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猫好きの転生魔女 ~数百年後の世界に転生したら、猫がいない~  作者: 佐藤真登


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16/24

何度でもいうが、獅子と山羊と蛇の強さは一緒


 二つの影が、王都の上空を舞っていた。

 翼を広げるリューと、空中を踏みしめて翔ける獅子。一見、羽をもって空を飛ぶリューの方が有利に見える。

 だが、空中を蹴るキマイラの機動性はリューを凌駕していた。

 空中を浮遊し、翼で推進力を得て旋回するリューに対し、豊かなタテガミを持つ獅子は大気を固めることによって空中でも地面と変わらず四肢で踏みしめ、跳躍し、跳びまわる。その安定感、瞬発力、力強さは翼をもつものを上回っている。

 速度の優位でもって、大気を操る獅子はリューを翻弄する。


「ほう? この程度の速度についてこれぬのか、若竜よ」

「ちょろちょろと集っている程度で、勝ち誇るなよぉ!」


 業を煮やしたリューは口を開き、業火を吐き出す。王都の空の広範囲に放たれた炎は、狙い通りに直撃した。

 だが、獅子は止まらない。


「ぬるい」


 獅子は身に浴びたリューの火力を言下に切り捨て、炎を突き破って直進した。

 黄金の毛皮には、焦げ目の一つもない。宙を翔ける獅子は大きな口を開き、若いリューの甘さに牙を突き立てんとする。


「吾輩の体毛は、黄金の太陽の恩寵を受けている! 火で焼こうなど、片腹痛いわぁ!」

「ぐう!」


 噛みつきは何とか回避するが、その巨体のタックルはさけれなかった。

 速度と重さが伴った突進。巨体をもろに受けたリューはたまらず地面へと落下。叩き落された先にあった家屋の屋根を突き破って、もうもうと粉塵を巻き上げる。


「……ふんっ。この程度、マスターにやられたのに比べれば屁でもない」


 二度にわたって山に埋められた経験を持つリューである。

 すぐさま立ち上がろうとしたが、彼女を引き留める声があった。


「リュー……」

「む? ヒューか」


 着地地点にいたのは、青髪ショートの女性だった。

 ここ最近、リューがウェイトレスをして働いている店の店主。同時に、幻想界隈にいた時はしのぎを削り合っていたライバルでもあった知り合いドラゴンだ。

 どうやら天井を破壊して突っ込んだのは、知り合いドラゴンであるヒューが経営する店だったらしい。白いエプロン姿に包丁を片手に持った彼女は、何かをこらえるようにプルプルと震えている。


「貴様……人の店の天井を……! いや、それよりも! 貴様がいま台無しにしてくれたのは、夕方のメインコースの仕込みなんだが……?」

「ふむ。ということは、ここはお前の店なのだな。よかった」

「いいわけあるかぁ!」


 人間に迷惑をかけるとマスターに面倒な累が及びかねないが、知り合いドラゴンであるヒューなら割とどうでもできるとほっと胸をなでおろしたリューを、ヒューと呼ばれた竜人は怒鳴りつける。

 リューは相当の勢いで落下したおかげで、台所がめちゃくちゃだ。そして被害者たる彼女は、もはや怒りで真っ赤になるを通り過ぎて顔が冷え冷えと青ざめていた。

 店の天井に穴を開けられ、メインの仕込みを台無しにされ、台所が粉砕された。数時間後から始まる夕方のオープンまでどうにかなる状況ではなかった。


「どうしてくれるんだ! 今から食材を買いなおして……いや、天井を何とかしないと――ああ、クソ! どう考えても時間がたりないだろ! どうしてくれるんだぁ!」

「気にするな。お前の店の目玉は冷菓子だ。メインの仕込みが台無しになっても、デザートさえ振る舞えば誰も文句など言わんさ」

「違うわぁ! デザートが目玉になってたまるかっ。私が今は亡きマスターから引き継いだ料理のレシピこそ私の誇りだ! それを広めるために、定休日以外はいままで店を閉めたことがなかったのに……! このありさまをどうしてくれるんだ貴様はぁ!」

