですね」
「ええ……今までのような、回避性能は、発揮できないでしょう」
ここまで戦闘が長引くのは、彼女にとっても予想外だったのだろう。
粘りに粘った成果が、ここで出た。
風向きが変わり始めていることを、俺もサラカも感じ取っていた。
「ならば勝てます。エルク、よく持ちこたえてくれました。後はわたしにまかせて、あなたは休んでください」
「いえ、俺も戦います」
俺の宣言に、サラカが信じられないと言いたげにこちらを見る。
「まあ、流石に、もう動けませんが……魔力は、まだ少し残ってる。天眼が切れたとはいえ、ニナは強敵だ。援護します。二人で、勝ちましょう」
「……分かりました。ただし、速攻で片を付けますので」
俺の言葉に、決意を込めた言葉でサラカは応える。
二転三転した、決勝の戦い。
その最終局面が、始まろうとしていた。
◆
「はぁっ!」
気合いを込めて、サラカが熱線を放つ。
「っ!」
それをニナが掻い潜って接近。次弾を打つ間もなく近接戦へ持ち込まれる。
通常ならばこの時点で魔術師のサラカは圧倒的に不利。だが、彼女は身体強化のルーンで近接も可能。刃と拳が交錯する。
当然、近接も出来るとは言え本職のニナにサラカは及ばない。だが──
ぱちん、と俺は指を鳴らす。ニナの振りかぶった腕の所に結界が出現。斬り下ろしを妨げ、その隙にサラカが距離を取って熱線を放つ。
咄嗟に転がって回避するニナに、今度は近づけないとばかりにサラカは射撃を続ける。
だが彼女もさるもの。熱線を精霊剣の腹で強引に弾いて再度接近。剣の強度もさることながら、熱線の軌道を見切ってその上に剣を置いた動体視力と反射神経が規格外。
ニナ=サーティス、天眼を失ってもその実力は健在だ。
だが、それでもニナの顔は苦悶に歪んでいる。天眼で相当の魔力と体力を消耗したのだろう。いくら彼女でも限界は近いようだ。
あと一押しで、倒せる。
しかし、それはこちらも同じ。どうにか俺のサポートで拮抗できているものの、俺の数少ない魔力が尽きればその瞬間に崩れる。崖っぷちに居るのは変わらない。
従って、双方が望むのは短期決戦。
このままでは埒が明かないと両者が判断したと同時。
これまで接近を望んできたニナが、初めて自ら後ろに下がる。
瞬時にその意図を察したサラカが、初めて複合ルーンを起動。
次の一撃で、勝負を決める。
その意図を双方が察したその瞬間。
ニナが今日最速の突撃を敢行し、サラカが風の二重ルーンを起動。風の砲弾がニナに向けて発射された。
二重複合起動なだけあって、風の砲弾は大きさも速度も規格外。おまけにニナの突撃に合わせて放たれている以上、回避は不可能。
だが、構うものかとニナは残りの魔力を自分に纏わせ、あろうことか真正面から風の砲弾に飛び込んだ。
凄まじい圧力がニナを襲う。しかし──
「はぁぁぁぁぁあああああ────っ!!」
初めて聞くニナの咆哮。どこにそれだけ残していたんだというほどの尋常ならざる魔力放出で強引に拮抗し、そして──
──力ずくで、ニナは風の砲弾を叩き斬った。
……冗談じゃない。とサラカは思ったことだろう。
力技でサラカ渾身の複合ルーンを突破したニナは、風の砲弾を放った反動から立ち直れない無防備なサラカに接近し、剣を振りかぶる。
ここだ。
ぱちん、と指を鳴らす。狙いはニナの右腕。いくらニナでもあの魔力放出をしたのちの渾身の一撃だ。それを外されれば必ず致命的な隙を晒す。
勝利の直前という完璧なタイミングでの俺の介入で、形勢をひっくり返す。
──と、ニナは読んでいた。
いや、彼女の性格からすると天眼に頼らない生来の直感で察した、と言うべきか。あらかじめ頭に入れておいたとしか思えない動きで、ニナはその場でくるりと一回転。
俺の干渉を読み切った、相手を完全に欺いたことによる笑みを浮かべながら彼女は結界の阻害を抜け、逆袈裟による止めの一撃をサラカに放つ。
──そうするだろうと、俺も読んでいた。
不遜かもしれないが言わせてもらおう。舐めるなと。
ニナ。いざとなれば力ずくでどうにかできる貴女と違って、こちらは呪いのせいで戦いになった時点で詰むのだ。
だからこそ、戦いを回避するための交渉術。そして敵に戦いをさせないための騙し合い、読み合い。
直接戦闘では完敗だが、それらでまで俺に勝とうとは思わないでいただきたい。
確かに、『羅針の天眼』は予想外だった。まさか二か月共に過ごして一度も使わない天眼を貴女が所持していると読めなかったのは俺のミスだ。
しかし、それでも。貴女は素でも非常に優れた直感を持っていることはよく知っている。俺がどのタイミングで介入してくるかくらい読み切って来るだろうと思っていた。
だからこそ、今の結界はブラフだ。本命の介入は既に済ませている。
俺がここでやるべきことは一つだけ。渾身の魔力を込め、右手を掲げて叫ぶ。
「呪血封環結界!」
ニナが目を見開く。
その疑問はもっともだ。ニナは俺との戦闘を開始して以降、一度もその体に俺の返り血を浴びていない。触媒が無い以上ニナの動きを封じることは出来ない。
だが、ここで当たり前の事実を指摘しよう。
俺を斬れば、その刃には俺の血が付く。
俺の狙いは最初からニナ本体ではない。その剣だ。
通常なら成功しない。俺の呪血封環結界は、無機物をどうこうできるものではない。
しかし、ニナの持つ剣は『精霊剣』。無機物ではない、魔法の一種だ。
そして魔法ならば、この結界の対象に入るのだ。
その差分と、そこから生まれる意識の空隙に、俺の本命を滑り込ませる。
このようなタイミングを待っていたからこそ、俺はニナとの一騎打ちで結界を使用しなかった。切り札は勝利を確定させるタイミングで切るものだから。
かくして、満を持して発動した結界。ニナの剣に紫電が走り、誤作動を起こした精霊剣がニナの手元から取り落とされる。
封印が発動していたのは一瞬。上級技能相手にそうそう封印が成功するはずも無いから当然だし、何より一瞬で十分だ。
──その一瞬を逃す彼女ではないのだから。
ニナが剣を取り落とすその時にサラカが復帰。神速の手捌きで風のルーンを刻み、それを右掌に貼り付け。
「──やぁああああっっ!!」
渾身の、風を纏わせた手掌を、ニナのがら空きの胴体に叩きつけた。
衝撃を全てその身に受け、緩やかな放物線を描いて飛んでいくニナ。
そんな彼女の目線がふと俺と合って、口元が動く。
流石に声は聞き取れなかったが、彼女の唇の動きは、
『やるじゃない』
そう、言っている気がした。
地面に叩きつけられ、ニナが沈黙。
アキオス、ニナ、両名の戦闘不能を確認した。
『勝負あり!』
決着のコール、そして割れるような大歓声。
こうして、薄氷の決勝戦。
どうにか俺とサラカは、勝利を飾ることが出来たのだった。
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