17話 決勝前夜
途中で視点が変わります。
「お断りします」
ギースの提案を受けての、きっぱりとした俺の答えに。
彼の高笑いが、ぴたりと止んだ。
さて、まずは勘違いを否定するところから始めよう。
「まず、一応言っておきますがあの噂は九割がた出鱈目です。今のパーティーはサラカの方から誘ってくれたものですし、この武闘祭に出ることを決めたのも彼女です。そもそもニナ達の登録は俺達より後だ。狙ったわけではありません」
呆けているギースに、きっぱりと意志を言い放つ。
「それに──明日の決勝、俺達は実力で勝つつもりです」
それを聞いたギースは、数秒間真顔のまま固まって。
「…………、はぁ?」
と、声を挙げた。
「おいおいおいおい待てやてめぇ、色々と突っ込みたいとこはあるがまず、実力で勝つぅ? お前頭だけは悪くないと思ったが遂にそこまでイカれたか? 無理に決まってんだろ。お前にこの一週間何があったかは知らねえが、その程度で覆せるほど甘い相手じゃねぇ」
「まあ、勝機が薄いのは認めますよ」
でも、とギースの言葉を遮って俺は言う。
「勝機が薄くとも、たとえ勝てなくとも、俺は次の戦い、真っ向から戦いたい。ブラフも使いますし奇策も仕掛けるかもしれませんが、それでも貴方のように、勝負そのものを台無しにするような真似はしたくない。
……だってそれをしてしまったら、もう冒険者でも何でもない。ただの下衆だ。俺は、何をされても冒険者であることだけは絶対にやめません」
それが、この道に進む時に自身に決めた誓いだ。
それを破れば、俺は俺でなくなる。
「貴方の仲間にはなれませんし、貴方と同類になったつもりもありません。……だから、せめてこの大会が終わるまでは、俺だけじゃない、あの二人にも手出しは控えていただけると助かるのですが」
そう告げて、俺はギースの返答を待つ。
彼は俺の言葉を咀嚼するように間を置いた後、ギリ、と歯軋りをした。
「……ああ、なんだ、よくみりゃてめぇ変わってねぇな。その目がよ」
一瞬びくりとした。何せギースの言葉とは反対に、俺がこの一週間変わった大きな要因の一つがこの眼だったからだ。
だが、ギースの言いたいのはそういうことではないらしい。
「そうだよその目だ。なんなんだてめぇ、弱いくせに、無能のくせに、原呪持ちの劣等種のくせに、どうしてそんなきらっきらした目をしてやがんだ。まさかまだ、そんだけ現実を知ってまだ、素晴らしい冒険者になれるーだなんて夢見てるつもりかぁ? ふざけんなよ、もっと濁れよ、ひねくれろよ屈折しろよ! 気に食わねぇ、気に食わねぇ気に食わねぇ気に食わねぇなぁ!!」
一瞬、気圧された。
それは語調の強さもあるだろうが、彼の本心に近い部分が剥き出しになったからという理由もあるのだろう。
「俺はなぁ! お前のその目がいっつも気に食わねぇんだ! そういう奴を見ると腹が立って腹が立って、そう、台無しにしたくなるんだよぉ!!」
最後に一際大きな声で叫ぶと、ギースは手を高く挙げる。
「もういい! 仲間にならねぇってんならお前にもう用はねぇ! 明日の決勝は不戦勝ですらねぇ無勝負だ、俺がそうしてやるよ! お前ら、ニナ相手の予行演習だ! こいつをやっちまえぇ!」
……やはり、伏兵を用意していたか。
恐らくまともにやり合える数ではないようだが、こちらだって想定していた以上逃げる用意もしてある。
ここは速やかに撤退し、可能ならばニナに警告も入れておこう。彼女の性格ならば宿は変えてないだろうし──
と、思ったところで違和感に気付いた。
「……おい? どうした、おい! 何で誰も来ない!?」
伏兵を呼ぶ合図をする体制のままギースが叫ぶ。だが、不思議なことにどこからも人が現れる気配がしない。
その原因は、すぐに明らかになった。
どさり、という音がギースの背後から聞こえる。振り返ったギースが見たものは、恐らく伏兵の一人。意識が無い、という形容も追加しよう。
