擬人化は擬人化でいいものだけど、それは動物愛とは違う。断じて
本日二度目の生き埋めになったリューだが、人型になったとはいえドラゴンである。
丈夫なリューは今度はすぐに這い出してきた。
「ど、どうしたんだ、マスター! なぜいきなり殴った!? 意味がわからんぞ!」
「どうしたも、こうしたも、ありません」
訴えるリューに対し、ニーナは威嚇音を放つ寸前だった。
「ちょっと、ここに座りましょう」
有無を言わせぬ口調で、ニーナは着席を進める。
ニーナが指示した先は地面だった。見本とばかり、ペスがお行儀よくお座りをした。
どういうことだろうと戸惑いつつも、マスターの命令である。逆らえるはずもなく、リューは地面に正座をする。元がドラゴンなので、別に地面への着席に忌避感はなかった。
「リュー。あなた、なんで、人になりましたか」
「な、なんでって……」
座ったリューに対して、ニーナは仁王立ちの姿勢だ。上から降りかかる視線の圧力に押されながらも、リューはわけを話す。
「我が契約した理由は『かわいいは正義』を知るためだ。そしてその定義は、人間特有のものだろう? だから人間の形になったんだ」
「戻って。戻って、ください」
ニーナはべしべしとリューの頭を叩きながら要求する。
子供らしい小さな手だ。その感触をくすぐったく思いつつも、リューは告げる。
「無理だぞ。戻れない。従僕の契約を交わすと、忠誠の印としてマスターと同じ種族の形をとるんだ」
「え」
ニーナが愕然とした。
ペット契約かと思ったら、まさか相手が人間になる魔法だというのだ。意味が分からないとはまさしくこのことだった。
「そんな魔法に、いったいなんの意味が……?」
「いや、従僕の契約魔法って、そもそもそういう魔法だからな」
少しでも魔法を使えるものならば常識である。特に契約魔法は便利な反面、制約も多いので、基礎段階で学ぶものなのだ。
リューはニーナがそれを知っている前提で契約を結んだ。だからいまのニーナの怒りは、リューからすれば意味不明以外の何物でもなかった。
「マスター。なぜ、そんなに怒っているんだ? 正直、我はいま、マスターのことがよくわからないぞ」
「なぜ、と」
思わぬ事実に落ち込んでいたニーナは、カッと目を見開く。
「リュー。お前の魅力とは、いったい、なんですか」
「それはもちろん!」
突然の問いではあったが、リューは我が意を得たりと胸に手を当てる。
人型になるにあたって、リューはちゃんとその魅力を内包できたという自信があった。マスターに恥があってはいけないと、あでやかな服装も含め、きっちり人間の魅力を表現したつもりだ。
「人間離れしたこの凛々しくも美しい顔立ち、くびれた腰つき、大きなおっぱぐふう!?」
鉄拳制裁二発目だった。
「違います。何一つ、合っていません」
地面にめり込んだリューを見下ろすニーナの緑の瞳は、怒りに燃えていた。
「ドラゴンの魅力は、あの雄々しき巨体です。ごつごつした鱗ですっ。うねっとした尻尾の曲線であり、宝石のように美しくも、でっかくきらきらとしたお目目です! それが、お前は、なんですか!」
ニーナは怒っていた。
ドラゴンが仲間になると思ったら、人間と化したのだ。普通、怒る。怒らない方がおかしいとニーナは確信していた。
「ドラゴンのくせに小さくなるだけではなく、人の姿って! なんですか! 意味が、わかりません!」
「いや、でもマスター!」
復活したリューは、起き上がって訴える。
マスターがやたらと理不尽に怒り狂っている理由が、彼女にもうっすらと理解できつつあった。つまり彼女は、いまのリューの姿が気に入らないのだ。
「人間形態になったとはいえ、尻尾も残っている! 角だってあるし、ほら、目を見てくれ! ちゃんと瞳孔が縦になっているだろう?」
「だから?」
ニーナは素っ気なく切り捨てた。
しっぽが残っていようと、角が生えていようと、人間度が約九割のものなど大体人間である。
擬人化は、大いに結構。その魅力は認めよう。
だが、ニーナは求めてない。猫耳の人と猫に、メイドカフェと猫カフェぐらいの差があるのと同じこと。ニーナが求めるかわいさやカッコよさは、人間にはないのだ。
「私は、ドラゴンの姿をしたお前と旅をできると思いました。人間のお前は、勝手に人の世界で生きればいいと思います。私はペスと共に生きます」
「し、しかし、契約の破棄はできないぞ」
「へ?」
「契約前に条件をかわしただろう? 我が『かわいいは正義』を知るまで、生涯仕えると。だから、その契約が達成されるまで破棄はできない。我がマスターに仕えることを了承したからには、マスターは我を侍らせなければいけない。そういうものなんだ」
注:契約魔法をする際は、双方の意思をきちんとすり合わせましょう。後々、問題になることがあります。契約についてよくわからないうちは、使っちゃいけません。年端もいかない子供が契約するなんて、もっての他です。
「契約魔法については、常識だろう?」
「いえ、知りません。初めてです」
「は、初めてだったのか」
意外な事実に、リューは目をぱちぱちさせる。
確かに魔女の力は年齢とあんまり関係ないと聞くが、それにしたってニーナの攻撃力は軍を抜いている。ある程度、経験を積んだ魔女だろうと思っていたのだ。
「契約魔法が初めてって、マスターは何歳なんだ?」
見た目が子供だが、百歳くらいだろうかと思って尋ねる。長命種特有の寿命概念だった。
隠すようなことでもないので、ニーナは素直に答える。
「十歳です」
「若いなおい」
思わず、マスターにツッコミを入れてしまうリューだった。