16話 最後の因縁
武闘祭、二日目。
昨日は一回戦の十六試合を行い、今日は二回戦、三回戦、準決勝の合計十四試合を一気に行う。ベスト4まで残った人間にとっては三連戦となり、俺が昨日『ある意味一番ハードな日』と言った理由がこれだ。
だが、それでも俺とサラカは勝ち続けた。
流石に昨日のように瞬殺とまではいかなかったが、サラカが攻撃を担当し、俺が右眼によってその攻撃を当てるためのサポートや相手の妨害、所謂『固め』や『崩し』を担当することで、最小限の労力で彼女を勝たせることに成功した。
そのおかげで連戦の疲労もほとんどなく、順調に二回戦、三回戦、そして準決勝も勝利し。
少々驚きなほど順調に、決勝までコマを進めることが出来た。
だが、その順調さとは裏腹に──というか、その順調さ故に。思わぬ弊害が、俺とサラカを待っていた。
それは──
「おい見ろよ、エルクだぜ。寄生虫野郎だ」
「結局準決勝もほとんど何もせず、サラカちゃんに全部任せてたんだろ? 男の風上にも置けねぇな」
「知ってるか? あいつ、『聖者の呪い』っつー原呪を持ってて、攻撃が一切できないらしい」
「はぁ? 何でそんな奴が冒険者やってんだよ。害悪でしかねぇな」
「そんなんだから他人に取り入るしか能がないんでしょうよ」
「その上あいつ、一週間前にニナパーティーを追い出されたばかりらしいわよ? だからあんな純朴そうな子を騙して復讐しに来たのかしら」
「復讐すら他人任せだなんて、恥ってものが無いのかしら。ああやだやだ、あんなのに付きまとわれるアキオス様も可哀想ね。せいぜい決勝では派手にやられて欲しいわ」
……とまあ、こういうことである。
どうやらサラカが非常に目立っているこれまでの戦いと、どこからか広まった俺の事情から、観客は俺を悪意ある曲解の対象に決めたようだ。
……確かに、そう取られてもおかしくないが、予想以上に早く噂が広がっているようだ。
準決勝を終えて闘技場を後にする俺に突き刺さる侮蔑の視線と陰口の数々。いや、彼らは意図的に俺に聞こえるように言っているので陰口かどうかは怪しい所か。
そして俺に聞こえるということは当然隣の少女にも聞こえているわけで。
「~~~~~ッ!」
遂に耐えきれなくなったか、サラカが噂の出所に歩き出そうとする──が、申し訳ないがそれは止めさせていただく。
「サラカ、すみませんが貴女が出ても意味は無い。むしろ逆効果です」
「なんでですか! 事実が歪められすぎです! エルクさんは何もしてないわけじゃ──」
「何もしていないように見える。それで十分なんですよ」
まず第一の原因はそれだ。
以前、俺はこの右眼が俺の技能に与える影響を出力の上昇と勘違いしたが、それは間違いだ。あの時は、単純に技能の使い方に無駄が無くなった結果、自分の魔力を余すところなく技能の出力に変換できただけ。
そう、俺の貧弱な魔力自体は変わっていない以上、技能の出力も一定以上上昇することは無い。
だからこそ、この右眼を技能に役立てる本質は、精密性にある。
己の魔法がどう動いているかを右眼で判定し細部まで調整して、相手の動きも見た上で寸分の狂いも無く重心や関節に結界を差し込み、動きを阻害。それによって貧弱な結界に最大級の力を発揮させる、それが俺のこれまでの戦い方だ。
それは以前の使い方よりも遥かに強力なのだが、一つ問題がある。
端的に言うと地味なのだ、これは。
観客からしてみれば「なんだかよく分からないが相手の動きが悪い」ぐらいにしか見えない。サラカの派手な魔法に目を奪われれば尚更、俺が時折サラカを守る結界を張る以外何もしていないと見えても仕方ない。
戦闘に勝利するうえでこの戦い方は有効だが、エンターテイメントとして考えた場合下策になってしまうのが、ある意味で今の俺の弱点だ。
「なら、それをきちんと説明すれば──」
「説明しても分かってくれません。いえ、分かろうとしてくれないんですよ。ことの本質はそれだけではないので」
「それだけでは、ない?」
訝しむサラカに説明を続ける。
観客は既に俺を、『強い原呪を持つ劣等種のくせに強者に取り入る恥知らずで、自分を追い出したニナパーティーに復讐するため何も知らない少女を騙して利用している最低の人間』、と決めつけている。そして──
「そんな俺が決勝で無様に敗北すれば、観客はさぞ気分がいいことでしょう」
「──あ」
サラカが気付きの声を上げた。
「そうです。だからこそ、今更俺にも事情があるなんて思いたくないんですよ。人間が信じるのは真実ではなく、『信じたいこと』です。だからこそ、仮に俺が説明すれば言い訳ととられますし、貴女が説明すれば俺にあること無いこと吹き込まれているだけととられます」