そして、その地に伏した伏兵の背後から現れるのは、
「……この辺りって、随分治安が悪いんですね」
眩い金髪を靡かせた、美しい少女。
「物騒な気配を醸し出していたのでとりあえず全員のしておきましたが──問題なかったですよね、エルク?」
先程別れたはずの少女。
サラカ=ロステラントが、微妙に怒りを孕んだ笑顔をこちらに向けてきていた。
とりあえず俺は問う。
「……ええと、サラカ、何故ここに」
「流石にわたしを甘く見すぎです。不自然なタイミングで用事があるからと言ってわたしと別れ、わざわざ人気のなさそうな方向に歩いていく。出会った翌日と全く同じやり口じゃないですか」
……言われてみればである。ギースの対処法に頭を回していたためそこまで考える余裕が無かった。
「……サラカ、予想以上に近接も強いですね」
「力のルーンを四つほどわたし自身の体に刻めば、大抵の相手は力ずくで何とかなりますので。……それより、エルク」
「…………はい」
流石に誤魔化せませんよね、はい。
「わたし、一週間ほど前に言いましたよね? こういうことを内密にやるのは控えて欲しい、と」
「いえ……その、これは俺個人の因縁なので……」
「……わたし、そんなに信用ないですか」
しまった、しゅんとした顔をさせてしまった。
怒られるかと思ったら拗ねられるとは。確かにこれは余計に傷つくし途端に申し訳ない気持ちになってくる。確かに軽く報告だけでもしておけばよかったかもしれない。
瞬時に脳内反省会を始めかける俺だったが、それを遮る声が別の方向から響いた。
「……てめぇかぁ……サラカ=ロステラント」
怨嗟すら混じった声に、サラカは気を取り直して涼やかに返す。
「ええ。話は全て聞いていましたよ、ギース=フーリアさん。随分とエルクに対して極端な勘違いをなさっていたようで」
その言葉は痛い所を的確に抉ったようで、ギースが息を呑む。だがすぐにそれを隠すように大声を張り上げた。
「……ああそうか、逆か。エルクがてめぇを騙してんじゃねぇ、てめぇがエルクを誑かしたんだな! 何してくれてんだ、せっかくそいつが俺と同じになるところだったのによぉ!!」
最早完全に言いがかりだが、彼も引けないのだろう。
その圧力に先と同様サラカが怯みかけるので、前に出て彼女を庇おうとする。が、彼女はそれでも前に出て、ギースに言葉を叩きつける。
「……エルクは変わってませんよ。わたしと出会った後も、多分わたしと出会う前までも、そしてきっとこの先も。彼の憧れに向かって進むことを、諦めないでしょう。
──だから、許せないんですか?」
ギースの動きが止まる。
「あなたからは、エルクを悪く言っていた人たちと同じ感じがします。エルクがまだ諦めていないものを、あなたは早々に諦めてしまったから。だからエルクのことが許せなくて、自分と同じ道に引きずり込もうとしているんですかっ、あなたは!」
「……ふざ、けてんじゃ、ねぇぞ!!」
ギースが怒鳴る。彼女の言葉が図星だったかどうかは、その反応を見れば明らかだ。
だが、度を越した怒りがむしろ彼を冷静にさせたようだ。歪んだ笑みを張り付けなおし、ギースが不敵な声色で告げ、
「……いいぜ、今日のところは引いてやるよ。だが覚悟しなぁ、俺はいつだってお前を狙ってるぜ? そのお綺麗な夢とやらも、俺がいずれ台無しにさせてやるからよぉ! せいぜい明日は無様に負けて観客を喜ばせてくれや!」
最後に捨て台詞を吐いて、その場から離脱しようとする。
……ああ、だめだな。
正直大人しく逃げてくれるのなら逃がしてもいいと思っていたが──最後の言葉はだめだ。彼が今後も俺達を狙ってくるのなら、ここで決着を付けなければ。
だから俺は、右手を掲げ。
「──疑問なんですがね」
ぱちん、と指鳴らしをする。
「こういう人は、どうして罠を張っているのが自分だけだと思うんでしょう?」
瞬間、逃げ出そうとしていたギースの動きが、ぴたりと止まる。
「な──何だ? 体が──うごか──」
