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銀の狼 ~番がこの世界に居ない狼~

作者: 木村 巴

おこしくださってありがとうございます。

楽しんで頂けると嬉しいです。


番とか運命とか大好物です。


蓮の花言葉は「清らかな心」「神聖」「沈着」「離れゆく愛」「雄弁」「救済」「休養」です。

 こんな風に泣いた事は今までない。


 春なのに夜の風は少しひんやりと感じる。店の開け放たれている窓や扉から、涼しい風が入ってくる。酒を飲み熱くなった身体と頭を冷してくれる。

 ここは小さい店だが、冒険者や近所の人で溢れかえる賑やかな居酒屋だ。店内は四人がけのテーブル席が並び、店の外には立ち飲みが出来るスペースがある。大きめの酒樽をテーブルに大勢が酒を飲み交わしている。

 そんな店内の一番奥で、俺はテーブルに伏し嗚咽を漏らしながら静かに泣き続けた。

 テーブルを挟んだ向かいでは、長い付き合いになる冒険者仲間のマックスとビリーが困り果てて居るのはわかっているが、俺は泣き止めそうに無い。そこに、エールや酒瓶を手にエルフのレグルスが戻ってきて静かに座る。

 店内の喧騒とは真逆に俺達は誰も喋らずにいた。


「そんな時は…飲めよ。」


 そう言って酒を継ぎ足すのは、狐の獣人ビリー凄腕のシーフだ。いつも明るく饒舌な彼も今は言葉少ない。薄い茶褐色の髪に同じ色の瞳、小柄で愛想の良い彼はこの面子でパーティーを組む際のムードメーカーだ。そんな彼も、ほとんど何も言わずに付き合ってくれている。


 王都から少し離れたこの辺境の街は、隣接する他国との争いも少なく豊かで賑わっている。要塞の様な石造りの街ではあるが、領主の力もあるのだろう、要塞都市独特の圧迫される感じも少ない。何年か前にも仕事で訪れた事があったが、その時は1ヶ月程滞在していてこの街にも慣れていた。


 今回この街に来たのは、完全に俺のために皆が協力してくれたからだ。



 銀狼の獣人である俺は住んでいた国で何年も番が見つからなかった。狼は群れを作って一人前となる。番を娶り子供達と群れを作り、そして祖父や曾祖父、兄弟や従兄弟達と大きな群れを作って住んでいた。近くの群れや他の集落に番が見つかることが多いが、近くに番がいなかった場合、成人すると一匹狼となり番を求めて旅に出る事もたまにある。俺の場合は後者だった。幸いにも俺は群れの中でも群を抜いて魔力も剣も強かったため一人で旅立つのも、さほど苦ではなかった。


 番が見つからない一匹狼はたまにいるのだ。俺もいつか見つかると信じて何年も旅を続けた。一番長く番が見つからなかった例では、三百年も見つからなかったと聞いた事があった。だから、何年過ぎても希望は持っていた。ただ狼族の場合、番恋しさに弱って倒れたり、旅の途中で番に会えないまま死ぬ事もあった。


 最初の数年間は、外の世界が目新しく冒険者として働く事も楽しかった。一番の目的はやはり番探しだから、色んな町の色々な仕事を請け負った。あっという間に何十年も過ぎていつの間にか冒険者ランクもAランクになっていた。Sランクになるとギルドや国に縛られるため、番探しが目的の俺は何年も断り続けている。



 百年コースが見えて来た俺は、だんだん不安と焦りが募る様になっていた。人族だった場合は100年以内に見つけられないと会えない事もある。それだけは嫌だ。色々な国や町に行ったが番の残り香さえ感じられない…



 そんな時、魔女の依頼がギルドに出た。


 《番が見つからない時は魔女に頼め》

 そんな言い伝えが、俺の集落にはあった。昔、何百年間も番の見つからなかった狼が、魔女を助けた報酬に番を探し出してもらったと言うのだ。占いの様な呪い(まじない)の様なものらしいが、魔女の中には番を探し出せる者がいるらしいのだ。


 魔女は交流を嫌い滅多に会うことは無い。隠蔽の魔法も得意で魔女を探し出す事も難しいが、たまに魔女自身の手に負えない案件をギルドに依頼してくる事もある。

 何十年も冒険者として働く内にいつも一緒にパーティーを組む訳ではないが、気のおけない仲間が何人か出来ていた。その内の何人かが、俺の番探しの手伝いだからと、一緒にこの面倒な依頼を手伝ってくれた。ずっと俺の番が見つからなくて悩んでいる事を知っていて、協力してくれたのだ。今回の魔女の案件は、ダンジョンの深下層にある貴重な鉱石を採ってくるという面倒な案件だったが、このパーティーではそこまでの苦労はなかった。


