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すれ違う旅立ち


 暫定師匠に騙されたニーナは、ずんずん歩いていた。

 その頃、意識を取り戻した魔女さんはニーナのことを「引き取った初日で引き取り主に殴りかかってくるやべー子」だと思っておろおろしつつも、家の周辺で聞き込みを始めニーナの行方を捜していた。

 そんなことは、ニーナの知ったことではなかった。

 ペスと一緒に歩きながらも、ニーナの胸には収まらない怒りがあった。

 猫がいると言われて魔女の内弟子になるのを了承したのに、そこにいたのがまさかの大型犬だ。殴って何が悪い。我こそ正義の代弁者であると少女は思っていた。

 そりゃ、ぺスはかわいい。

 それは認めよう。

 賢そうなつぶらの瞳、精悍な顔つき、温和な性格、もふもふの毛皮、わんと鳴いてじゃれつく人懐っこさ、それでいて力のままに圧し掛かってこない節度を持つしつけ具合。いまも、決して必要以上にリードを引っ張って先行せずにニーナと歩調を合わせるなど、犬としてパーフェクトと言ってよいだろう。

 ぺスには罪はない。

 悪いのは暫定師匠の魔女さんである。ペスは、どこまでもかわいい犬なのだ。

 何をどうしたところでニーナは猫が一番好きなのだ。

 だからニーナは、この町から脱出して世界のどこかにいるはずの猫を探すべく、外壁へと向かっていた。


 ***


 その日も、街壁の外門では数少ない人間が行き交っていた。

 もともと、あまり栄えた町でもないここの外門を通る人間は、大体が顔見知りになっていると言ってもいい。

 商売のための行商人や、外にいる魔物を狩る冒険者、薬草の採取に出かける薬剤師。

 外門の警備を勤めて数年になる門兵は、それの人々に挨拶し、軽く会話などを交わしながら彼らを見送る。

 やはり目新しい顔はない。今日も暇であり、平和でいいことだと門兵は何げない日常に感謝する。

 この仕事はいつも通りだ。これからだってきっと平和が続く。いまも犬のリードを握った十歳くらいの少女が当然のように門を通って町の外に――


「――ちょちょちょ! ちょっと待とうか、お嬢ちゃん」

「はい?」


 門番の呼びかけに、大型犬のリードを握っていた少女は立ち止った。


「こんにちは。なんでしょうか、門兵さん」

「なんでしょうかって……」


 礼儀正しい子だなぁと思いつつも、門兵は腰をかがめてニーナと視線を合わせる。


「あのな、お嬢ちゃん。犬の散歩なら街中ですませような。外は危ないから、子供が出ちゃだめなんだ」

「散歩……?」


 彼の言葉に、少女はことりと首を傾げた。

 伸ばした黒髪を三つ編みにしているかわいらしい子供だ。感情を出すのが下手なのか、それとも情緒が薄い子供なのか。印象的なほど表情が薄い。


「違うのです。これは散歩では、ないのです」


 犬のリードを持ってお散歩用のポーチをたすき掛けしているおかげで、少女の言葉には説得力が皆無だった。

 リードにつながれた大型犬は会話が長丁場になるのを悟ってか、伏せの姿勢になった。空気を読める賢そうな犬である。


「散歩じゃないなら、一体なんで外に出ようとしたのかな?」

「私はこれから旅にでるのです」


 家出かな?

 門番は常識的に考えてそう思い、どうしたもんかと思案した。


「旅……旅、ねえ。どこに行くんだい?」

「大いなる存在を、探す旅です。この旅が成功すれば、多くの人が幸せになります。世界の平和に、大いに貢献するのです。だから、私を止めるのは、よくないです。通してください」


