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2話 逃走、覚醒、そして出会い

 ひどく重く感じる体を引きずって、俺は立ち上がる。

 本音を言えばもう少々項垂れていたかったところだが、そうも言っていられない。何せ、俺はパーティーに所属していないと冗談抜きで生活の危機だからだ。


 俺の『聖者の呪い』は、他者を傷つけることが出来ない呪い。ここにおける『他者』とは、人間のほかに迷宮内に出現する魔物も含まれる。


 そして冒険者の収入源の大半は、迷宮内の魔物を狩って手に入れた素材の換金である。他の方法も無いことは無いが、その多くに魔物を倒す過程は必須。


 そう、つまり。

 俺は冒険者として金を稼ぐ手段の大半を、呪いによって封じられているのだ。


「……まずいな。貯金もほとんどない。この時期に割のいい採集系の依頼ってあったっけ……最悪野宿も覚悟するとして、最低限食費分は手に入れないと──」


 そんなことを呟きつつ、歩みを進める。


『そんなことをしても、どうせ無意味だ』

『いい加減、諦めろ』

『お前の夢が、叶うことは無い』


 そんな自分の心の声を、掻き消すように。

 折れそうな心を奮い立たせ、無理やりにでも未来のことを口にして、絶対に諦めないと、意志を込めて。


 ──だが。

 どうやら今日の運命は、とことんまで俺を殺す方向に傾いているらしい。


 迷宮の出口に向かって歩いていた俺の足を止めるもの。

 いや、止めざるを得ないものが、目の前に現れた。


「…………そんな、ばかな」


 呆然として俺は呟く。

 まず目に入ったのは、薄暗い迷宮の中で爛々と輝く一対の赤い光点。

 それを起点に闇から溶けだして来るように現れる、毛皮に覆われたしなやかな体躯、四つ足で歩く隙のない構え、そして生物を殺すことに特化した、鋭い牙。

 ナイトウルフ。魔物だ。


「……なんで。この辺りの魔物は、すべて倒したはずじゃ」


 あり得ない現象に困惑しているその間に、事態は更なる悪化を見せる。


 ナイトウルフの後ろから、緑の小鬼が。

 その後ろから、一つ目の巨人が。

 更に脇道から毒々しい色の粘性体が、実態を持った影が、複数の動物が合体した魔獣が。


 おおよそこの洞窟に残っている全ての魔物が、この場に集結していた。

 ──俺一人を、狙いに定めて。


 どうしてこうなったのかは分からない。

 だが、絶体絶命の状況ということだけは、嫌と言うほど理解した。


「……う……」


 繰り返すが、俺の『聖者の呪い』は、他者を傷つけられない呪い。故に俺には魔物を倒す手段がない。

 だから、こうやって魔物に囲まれた場合、俺に出来ることはただ一つ。


「────ッ!!」


 踵を返し、唯一魔物がいない脇道に駆け込み、一心不乱に走り出す。

 間髪入れず、大量の気配が後をつけてくる。

 夢を失う追放劇の後、間髪入れず。

 命を失う逃走劇が、始まってしまった。



 駆ける、駆ける、迷宮を駆ける。

 しかし後ろから地響きの如く聞こえてくる大量の魔物の足音が小さくなることは無い。どころか、刻一刻とその数と大きさを増してきている。

 そして今この瞬間も、


「グルァッ!」


 横合いから新手のナイトウルフが飛び掛かってくる。


「っ! 翠性遮断結界(コード・エメラルド)!」


 咄嗟にそちらの方向に手をかざして叫ぶ。その瞬間、狼の眼前に緑色の壁が出現し、突撃を防いだ。

 俺の持つ技能(スキル)、結界術Dだ。


 人類を苦しめた原呪。それらの呪いの力をある程度解明し、人間が扱える『魔力』に変換したものを用いた魔法の体系。それを大まかに分類したものが技能である。


 各種技能のランクはE~A、それぞれに加えてプラスマイナスが付いた15段階。基準の詳細は省くが……まあ、Dランクは正直大したことではない。残念ながら、こちらにおいても俺は才能に恵まれなかったようだ。現に俺の生み出した結界はごく小さなもので、何度目かの体当たりで呆気なく破壊された。


 逃走を再開する──が、今走っている方向は迷宮の入り口とは真逆だ。どこかで追跡を撒いて入り口を目指さなければならないのだが、向こうの執拗な追跡がそれを許してくれない。おまけに、刻一刻と敵の数は増える。

