18話 試合開始
『さあ、遂に! 今回の武闘祭も決勝を残すのみとなりました! まずは栄えある決勝にコマを進めた四名を紹介しましょう!』
大歓声の中で俺とサラカ、そしてニナとアキオスが相対する。
『まずは東側のコーナー、エルク=アンシャール選手とサラカ=ロステラント選手! このペアの強さは変幻自在の魔法攻撃! エルク選手のサポートで放たれるサラカ選手の強力かつ多彩なルーン魔術によって、相手を近寄らせること無くこの決勝まで勝ち上がってきました!』
……なるほど、上手く紹介したな。
だがそれを聞いて観客席から聞こえてくるのは、サラカへの賞賛と俺へのブーイングだ。ここまで分かりやすいといっそ笑えてくる。
横の少女が複雑そうな顔をしているのを見て、一応釘をさす。
「サラカ。怒って下さるのはありがたいですが、今だけは平常心を保ってください。心を乱して勝てる相手ではないので」
「……分かってます」
『そして西側のコーナー、ニナ=サーティス選手とアキオス=セルジア選手! 上級技能を持った剣士のニナ選手に、三種の強力な技能を所持する魔術師のアキオス選手! オーソドックスな前衛と後衛のコンビ、優勝候補の名に恥じない、王道かつ圧巻の戦いぶりでここまでやってきました!』
対するニナとアキオスの反応はいつも通り。ないとは思っていたがギースに何かされたわけではないようだ。
まあ仮にされたとしてもあの程度の人数でこの二人をどうこうできるとはあまり思わないが。
それぞれの紹介が終わったのち、実況の人がこまごまとしたルールの解説に移る。その間に、アキオスが外見に似合う爽やかな笑みを浮かべて話しかけてきた。……サラカに。
「やぁ、サラカ=ロステラント。受付会場で会って以来だね。まさか本当に決勝まで来てしまうとは、少し驚いているよ」
「……は、はぁ」
一応その受付会場でほぼ喧嘩紛いのやり取りをして別れたはずなのに、妙に親しげに話しかけてくるアキオスに困惑の声を上げるサラカ。
そんな彼女に構わず、アキオスは言葉を並べたてる。
「いやはや、正直予想以上に君の魔法は素晴らしい。取得の難しいルーン魔術という技能を所持していることもそうだし、それ以上に魔術の使い方も一級品だ。ルーンの刻み方、魔力の練り方、どれをとっても間違いなく一流だよ」
そう彼女を褒めつくしたのち、
「だから提案だ。──サラカ、僕たちのパーティーに入らないかい?」
自信に満ちた顔で、そんなことを言ってきた。
「……はい?」
「これまでの戦いで、君も僕たちの強さは分かっているだろう? 僕たちは文句なしの高位冒険者パーティーだ。悪い話ではないはずだよ」
サラカが一歩下がりつつ、確認する。
「……ええと、つまり、わたしたちのパーティーを吸収するおつもりで?」
「たち? 何を言っているんだ、勿論エルクを入れるつもりはないとも」
しかしアキオスは何を当たり前のことを、とでも言いたげに告げる。
「エルクは戻さないよ。その男は最悪の詐欺師だ。そんな男の傍に居ては君自身の価値を台無しにする。僕たちの所に来た方が輝けるということは明らかだろう? ああ、それともひょっとしてエルクに弱みでも握られているのかな? 心配しなくてもいいよ、僕は多くの人間と繋がりがある、君がお望みなら彼一人程度どうとでも──」
「──もういいです」
自己に酔った声を出し始めるアキオスの言葉を、サラカは途中で遮る。
「色々と言いたことはありますが、時間も無いので一つだけ。──勝ってから言ってください」
「ふむ。そうだね、まず僕たちの力を直接味わってもらってからでも悪くない。──そういうわけだ。覚悟すると良いエルク、君の悪あがきもここまでさ!」
自分の勝利と正当性を疑わず、アキオスは俺に指を突き付けてくる。何を言っても無駄だろうと判断した俺は、特に言葉を返すことはしなかった。
続いてサラカが、ニナの方に目を向ける。
「ニナさん。『あなたに勝ったら謝罪する』という以前の約束は覚えていますね?」
「ええ。約束を違えるような真似はしないわよ」
「……ならいいです」
それを確認できれば十分なのだろう。サラカが一歩下がり、俺の方に目を向けてくる。
「……エルクさんは、何も言わなくていいのですか?」
「ええ。これ以上は……戦って、語った方が良さそうなので」
俺の言葉に、ニナがほんの僅か口角を吊り上げ。
そこで実況の説明が終了し、四人が配置につく。
当初は賞金目当てだったものの、様々な因縁が絡むこととなったこの武闘祭。その決勝戦が、始まる。
実況の人が大きく息を吸い込んで、
『試合──開始!』
開始のコールが、された。
──その直後には、既にニナが俺の眼前に現れていた。
「な──!?」
嘘だろ、開始位置からここまで何歩距離があったと思っているんだ!?