 この少女は、きっと何か嫌なことがあって衝動的に家を飛び出たのだろう。一人では寂しいから、家にいたペットと一緒に町を出ようとしているのだ。

 具体性皆無な割には壮大な目的を大真面目に語る少女の言葉を、門兵はそう自己解釈した。そんなに間違っていない辺り、この門兵の想像力は的確だった。


「あのね、お嬢ちゃん。そういうことはおうちの人にでも聞いてもらって――」

「ちょっと待て」


 門兵が少女に言い聞かせていると、詰め所でさぼっていた先輩が出張ってきた。

 なんだよいきなりと振り返ると、長年、門番をやっている先輩の顔は畏怖に染まっていた。


「嬢ちゃん。そいつはぺスじゃねえか……?」

「はい? ええ、この子はぺスです」


 少女が頷くと、先輩の門兵は感慨深そうに頷いた。


「そうか……ということは、お嬢ちゃんが『飢狼の魔女』の弟子なんだな?」

「……? あ、はい。そんな感じ、です」


 少女は一拍置いてから、何かを思い出したように頷いた。


「そう。そう、です。そうでした。一応、あの魔女さんは、師匠です」


 その師匠さんを出がけに殴り飛ばしてきたことなど、当然、少女が言わなくては伝わらない。

 そもそも少女は、なんとかの魔女さんの名前など知らないのだが、身分を詐称して通れるならそれでよしと子供らしく短絡的に考えていた。


「なるほどなぁ……。あの魔女が弟子をとるって噂は本当だったんだな。おい。通してやれ」

「え、でも先輩。この子、まだ十歳くらいですよ? どう考えても一人で町の外に出していい歳じゃ――」

「いや、いいんだよ。あの魔女の弟子なら、いいんだ」


 門兵の常識的な意見に対して、先輩は何かを懐かしむような遠い目をする。


「あの魔女がこの町から出た時も、この子と同じくらいの歳だったな。そりゃもう、目をギラギラさせてたもんだぜ。俺たちが必死になって止めるのを吹き飛ばして、そこにいるまだ子犬だったペスと一緒に旅立って、あっという間にのし上がっていきやがったもんさ。ほら、この子を見ろ。野心にあふれてるじゃねえか」


 新人の門兵は少女の目を見た。

 なに言ってんだろ、このおじさんは。

 普通の子供が、よくわからない話に熱中する大人を見ている時にする、退屈と疑問が混ざった目だった。


「とにかく、行っても、いいのですか?」

「おう、行ってきな!」

「ありがとう、ございます」


 少女はぺこりとお辞儀をして門を通り抜けた。ペスという名前らしい大型犬も、とことこと少女の横を付いて歩く。正直、リードなんていらなそうなほどの寄り添い具合だった。

 いいのかなぁ。

 門兵はそう思いつつも先輩の言う通りに見送った。彼は長いものには巻かれる主義だった。

 それでも責任を押し付けられてはたまらないので、先輩に改めて確認する。


「先輩。ほんとによかったんですか?」

「当たり前だろ。あの魔女の弟子だ。少しばかりスパルタ教育なんだろうよ。魔女ってのは、俺たちと生きる世界が違うしな。常識で推し量るもんじゃないんだよ」

「はぁ」


 確かに魔女という存在は普通の人々は違う理で生きている。寿命も違えば生き方も考え方も不可思議だ。だから魔女がそういうものと言われてしまえば、そういうものなのかもしれないと納得するしかなかった。


「それに、見ろよ。あの恐れのない背中。あの『飢狼の魔女』の旅立ちを彷彿させるぜ。へへっ。俺たちは、伝説の旅立ちを見送ったんだ。将来、自慢できるぜ!」


 門兵には、改めて遠ざかっていく少女の背中を見た。

 ただ犬の散歩をしている少女の背中にしか見えなかった。


 ***


 その数時間後、ペットと弟子に逃げられた魔女さんが町のあちこち聞き込みに回って駆けずり回って息も絶え絶えになりつつも、外門の詰め所に駆け込んできた。


「ねえ、ここにぺスを連れた女の子が来なかったッ? 聞いた限り、ここだと思うんだけど!」

「ああ、あれはあんたの弟子だろ。来たぜ」

「あ、良かった」


 決め顔でカッコつけた先輩の言葉に、魔女さんはほっと息を吐いた。


「やっぱりここで来たんだ。……で、いまどこにいるの? きちんと詰め所で保護してくれた? ペスがいるから危ないことはないと思うんだけど、寂しくて泣いたりしてないよね?」

「へへっ、安心しろよ、魔女さんよ。今回は、あんたの時と違ってきちんと送り出してやったぜ!」

「は!? なんで送り出したの!?」


 魔女さんの素っ頓狂な叫び声が響いた。

 なんとなく嫌な予感がしたので、ニーナとペスを見送ったもう片方の門兵はそっとその場を離れた。


「子供をそのまま町の外に通すとか、バカなの君は!? 止めてよ! 子供だよ!? 普通止めるよね!? なに!? 昔、私が暴れたことに対する仕返しなの!? 仕返しするなら本人にやってよ! 子供に当たるとか、そういうのは卑怯だよ!! さいってい!」

「な!? ち、ちげえよ! だ、だいたいあんたが昔、ここを通る時にすげえ暴れたから、俺はその経験を踏まえてだな――」

「あー! やっぱり昔のこと恨んでたんだ! 私が魔女にしては若いからって、舐めてるでしょ! もー怒ったから! 久しぶりに私、ぷっつんしたからぁ!」


 門兵が後にした詰め所で押し問答の末、何かが凄まじい勢いでドッタンバッタン暴れる気配がした。


「……なにかあったんですか?」

「あ、気にしないでください。魔女さん関係なので」


 通りがかりに不安そうに声をかける人もいたが、門兵が答えるとなるほどと納得した。

 今日も世界は、平和だった。

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