マサキカズラの鬼退治
「マサキカズラのクリスマス」続編になります。続きに時間がかかりそうなので、短編で出来上がり次第アップして行きたいと思います。
「葛君起きて。会社でしょ?一旦、家に戻らなくて大丈夫?」
天堂美咲のマンションで目覚めた正木葛は、ソファーベットから身を起こす。どうやら眠ってしまった様だ。
「おはよう」
スッピンの美咲が、目の前で微笑んでいる。葛にとっては、この上ない至福の瞬間だ。
隣を見ると、魔界の使者ラティファが、気持ちよさそうに寝息を立てている。
「美咲さん、おはよう。ごめん、寝ちゃった様だね」
昨夜の楽しいクリスマスイブ。
目覚めた葛は美咲とのデートが、夢で無かったと幸せな気分だ。
オマケはついて来たが、1人暮らしの女子の部屋でのお泊り。リア充生活続行中?である。
魔界少女に感謝すべきか悩む所だ。デートの帰り道に現れたラティファに連れられ、たどり着いた先は、犬も食わない修羅場であった。
「アンタはいつもそうよね!」
女性の声で、怒声が聞こえる。
ラティファの空間魔法の出口は、マンションのベランダだった。
「ラティファちゃん。ここは何処なの?」
一緒に連れて来られた美咲が、辺りを見回す。警官の自分が、民家のベランダに不法侵入では、さすがに不味いと思ったのだ。
「お前だってそうだ。何で俺の言うことに、いちいち言い返すんだ!」
部屋の中から、今度は男性の怒鳴り声がする。
「美咲さん、この男の人の声。何処かで聞いた事が無いですか?」
聞き覚えのある声だと葛は思った。夫婦喧嘩で、男女が言い争う家庭。
何という、バッドタイミングだろうか。
おもむろにカーテンが開く。
夫らしき男性が、ジャージ姿で部屋の中で立っている。
「加藤さん!」
「美咲ちゃん、正木君に、ラティファ!、、、そんなとこで何やってんだ?」
マンションの部屋は、警視庁警備局特捜13係の警部補、美咲の上司でもある加藤の自宅だった。
「すいません。ラティファの魔法で移動したら、間違えてここに出てしまった様で」
葛は言い訳するが、魔界女子が加藤に言う。
「加藤さん。その節はお世話になりました。今日は、お礼に来たのですよ。着地の出口を間違えてしまいました。ごめんなさいね」
「まぁ、とにかく上がってよ。靴は脱いでくれよな」
夫婦喧嘩の真っ最中。予期せぬ来訪者に加藤は驚いた様子だった。加藤の妻は、ラティファを見て感激している。
「あなたが、ラティファさんね!お会いできて嬉しいわ。テレビ見たわよ〜!あの偉そうな大学教授をやり込めて。おばさん胸がスーッとしたわ!」
魔界女子と握手し、加藤の妻は客人を食卓に座らせる。
「さぁさぁ、皆さんもどうぞ。散らかってますが。主人がお世話になりますぅ〜。加藤の家内で紗江子ですぅ」
「すいません、遅い時間に」
美咲も恐縮している。
夫婦は子供も独り立ちして、2人きりの生活の様だ。
「喧嘩の原因は、何だったのですか?」
ラティファが加藤に聞く。慌てたのは、葛と美咲だ。
「ラティファ!」
「ラティファちゃん、ご家庭の事情に他人が口を挟むのは失礼なのよ」
加藤の妻は、思い出したかのように憤慨し始めた。
「聞いてくださいよ!うちの亭主ときたら、クリスマスのケーキにモンブランがないって怒り出して。ちゃんと頼んでおいたろうって」
「これ、他所様の前だぞよさないか!」
食卓には、ショートケーキが2つ。
老夫婦のクリスマスは、小さなケーキを2人で食べるのが恒例行事の様だ。
(加藤さんも、以外に細かいんだな)
一緒に、ラティファを守るために、国家権力と戦った同胞。しかもチームの最年長だ。それなりに、葛は尊敬していた。
「言い争いの原因は、それだけじゃないですよね?紗江子さん」
なぜか魔界少女は、収まりかけた夫婦喧嘩を再熱させる。
「そうなのよぉ。この人ったら、帰ってきて服は脱ぎっぱなし。出かける時は靴下まで履かせる。何年もやってきた事ですけどね。子供じゃないんだから」
憤慨する紗江子に、葛は昭和の家庭だなと思った。加藤が反論し始める。
「妻が夫の世話をするのは、当たり前だ。ずっとそうして来たろう。今更、何が不満なんだ?」
「私だってね。やりたくてやってる訳じゃないんですよ。アンタは2年後には退職して、それからどうするの?一日中一緒にいたら、息がつまるのよ!」
紗江子の本音。いや、専業主婦の本音かもしれない。