準決勝までの観戦で、ニナの速度がズバ抜けているのは知っていた。だが、観客席からの俯瞰と直接見るのとではここまで違うのか。
そう慌てる間もなく、ニナが両手に握った精霊剣を振り抜いてくる。
「ッ!」
咄嗟に結界を展開。真正面からだと叩き斬られるので、斜めに。彼女の剣を受け流すような位置に最小限の結界を張る。
それが功を奏して直撃は避けたが、剣と結界の衝突時の圧力によって闘技場の端まで吹き飛ばされる──そこで気付いた。向こうの狙いに。
分断だ。これまでの戦いは、俺とサラカの連携……と言うより、サラカの魔法を俺がサポートするという形で勝ち上がってきた。
ならば二人を真っ先に分断すれば、少なくとも俺の方は非常に倒しやすくなる。妥当な判断だ。
サラカもそれに気付いて俺の方に駆け寄ろうとするが、ニナがそれを阻む。俺に一撃を加えた体勢から、返す刀でサラカの方に襲い掛かって合流を阻む。
初手で俺とサラカを分断させ、そこから合流させずに各個撃破の狙いだ。サラカの相手はニナ。ならば俺の相手は──ッ!
咄嗟に横っ飛び。その一瞬後に俺のいた場所に氷の槍が突き刺さる。
転がりながら体勢を立て直し、顔を上げるとそこには。
「さあエルク、君には僕が直々に罰を与えようか!」
多種多様な魔方陣を展開し、高らかに宣言するアキオスの姿が。
……どうやら、この決勝。
開始直後から、最悪の状況に立たされてしまったらしい。
◆
跳ぶ、飛び込む、転がる、起き上がる。
それらの動作を駆使し、雨のように降り注ぐアキオスの魔法をひたすら躱す。
「ははははは! どうしたんだいエルク、逃げてばかりでは勝てないよ、君も反撃してみたらどうだい!」
俺の呪いを知っているはずのアキオスが、魔法を放ちながら嘲るように言ってくる。
だがアキオスの言う通り、このままでは勝てないのも確かだ。右眼を使って何かしら仕掛けを打つにせよ、どうにか機を見つけたいところだが──
……まずいな。思った以上に隙が無い。
一回戦で見せた俺の結界による動作阻害は、相手との距離がある程度近くなければ結界の強度が十分にならないため十全には使えない。
特にアキオスのように魔力抵抗の高い人間を相手取れば尚更だ。だからこそ近付く隙が必要なのだが、流石はアキオス、態度は傲慢でも動きは完璧だ。
よって何も言えずただ回避動作を繰り返す俺に、アキオスは魔法を放ち続けながらも愉悦に満ちた笑みと共に話しかけてきた。
「そもそもエルク、聞こえないのかい、この観客の歓声が!」
そう言って、アキオスは誇示するように手を広げて観客席を指した。
『アキオスさまー! そんな卑怯者なんてやっつけちゃってください!』
『おい無能のエルク! サラカちゃんがいないと何もできねぇくせに粘ってんじゃねぇよ! さっさとやられろ!』
『ぶっとべー! いっそ死んじまえ!』
聞こえてくるのは、そんな一方的な声ばかり。
……以前から少々不自然だと思っていたが、多分これ、アキオスが意図的に噂を助長しているな。
ニナパーティーを追い出されたくだりは当事者しか知らない。そしてニナはこのようなことに頓着しない以上、流すのはアキオスしかいない。
理由も分かる。意図的に俺の悪い噂ばかりを助長すれば、『呪いのせいで反撃できない俺を一方的に攻撃すること』への忌避感を紛らわせ、公衆の面前で堂々と観客を味方につけた上で俺を嬲ることが出来るからだろう。
そうだと気付くと余計聞くのが嫌になってきた。そう思って眼前の相手に意識を戻すが、アキオスの言葉を聞くのも気分的にはそう変わらない。
「分かるだろう? みんなが僕を応援し、僕の勝利を望み、君の活躍なんか欠片も期待しちゃしやしない! 意味が無いんだよ、君が頑張ったってね!」
自分でその状況を作り上げておいて良く言う。
そんな俺の心の声に構わず、アキオスはどんどん調子付いていく。
「人間には役割がある! そして君の役割は、ここでみっともなくあがいた上で僕に負け、僕の踏み台となることさ! それが分不相応にも僕に楯突いた君への罰で、もっと高みに上るべき選ばれし人間である僕への贈り物なのさ! あはははははは!」
そう言って、笑いながら更に苛烈な魔法を放ってくるアキオス。もう完全に自分の言葉、自分の世界に酔いしれているようだ。
……さて。
