10話 ギャップの激しい防具店
「それで、結局今日はどちらのお店に行くのですか?」
喫茶店を出て歩く俺に、サラカが問いかける。
「俺の友人がやっている店ですよ。少々個性的ですが、信用できる人間です。……では道すがら、悪質な店とそうでない店を見分ける簡単なポイントをいくつか説明しましょうか」
そう言って、俺は周りの店に目を向けつつ説明する。
「判別の方法は多岐に渡りますが、ぱっと見て分かりやすい基準は──『すぐ逃げられるようにしているか』ですね」
「すぐ逃げられる……?」
「そうです。悪質な商売をしている方は、余程の大物でもない限り摘発されることを最も恐れます。だから、その兆候を感じたら即座に店を畳んで撤収できるようにしている。それがよく現れているのは……例えば、店の外にある在庫など」
俺は近くの防具店、その裏手に置かれている木箱の山を指さす。
「それが奇妙に少なかったり、埃を被っていなかったり。わざわざ台車ごと在庫の山を置いてあった場合は、かなり怪しいと見ていいでしょう」
「なるほど……」
「他にも、戸棚の品揃えが妙に薄い。重量のある商品が少なすぎる等。ひとつふたつだと違和感はありませんが、いくつも重なっていた場合は警戒すべきです」
他にも、内側の様子が外から見えにくかったり、カウンターから店の外までが入り組んでいて、有体に言えば『客が逃げにくい』内装をしていたり。
客をもてなすのではなく騙すことを前提としている店は、高確率でそれらの特徴を多く揃えている。
「……参考になります」
と、感心した顔でサラカは述べた。
「エルク、あなたそういう知識ってどこで仕入れてくるんです?」
「冒険者を長年やってると、関わる職種も多いのですよ。迷宮攻略のほかに、野良の魔物の討伐や採集の依頼もこなしてきたのでその際に。まあ、今の知識に関しては、ほとんどが例の友人の受け売りですが」
そんな会話をしているうちに、目的の場所に到着した。
「さて、ここがその俺の友人がやっている所です」
「へぇ……お洒落な場所ですね」
軽く目を輝かせながらサラカが告げる。
淡く落ち着いた色合いの外装に、華美過ぎない程度の装飾や植物が飾られ、可愛らしさと洒脱さを両立した外見となっている。
見た目の入りやすさだけでも周囲の店より頭一つ抜けており、これだけでこの店の主が非凡なセンスの持ち主であることを伺わせる。
「ちゃんと外側に手間をかけてますし、窓から見える内装も見通しが良くて綺麗です。『良い店』の条件をきちんと揃えていますね、エルク」
少しばかり得意げに教えたことを早速実践してくれている彼女はたいへん愛らしく、そのままサラカは店の中に入るべく歩みを進めるが、
「あ、ちょっと」
待ってください、ともう一つ教えていないことがある俺は言いかける。だが既に店への期待に心奪われている彼女には聞こえなかったらしく、そのままサラカは扉を開けて──
「……いらッしゃいませェ、お客様ァ……」
──大男の、どすの効いた挨拶に出迎えられた。
二十前後の外見をした青年だ。俺よりも頭一つ分大きな体躯に、細く引き締まった体つきをダークグレーのぴしっとした礼服に包んでいる。しかも何故か腕組みをして仁王立ちしているので圧力が半端ない。
顔は整ってこそいるが切れ長で、フチの細い眼鏡の奥から除く鋭い眼光も相まって鋭利なナイフをイメージさせる。
……ええと、何て言ったっけ。東の方のマフィア。ごくどーだったかやくざだったか。そんなのをイメージしていただければ残念なことに分かりやすいのだ。
そんなあまり堅気に見えない青年は、扉を開けた体勢で固まってしまったサラカに更なる言葉を投げかけた。
「よく来てくれたなァ……だがお客様よォ、
ここがどういう店なのか、ちゃんと『分かって』来てんだろうなァ……?」
「……エルク」
くるりと振り向いて、サラカが一言。
「これはだめな店です」