「待ってください。突然押しかけて何ですが、せっかくのクリスマスイブですし、ここは穏便にですね」
葛が口を挟もうとするが、夫婦に睨まれた。美咲も、家庭内の話に口は出せないと黙っている。
「私、この家から出て行くわ!」
「おお、そうか!勝手にしろ!」
怒った紗江子は、着の身着のまま、バックを手に外へ出た。
「加藤さん。突然押しかけてすいません。あの、また明日。お疲れ様でした」
美咲は、外へ出る紗江子を追いかける様に席を立った。葛が後に続く。
「ラティファ?」
魔界少女は、席を立とうとしない。
「加藤さんに、どうしても伝えなきゃならない事があるの。美咲ん家で合流しましょ!」
何となく、加藤の自宅にやってきた事に、葛は意味がある気がした。
本人に断りもなく、美咲の自宅が集合場所になる。
表へ出ると、美咲がマンションの外で、加藤の妻と一緒にいた。
「奥様。よかったら今夜は、私の家にいらっしゃませんか?」
まさか、ラティファと再会し、知り合いの夫婦喧嘩の仲裁をするとは思わなかった。成り行き上、葛も美咲の自宅へ向かう。
美咲のマンションで、夫への不満を口にする紗江子をなだめながら、結婚って大変だなと葛は思った。
その頃、加藤家では、ラティファと加藤が机を挟んで話をしていた。
「加藤さん。今回の私の任務は、縁結びじゃないのです。魔界が、なぜ人間界に干渉するのか。その理由からお話します」
「うん、なんだ。つまらない所を見せてしまったね。ラティファちゃんも、任務で来たのか?俺んとこが関係あるんだな?」
「夫婦喧嘩は、つまらない事ではありません。人間界、そして魔界にも、影響を及ぼし兼ねない事態になるのです」
バチカンの追っ手が、魔界の使者を追っている事実は変わらない。危険を冒してまで、地上に降り立った魔界少女。任務の1つだろうと加藤は思った。
「今の魔界は、増えすぎた鬼達に困っているんです」
ラティファは、前髪を揺らす。
「加藤さん。人は死んだらどうなると思いますか?」
「そりゃ、天国とか逝くんじゃないか?」
「実は、地上に強烈な心残り、そして不遇の死を遂げた人は、魔界で鬼に転生するんです」
数週間前なら、加藤も笑い飛ばす様な話だが、ラティファの魔法を何回も見てきた。死んだらどうなる?考えた事も無かったが、魔界少女の顔は真剣そのものだ。
「俺も、死んだら魔界へ行くのか?」
孫が成長して、成人までは見届けたいと加藤は思っていた。人生100年時代、今のところ健康不安も無い。長生き出来ると信じ込んでいた。
「話が前後しました。魔界の住人をこれ以上増やさないため、地上の人々には、幸福感に包まれた一生を送ってほしいのです」
「なるほどな。ラティファの地上での任務は、縁結びも含めて、人生を幸福に過させ、往生させる事なわけだな」
加藤の方が年上なので、妻を残して逝くのも心残りだが、寿命は仕方のない事だ。
ふと、ラティファの態度が気になり、加藤は顔を上げた。
「ラティファ、正直に答えてくれ。俺は、もうすぐ死ぬのか?」
「言いにくいですが、長くてあと5年。予言が全て当たる訳ではありません。ですが、今、死んだら後悔しませんか?」
加藤が妻との口喧嘩を続け、和解する事なく生涯を終える可能性。残された大切な時間を、伴侶と笑顔で過ごした場合の可能性。
ラティファの言葉は続くが、加藤はほとんど聞いていなかった。
「そうか、あと5年か。つまらない事で、喧嘩している場合ではないな」
「加藤さん。生きている内に何がしたいですか?」
自分の手の平を見て、老刑事は何を思ったのか?ラティファは読心術を使うまでもないと感じた。
「そうだな。家内にも、子供達にも、ラティファや美咲ちゃん、葛君、警察のみんなにも、感謝して過ごしたいな」
「そうですね。そうしたら良いと、私は思います。こんな言葉があります。『ランプの灯りを絶やさずにいるには、絶えず油を注ぎ続けなければならない』」
聖女と呼ばれた人の言葉だ。
結婚も例外ではない。結婚生活は軽く考えておろそかに扱っていいようなものではない。放ったらかしにしておいてうまくいくものでもない。おろそかにされたものが同じ状態を保つことは決してなく、劣化の道をたどる。すべてのものは注意と思いやりと関心を必要としているが、人生において最大の人間関係である結婚ならば、なおさらである。
