11話 エルク君見守り隊
途中で視点が変わります。
「わ、可愛い」
サラカが目を輝かせるのも無理はない。
マキリが両手いっぱいに持ってきて卓上に並べたものは、色も形も様々な華やかな服。
これを見るとまた勘違いしそうになるので繰り返すが、これも立派な冒険者の身を守る防具の一種である。
迷宮という存在は人類を脅かすものではあるが、同時に多くの利益ももたらした。
それは例えば俺の結界術や幻術と言った、人類が魔物に立ち向かうための技能や、迷宮から採れた植物や鉱石を用いたポーションや装飾品。それらは技能と同じく超常の力によって、通常の服ではありえない性能を持たせることが可能になる。
マキリが今広げているもの全てがそう言った特殊な素材で作られた、言ってしまえばマジックアイテムなのである。
「そんじゃァ嬢ちゃん、これからお前さんに合った防具のセットを見繕うためにいくつか細けェ質問をしていく。答えられるもんだけ答えてくんなァ。希望もあれば言ってくれ。可能な限り聞くからよォ」
「は、はい」
威圧感のある口調とは裏腹に言っている内容は非常に良心的だ。サラカも最初ほど警戒はしていないし、この店をデザインしたマキリのセンスは今更疑う余地も無い。これは俺に口出しできることはほとんどなさそうだ。
「ちょいと長い話になるからなァ、茶でも淹れるか──」
「ああ、それなら俺が淹れてこようか。茶葉の場所は変わってない?」
「おォ、そんじゃ頼むわ。菓子は棚の中のを適当に引っ張り出してくれりゃいいからよォ」
だから俺はマキリにそんな提案をして、マキリもそれを受ける。こっちは彼に任せておいて大丈夫だろう。そう判断して、俺は席を立った。
◆
エルクが店の奥に消えたのを確認すると、マキリは口を開く。
「さて、そんじゃァ服に関連することを聞きたいとこだが──その前に」
そして腰を落ち着け、真っ直ぐにサラカを見据えて問うた。
「お前さんはエルクの、新しいパーティーメンバーってことでいいのか?」
「え、ええ。そうですけど……」
「あいつが過去他の冒険者どもにどういう扱いをされてたか、それを知った上で組んでんのか?」
その質問で、サラカはようやくマキリの言いたいことを把握した。
少しばかり怖いが、真っ直ぐに見つめ返して答える。
「……はい。あの人の呪いも、パーティーを追い出されることを繰り返してきたその過去も。知った上で、あの人はわたしにとって価値があると判断したから誘いました。その以上、わたしが彼を不当に扱ったり虐げたりはしないつもりです」
「……そォかい」
聞きたかっただろうことを先回りして答えると、マキリは軽く表情を緩める。
「悪かったなァ変なこと聞いて。あいつの態度で嬢ちゃんが悪い奴じゃないとはおおむね分かってたが……それだけは確認せずにはいられなくてよォ」
「いえ。エルクの友人で、口ぶりからするにエルクの過去もわたしより詳しく知っているんでしょう? なら、彼がいきなり連れてきた新参者のパーティーメンバーを警戒するのは当然のことかと」
そこまで言ってふと思い浮かんだ疑問を、サラカは素直に問いかける。
「マキリさん、あなたは元冒険者とのことでしたが……ひょっとして」
「多分嬢ちゃんの想像してる通りさ。三年前、俺とあいつは同じパーティーだった」
聞かれることを予想していたのか、マキリの返答に躊躇いは無い。
「俺ァもともとこんな見た目だからなァ、こんな趣味を持ってるって知った奴は大抵気味悪がる。だから本業で冒険者をやって、こいつはひっそりやるくれェでいいかと思ってたんだが……ある日、あいつに見つかっちまってな」
その時のことを思い出したのか、マキリが苦笑の気配を滲ませて続ける。
「だが、あいつは笑わなかった。それどころか俺がこいつを趣味で終わらせたくねェと思ってることを察して、転職まで進めてきやがったのさ。『外見が似合わないという理由だけで、夢を諦めるのは勿体ない』ってなァ」
「……それは」
とても彼らしい話だと思った。
酷い呪いを受けつつも憧れの一心のみで、夢に向かう歩みを止めない彼だからこそ、その言葉は重く、マキリにも響いたのだろう。
「そういう訳で俺ァ冒険者をやめて、おかげさんで今それなりに繁盛させて貰ってるこの店も開くことが出来た。……だが、問題はこっからでなァ」
そこでマキリは表情を険しいものに変え、一息で告げる。
「──当時の他のパーティーメンバーがな、俺が抜けた全責任をあいつに無理やりかぶせやがったのさ」
「──な」
サラカが瞠目する。
「確かに俺が冒険者をやめるきっかけになったのはエルクの言葉だ。だが最後に決めたのは俺の意志。そう言って責任は俺にもあると何度も言ったんだが、奴らは微塵も受け入れやしなかった。