『こういう理由でエルクは嫌な奴だ』と考えるのではなく、『エルクは嫌な奴に決まっているからこういう理由があるに違いない』と考えるのだ。
理屈から感情を生成するのではなく、感情を先に立てて理屈を後付けするのがああいう人種の特徴だ。
「そん、な……」
それを聞いて再度俯くサラカ。
……思うにこの子は、論理には強いが心理には弱い。特に人間の悪意や害意と言ったマイナスの感情に端を発する現象に対しては、持ち前の聡明さを発揮できないようだ。
まあ、仕方ないだろう。俺だってこのような悪意に五年間晒され続けてようやく学んだことなのだ。まだ慣れていない彼女に分かるはずも無いし……個人的な感情を言うなら、あまり学んで欲しくもない。
だからこそ、と俺はサラカに、はっきりと声を掛ける。
「だから、この評価を覆したいのなら──決勝で勝つしかありません」
「!」
「この武闘祭、貴女が俺のために出場してくれたのはありがたいですし、色々と予想外のこともあったと思います。……だからこそ、当初の目標である『優勝する』だけはブレずにいきましょう」
「……そう、ですね」
サラカが頷くと、周りの陰口を務めて耳に入れないように歩き出す。
……きっと彼女は、この大会で活躍さえすれば俺のことも認めてもらえると思っていたのだろう。
だが現実はそう甘くない。染みついた意識と先入観は俺だけでなく、周りの人間さえも縛る。今まで落ちこぼれだった人間が多少の活躍をしたところで認める人間などいない。その活躍が分かりにくいものならば尚更だ。
だからこそ、必要なのは結果。評判をひっくり返すほどの結果を積み重ねることでのみ、俺の悪評は拭われる。
その手始めが、きっと明日の決勝なのだろう。
そんなことを考えながら、途中で「用事がある」と言ってサラカと別れ、人気のない方向に歩みを進めながらの俺は思う。
そして、あるところでぴたりと足を止めて、言った。
「……そろそろ出てきたらどうです? ギース」
「……ほお、気付いてたのか。お前ちょっと変わったな、エルク」
俺の声に応え、暗がりから黒い服を羽織った男が現れる。
ギース=フーリア。かつて俺を追いだしたニナパーティーの最後の一人であり、アキオス曰く俺の後同様に追い出された人間。
……どうやら、明日の決勝に臨む前に。
もう一つ、因縁を清算する必要があるようだ。
◆
「おっと待て、そんな怖い顔すんなよエルク。別にお前とやり合おうってわけじゃねぇ。むしろいい話を持ってきたんだ」
「人のことを尾行しておいていい話がある、とは少々信用しがたいかと」
胡散臭い切り出しに俺は素っ気なく返すが、ギースの笑みは深まるばかりだ。
「まあそう言うな。お前が一人になるのを待ってたんだよ。……ちなみに、俺が今どんな状況にあるのかは知ってんのか?」
「ええ。俺と同様パーティーを追い出された、というところまでは」
俺の返答にギースは頷き、その顔に苦々しい怒気をひらめかせる。
「ああそうさ。あの野郎、よりにもよって雑用を全部俺に押し付けやがったからな! ニナの奴も結局それに何も言わねぇしよ! あの『貴族崩れ』ども、面倒臭ぇことは全部他人に押し付けて当然だと思ってやがんだ! ムカつくったらねぇよ!」
今ギースが放った『貴族崩れ』という単語は、端的に言えば『元、或いは現貴族の冒険者』の蔑称である。
本来、貴族と冒険者というのは仲が悪い。何せ迷宮という人類の脅威から人を守るのは本来ならば特権を持つ貴族の仕事なのだ。
彼らからすれば、冒険者たちは自身の仕事を勝手に横から掻っ攫っていく野蛮人の集団ということになる。
逆に冒険者からすれば、貴族は迷宮を守る義務を果たせてないくせに上から偉そうにするいけ好かない奴、という認識である。
お互いがこのように思っているため、貴族から冒険者に転向するという人間はそれなりの事情があることが普通。
そして、ニナとアキオスはその例に当てはまる。彼らの事情までは流石に知らないが、本人がそう言っていたのだから間違いはないだろう。
そんな彼らの生い立ちから来る意識の違いが、俺が抜けた後のギースの極端な負担に繋がった一員であることは否定できない。
「……それで? そんな貴方が一体俺に何の用で? 追放されたもの同士仲良くやろう、とでも?」
「ああそうだぜ?」
牽制のつもりの台詞だったが、予想に反してギースは肯定してきた。
「エルク、俺は反省してるのさ。どうやらニナパーティーでお前がやってたことは意外と役に立ってたらしい。そう考えると、尚更あの二人に対してイラついてきてなぁ。どうにか仕返ししてやろうと思ってたのさ。
だが、あいつら実力だけはありやがる。真正面からやるのは得策じゃねぇ。……ここまで言えば、お前なら分かるだろ?」
そしてギースは、ニィと顔を歪めて。
「なぁエルク、お前だってあいつら二人には恨みがあんだろ?
