15話 高位冒険者の実力
「あれは相手が馬鹿でした」
闘技場、観客席の一角で。
フードで顔を隠したサラカに、同じ格好をした俺は告げる。
俺が右眼を用いて出来ることについてある程度事前説明はしていたのだが、一回戦で想像以上の成果を挙げたため再度解説したのちの一言である。
「貴女の七重同時起動が余程衝撃だったんでしょうね。なりふり構わず回避しようと慌てたため、面白いように俺の結界に引っかかってくれました」
「……ええと……やりすぎでしたか?」
俺の言葉を聞いてサラカが恐縮そうな顔をしたが、俺は苦笑を返す。
「いえいえ。派手に動いてくれた方が俺もやりやすいので、そのままで大丈夫ですよ。それに、あんなの相手に手加減しろと言うのは貴女にとっても酷でしょう」
安堵の息を吐くサラカ。
「俺が言いたいのは、今回は本当に出来すぎだったということです。相手が油断したことと初戦だったこと、その全てが俺達にとってプラスに働きました」
「じゃあ……次からはこうはいかないと?」
「そうですね。少なくとも今回のように一撃で決めることは難しいでしょう」
けれど、と俺は続ける。
「正直なところ、俺の右眼が俺の想定以上に働いていることも確かです。それに、第八試合──俺達が準決勝までに当たりうる相手の試合は全て『視ました』。それらを加味すると、逆にこちらが油断しなければ準決勝までは問題なさそうです。
……確かに、昨日弱気になるのは少し早かったかもしれませんね」
「ええ、そうでしょうとも」
最後の台詞を受け、サラカが得意げに胸を張る。大変可愛い。
だが、問題ないのは準決勝までだ。俺は心持ち声を固くして言った。
「……だからこそ。次の試合は余すところなく見て頂きたい」
こう言えば、次が誰の試合かは分かるだろう。その瞬間、一際大きな歓声と共に実況の声が響いてきた。
『さあ続いて第十試合、東のコーナーから出てきたのは、ニナ=サーティス選手とアキオス=セルジア選手! この街ではご存知の方も多いでしょう、多くの高難度迷宮を難なく突破する通称ニナパーティーの主力二人! 押しも押されぬ今大会の優勝候補筆頭です!』
観客が更にどっと沸く。それを受けてニナはマイペースに無表情だが、アキオスは歓声に応えるように甘い笑顔を振りまいて観客席に向けて手を振った。
主に女性の黄色い声が上がる。
サラカが抑揚のない声で言った。
「エルク、あれ撃っていいですか?」
「この距離では当たりませんよ」
……おっといけない。これではまるで当たる距離なら撃ってもいいと言っているように聞こえる。いやまあ実際至近距離ならゴーサインを出さなかったかと言われると怪しい。
アキオスの冒険者としての力量は嫌と言うほど知っているし認めているが、俺のニナパーティーからの追放において最も積極的だったのは彼だ。理屈では妥当だったと思うものの、感情ではどうしても反発が来る。
「……というか、貴女にしては珍しいほどアキオスには当たりが強いですね」
「言ったでしょう。エルクを追い出した人間というだけでわたしにとっては評価を大幅に下げる一因なのです」
……サラカがここまで俺を高く評価してくれるのは、困惑が先に立つものの素直に嬉しいと思う。
だが、この武闘祭においてはその先入観を捨てた方がいいとも思う。
何せ、何度も言うが──彼らの実力は、紛れもない本物なのだ。
『試合──開始!』
コールと同時にアキオスが詠唱を始め、ニナが飛び出す。
ここで注目すべきはニナ。正確には突進と同時に取り出したニナの剣。
不思議な剣だ。形状は通常の西洋剣だが、意匠に気品があり、何より剣身が淡く紫色に発光しているのが最大の特徴だろう。
それを手にした瞬間、ニナの突撃の速度が大幅に上昇する。慌てて相手の片方が結界術で止めようとするが、ニナはその結界をバターか何かのように軽く切り裂いた。
『出ました! ニナ選手の技能、上級技能『精霊剣』! 通常の技能とは桁が違う選ばれた者だけが使える上級技能! その威力はご覧の通りです! さあこの猛攻を凌げるか!』
実況に合わせて、俺も隣で目を見開くサラカに解説する。
「見ての通りニナはオーソドックスな剣士タイプ、メインの技能は実況の通り『精霊剣』。使用者に大幅な身体能力の上昇と様々な精霊の加護を与えます。ニナの場合は主に自己治癒能力ですね。ランクはD-」
「……え? あれでD-?」
「上級技能、と実況の人が言っていたでしょう? 上級技能のEランクは通常技能のAランクに匹敵するんですよ」
「な──」
サラカが絶句する。
改めて説明するが、技能のランクはEからAに+-を付けた15段階。それに今の説明を加味すれば、実況の桁が違う、との言葉が誇張でも何でもないことが分かるだろう。
今の説明に則った単純計算でも、ニナの『精霊剣D-』はサラカの『ルーン魔術A』よりも二段階ランクが上なのだ。
「それでいて、本人の技量も文句なしの達人級です。まずはあれを止めないことにはどうにもならない」
俺の言葉通り、ニナの相手は完全にニナに翻弄されていた。二人がかりでも尚ニナに倒されないことが精一杯のように見える。
むしろあれでもよくやっている方だろう。だがそのせいで当然後衛のアキオスにまで意識を回す余裕はない。