それどころか、『目を覚ませ』『悪いのは全てエルク。お前はエルクに誑かされているだけだ』『エルクを追い出すから戻ってきてくれ』だのなんだの言ってなァ、エルクを一方的に悪者にして俺を引き留めようとしやがったのさ」
「どうして──そんな」
「自惚れるつもりはねェが、あのパーティーじゃ俺はエース格だったからな。俺が抜ければ上の迷宮に潜れず、収入が減ると思ったんだろォさ。それに、奴らにとっちゃ俺よりもエルクを悪者にした方が都合がいい。俺ァ舐められたら反発するが、あいつはいくら虐げても殴っても絶対に反撃しねェ、できねェからな」
「っ!」
ここでもか。
ここでも彼の呪いは、彼に災厄をもたらすのか。
「……自らの保身のためだけに、ことの善悪を捻じ曲げたのですかっ、その人たちは」
「そういうこった。ったくよォ……『聖者の呪い』ほど呪いじみた呪いを俺は知らねェよ。本人だけじゃない、周りの判断基準さえも狂わしちまうんだから」
嘆息を一つ入れた後、マキリは話を締めくくる。
「結局それが決め手になった。奴らに失望した俺はパーティーを抜けて、だがその代償としてエルクは奴らに八つ当たりされ、奴隷みたく使い潰され最後は捨てられた。冒険者じゃなくなった俺はそれを見ていることしか出来なくてなァ……冒険者をやめて、唯一後悔したことがそれだ」
「…………」
予想していたとは言え、想像よりも遥かに酷いエルクの過去にサラカは閉口する。しかも、これは彼がこれまで味わってきた追放劇の一つでしかないのだ。
マキリが続けて呟く。
「お前さんも分かると思うが、あいつはびっくりするくれェ人に尽くす奴だ」
「ええ、まあそれはこの二日間で嫌と言うほど思い知りましたね……」
「おまけに『聖者の呪い』のせいでどうしても下に見られがちだからなァ、その結果……当たり前だと思っちまうんだよ。あいつの働きや、あいつの存在をな。それで増長して、必要以上に負担を押し付けて潰しちまう。それを繰り返してきた結果、あいつはどのパーティーにも居つくことが出来なかった。
……だからこそ、お前さんにはそうなってほしくないと思ってな。悪ィな、長々と関係無いこと話して」
「いえ、むしろありがとうございます。関係ないことではないでしょうし」
それに、納得もした。どうして彼が自分にここまで色々としてくれるのか、その理由の一端だけでも知ることが出来た。
今マキリに語られたような事情である以上、きっと『そこまでしてくれなくてもいい』と言うのは逆効果なのだろう。
だから、
「……彼にしてもらった分、わたしもわたしに出来ることで返して行こうと思いますよ。対等なパーティーメンバーですしね。あとは、彼の働きに対する評価も忘れないようにしましょう」
「……あァ、それがいいだろォな」
顔を見合わせて、軽く笑う。
「そんじゃ、その一端として気合い入れて考えるとすっかァ。あいつと二人でパーティー組めるってこたァ、相当の火力を持ってると見た。その辺も良ければ教えてくんな。完璧に合わせてやっからよォ」
「分かりました。ではまず技能から。わたしはルーン魔術を主に扱うので、腕や指先の動きを阻害するものは無い方が──」
◆
さて、人数分の紅茶を淹れて戻ってきた俺だったが。
何故かサラカとマキリが異様に打ち解けて、予想以上に真剣に装備についての意見交換を始めていた。この短期間に何があったと言うのだ。
割と本気で口を挟める状況ではなく、俺がここに居ても出来ることはあまりないと判断し、許可を取って一旦外に出ることにする。
あの二人だけで問題ないならば、俺はその間にポーションや携帯食料などの消耗品を補充しようと考えたからだ。
……予想と違った状況に結構な疎外感と寂しさを感じないことも無かったが、サラカが屈託なく話せる人間が増えたのはいいことだと自分に言い聞かせ、手早く必要な分を買い込んで店に戻ってくる。
「おォエルク、丁度良かったな。今しがたできたとこだ」
すると、戻った瞬間マキリのそんな声に出迎えられた。
できた、と言えば指すものは一つしかない。
「もうそろそろ着替え終わるはずさァ」
その言葉とほぼ同時に、店の一角にあった試着室の扉が開く。そこから金髪の少女がおずおずと言った様子で出てきて──
──目を奪われた。
「ええと、こんな感じでよろしいでしょうか──ってエルク!? 戻ってきてたんですか!?」
驚いた声を上げるサラカの言葉は残念ながら頭に入らない。思考能力が視覚情報に全て奪われているからだ。
彼女の装いは、白を基調とした丈の短い服。その上から胸の高さまで程のケープを羽織った形になっている。
