1話 とある少年の挫折
なろう初投稿です。
至らぬ点は多いと思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。
──冒険をしたい。
ひょんなことから俺は、そんな夢を抱くようになった。
俺の住んでいた村は穏やかではあったものの、保守的で娯楽に乏しく、遊びたい盛りの子供にとっては少しばかり退屈な場所だったからだろう。
村に突如現れた魔物を討伐するためにやってきた『冒険者』という存在に、俺は憧れた。
彼は様々なことを語ってくれた。
この世界に突如現れ人類を脅かす『迷宮』に、果敢に立ち向かう彼ら冒険者のことを。
そのために世界中を回り、多くの人やもの、景色、娯楽と出会う自由の美しさを。
誰も知らない場所へ仲間と共に乗り出し、誰も知らない新たなものを持ち帰る未知の素晴らしさを。
その全てが美しく見えた。彼の見ている世界はどこもかしこもきらきらしていて、俺も同じ景色を見たいと思った。
彼の話は、代わり映えのない日々に飽き飽きしていた十一歳の少年、その人生を変えるには十分な輝きを持っていたのだ。
だから俺は村を出た。
最初、村の人間の多くは反対した。悪意からではなく、きちんと俺の為を思ってくれての忠告による、真っ当な反対だと理解していた。
それでも俺は、それを全てしっかりと受け止めた上で、意志が変わらないことを真摯に伝えた。すると皆、最後は苦笑と共に「そこまで言うのなら」と認めてくれ、笑って送り出してくれるものも数多くいた。
必ず、冒険者として身を立てて、この村に今までの恩を返そう。
身勝手な願いを認めてくれた周りの人への感謝と共に、そんな誓いを立てて。
一抹の寂しさを振り払い、輝かしい夢を胸に抱いて、俺は生まれ故郷を飛び出し。
──そしてすぐ、この上なく絶望的な現実を、知ることになった。
◆
「クビよ」
涼やかな声で告げられた、端的な言葉。
それとは対照的に鉛を呑むような思いで、俺は声の主を見やる。
「私たちのパーティーに、貴方は要らないわ。エルク・アンシャール」
もう一度きっぱりと俺の名前と共に解雇通知を告げたのは、長い銀髪が特徴的な美しい少女だった。
年の頃は今の俺と同じ、十六前後。意志の強さを感じさせる紺碧の瞳を宿す顔立ちは、こうやって真正面から見れば大層目の保養になるだろう。──その表情が、俺に対する失望と諦観に満ちてさえいなければ。
彼女の横には、他に二人の男の人が居る。だが、その顔を彩る感情はどちらも似たり寄ったりだ。
味方がいないことを確信し、絞り出すように俺は告げる。
「……どうして、でしょう」
「先に言っておくと、貴方の働き自体は悪くなかったわ」
疑問を受けても淡々と、その少女は続ける。
「迷宮の事前調査はそれなりに出来ていたし、魔物を相手取った時の立ち回りも邪魔にはならないものだった。魔物の消滅時に残る身体部位──素材の回収も迅速。貴方が最初に言った通り、『荷物持ち』としてならば十分な働きよ。でも──」
「ニナ、彼なんかにそんな迂遠な言い方をする必要はないさ」
言葉を遮って少女、ニナの前に出てきたのは、紫髪の優男。
彼の名はアキオス。俺が所属している──というのが過去形になりつつあるパーティーの一員で、ニナに負けず劣らず華のある顔立ちをしている。だがこれも残念ながら、そこに浮かぶのははっきりとした俺に対する侮蔑の視線。
それを隠そうともしない口調で、アキオスは告げる。
「このような輩には、きっぱりと言った方がいいのだよ。つまり──自分で戦えもしない足手まといがこのパーティーに居ては迷惑だ、とね」
「──ッ!!」
俺は歯を食いしばる。
だが反論は出来ない。どうしようもなく、それは事実だからだ。
ニナも何か言いたげに口を開くが、結局は沈黙を守った。それは何よりも雄弁な肯定だ。
彼女の反応を見て気を良くしたアキオスが続ける。