「その百八十度反転した評価もやむなしと心から思いますが、どうか弁解と挽回の機会を頂きたい」
そう言って、俺は青年に歩み寄る。青年は俺の姿を認めると、心持ち気安げな、しかしやはりどすの効いた声で、
「……エルクじゃねェか。この正直な嬢ちゃんはてめェの知り合いかァ?」
あ、だめな店呼ばわりされて微妙に傷ついているなこれは。
俺は口調を友人に対するものに変え、挨拶を返す。
「やあマキリ。会って早速で悪いけど、まずは紹介させてほしい」
そして俺は呆けた顔のサラカに向き直って、告げた。
「……というわけで。彼がこの店の店長であり俺の旧友、マキリ=スクロード。冒険者の装備を整えることに関しては文句なしの一流です。少々振る舞いや口調が個性的ですが……そこだけは、ご勘弁いただけると」
◆
「申し訳ございませんでした」
眼鏡の青年マキリが俺の友人で、この店自体はこの上なく真っ当なところだと説明を受けたサラカが、見た目だけで勘違いをしてしまったことをまず謝罪した。
「構わねェぜ、慣れてっからよォ」
足を組んで椅子に座るという相変わらず威圧感のあるポーズを取るマキリだが、話す内容は穏便だ。謝罪が済んだのを見計らって俺は問う。
「それでマキリ、さっきの挨拶は何だったの? どういう店なのかちゃんと分かってるのかってところ」
「あ? ああ、少し前にここをアクセサリーの専門店だと勘違いして来ちまったお客様がいて、誤解を解くのに時間がかかったもんでよォ。申し訳ないことしちまったから、今度は最初にきちんと確認しようと思ってなァ」
「じゃあ腕組んで仁王立ちしてたのは?」
「久しぶりに新規のお客様が来てくれそうな気配がしたもんで、これは気合入れて出迎えてやらねェといかんと考えた」
「……とまあ、彼はこういう人間なんです、サラカ」
「な、なるほど」
この通り、彼自身は非常に良心的で思いやりの深い人なのだが、実行の過程で絶妙に空回りすることと彼の口調から、狙っているんじゃないかと思うくらい勘違いを誘発してしまうのだ。初対面のサラカの台詞も無理のないことだ。
「ええと、マキリさん。ならその口調は癖なんですか?」
「あァ。俺もエルクに言われて変えようと思ったが慣れすぎちまってなァ、これ以外の喋り方だと妙にどもっちまって嫌だからよォ」
「思ったより可愛い理由でした」
「まあ確かに新規の客層は取り入れにくいですが、盗人やクレーマーが寄り付きにくい利点もあるのでね。無理に変えるくらいならこのままでいいかと」
と、一応フォローしておく。
マキリの性格をある程度理解してもらったところで本題に入る。
「それで、サラカだったか。今日はこの嬢ちゃんの装備を見積もれって依頼でいいのか? エルクよォ」
「ああ、それで頼むよ。彼女はまだ冒険者歴四か月だからできればアドバイスもしつつだと嬉しい」
「戦い方はどんなんだァ?」
「基本は魔術師タイプ。ただ身体強化の手段もあって運動神経も悪くない。近接でもかなり動けるから、あまり動きを阻害しないものの方がいい。革か布の外装がいいと俺は思うけど」
「それも悪くねェが、中に着込むタイプのものも候補に入れていいだろォな。軽い服でも重ねすぎると思った以上に動けなくなるもんだ。それに──」
そこでマキリは言葉を切って軽くサラカを見やると、素の笑みを浮かべ、
「こんな綺麗な嬢ちゃんなんだ。着飾る余地をなくしちまうのは勿体ねェ」
言葉を受けて、ぱちくりと目を見開くサラカを他所に、
「そんじゃちょいと待ってな。いくつか見繕ってくるからよォ」
マキリが椅子から立ち上がって店の奥に消えていった。
しばし目をしばたたかせていたサラカだったか、しばらくの後俺の方に向き直る。
「ええと、エルク」
「はい? ……あ、勝手に話を進め過ぎましたか? なら申し訳ない」
「いえ、それはいいんですけど……色々と疑問が」
「はあ。では順番にどうぞ」
「ではまず……あなた、敬語以外も話せたんですか?」
