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14話 考え方と戦い方

「わたし、あの二人のこと嫌いです」

「わあストレート」


 ニナ及びアキオスとの邂逅が終わり、受付を終えての帰り。

 景気付けのために入った食堂で、席に着いたサラカの一言目がこれである。


「あのアキオスとかいう人は論外です。言葉や態度の節々から自分以外の全てを見下してる感が滲みまくってますし、そもそも最初にエルクを攻撃しようとした時点でサラカ判定によりアウトになりました」

「サラカ判定」


 また新たな造語が出てきた。


「ニナという人もです。最初見た時は少しは話の分かる人かと思いましたが、やっぱりエルクを追い出した人間ですね。腹立たしいです」


 ぷんすか、という擬音が相応しい態度のサラカは俺から見るとあまり威厳は無くむしろ可愛らしい限りなのだが、それでも内心はかなり怒っているようだ。


「そして最後の『決勝で待ってるわ』ってなんですか! 随分と格好をつけた言葉で実際ちょっと格好良かったのがまた嫌です! あんな人なんて蓋を開けてみれば一回戦でころっと負けてしまえばいいんです!」

「……まあ、優勝を狙うのであれば俺も心底それを望みますが」


 サラカの怒りがひと段落したのを見計らって、俺は見解を述べる。


「恐らく望み薄でしょう。まず間違いなく、反対ブロックはあの二人が上がってきます。決勝の相手はあの二人、そう思って事に望むべきかと」

「……エルクは、随分とあの二人を評価するのですね」


 その言葉が気に食わなかったか、サラカがじとっとこちらを見てくる。

 だがここは誤魔化してはいけない所だと思い、俺は言葉を重ねた。


「ええ。一応は元パーティーメンバーですので、その辺りは把握しているつもりです。今回の参加者は一通りチェックしましたが、確実にあの二人は頭一つ二つ抜けている。確かに少々その、我の強い二人ですが、実力は疑う余地のない本物だ」

「……」

「サラカ、貴女も恐らくは勘付いているのでは? 貴女ほどの人が直に対峙して力量を図れない、ということはないはずです」

「それは──!」


 サラカが席を立って声を上げかけるが、図星だったのだろう、結局何も言えずに腰を下ろしてしまう。

 責める事はできない。俺だって結論は同じだ。


 だって、ずっと見てきたのだ。あのパーティーにいた二か月ほどの間。


 ニナの流麗な剣技を、アキオスの圧倒的な魔法を、嫌と言うほど見せつけられて。その度に、己の無力を噛みしめてきたのだ。


 今はこの右眼があるとは言え、あの二か月間で俺に刻み込まれた印象はそう覆せるものではない。


 サラカには申し訳ないが、正直言って勝てる気がしない。彼女は間違いなく強い。だがニナは間違いなくそれ以上に強く、向こうは正真正銘の高位冒険者だ。


「……すみません、折角貴女が俺のために出場を決めてくれたのに」


 賞金目当てという俗極まりない目的ではあるが、早く様々な迷宮に潜ってみたいという俺の願いを叶えるために彼女はこの手段を選んだ。


 そして、ニナ達ほどの強さを持つ冒険者はそうそう出場しないだろうという俺の読みが間違っていたゆえの、この現状なのだ。


 多分、優勝は厳しい。そう判断するしかなくて、俺は言葉を発する。


「せめて、無茶だけはしないで下さい。賞金よりも、貴女が無理をして酷い怪我でもしてしまう方がよっぽど──むぐ?」


 しかし、その言葉はサラカによって無理やり遮られた。具体的にはサラカがその両手で俺の両頬を挟み込んできたことによって、だ。


「エ・ル・ク?」


 微妙に低くなった声を出しながら、サラカが俺を至近距離で睨んでくる。その綺麗なお顔を近づけられると非常に緊張するのですが……


 頬を両サイドから圧迫されているせいで喋りづらいがどうにか声を出す。


「な、なんでしょうサラカ。これも姉ムーブというやつですか」

「姉ムーブというやつです」


 多分違う気がしたが、本題はそこにないので大人しく口をつぐむ。


「あのですねエルク、あなたは無自覚に自分を卑下しすぎです。まあ、あなたの過去の経験を思えば仕方ないことなのかもしれませんが、それでも聞いていて気分の良いものではありません」