「それともう一つ」
文字通り固まってしまったギースに向け、俺はゆっくりと歩みを進める。
「確かに明日の決勝、勝機は薄いですが、無いとは言っていません。というか貴方の反応を見ていたら自信が出てきました。──貴方ほどの使い手にもこれが聞くのだったら、なんとかなりそうだ」
「なんでだ! 魔法も使えねえぞ! て──てめぇ、何をした──!?」
悪いがそれを教える気はない。更に歩みを進める。
ギースが焦りを顔に出して喚く。
「ま、待て待て! こんなことしても意味ねぇだろ! お前には『聖者の呪い』がある、俺の動きを封じたってお前は俺を殴れねぇ! それともサラカ=ロステラントにやらせる気か!? お前は仕返しすら女に任せるほど恥知らずじゃねぇだろ!?」
「まあ、そうですね。貴方の言う通り俺は貴方に手を出せませんし、貴方程度に彼女の手を汚させるのも心苦しい」
俺の言葉にギースは一瞬怒りを顕にするが、自分の言葉を肯定されたことによる安堵の息を吐く。
そんな彼の目の前で、俺はゆっくりと告げた。
「──だから少々手間ですが、貴方をこのまま迷宮まで運んで、動けないまま迷宮の真ん中に放置してしまいましょうか。ついでに魔物を呼び寄せる香も焚いておきますよ。本当は俺が直接手を出したいのですが、呪いだから仕方ありませんねぇ」
意図的にわざとらしく言葉を紡ぐ。俺の言った内容がもたらす未来を正確に理解し、ギースが引き攣った声を上げた。
「ちなみにですね、俺が貴方に殴られてパーティーを追い出された後、俺は魔物の大群に襲われたんですよ。だから、こうすれば貴方も一切抵抗の手段が無い状況で魔物の相手をする恐怖を味わっていただけるのでは?」
「ひ──や、やめ──」
なまじ迷宮に潜り慣れている冒険者であるが故に、その恐怖を克明に想像できるのだろう。ギースの歯の音が合わなくなる。
当初とは打って変わって怯えた様子を見せる彼に、俺はにっこりと微笑み。
「まあ、やりませんけどね」
もう一度指鳴らしをして、拘束を解いた。体の自由を取り戻したギースが地面に座り込む。
「当然でしょう。いくら貴方とは言え、まだ何もしていない相手にこんな仕打ちをするようなことはありません」
俺のその声に、ギースは漸く安心したのか体を弛緩させる。
敢えてそのタイミングを狙って、ただし、と俺はギースに再度近付いて声を掛けた。感情を派手に揺さぶった方が印象は強くなるだろうからだ。
それは功を奏したようで、ギースの顔面が一気に蒼白になる。
「今後も貴方が俺やサラカに手を出すようなら、その限りではありません。俺は確かに『聖者の呪い』を持っていますがね、やられてやり返さないほど『聖者』ではないので。
それにこの通り今の俺ならば、直接手を出さずともやり返す手段はいくらでもあります。その辺りは、ご理解くださいね?」
「……お前……マジで、この一週間で何があった……?」
真っ青な顔で、最後にギースがそう問うてくる。
だが、これも答える義務はない。だから俺はギースから離れ、背後のサラカにちらりと目をやって。
「さあ? ……ひょっとしたら貴方の予想通り、彼女に誑かされたのかもしれませんね」
少しばかりの本心を混ぜて、そう告げた。
彼の様子を見れば、十分脅せたことは分かる。この分なら、ニナ達に何かを仕掛けることもないだろう。
踵を返し、サラカに声を掛ける。
「行きましょう。妙なことに巻き込んでしまって申し訳ない」
「……そう、ですね」
サラカは何とも言えない目でギースを見ていたが、すぐに目を外して俺と共に歩き出す。
「……ちくしょう、なんなんだよ、てめぇら……」
取り残されたギースのそんな呟きは、俺達に聞こえることは無かった。
◆
「……エルク」
「はい?」
「……決勝、頑張りましょう」
「ええ。全力で、勝ちに行きましょう」
◆
「よもや、本当に彼らが上がって来るとはね」
エルクが以前の因縁を清算した、その日の夜。