だからさ……明日の決勝を待つまでもねぇ。その前に、あいつらのことを潰しちまわねぇか?」
…………。
突拍子もない提案に、俺は思わず聞き返した。
「……潰す?」
「ああそうさ。ちなみにもう仕込みは終わってるぜ? お前にはそうだな、あいつらをおびき出す役でもしてもらえばいい。なぁに、あいつらが強いと言っても所詮二人さ。大人数で囲んじまえばなんてことはねぇよ!」
……ああ、なるほど。『潰す』とは文字通りそういうことか。ギースが何故武闘祭に出場しないのかと思っていたが、恐らくその人数集めをしていたのだろう。
「……何故俺にその提案を? まさか俺も決勝に出場することを知らないわけではないですよね?」
「おいおい、あんまり俺をナメるなよエルク。確かにお前の相方は強ぇ。どっから見つけてきたもんだと感心するレベルだ。お前自身も何かしら小細工でその援護をしてんのも見りゃ分かる。だが──足りねぇだろ? そんだけじゃあよ」
ギースの表情は相変わらずの獰猛な笑顔だが、その瞳には確信があるし、実際間違ってはいない。
彼も元とは言えニナパーティーの一員、それも俺と違って戦闘能力を買われての加入だ。無知な観客ならいざ知らず、彼ならそれくらいは見抜いてもおかしくない。
「お前とお前の相方、二人がかりならどっちかは倒せるかもしれねぇな。だが二人を相手にしたらまず勝てねぇ。だからお前自身、決勝まで辿り着いたはいいもののどうしたもんかと困ってると思ってよぉ、声を掛けさせてもらったのさ」
「……」
「なぁに、何なら決勝には出られる程度にボコるのを手加減してやってもいい。むしろその方がいいかもなぁ? 決勝が不戦勝となっちゃ観客も興ざめだ、それよりもろくに戦えなくしたあいつらが、決勝で無様に負けるのを眺める方が面白ぇ! なあ、お前もそう思うだろエルク!」
……この、男は。一体何を言っているのだろうか。
彼は恐らく何かを勘違いしている。その原因は──と記憶を探り、すぐにそれに思い当たった。
「……ひょっとして、観客たちの噂を聞いたんですか?」
「ああそうさ! お前が無知な嬢ちゃんをたらしこんであの二人に復讐しようとしているって話だろ? 俺は嬉しかったぜ、お前は弱ぇくせに随分といい子ちゃんぶるところがあったからなぁ、だがそういうことが出来るのならお前も俺達の仲間だ!」
……そういうことか。
ギースは、あの観客たちの噂が真実だと思い込んでいるのだ。きっと、その内容が彼にとってひどく共感できるものだったのだろう。
繰り返すが、人間は事実ではなく、信じたい情報を信じる生き物なのだ。
実際、皮肉なことに今のギースが俺を見る目には、ニナパーティーにいた頃には微塵も見えなかった仲間意識が見える。
「なぁ、お前が追放される時に迷宮で殴っちまったことを根に持ってんなら謝るからよ。今からでも俺と組み直さねぇか? そんで手始めに、あの二人の済ました面を存分に歪ませてやろうぜぇおい!」
そう言って、ギースは高笑いを上げる。断られるとは微塵も思わない顔で。俺を自分の同類だと疑っていない顔で。
……この右眼に目覚めてから、有形無形の様々なものが見えるようになった。
それ故の、これは新たな発見だ。
見ているだけで吐き気を催すものが、この世にあるなんて。
ギースの考えは分かった。そこに至る過程も理解した。
ならば、これ以上話を聞く必要はない。
俺の答えはもう、決まっているのだから。
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