「は、はあ」

「それに、もうあの二人に勝てないと思い込んでいるのも嫌です」

「いや、でもそれは貴女も先ほど」

「確かに、わたしも理解しています。エルクさんよりもあの二人の方が強いし、ニナさんは多分わたしより強い。でも──」


 そこでサラカは俺の顔から手を離し、自分の胸に手を当てて、


「──それよりも、『あなたと組んだわたし』の方がずっと強い。わたしはそう思います」

「──」

「いいですかエルク、わたし一人では優勝まではいけません。だから、あなたがわたしを勝たせてください。それが出来ると判断したから、わたしは出場を決めました。自分の実力が信用できないなら、あなたが褒めてくださるわたしの判断を信用してください。……それでもだめなら、やめますけど……」


 そう言って彼女は、俺の返答を待つ。


 ……今、ふと思った。


 彼女はひょっとすると、彼女曰く『自分を卑下しすぎ』な俺に自信を付けさせるために、この武闘祭への出場を決めたのではないかと。


 サラカは割合子供っぽいところもあるが基本は非常に聡明で、不要な争いを好む性質ではない。その彼女がこんなにも性急に決定するのは、賞金目当てにしては少し理由が弱いと思っていたのだが──そういうことなら納得だ。


「……そう、ですね」


 もちろん、サラカの言う通り俺が五年かけて刻み込まれた意識は、いくら彼女の言葉とは言えすぐに拭えるようなものではない。


 ……それでも。

 彼女を勝たせるために頑張る、という言葉は、不思議なほどしっくりきた。


「分かりました。正直今も自信はありませんが、俺も全力を尽くしましょう」

「む。……そこは絶対に勝つ、くらい言ってくれると嬉しいのですが」

「それ、実際に俺が言ったらどう思います」

「まあまず入れ替わりを疑いますね」

「でしょう? なので今のところはこれくらいで」


 期待しておきながらそこはずばりと言い切る彼女に苦笑しつつ、俺はそう返す。サラカは尚も唸り声を挙げていたが、やがて「まあいいでしょう」と言って席を立つ。


「そうと決まれば今日はもう休みましょうか。あなたの方はその右眼の訓練をするんですか? 必要ならば付き合いますが……」

「……いえ。それもしますが貴女は休んでください。大会は明日から三日かけて、休みなく続けられます。貴女は体調を万全にすることを第一に考えた方がいい」

「わかりました。……そちらも、無理はなさらず」


 自分だけ休むのに少し抵抗があるらしい彼女が申し訳なさそうな目を向けてくるが、明日からの大会で彼女は相手への攻撃を全て担当することになるのだ。

 その負担は他のチームとは一線を画すことになる以上、ここでの彼女の仕事は少しでも体力と魔力を温存することだ。


 それは彼女も理解しているらしく、きちんと宿に直帰する。以前のような彼女に付きまとう人間がいないことを確認してから、俺も反対方向に歩き出す。


 ……本当に、本気で優勝を狙うのならば。


 今のままでは駄目だ。ニナ、アキオス、サラカ三人の実力を一番把握している俺の分析ではそうなる。無論他の参加者も警戒する必要があるが、ほぼ確実に決勝まで残る二人の対策を考えなければどうしようもない。


 だからこそ、鍵となるのはサラカも言った通りこの右眼。


 二人と当たるのは決勝、というのもプラスだ。一回戦で当たるよりも時間がある。それまでに、この魔法、魔物、人間を色で『視る』ことができる右眼、その精度を上げ、可能ならば新しい使い方を習得する。


 ……出来る限りのことは、やってみよう。

 そう決意し、俺は夜の街を歩き出した。




 ◆




 そして翌日。


『さあ、お待たせしました! これより武闘祭、一回戦第六試合を始めます!』


 俺とサラカは街の闘技場に立ち、一回戦に望んでいた。


『東側のコーナーから出てきたのは、サラカ=ロステラント選手とエルク=アンシャール選手! お二人とも十代! 可愛らしいコンビですが、なんとサラカ=ロステラント選手の方は希少技能である『ルーン魔術』を取得しています! どのような活躍を見せてくれるのでしょうか!』