「そもそもエルク、君は分かっているのかい? 今しがたニナが言った迷宮の調査や素材の回収、これらは本来誰でも出来る事だ。それが少しばかり人より早くできるからと言って専門家気取りとは、まったく勘違いも甚だしい」
「いや、それは──」
「それ以上に」
反論しようとした俺の声をアキオスが強引に遮り、侮蔑の視線を強めて言った。
「何より、君は直接戦うことが出来ない。絶対に。窮鼠でさえ猫を噛むと言うのだから、この迷宮という場所に置いて君の価値は鼠にも劣る。何せ、君ときたら命の危機に瀕しようとも絶対に死ぬまで戦わないんだろう? 何故なら──」
その先は、言われたくなかった。
「ッ! それでも──!」
「ああもう、ごちゃごちゃうるっせぇなこの野郎!」
突然、言葉とともに拳が飛んできた。
不意を撃たれたこととショックで体が動かなかった俺は、その拳を何の対策も出来ずに喰らってしまう。
素人のそれではない、体重の乗った重い一撃。灼熱の痛みと脳が揺れる感覚で立ち上がれない俺に、追い打ちのように声が突き刺さる。
「迷宮攻略はなぁ、結局実力がモノを言うんだよ! 俺みてぇに拳闘の心得もねぇ、ニナみてぇに剣も扱えねぇ、アキオスみてぇに魔術に長けてるわけでもねぇ! そんなてめぇに冒険者は務まらねぇんだよ! さっさと理解しやがれ!」
声を荒らげる彼は、ギース。パーティーでは素早く鋭い動きで敵を攪乱する前衛役。他の二人と同じく、その実力は本物だ。
そのギースが俺につかつかと歩み寄り、的確にみぞおちを蹴り上げた。
「づっ!」
「文句があるならほら、反撃してみろよエルク。別に構わねぇぜ? 俺だっててめぇを殴ってるんだから、逆にてめぇに殴られる覚悟くらい出来てる。ほら、悔しかったら殴り返してみろ。特別に一発だけ喰らってやるからよ、な?」
そう言うとギースは俺から離れ、どうぞかかってこいと言わんばかりに両手を広げてその場に待つ。しかしその顔には、とある確信と隠し切れない愉悦が滲み出ていた。
そのギースの確信通り──俺は、動けない。
そしてギースは笑みを深め、先ほど俺が遮ったアキオスの台詞を、言われたくないことを、大声で告げる。
「ああそうさできないだろ! てめぇは何があっても他人を殴れねぇ! だって──そういう『呪い』なんだからなぁ!」
言葉に合わせた大振りの一撃が先とは逆の頬に突き刺さり、吹き飛んで迷宮の床を転がった。
その無様な姿、抵抗しない相手をいたぶれる状況に更なる嗜虐心を刺激されたのだろうか、ギースが追い打ちをかけるべく俺に駆け寄るが、
「その辺にしておきなさい、ギース」
ニナのその言葉に、動きを止めた。
「『反撃できない』ことの恐さを教えるなら、それで十分よ。彼も懲りたでしょう。この迷宮で今日倒すべき分の魔物は倒した。これ以上、この『迷宮:キマイラ』でやることは無いわ。戻るわよ」
「……ちっ、仕方ねぇな」
ギースは一瞬心底物足りないと言う顔をしたが、パーティーのリーダーでありこの場で一番強いニナには逆らえず、大人しく出口に向かって歩いていく。
続けてアキオスも背を向ける。去り際に、再度侮蔑の笑みを残して。
そして最後に残ったニナは、一瞬躊躇う素振りを見せた後、こちらに歩いてきて。
腰に付けたポーチに手を入れ、そこから今持っている最上級のポーションをひと瓶取り出し、俺の前に置いた。
「……あまり、他人の意志に口出ししたくはないのだけれど」
そして、僅かに苦々しさを滲ませた表情で、彼女は告げる。
「彼らの言うことには、私も賛成よ。──貴方は、冒険者に向いてない」
正直。
同情に満ちた顔でそれを言われるのが、何よりも堪えた。
ニナが立ち上がる。
「それじゃあね。パーティーの脱退手続きはこちらでしておくわ。この辺りにもう魔物はいないけれど、一応それを飲んだら早めに迷宮を出ておきなさい」
その言葉を最後に、ニナも姿を消す。
迷宮に残された俺は、仰向けに転がって、ほの暗い迷宮の天井を仰ぎ。
「……ああ、また、か。……悔しいなぁ」
そう、呟いた。
◆
この世界の人間は、例外なく『呪い』を受けている。