「そしてアキオスの所持技能は、『風精法術A-』、『炎精法術B+』、『氷精法術B+』。基本の精霊魔法とは言え三属性を、しかも高いレベルで修めているのは尋常ではありません。今回は何を使うのか──って、まさか」
アキオスの詠唱を聞き、現れる魔方陣を右眼で視た俺が絶句する。
その理由は、直後に現れた魔法と実況で明らかになった。
『おお──っとこれは! 炎を纏った竜巻です! これは第六試合でサラカ選手が見せたものと全く同じ! 王者の余裕を見せつけるかのように、あの衝撃を再現した魔法が今、放たれました!』
そう、よりにもよってあの男は、あの時の火災旋風を再現したのだ。
アキオスの手を離れた竜巻は、一直線に相手二人へと向かう。
相手は避けようとするがニナがそれを許さない。限界まで相手をその場に足止めしてから、身体能力にものを言わせて瞬時に離脱。
ニナですら紙一重のタイミングで相手が躱せるはずもない。直撃し、実況の言う通り第六試合を再現するかのように吹き飛んだ。
『決まった──! 勝者、ニナ、アキオスペア! 相手を一切寄せ付けない圧倒的な立ち回り! 優勝候補の貫録をまざまざと見せつけた一戦となりました!』
第六試合以上の盛り上がりを見せる観客席を他所に。
「やってくれたなぁ、まあ彼ならやりかねないか……って、サラカ?」
俺は隣のサラカが俯いたまま何も言わないのが気になり、話しかける。
「どうしました? 流石にアキオスのあれは貴女も怒ったのでは……」
「……もちろん、腹立たしいですけど」
最初は怒りを抑えて俯いているのかと思ったが、どうも違うようだ。
「それ以上に……あなたの自信が無い理由が、少し分かりました」
……ああ、そっちの感想になったかぁ……
油断だけはしてほしくないとマイナスの要素を排除して解説したが、少々やりすぎてしまったらしい。この子、根はすごく素直だからなぁ。
サラカをどんよりさせてしまったことに反省しつつ、俺は告げる。
「……ええと、サラカ。まず……アキオスのあれはぶっちゃけハッタリです」
「──え?」
サラカが顔を上げた。
「あの魔法は強かったですが……時間がかかりすぎです。あれはニナが二人相手に攻撃魔法を使う余裕すら与えなかったという規格外の立ち回りあってこそで、通常は使えたものではありません。観客は概ね騙されていましたが、単純に起動までの時間は貴女の倍近くかかっていたでしょう?」
「……た、確かに」
「それに、二つの精霊魔法を組み合わせることは確かに非常に高い技量が必要になりますが、それでも貴女の七重複合起動の方が難易度は上です。一応俺は自分の使う技能以外についてもある程度調べているので、それは断言します」
「む……」
「アキオスはその……目立つことが大好きな人種なので、ああいう表面上を誤魔化すことは異様に上手いんですよね。なので騙されてはいけません」
「むむむ……そう言われるとだんだん腹立たしさが上回ってきました」
「その調子です」
だんだんと頬を膨れさせるサラカに笑顔で頷く。
「貴女も技量では負けていないので、自信を持ってください。それに、昨日俺を励ましてくれた貴女の方が落ち込んではいけませんよ」
その言葉の主に後半が多少不服だったのか、サラカが更に頬を膨れさせる。
そのまま俺からぷいっと顔を背け、目線だけをこっちにやって、
「そ、そういうあなたはなんでそんなに立ち直っているんですか……なまいきです」
「──」
……『なまいきです』の破壊力が高すぎて一瞬意識が飛んだ。
思わぬカウンターを喰らってしまったのでこれくらいに、と咳払いをする。
「そ、そうですね。俺も当然改めてあの二人の実力を確認して心穏やかではありませんが……流石に貴女が落ち込んでいる手前俺も同じようになるわけにはいかない、という意地のようなものなのでお許しを」
「……そういうことならいいです」
素直に告げると、サラカはある程度立ち直ったようで席を立つ。
「わたしも確信しました、反対ブロックを上がってくるのは間違いなくあの二人です。ならばこの後の試合を見る必要はないのでは?」
「……そうですね、俺は万が一の確認と右眼の訓練も兼ねて一応残りも見ていきますが……確かに貴女は昨日と同じく早く休んだ方がいいかもしれません。明日はある意味一番ハードな日ですから」
「分かりました、ではそうしましょう。あなたも、明日に影響が出ない範囲で。……わたしはまだ、優勝を諦めたわけではありませんので」
落ち込んでしまったのを気にしているのか、最後にそう言い残すサラカ。……これなら、もう問題はないだろう。
サラカと別れた後、俺は闘技場の方に向き直る。
……彼女に言った通り、俺としても正直言えばまだ怖い。右眼の調子が想像以上にいいことを加味しても、あの二人の実力は圧倒的だ。骨身に染みた意識が、勝利の可能性を一片まで否定しようとする。
……それでも、そんな俺を認めてくれる人が居る。強いと言ってくれる人が居る。
俺は否定されてもいい。でも、俺を認めた彼女は否定されたくない。
そう思える程度には、俺はあの子に救われている。
だから、と俺は身を乗り出して、眼下の試合を観戦する。
……まずはこの後の三試合、その勝利を確実なものにするため、更に右眼を鍛える。
そしてその先の決勝、勝利の可能性も、必ずこの眼で見出すのだ。
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