 戦いを見る観客への配慮ということで、選手は事前に使用する技能を明かすようにしている。流石に戦闘で有利不利が出ると思ったかランクまでは明かさなくて良かったのは僥倖と言うべきか。


 ちなみに俺の方の技能紹介は省かれた。まあ妥当だ。強力で汎用性の高い技能であるルーン魔術と比べれば結界術も幻術も地味すぎる。実況の人も観客の盛り上がりを萎えさせるようなことはしたくないだろうし。


『続きまして西側のコーナーから出てきたのは、トト=エルネシア選手とベン=エルネシア選手! こちらは双子で、使用技能はどちらも『炎精法術』です! 双子ならではのコンビネーションはこのタッグマッチという形式で輝くことでしょう!』


 実況の紹介とともに、二人組の男が反対側から出てくる。どちらも年齢は二十半ばほどか。確かに双子らしく揃った顔が俺達を見て──揃って嘲るように歪んだ。


「おいおいおい兄貴! こんなひょろっちいガキ二人が一回戦の相手かよ!」

「そうだな弟よ! どうやら俺達はついていたらしい!」


 ……ああ、そういう人たちね。


「いやいやいや兄貴! 俺達は鬼じゃねぇんだ、相手がこんなんじゃ本気出せねぇよ! どうか穏便に終わらせてくれ!」

「そうだな弟よ! なぁお嬢さん、降参してくれねぇか? そうしたら優しくしてやるからよ、試合中も──何なら試合後もなぁ!」


 そう告げると、双子らしく揃いの下卑た声で笑いだすなんとか兄弟たち。

 サラカがくるりと振り向き、表情の伺えない顔でこう言ってくる。


「エルク」

「はい」

「この人たちぶっとばしてもいいですか?」


 ……良かった、こういう人たち相手だと少し怯えるかと思ったが奇遇だった。

 まあ、あまりにお粗末すぎて恐れる気も起きないのかもしれないが。

 ともあれ、俺の解答は一択だ。


「むしろ貴女にしかぶっとばせないので是非お願いします」


 その答えを確認すると、サラカは再度振り向いて右手を掲げる。


『それでは試合──開始!』


 コールが行われるが、向こうの双子は動かない。本当にこちらを舐め切っているのだろう。

 普通ならサラカの所持技能がルーン魔術と聞いた時点である程度警戒してもいいはずなのだが──それすらできないのか。


 前情報の無い一回戦、しかも相手が双子と聞いて苦戦を懸念していたのだが、これは杞憂だったようだ。


 余裕の表情を見せる双子の前で、サラカがルーンを紡ぐ。


(ケン)(ニード)(ニード)


 三つ目のルーンを宣言したあたりで、双子の表情が変わり、


(ラド)(ラド)付与(ティール)調和(マン)


 続く四つのルーンで、双子が目を見開いた。

 ルーンを七つ同時起動するという意味に気付かないほど愚かではなかったらしく、慌てて双子が対処行動をしようとするが──


 そこからは俺の出番だ。ぱちんと指鳴らしを一つ。右手の動きを的確に結界で阻害する。結果、向こうは焦りと手元の狂いからルーン魔術の出を潰そうとした炎精法術の起動が失敗する。


 双子の慌てようがさらに激しくなった。


 ……昨日、俺がやっていたこと。それは観察だ。


 街を歩く人間を、ただひたすら観察する。それだけだ。

 この五年間やっていたように、違う点は右眼を使って、観察した。人がどういう動きをした時に右眼に見える色合いはどう変わるのか、その情報をひたすら集積して頭に叩き込んだ。

 結果、分かったことがある。


 この右眼は、人間の動きの方が良く視える。


 恐らく俺も人間だから動きが魔物と比べて分かりやすいのだろう。右眼を使った動作予測も魔物相手ではどの方向に動くか、くらいしか分からなかったが、人間相手ならばより詳細に出来る。