 ──故に。逃げ切れるはずも、無かったのだ。


 逃走劇の終着点は、迷宮の奥にある広間のような空間。

 俺はぜえぜえと荒い息を吐きながら、壁に背中を預ける。既にその全身は、絶え間なく襲い来る魔物による傷で立っているのもやっとの程。


 そして、そんな俺を取り囲む多種多様な魔物の群れ。

 既に詰みだと全員が悟っているのか、襲い掛かる素振りは無い。殺戮の欲求に爛々と目を光らせながら、獲物をじっくりと観察している。

 あたかも、俺に後悔と恐怖の時間を与えるかのように。


(…………そんな)


 ここで、終わってしまうのだろうか。

 辛いことの方が圧倒的に多かった。それでも、頑張り続けていればいつか、と思って。それだけを頼りに。

 ひたすらにあがき続けた末路が、こんな呆気ないものなんて。


 ……嫌だ、と思った。

 それでも、諦めたくないと思った。

 だって。ここで大人しく死を受け入れられるのならば。

 こんな致命的な呪いを持って五年間も、夢を追い続けられるわけがない。


 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。

 思考が過熱する。心が怒りとそれ以外の何かで燃え上がる。

 こんなところで死ねない。こんなところで終われない。

 証明するんだ。どんなに呪われても、どんなに虐げられても、どんなに才能に恵まれなくても。

 強くなれる。冒険できる。冒険者になれる。そう、証明するんだ──!


 最早意識は外にない。この衝動をぶつけるべきは己の内側。

 自身の奥底で胎動する何かに、思いという名の薪をくべる。

 そうして己の魂が燃えて、燃え上がって、際限なく熱を増して──



 ──パキン、と、何かが壊れる音がした。



 音の発生源は、右眼。そこから今まで燃え上がっていた魂の熱が一気に噴き出す。


「──ッ──あ!?」


 文字通り眼が灼けるような激痛。右手を顔に当てて蹲り、声にならない絶叫を上げる。幸いにも魔物たちは豹変した俺の様子に戸惑っているらしく、動かない。

 今も際限なく吹き出し続ける熱さを抑え込むように手の力を強める。


 何となく察する。これは、作り替わる(・・・・・)時の痛みだと。

 裏付けるかのように、徐々に痛みが引いていく。

 それに比例して収まっていく熱。完全に収まったのを確認して、手をどける。


 世界の見え方が変わっていた。


 左眼に映るものは、今まで慣れ親しんだ視界。

 右眼に映るものは、強いて言うならば『色』だ。


 例えば眼前で警戒するように唸り声をあげるナイトウルフ。その体毛は灰褐色だが、それとは別に体全体に、紫色のもやがかかっているように見える。

 これは一体──と考えたところで、魔物たちが痺れを切らしたのか今にも襲い掛かって来そうな気配を見せる。


(まずい──!)


 そう考えて咄嗟に腕を出す。

 そしてその瞬間にも、右眼がひどい違和感を発した。それじゃ駄目だ、と言うように。

 理由は分からないが、俺はその警告に素直に従う。違和感に従って魔力の練り方、呼吸法、発声法、放出法を微調整。自然な形に直す。


 その上で。

 先と同じ言葉を、告げた。


「……翠性遮断結界コード・エメラルド


 以前は人間大の壁しか出せなかった、その時と同じ技。それを発動した結果。


 大広間を二分するほどの巨大な壁が、俺と魔物の間に出現した。


「な──!?」

「ッ──!?」


 俺と魔物たちが同時に驚愕の声を発した。

 慌てて魔物たちが結界に攻撃を仕掛ける。先は体当たり数回で崩壊していた結界はしかし、これだけの魔物の攻撃を受けてもびくともしない。


(……何が、起こっているんだ……?)


 困惑しつつも俺はしかし、先ほどの疑問を解消にかかる。

 大声で吠えながら結界に突撃を続けるナイトウルフに意識を向ける。右眼に映るのは先と同じ紫の靄。しかし更に意識を集中すると、ナイトウルフの胸、丁度心臓がある辺りだけ、他とは違う赤い靄が漂っている。


(……まさか……)


 俺はとある仮説を基に、他の魔物に目を向ける。

 一つ目の巨人は黄色の靄。しかし目の部分だけ靄が赤い。

 粘性体は水色の靄。しかし中心部だけ靄が赤い。


 ……確信した。

 靄の色が赤い場所は、魔物の弱点を示している。

 それ以上のことが今は分かりそうにないので、現時点での情報を整理しよう。

 