原理は不明。原因も不明。ある時突如それは確認され、人類すべてが何かしらの制約や強制を持って生まれてくるようになった。
それらの呪いは『原初の呪い』、縮めて『原呪』と呼ばれる。
しかし、原呪が人類の営みに大きな影響を及ぼしたかと言われると、答えはノーだ。
何故なら、原呪の多くは縛りが弱い。せいぜいが、『一日ひとつ果物を食べなければならない』、『特定の動物に触れることが出来ない』程度のもの。これでも全体から見れば強い部類で、呪いが弱すぎるあまり自分がどんな原呪を持っているのか分からずに一生を終える者も少なくない。
だが、稀に。持って生まれた原呪が非常に強力な例も、存在する。
そう、例えば俺、エルク・アンシャールの『聖者の呪い』。
『他者を傷つけることが出来ない』という、戦う上で最悪と言っていい原呪など。
この呪いが発覚したのは、冒険者になってすぐのことだった。
新人冒険者がもれなく受講する基礎訓練の最終段階、実際に魔物を倒してみるという過程。
他の新人たちが様々な方法で危なげなく魔物を倒していく中、猪型の魔物に振り下ろした俺の剣だけが、『止まった』のだ。
あらゆる意志、あらゆる法則を無視して、あたかも神の力が働いたように。
俺の持つ剣は毛皮の寸前で停止し、それ以上どうやっても押し込めなかった。
流石に異常だと気付いた講師たちが今の現象について考察し、『何かしらの呪いなのでは?』と推論。それを基に各種検査を行った結果──見事、俺の『聖者の呪い』は日の目を見ることになった。
このようにして発覚した、冒険者をやるうえで致命的と言っていい原呪。おまけに、強い原呪を持つ人間は劣等種として蔑視の対象になる風潮。
俺の冒険者としての輝かしい未来は、かくして始まる前に閉ざされた。
だが、それでも俺は諦めたくなかった。
攻撃が出来なくとも、戦えなくとも、冒険者は務まる。冒険は出来る。そう信じて頑張った。冒険者の本業である迷宮の攻略、それに必要なマッピングや物資の確保、それらのサポート能力を磨いた。最低限、身を守る術も習得した。
あの時抱いた夢と、故郷への恩返し。その二つを心の支えにして。
下等な者と蔑まれようと、反撃できないのをいいことに理不尽な暴力を受けようと、一人では戦えないからパーティーに入れてくれるよう頭を下げて、その上で手酷く断られようと。
ただひたすらに、頑張って、頑張って、頑張り続けて──
──その結果が、これである。
「……悔しい」
再度同じ台詞を呟いて、俺は上体を起こす。
そして眼前に置かれたポーションを飲み干した。その瞬間、ギースに殴られた痛みや痣が嘘のように引いていく。完治したわけではないが、これで少なくとも身体的には、立って歩く分に何の問題もないだろう。
……でも、心の方は、再び立ち上がるのにはもう少しの時間が必要なようだ。
「…………」
二十七回。
俺が今回のような形で、パーティーを追放された数である。
「山分けだぁ? ただの荷物持ちが、一丁前に報酬せびってんじゃねぇよ。こんくらいで十分だろ」
「おいおい、何だその目。殴られる以外に何の取柄も無いんだ、ストレス発散くらいには役に立てよ、なっ!」
「そもそもあんた、何のために冒険者やってるの?」
最悪の呪い持ち。使えない男。無様に冒険者にしがみつく愚か者。
そんな様々な評価によって、二十七回、俺は見捨てられてきた。
そして、今回も。
比較的話の分かるリーダーに頭を下げて、彼女はそれなりの評価をしてくれて、これまでにないくらい上手く行っていたと思って。
それでも、最後には追放された。
「……くやしい、なぁ……」
何度も、俺は呟く。
感情が大きすぎて、それぐらいしか、言い表せる言葉が無かったから。
エルク・アンシャール、十六歳。
夢を追って故郷を飛び出し、現実を知って五年。
失意の底で俺はもう、進むべき道を見失いかけていた。
──だからこの時点では、想像も出来なかった。
この瞬間から、この迷宮を出るまでの僅かな間に。
俺の運命を、まるっきり変えてしまう出来事が起こるなんて。