 そこで魔女に成功報酬として、金品よりも俺の番を探して欲しいと依頼した。魔女も番探しが得意なオババで、報酬が呪い(まじない)で喜んで受けてくれた。そして言われたのだ。




『お前の番はこの世界に居ない。』



 と…。


 どういう事なんだ?頭がぐらぐらする。目の前が真っ暗になった。何年か待つとか探し出すとか、そういう事でもなく…俺は番に出逢えないと言う事か?

 余りの衝撃にそこからはよく覚えていない。ただ、魔女(オババ)のすまなそうな顔が余計に、それが真実である事を俺に伝えてくる。

 吐きそうだ。涙は止まらず、動けそうもない。俺は一生独り立ち出来ない、家族も群れも作れないのか…絶望に絡めとられ身動き出来なかった。


 動けない俺を、熊の獣人のマックスが担いでこの街の居酒屋まで連れて来てくれた。彼は無口だが優しく力も強い。そして一流の剣士だ。人付き合いがお互い苦手だか、気があった。二人でいる時は会話もほとんど無いが剣を交えてみたり、ビリーを間に挟めばよく話したりもしていた。


 親切な仲間の助けを得てやっと見つけた手がかりだと思ったのに、まさか俺の番が居ないという衝撃的な真実だったなんて。

 どうして俺の番はこの世界に居ないんだ!どうしてなんだ!つらい。苦しい。

 昨日まで、やっと番が見つかるかもしれない。見つからなくても何年後かに生まれるなどのヒントをもらえるかもしれない。という希望の中にいた俺は、あっさりどん底まで突き落とされていた。立ち上がれそうに無い。



「ルーカス諦めるな。」


 レグルスは魔女の所から帰って来てから、ずっと無言で何か考えている様だった。最後まで魔女と話していたのもレグルスだ。


「あの後、魔女殿に話を聞いて私に思う所が少しだがある。確実とは言えないが、希望は…ゼロでは無い。…と思う。だから、絶望するのは少し待て。」



 この友の言葉がなければ、俺はどうなっていただろうか。



 飲み過ぎて、次の日はベッドから出てこれなかった。…理由は飲み過ぎだけではなかったが、起き上がる気力がなかったのだ。

 頭痛がひどい。胃も痛い。吐き気も治まらない。そして眠れない。苦しい。…それ以上に胸が痛い。

 昨晩は夜中につらくて苦しくて、遠吠えしそうになった。そんな事、子供の頃以来だ。自分の衝動を抑えられない。


 夕方にレグルスがどこからか戻ってきた。話があるから宿屋の食堂で話そうという事になった。


 俺は軋む身体と心に鞭打ってベッドから、のそのそと起き上がり顔を洗った。鏡に映るのは銀色にキラキラと輝く髪、長過ぎず短過ぎずだが、サラサラとした直毛は下を向くと顔にかかって、泣き過ぎの顔を隠してくれる。いつもは金色に輝く満月の様な瞳も、鈍く輝きは見えない。瞼も腫れて顔全体も多少だか浮腫んでいる気がする。はぁ。とため息が零れる。ここまで付き合ってくれた友の声に背中を押され、部屋を出て食堂に向かう。



 食堂では、まだ時間が少し早いため客はまばらだった。食堂の作りは古いが、陽気な女将と無口な旦那の作る食事は美味しく、食事が人気の宿屋だ。混み合う前に話さなければ。


「結論から言う。今のままならば可能性がゼロだ。しかし私の村の言い伝えを信じて可能性にかけるのは、悪く無いのではないかと思う。」

「どういう事だ?」


 レグルスの話に、ビリーが聞く。


「異世界から人を召喚する有名な方法は、某王国の宮廷魔術師を何十人も集めて、その国のためになる最適な人物を召喚するらしい。」


 そこまでは知っているか?という風にレグルスは話す。そう言った事が過去にあったという話は聞いた事があったが、その術はその国のトップシークレットだ。しかも、もしその術が本当にあるとしても、俺の番の為に他国の王族がやってくれる様なものでは無い事くらいわかっていた。



「それ以外に異世界人がこちらの世界に来たという話を、私は一つだけ聞いた事があった。だから、今日はその確認をしに家に転移してエルフの長老に確認してきた。」


「っっ!!!」

「っっ!!!」

 ガダンッ!