じゃあ、そろそろ動こう。アキオスが色々言っている間に道筋も見えた。
そう考え、手始めに俺はしばし黙って言葉を整理した後、こう返した。
「……人間には役割があるってのはまあ同意ですね」
返答に対し訝し気な顔をしたアキオスに、俺は顔を上げ、続く言葉を叩きつける。
「そして今の俺の役割は──ここで貴方を倒すことだ」
アキオスは、一瞬虚を突かれて言葉を失ったが。
「……ふ……ふふ、ふははは、あーはっはっはっは!!」
すぐに、先以上の高笑いを取り戻す。
「おいおいエルク、この一週間で随分と冗談のセンスが向上したようだね! 倒す? 君が? 僕を? どうやって? 教えてくれよ、無能の君が、『聖者の呪い』を持つ君が、他者を傷つけられない呪いを持つ君が! どうやって僕を倒すと言うんだい! 倒れて下さいと懇願するのかい? 土下座でもしてくれれば考えないでもないかなぁ!」
おかしくて仕方が無いと言いたげなアキオスだが、言っていることは妥当だ。
──だが。
ここで明かしておくが、この状況は想定内だ。
昨日の夜行った、サラカとの作戦会議。
そこで決まった基本方針は、可能ならば今までと同じく連携して二対二の勝負に持ち込むこと。
だが、ニナの機動力を考えるとそれは難しい。向こうも馬鹿ではない以上まず分断を狙ってくるだろうし、今までのように連携で戦うことは困難と考えた。
だからもし分断された場合、ほぼ確実にニナ対サラカ、アキオス対俺という構図になるだろうから、その時はサラカがニナを足止めし、その隙に俺がアキオスを倒す。
それが、昨日俺達が考えた案の一つだ。
当然最大の問題は彼も言った通り、俺にアキオスが倒せるか、なのだが。
これも当然、勝算が無ければやらない。できる。いや、やってみせる。この右眼の新たな使い方を試す機会は、幸い昨日恵まれた。それを活かす。
そのために──と、俺は更に声を掛ける。
「──俺も一つ聞きたいんですがね、アキオス」
少しだけ、挑発的な響きを添えて。
「どうしてサラカの相手をしなかったんですか?」
アキオスの眉が、ぴくりと動いた。
「貴方達の作戦は、俺とサラカを分断した上での各個撃破。ならば、俺に当てるのはニナにするべきでしょう。実力ではなく向き不向きの問題で、俺を素早く倒すのならばニナの方が適任だ。なのに俺の相手はアキオス、貴方になっている。何故でしょうね?」
「それは──」
「当ててあげましょうか?」
アキオスに言い返す暇を与えず、俺は一息に言い切る。
「サラカに負けるのが怖かったんですよね?」
アキオスの顔色が一気に変わった。
「受付の時点で気付いていたんでしょう? 自分が魔術師として彼女に大きく劣っていることは。だからあんな風に上からの物言いをして、一回戦でわざわざサラカと同じ魔法を使って観客に自分の方が上だとはったりをかましたんですよね?」
「エルク──!」
「貴方とサラカが直接戦えば、俺がニナに倒されるまでの間自分が魔術師としてサラカに及ばないことが観客に明らかになる。剣士のニナに実力が劣るのは構わないけれど、魔術師として誰かに劣ると分かるのはよろしくない。
だから貴方はサラカとの対峙を避けた。各個撃破の方策を取ったのはむしろそれを隠すためですか? つまるところ貴方は、危険な相手とは戦わず確実に倒せそうな俺を自分の名声を上げる道具に使うだけのただの──」
「貴様ぁッ!!」
アキオスが今までとは違う、怒気を孕んだ声を上げて右手を掲げた。今までとは違う、大魔法で一気に決める気だ。
そして、それが隙だ。
俺は駆けだす。待望のアキオスに接近するチャンスを逃さないため。
ああ、貴方ならば怒るだろう。ニナパーティーに入っていた間、俺は貴方のことも良く見てきた。
貴方がどんな性格で、どんな嗜好で、どんなことを言われるのが一番頭に来るか。それをずっと観察させてもらった。
だから分かる。貴方は自分のプライドを傷つけられれば激高し、その相手が眼前に居るなら完膚なきまでに叩きのめさなくては気が済まない。その性格が、大魔法の起動を選択させると思っていた。
さあ、おそらくここが唯一の勝ち筋だ。この時のために用意した二つの切り札を切るべき時、そしてアキオスを倒すべき時。
絶対に、逃さない。
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