ある種の覚悟を決めた加藤は、噛みしめる様に、ラティファの言葉を聞いていた。
「無関心は罪だな。家内がどう思っているかなんて、考えてなかったな」
ラティファは、自分の履いていた皮サンダルを手に魔石を使う。
「しばらく地上に居ます。夜分お邪魔しました。また会いましょう」
「ラティファ、よく来てくれた。今度、夕飯でも食べに来いよ」
「ハイ。ありがとうございます、加藤さん。では、また!」
空間転移魔法で、ラティファは姿を消した。後に残された加藤は、食卓に座ったまま物思いにふける。
ラティファの到着を、美咲の部屋で待っていると、葛の頭上で空間魔法が開いた。リビングのソファーには、葛と美咲、紗江子が座っている。
「ラティファちゃんよ、葛君!」
美咲の入れてくれたお茶を飲みながら、紗江子の話を聞いていた葛は、突然現れ、天井から降下したラティファを受け止める。
「着地、失敗です」
魔界少女がピンクの舌を出す。
何とか身体を受け止めた葛は、これで2回目のお姫様抱っこだなと思った。
腕力に自信のない葛でも、抱き上げられる華奢な身体。魔族とは言え、たった1人で地上を旅している。
(守ってやらなきゃな)
葛は決意を新たにする。
「それで、加藤さんはどうだった?」
美咲が、ラティファに聞いた。直属の上司の家庭環境問題は、職場にも影響する。ラティファが地上に現れたと言うことは、自分達の仕事は終わっていない事を意味する。
「加藤さんの奥さん。良く聞いて下さい。加藤さんの寿命についてです」
グリーンの虹彩は、加藤の妻に向けられた。珍しく真剣な表情だ。伝え方が悪かった様で、加藤の妻はラティファの足元にすがりついた。
「ラティファちゃん!あんな男の魂は美味しくもないわよ!魂ならワタシがあげるから。あの人は勘弁してあげて!」
「奥さん、落ち着いて下さい。魔族は人の魂を食べません。死神が魂を取るとかは、全て迷信です」
「そ、そうなの?じゃあ、うちの旦那は大丈夫なのね」
加藤の妻がソファーに座り直して、一旦は落ち着く。
「でも、寿命ってラティファちゃんは、言ったわよね?」
「奥さん。私達魔界の種族には、人の未来が見える魔族が存在します。今からお話しする事は、加藤さん本人にもお伝えしました」
ラティファは加藤に告げた話を、その妻である紗江子に語る。
話を聞き終えて、加藤の妻はさめざめと泣き出した。
「でもラティファ、あくまで可能性の話だろう?未来は変えられるって言うし」
葛のフォローは、紗江子には効果がない。ラティファは言う。
「葛、こればかりは変えられないの。運命は、全ての人に平等ではない。そして、変えられない未来も存在する」
美咲の電話が鳴った。
「加藤さん。ハイ、奥様はこちらにいらっしゃいます。ハイ、わかりました」
加藤は妻の紗江子を迎えに来ると、連絡を寄越して来た。
泣き止まない紗江子に、3人は語りかける言葉もない。
タクシーで、紗江子を迎えに来た加藤。
紗江子はすすり泣いているが、加藤本人は清々しい顔をしていた。
「迷惑かけたな。美咲ちゃん、また明日な」
時刻は深夜を過ぎていた。タクシーを見送り、葛達は、美咲の部屋へと戻る。
「ラティファが言っていた、人を愛するために、魔族は存在するの意味がわかったよ」
葛は魔界少女が来訪した理由、人がどう生きるかが、地上と他の世界にも影響する事を知った。
「もう遅いわ。葛君泊まって行って。タクシー代も勿体ないし」
美咲の心遣いに感謝して、ラティファと葛は部屋に残る。コンビニのケーキとシャンパンで、クリスマスパーティーを3人でやり直した。
「それで、2人の間に進展はあったの?」
ラティファの言葉に、葛はシャンパンを吹き出しそうになる。
「ラティファちゃん!葛君と、まともなデートは今日が初めてよ。性急過ぎます!」
少し頬を染めた美咲が、デリカシーのない魔界少女に言う。
(って事は、脈はあるってことだよな・・・)
美咲との明るい未来を想像して、葛は微笑む。
その時の葛は、魔界少女の過酷なミッションが、まだまだ続くとは思いもしなかった。
マザー・テレサ(Mother Teresa, 1910年8月26日 - 1997年9月5日)、あるいはコルカタの聖テレサ (Saint Teresa of Calcutta) は、カトリック教会の修道女にして修道会「神の愛の宣教者会」の創立者。またカトリック教会の聖人である。ウィキペディアより