「それはっ!どうなった!」


 まさか、寡黙なマックスが立ち上がりながらこんな大声で話すとは思っていないレグルスは、目を丸くして驚いていた。

 そんなレグルスの様子にも、マックスの様子にも俺とビリーは驚いて声も出なかった。



「…ああ。すまない。それが、なにせ千五百年前の事で知っている者が村を出ていたから、おそらくとしか言えないのだが、可能性は、大分あると思う。」


 みんな無言で頷く。レグルスの話によると…



 エルフの森の奥に、妖精の生まれる泉がある。

 その泉の蓮の花が咲く時に妖精が生まれる。という話だった。



「蓮の花が咲く時にポンと音がするのは有名な話だろう?その時に妖精が生まれると言われている。これに関しては妖精が生まれる所を私も見たことあるから、確かだ。」


「そして、ここからが本題だか、妖精姫と呼ばれる通常の妖精とは違う人族が生まれる事があるんだ。妖精姫と呼ばれているが、異世界から渡ってきた人族()()()。」


「これは、長老の日記に書かれていた事だから、信憑性はある。しかし、妖精姫の話した事が本当かは分からないし、誰も証明出来ない。」



「…でも、今までよりも可能性があるだろう?」


 ニヤリと笑ってレグルスは話し続ける。


 泉にある蓮の花が咲き始める一番最初の花であること。

 魔力を月の光の中で十日間以上、花の蕾に籠めること。

 生まれるのが満月の日の朝であること。

 妖精姫が応えること。


「という条件が厳しい。そもそもエルフに認められなければ、その泉に近づけない。蓮の花が咲くのは七の月だ。七の月の最初の満月合わせて、六の月の終わりからその泉の近くに住み込むべきだろう。蓮の花は朝咲く。お前の番が応えたならば、こちらの世界に呼べるのでは無いかと思う。」


「うぉ!良かったな!ルーカス!可能性が見えてきたな!」


 ビリーが嬉しそうに言う。が、レグルスは難しい顔だ。


「可能性はあるが…妖精姫が応えるとは限らない。番の呼びかけだから、可能性はあがるとは思う。しかし…向こうの世界に家族も友人もいるだろう。全てを捨てて、こちらの世界来るという選択肢が妖精姫にあるかが問題だ。何せ人族に番と言う概念がない。だから、すぐに番だとわかる人族は少ない。これが異世界人なら尚更だ。…期待させておいて、すまない。」


「いや。俺の事を思ってくれているのは、わかっている。…ありがとう。俺に希望をくれて…ありがとう。」


 俺は顔をあげる。


「ダメでも可能性にかけたいんだ。何年かけても毎年チャンスがあるならば、毎年やるよ。」


「みんな、心配かけてすまなかった。でも、可能性があるから俺はやるよ。エルフの森に入る許可は貰えそうか?」

「ああ数年前の、森の浄化に協力してくれたろう?長老の許可は降りてる。」

「今は四の月だから、六の月の中頃に向かうよ。本当にありがとう。」

「ああ…お前なら呼べると私は思う。」

「………オレも。…お前なら…呼べると思う。」

「そうだぜ!オレ達で出来なかったクエストなんて無いさ!七の月の妖精姫クエスト終わったらまた飲もう!あ~その時に番がいたらオレ達の集まりには来ないんだろう~じゃあ~集まれない事を祈ってるぜっ!」


 みんなの優しさが心に滲みる。


「ああ、七の月に会えない事を祈っていてくれ。」






 六の月はもう初夏という陽気だ。まずはエルフの村に行き長老や村の人達に挨拶をしておく。問題を起こすつもりはないが、何かあったときの為に礼儀を怠る事は出来ない。

 森の浄化に協力した事があるためか、排他的な筈のエルフがみんな友好的だった。

 そして、レグルスに連れられ蓮の泉に向かう。


 妖精の生まれる泉は、大きな樹木を分け入った先にポッカリと開けた空間の先にあった。そこだけ樹の枝も葉もなく、泉と青く抜けるような空が見えた。

 泉には蓮の葉が所狭しと浮いているように見えた。この中に俺の番を呼び寄せてくれる蕾があるかもしれないと、そう思うだけで心が弾んだ。


 レグルスと別れて、半月ほどこの泉の畔で寝泊まり出来るように準備を始めた。魔力が必要なのは夜間だ。となると眠るのは日中だ。近くの樹の上に丁度、日の当たらない木陰を見つけたのでハンモックの様な寝床を作った。森は火を嫌がる為、飲み物や食べ物はマジックボックスに一ヶ月分以上に詰めて来た。