・理由は不明だが、俺の右眼に何かしらの異変が起きた。

・現時点で判明している眼の効果は二つ。

・一つ、俺の扱う『結界術』の出力が上昇している。

・二つ、魔物の弱点が一目で分かる。


 一つ一つの原理は不明だし、それを考える時間は無い。故に生存のため、ひとまずはそれをただ事実として捉える。

 それを踏まえた上で、俺は判断する。──まだ足りない、と。


 何せ、肝心要の『聖者の呪い』、俺が魔物を傷つける手段を持たない件は一向に解決していないからだ。結界がある間は魔物もこちらには来れないが、更に増援が来ないとも限らないし、こんな巨大な結界を長期間張れるほどの魔力もない。


 自分の身に何が起こっているのか、どうしてこうなっているのかは後回しだ。

 今はとにかく、希望が見え始めてきたこの場を生き残ることを優先すべき。そのためには足りない分をどうする──と、考えていたその時。


「──はぁあああああああ────ッ!!」


 そんな、掛け声と共に。

 俺を取り囲む魔物たち。その一部が吹き飛んだ。文字通り。

 直後、俺の張った結界を飛び越えて、何者かがこちらに飛び込んできた。思わずそちらの方向に目を向けて──息を呑んだ。


 黄金の、輝きが見えた。


 俺の前にやってきたのは、十代半ばほどの少女。

 陽光を閉じ込めたかのようなブロンドの髪が着地と同時にたなびく様は、天使が舞い降りたかのよう。俺を真っ直ぐに見つめるオレンジの瞳からは神々しさすら感じさせ、陶器のように白い肌に覆われた目鼻立ちは神様の彫刻作品と言われても信じてしまいそうだ。


 華奢な四肢からは裏腹に力強い生命力を感じさせ、プロポーションは黄金比という言葉が人の形を取ったらこうなると断言できるほどに完璧。

 思わず天使が迎えに来たかと錯覚するほど美しい少女が、そこにいた。


 固まってしまった俺をどう思ったか、眼前のその少女は不安げに小首をかしげてやや上目遣い気味に問う。


「……大丈夫、ですか?」


 ……その仕草が可愛らしすぎて別の意味で大丈夫ではなかったが、少女が問うているのはそういうことではないので、とにかく大丈夫ですと答える。

 すると少女は安心したように軽く息を吐くと、やや意図的に表情を引き締めて、心持ち固めの声色でこう続ける。


「なら良かったです。窮地と見て助けましたが間違っていなかったようですね。事情は分かりませんがとにかくここは危険です。早く迷宮を脱出しましょう」


 その言葉に、俺もようやく現実を把握する。

 少女は言葉通り救援に来てくれたのだ。この迷宮に居るということは彼女も冒険者だろう。しかも、先の魔物を吹き飛ばした腕前を見る限り、かなり高位の。


 肩の力を抜く。思わぬ展開となったが、この状況を打破するのに必須である魔物を倒す手段は予想外の所から供給された。この子が何者かは分からないが、まあ敵ではないだろう。というかこんな可愛い子が敵だとは正直信じたくない。


 ともあれ、助かった。

 そう考えて、俺は少女の後についていこうとする。


 ──しかし、俺は忘れていた。

 今日の運命は、とことんまで俺を殺す方向に傾いていることを。


「ではお兄さん、まずはこの魔物たちを蹴散らします。結界を解除して──」


 金の少女が魔物の方を向いて、そう言いかけた瞬間だった。


 ばちゅり、という奇妙な音がした。

 何かが潰れるような──否。似ているが少し違う。正確には──何か柔らかい(・・・・・・)二つの物体が(・・・・・・)無理やり癒着(・・・・・・)するような音(・・・・・・)


 しかもそれは一つではない。ばちゅりばちゅりと、連続して響いてくる。

 どうやら発生源は眼前の魔物たちのようだ。

 この広間にひしめき合う魔物。隣り合った二つが無理やりに合体する。

 それが四つになり、八つになり、歪で巨大な塊を形作っていく。


 ……ふと、思い出した。

 この迷宮は区別名として『キマイラ』と呼ばれていることを。

 それは多種多様な魔物が出ることからの呼び名かと思ったのだが、どうやら違ったらしい。


 迷宮。この世界に突如現れ、人類を脅かす謎の建造物。

 人を殺すための機能を満載した、悪意と殺意の集合体。

 その恐ろしさを、目の当たりにする。

 大量の魔物を継ぎ接ぎ、巨大な四足獣になった『キマイラ』が、吠えた。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 ……どうやら。

 この迷宮から生きて出るには、最後にもう一つ、試練を乗り越える必要があるらしい。


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