エルクとサラカが決勝に向けての作戦会議をしている頃、もう一方のファイナリストであるアキオスとニナがギルドの一角で彼らについての会話をしていた。
「いやしかし、むしろ僥倖と取るべきかな、これは。身の程知らずにも這い上がってきた愚か者に、もう一度現実を思い知らせることが出来るのだから!」
いや、会話というのは正確ではないかもしれない。何せ先ほどからアキオスが一方的に喋るだけで、ニナはほとんど話さず時折菓子をつまみながら外を眺めているだけなのだから。
「なあニナ、君もそう思うだろう?」
「知らないわ。誰が相手だろうと私はいつも通り、叩き潰すだけだもの」
時折アキオスがそう話しかけるも、総じてニナの返答は素っ気ない。
アキオスはその答えを受け僅かに眉をしかめるものの、すぐにほとんど独り言である一方的な語りを再開する。
パーティー内でも、この二人はこの様子が平常運転だ。
だが、今日ばかりは少し違う出来事が起きた。
何やら既に勝利を前提としてその後のことを語り始めているアキオスに、珍しくニナが話しかけたのだ。
「ねぇ、アキオス」
「──おやニナ、何だい?」
「唐突だけれど、貴方が私をパーティーに入れた際、私が出した二つの条件を覚えているかしら?」
その問いにアキオスは戸惑ったように一瞬固まるが、すぐに答える。
「本当に唐突だね。だが勿論覚えているとも。
一つ目が、『迷宮攻略を第一の目的とすること』。
そして二つ目が、『君に嘘をつかないこと』、だったよね?」
「ええ、そうよ」
それを確認した上で、ニナはアキオスを真っ直ぐに見つめて更に問う。
「じゃあ、もう一つ確認。エルクをパーティーから追い出した理由だけれど、貴方の言っていた『エルクがパーティーの物資を私物化して横領しようとしていた』っていうのは、本当なのね?」
その問いにアキオスは笑顔を浮かべ、
「ああ、本当だとも」
そう答えた。
「彼は僕たちのために積極的に雑務を引き受けると見せかけて、それが狙いだったのさ。僕たち高位パーティーの財産は彼なんかじゃ一年かかっても手に入れられないものも多いからね。君はそういうこまごましたことに関わっていないから危うく騙されるところだったが、僕の眼は誤魔化せない。追放は妥当だよ」
「……」
「おまけに彼は、あろうことかすぐに新たな寄生先を見つけるような卑しい人間だ。ああいった輩は一度完膚なきまでに叩き潰すのが僕たちのように善良な冒険者の義務なのさ。きっと情けなくやられるところを見せれば、相方の子も目を覚ますだろう。
だからニナ、決勝でも迷うことなくやってくれ。期待しているよ」
そうアキオスはまくしたてる。それは、自分の言葉の情報量を増やすことで無理やりにでも自分の話に正当性を与えようとすることにも似ていたが、
「……そう」
ニナは大人しく頷いた。
結局のところ、どうでもいいのだ。アキオスが何を企んでいようが、彼の強さがニナの益になり、ニナが出した条件をアキオスが守っている──とニナが判断する限り、ニナは彼まで切ることは無い。自分が興味を持つ対象は二つだけ。
一つは迷宮攻略。先ほどエルク達に向かってギースが話していたように、ニナは一応高貴な生まれを持っている。彼女の剣技もそこで磨かれたものだ。
ならば、今はもう身分を失っているとは言え、この剣技を民を脅かす迷宮に対して使うのは自分の義務のようなものだろう。彼女はそう考えている。
そしてもう一つは彼女の趣味である、磨き上げた剣技を対等な他者とぶつけ合うこと。準決勝までは、一切その機会に恵まれることは無かった。
だが──とニナは思い出す。決勝の相手。抽選の時に自分に啖呵を切ってきた金髪の少女と、どこか纏う雰囲気を変化させたエルク。
そして、彼らの準決勝までの戦いぶり。
それらを考え、今までとは違う予感をニナは抱き。
仄かに、その唇が笑みを形作った。
こうして、様々な意志、様々な想い、様々な思惑を孕んで。
決勝戦が、幕を開ける。