「最初がそれですか。まあそりゃ話せますけど」
当然俺とて生まれてこの方敬語しか話したことが無い、などという奇特な人間ではない。この口調は、冒険者をやる上で自然と身に付いたものだ。
本来冒険者は実力主義で平易なやり取りを好むゆえ、敬語を使わない人間が多い。だが俺の場合、この呪いのせいで大抵の冒険者は俺を下に見る。
意識的にか無意識かには個人によって差があるが、その傾向があることは経験則で分かっている。
そんな俺が対等であるような振る舞いをすると、実力を重んじる彼らは大なり小なり機嫌を損ねるのだ。そんなことでパーティーが崩壊しては困るので、俺はこの口調を身に着けた。相手に簡潔な敬意を表しつつ、かと言って嫌味にならない程度に崩した敬語を。
「ああ、だからと言って貴女をそういう人間だと思っているわけではありませんよ。俺もマキリと同じくこちらに慣れすぎてしまいまして、向こうの要請が無い限りはこの口調をデフォルトで使うようになってるんです」
「そう……ですか」
ちなみに彼に対して敬語を外すのは、その要請を彼に受けたからである。その詳しい内容については今語ることではないだろう。
サラカは思うところがあったのか一瞬黙り込んだが、気を取り直したかのように次の質問をしてきた。
「では、そのマキリさんです。結局ここは、どういうお店なんですか?」
「……そう言えば説明してませんでしたね。マキリの個性をどううまく説明するかばかりに頭が行ってて忘れていました」
「結局それも説明されなかったんですけど」
心持ちじっとりと睨むサラカをまあまあとなだめつつ、質問に答える。
「この店は、先も言った通り防具店ですよ。ただ普通の店と違うところは、実用性だけではなく装飾にも重きを置いている、という点です」
そう言って俺は店内を見渡す、外装と同じく洒落ていて落ち着いた内装に、カラフルな品揃え。先ほどマキリが言ったように一見では洋服店か装飾品店と勘違いするかもしれないが、これらの品々は全てれっきとした冒険者の防具だ。
「マキリは、あんな見た目をしていますが美しいもの、可愛らしいものを観賞したり集めたりするのが趣味でして。元々冒険者だった知識を生かしてこのような店を開いています。実際女性冒険者の人気は凄く高いんですよ、この店。着飾ることは女性共通の趣味のようなものですしね」
「……だから、今日はわたしをここに?」
サラカの質問に頷く。
「貴女は過去、冒険者というもののマイナスイメージを多く見てきたように思えるので。この店のように、冒険者をしながらでも楽しいことは出来るし、冒険者ならではの楽しいこともあると知って欲しかったんです。
貴女がどういう経緯でこの職業をやっているかは知りませんが、やっている以上はどうせなら楽しい方がいい。
だから今日は、勿論装備を整えるという目的もありますが、それ以上におしゃれすること自体も楽しんでいただけたらなと思います」
それに、と俺は軽く笑って付け加える。
「本音を言うと、俺も可愛らしく着飾った貴女を見てみたいので」
「っ! だ、だから! そういうことを不意打ちでいきなりですね!」
しかしその言葉は余計だったらしく、彼女が慌てた様子で声を荒らげる。
続けて何かを言おうとしたのだが、俺の顔を見ると言葉が引っ込んでしまったらしく、口をつぐんで震えながら俯いてしまった。
そのまま二人の間になんとも言えない雰囲気が流れかけたところで、
「……てめェら、人の店で何妙な空気醸し出してやがんだァ……?」
マキリが呆れたような声色での台詞と共に戻ってきた。
ぱっと居住まいを正すサラカ。マキリはそんな彼女と俺を交互に見比べて、
「……あァ」
何か納得したような声を発した後、両手いっぱいに服を抱えて席に着いた。
ともあれこうして、強面の防具屋マキリによるサラカの装備調整兼着せ替え会が始まったのである。




