もふもふ、もふもふ、もふもふ
勝負が終わってすぐのメイドさん家のお庭にて、意識を失ったぬれねずみのライオンを献上したリューを、ニーナは今までにないくらいほめ倒していた。
「でかしました、リュー!」
尻尾をぐにぐにして、つやつやの竜角をなでなでする。かろうじて残っているドラゴン部分にしか触らないあたり、徹底していた。
「お前は、できるドラゴンですね! さすが、私の従僕です! 信じていました!」
「ふふっ、マスターの期待に応えられて、マスターの喜ぶ顔が見れて、我もうれしいぞ!」
マスターに褒められて、リューも鼻高々だ。
ということで、ニーナはさっそくびしょ濡れのライオンを魔法で乾かす。もちろんモフモフするためだ。ライオンが目の前にいたらモフモフする。猫好きとしては当然のたしなみである。
意図せずとも洗浄、乾燥の過程を経たライオンはふんわりふっくらな毛皮となった。ニーナは一瞬の躊躇もなく、メインディッシュであるそのタテガミを堪能する。
「ふわぁ」
「はっ! ここは一体……!」
ニーナがライオンを思うさまモフモフしていると、気絶していた彼が意識を取り戻した。
ニーナは構わずモフモフを続行した。
「くっ、吾輩としたことが――!」
ライオンは状況に気が付き、痛恨の思いで周囲を確認。
まずは自分を打ち倒したリューの居場所。そして自分にしがみついている魔女と、庭で猫と一緒になって丸くなっているぺスの位置を確認。そして毒蛇をぎゅっと縛って四肢を拘束された山羊が彼の目に入った。
「……ん?」
ぱちぱち、とライオンは瞬きをする。
最後に見えたものは幻覚か何かかと思ったのだが、やはり山羊の手足は、毒蛇で固く結ばれている。いつまで経っても消えうせないあたり、自分の分身である二体の状態は現実の産物らしい。
どんなに強くとも、犬に固結びはできない。つまり山羊と毒蛇を間違った方法で合体させた下手人は、いま自分に首筋に顔をうずくめている魔女だとライオンは看破した。
「あのぅ、小さくも偉大な魔女様……」
「はい。なんですか、ライオンさん」
「そのう……そこにいる、ですね。山羊と蛇なんですがね」
分裂した山羊と毒蛇の末路を見て力の差を悟り、大変おとなしくなったライオンは神妙な口調で質問を奏上する。
「彼らは、どうしてあんな状況に……?」
「ああ、あれですか」
自分の一部でもあるあの二匹は、敗北の末にあんな醜態をさらすことになったのか。敗北者の末路に怯えるライオンに対して、ニーナは無邪気に一言。
「あれは今晩の夕ご飯です」
思ったよりもひどい状況だった。
もはや勝敗がどうこうとかいう次元ではなかった。勝者とか敗者とか以前の問題だ。勝負の土台に上がることなく、食卓に並ぶ羽目に陥りかけている。
まずい。このままでは自分の三分二が失われてしまう。マスターの命令だったとは、喧嘩を売る相手を間違えたことをライオンは悟る。
「あの、かしこくも大いなる魔女様。お願いがあるのですが、発言よろしいでしょうか」
「なんでしょう、ライオンさん」
「吾輩ですね、あのですね、なんといいますか、もとにですね、そのぅ、戻りたいのです。お許し、いただけますでしょうか……?」
「むむ」
恐怖のあまりしどろもどろになりながらも、ライオンは何とか自分の希望を伝える。
もちろんニーナは猫科に甘く優しい少女なので、ライオンの頼みならば引き受けるのはやぶさかではない。
だが、もとに戻るとはすなわち、キマイラになるということだ。あの形態になったら戦力がぐっとアップするのはニーナにとっては誤差の範疇なのでどうでもいいが、このライオン形態が失われることを意味するのは大変よろしくない。
ニーナはライオンの右前足の肉球をぷにぷにしながら考える。
すべすべの毛皮とモフモフのタテガミ、そしてぷにぷにの肉球を合わせもつ持つライオンが、あの三位一体に戻るのは惜しかった。
「ダメです。もっと、モフモフしてからです」
恐怖でぷるぷる震えるライオンをリューが嫉妬交じりに睨む中、とっても幸せそうに頬を緩ませてニーナはライオンのタテガミに顔をうずめた。