 これから彼らがどう動いて、どこに力が入っていて、どこに魔力を集中させているか。それらを合わせて予測すれば、サラカが冗談で言っていた『右眼による未来予知』も絵空事ではなくなる。


 今の動作妨害もそうだ、双子が炎精法術を起動するため右手をどの角度でどう動かすか俺には全て視えていたから阻害できた。


 慌てている双子が、ならばと左手で発動するがそれも予測済み。阻害する。

 すると右手の結界を力ずくで破壊しようとするが、それも読める。力の起点を結界で抑えることで破壊を不可能にする。


 流石に予測をもってしても俺の遠隔結界術ではそこまでが限界で、強引に結界を壊され脱出される。

 だがその頃には既にサラカのルーン魔術は出を潰すのが不可能なレベルで完成しつつある。双子がぎょっとした顔で逃走を始めようとする。


 それもさせない(・・・・・・・)。崩れた体勢からの移動を読み切って足元に結界を配置、足を引っかけて転ばせる。ついでに転んだ際に重心を地面と結界で挟んで起き上がることすら不可能にする。


「待て待て待て兄貴! 何が起こっているこれはおかしいぜ!」

「そ、そうだな弟よ! 俺達は一体何をされているんだ!?」


 観客から見れば、この双子が焦りの余りあらゆる動作を失敗してさぞ滑稽にもがいているように見えているだろう。


 だが当事者の双子は流石に原因に思い至ったらしく、俺の方を揃って睨んでくる。

 ……まあいいか、もう詰みだし。種を明かしても構うまい。


 双子を見据えて、俺は告げる。


「──申し訳ありませんが」


 これが、俺の右眼を使った新たな対人での戦い方だ。


「サラカが『ぶっとばす』と決めた以上、貴方がたに『ぶっとばされる』以外の選択肢は与えませんので」


 つまるところ、先日迷宮でやった行動誘導の強化版だ。


 直接攻撃が出来ずとも、右眼による動作予測と右眼によって強化された二つの技能で相手の行動を読み切って邪魔し、いなし、事前に潰し、意地でも彼女の攻撃に当たってもらう。


 当たりさえすれば彼女の火力を防げるものはいない。いや、防ごうとしてもその行動すら潰して無防備な状態での直撃を強制しよう。


 この右眼で戦局を完全に支配し、彼女の勝利を阻む要因全てを排除する。

 それが、『彼女を勝たせる』ためにできる俺の働きの理想だ。


「複合ルーン、起動」


 そして、彼女のルーン魔術が完成する。


 それは炎を纏った巨大な竜巻。風と炎のルーンをかけ合わせ、『火災旋風』と呼ばれる強大な自然災害を人の手で強引に完成させる。


 完成してしまった以上、それに抗う術はない。双子は迫りくる熱量と風圧に顔を恐怖で彩り──直撃。


 双子は全身を焼かれた後、宣言通り闘技場の壁まで吹き飛ばされた。



『──しょ、勝負あり!』



 サラカのルーン魔術に目を奪われていた審判が慌てて決着をコール。当然だ、アレの直撃を受けた人間が戦闘続行可能とは誰も思うまい。


 観客がどっと沸いた。


『しょ、勝者、サラカ、エルクペア! 見たでしょうか、まさかまさかのルーン魔術、七重複合起動が飛び出しました! ルーン魔術は同時に起動するルーンの数がひとつ増えるたびに難易度が跳ねあがります、それを七つ! 間違いなくサラカ選手のルーン魔術はAランク相当であると言えるでしょう! これは思わぬダークホースが出現しました!』


 実況はサラカのみをベタ褒めする。これも妥当だろう。七重複合起動はそれくらいのインパクトがあるし、俺も半分意図的にバレにくい使い方をしていた。


 ……とはいえ、サラカ本人は当然騙せない。

 俺が何をやったか正確に把握している相方の少女は、驚きと畏怖すら混じった表情で俺を見ていた。……すみません、正直俺自身もここまでできるとは思ってなかったので驚いています。


 さて、彼女にどう説明したものかと頭を悩ませつつ、俺は闘技場に背を向けたのだった。


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