戦闘での使用を見越してかやや厚めの生地で装飾も少ないが、ケープにあしらわれた独特の紋様とところどころに控えめに飾られた赤いリボン、そして剥き出しのほっそりとした手首に巻きつけられたブレスレットが彼女の神秘性と可憐さを絶妙に引き立てている。
マキリは服を作る専門家ではないためこれらは既製品の組み合わせであるはずだが、それもこの装いを見ると疑わしくなってしまう。
一流のデザイナーが彼女のためにオーダーメイドであしらえたものではないか、という疑惑が頭を離れない。それほどに、今の服装は彼女の魅力にフィットしていた。
「完璧だ。我ながらよく出来てる。素材がいいから引き立て甲斐があったなァ」
サラカを褒めつつ、自信たっぷりに口の端を吊り上げるマキリ。その目線が「てめェもなんとか言えやァ」と言わんばかりにこちらを向き、一方のサラカもこちらを上目遣いに見つめてくる。逃げ場はない。
「あー……っと、ええ。その、素晴らしい。この通り語彙力が無くなってしまうほどにお似合いです。というか、随分と気合を入れましたね?」
流石に気恥ずかしさが勝って茶化しながらの褒め言葉ののち、空気に耐えられず疑問をすり替えたが、彼女は大層お気に召さなかったらしい。「何を言うのです」と頬を膨らませた後、ぷいとそっぽを向いてこう言った。
「……あなたが着飾ったわたしを見たいと言ったから、頑張ったんですよ」
……ずるい。
それは、ずるい。
またもや流れ始めた妙な雰囲気と横のマキリの微妙な視線に収拾がつかなくなりそうだったので、マキリに質問を投げかけた。
「……そ、それで。実用的にもこれは問題ないの?」
「勿論。この店の売りだからなァ、そこはこだわったぜ」
だが愚問だったらしく、マキリが得意げに口を開く。
「生地はこの近くの『迷宮:ユグドラシル』の浅層でとれる特殊な植物を糸にしたものを使ってる。魔力の通りがいいから嬢ちゃん見てェに魔力の高い人間が着れば魔法耐性は申し分ねェ。物理に関してはさっき紹介した特殊な織り方をしたインナーを着ればカバーできるはずさァ。
あとは腕の動きを阻害しないためにオフショルダーにしたが、ルーン魔術師の生命線である手に何の防御も無しは流石にやべェ。だから魔法耐性と軽い治癒効果のあるブレスレットを追加しといた。軽い素材で作られてるからこれくらいなら問題ねェだろ?」
相変わらず趣味のことになると凄まじく生き生きと語りだす男だが、とにかく性能も申し分ないことはよく伝わってきた。
想像以上の仕事をしてくれたことに礼を言いつつも、代金を払って店を出る。
「色々と、ありがとうございました」
店の出口で、サラカが深々と頭を下げる。
「いいってことよォ。礼代わりっつーんなら、冒険者の仲間にこの店を紹介してくんなァ。ウチ常連は結構いるんだが、新規のお客様が入ってきにくくてよォ」
「まあ、でしょうね。分かりました。可能な限り評判を広めましょう」
穏やかにやり取りをして、店を出た。
背を向けてしばし歩いてから、俺はサラカに問いかける。
「……しかし、思っていた以上に打ち解けましたね。何を話したんですか?」
「主にあなたのことですよ」
「えっ」
サラカの返しに俺は驚きの声を上げた。サラカはともかく、マキリが自分のことについて話すとしたら、その内容は限られてくる。
表情から俺の疑問を察したのか、サラカが頷いた。
「はい。あなたとマキリさんの過去について、ある程度聞かせていただきました。……本当に、呪いのせいで随分と過酷な経験をなさって来たようで」
だから、と彼女は続ける。
「あなたのそのスタンスを責めるつもりはありませんし、正直色々と尽くしすぎだと思いますが、自重しろと言うつもりもありません。……ですが」
そこで彼女は振り返って、びしりと俺に指を突き付け。
「わたしもその分、あなたに尽くします。わたしの出来ることで、可能な限りあなたの夢、目的に協力しましょう」
「……既に十分頂いてると思うのですが」
「それはわたしもお互い様ですので。わたしだって貰いすぎだと思うからあなたに返すのです。だからあなたも遠慮する必要はありませんよ」
何気にすごいことを言っていると彼女は理解しているのだろうか。
そんな俺の視線を受け取って何を思ったか彼女は、
「……ど、どちらかが得をしすぎるのも適切な距離感を保つ上では不利益になりますし。それだけです」
いつもの理屈をつけて誤魔化したのだった。
その頬が染まって見えるのは、若干沈み始めた太陽の光によるものなのか、それともそれ以外の要因なのか。今は判別がつかなかった。
また評価いただいてました! ありがとうございます(人´口`)