 準備も整い、ひとまず夜まで眠る事にした。


 風が夕方の涼しい空気を運んでくる。森の中は初夏でも少し涼しい。ホーホーとどこからか鳥の声が聞こえてくる。夕方の食事を簡単に済ませ、月明かりが泉に輝くのを待った。

 泉の上だけ開けている空が、次第に暗くなり小さな星の光が瞬きはじめた。月はまだ薄く細長いが美しい光を放っていた。

 辺りに夜の帳が降りて、鳥の声も風の音もせず、静寂そのものだ。神聖な空気が辺りを包む。


 美しい景色に見惚れていたが、目的は月明かりの中で魔力を蕾に注ぐ事だ。


 昼の内に蕾をいくつか探しておいた。蓮の葉は思っていたよりも大きく、その葉に隠れる様にいくつか蓮の花の蕾があった。まだ蕾は固く閉じているが、確かに後十日前後で開くのだろう。


 その中でひとつの蕾を見た時、ぐっと胸を掴まれた様な気持ちになった。『これだ』とわかった。番との絆が、魂が俺に教えてくれる。


 その蕾の側に向かい、魔力を注ごうとした時…


 サッーと風が吹き、樹木や蓮の葉や蕾をゆらゆらと揺らした。不思議な気持ちで辺りを見回してから、もう一度視線を蕾に移すと月の光がその蕾に降り注いでいた。


 はっと息を呑み、その不思議な光景の中で…蕾に俺の魔力を注ぐ事が出来た。


 すると月からの光の道は消え、また元の静寂に戻る。確かに俺は間に合ったんだと、わかった。後は番が応えてくれるのを待つだけだろう。



 この不思議な一連の力は、毎晩続いた。雨の日も月が昇るその瞬間だけ止んで、雲の隙間から光を届けてくれた。

 蕾もぐっと背が伸びて葉の上に顔を出した。固く閉ざされていた蕾が、一日一日と膨らみをおびていく。

 今日は、蕾の周りの硬い部分が割れて中の花片が見えた。


 満月が近づく頃になると膨らんだ蕾の先が、薄く桃色に色づいて来ていた。少しずつ硬く閉じていた花が咲く準備をしている。


 とうとう今晩は満月だ。


 夜明けに蓮の花が咲くだろう。花の蕾はいざ花開かんとばかりに大きく膨らんでいた。

 満月の光がいつも以上に輝いて、蓮の蕾に降り注いでいた。先端は桃色に染まり花片は白く輝きを放ち、蕾自身がキラキラと輝いているようだった。


 そこに俺の魔力をいつも通り注ぐ。


 月の光が降り注ぎ終わっても、今晩は光が消えない。俺の魔力と月の魔力を持った蕾自身が輝いていた。


 その光をずっと見つめながら夜明けを待った。夜が白みはじめ、あたりが明るくなりはじめた時。


 一際大きくポンと音が響き、俺の花が咲く。蓮の花の香りとは違う、番の甘い匂いが俺の鼻腔に肺にいっぱいに広がる。今度は嬉しすぎて胸がいっぱいで苦しい。


 その蓮の花の真ん中に一人の女が座っていた。


 俺は女の元へ駆け寄り抱きしめる。



「…ようやく会えた。…俺の番。」



 言葉に出来たのはそれだけだったが、番が抱きしめる俺を、抱き返してくれたのでそのまま、ぎゅうぎゅう抱きしめた。



 周りでは、他の蓮の花がポンポン鳴りながら花開いて、小さな妖精達が生まれていた。


 花の開く音は、まるで俺達を祝福する拍手の様に。


 生まれる妖精の産声は歓声の様に聞こえた。





お読み頂きありがとうございました。


長くなりすぎたので、ヒーローのカッコいい所はカットしすぎて、泣き虫ヒーローみたくなっていますね(笑)強くてカッコいいのです!



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[良い点] 一途な番の話、いいですね♡ 読みやすいですし、シーンが脳裏で絵となってすんなり入り込めます。 [気になる点] もうちょっと話のばして、かっこいいところと、番の女の子が出会った時なにを思…
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