「まあ待て。落ち着け。これは我のせいではない。上を見ろ」

「ああ゛? 上って……あれは、太古の幻獣か?」

「おそらくな」


 幻想界隈は、かつて魔女の争いに巻き込まれた。

 世界を二分するような争いが勃発し、その過程で多くの力ある幻獣が幻想界隈から魔女界隈へと移っていったのだ。争いの具体的な原因は、知られていない。残った古き者たちも、何があったかは決して口を開こうとはしなかった。

 リューやヒューと幻想界隈で最強格であったのは、残っているのが若者ばかりだったという事情でもある。

 そして、リューよりも一足先に力試しのために地上に出て、その結果なぜかドラゴン形態から竜人になって王都の飲食店の主におさまっているヒューは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「なんだ? なぜ遙か昔に消えうせた老害がいる」

「さあ? 知らんが、力試しを挑まれた。我の次は、当然お前だろうな」

「なに? 幻想界隈でならともかく、地上の町中で力試しなど迷惑なことを……」


 さらりと嘘を吐いたリューの言葉をあっさりと信じる。

 実際、幻想界隈は力こそすべての思想がまかり通っているので、力試しなど年がら年中どこでも行われていたのだ。

 リューと言葉を交わすヒューを警戒してか、獅子は上から見下ろす態勢を崩さない。あるいは、上の優位を取って飛び上がるリューを叩く算段なのかもしれない。


「私には生ある限りこの店の味を守るという崇高な役目があるというのに。ふん。この店を傷つけてくれたこと、後悔させてやろう」

「そうか。我は、お前の変わりようにびっくりだ」


 かつて幻想界隈にいた時には戦いに明け暮れるライバルだったというのに、いまやこの氷竜は飲食店の店主である。さきに地上にでた五十年で一体なにがあったのだろうか。きっと、リューでは計り知れない時間が彼女に訪れたのだろう。


「貴様だって、幻想界隈にいた時とはだいぶ違うだろう? 私の店で働かせてくれなど言われた時は、誰だこいつはと思ったぞ」

「……ああ、そうだな。マスターと一緒に行動してから、少し、わかってきたことがあるんだ」

「なにがだ?」

「かわいい、ということの意味だ」


 ニーナの力に屈服して、その力の源泉を知るために契約したリューだが、その想いは少しずつ変わっている。

 自由気ままに、あるいは無邪気に横暴に、それでも楽しそうにこの世に生きるニーナを見守るのは楽しく、安らかな気持ちになるのだ。


「マスターのためなら、なんだってできる気がする。このマスターを思うこの気持ちが、たぶん『かわいいは正義』なのだ!」

「貴様も変な奴になったな……」

「しかたないだろう。うちのマスターは世界一かわいいんだぞ」


 自慢げに笑い、リューは翼をはためかせて浮かび上がる。


「だから、それを害そうというあの老害は許せん。ヒュー。お前は地上から援護しろ」

「そうだな。私も、世界一のこの店を台無しにされた恨みは晴らさねばならんからな。強力してやろう」


 かつてでは考えられなかった共同戦線の約束を交わし、リューは上空へと飛び上がる。


「若いのが二人になったところで、吾輩にかなうと思うてか!」


 吠えた獅子の声が、振動派となってリューを襲う。

 だが、それを遮るように氷の壁が展開。 

 リューは、氷の壁を迂回して、獅子の後ろを取る。

 獅子はリューの旋回速度は見切っていた。後ろのリューが自分に攻撃を加えられる体制になるまで、まだ時間がある。ならばリューは放置してまずは地上の氷竜を叩いてくれると駆け出そうした時だった。

 背後からの衝撃に、獅子は盛大にバランスを崩した。


「なぁ、にぃ!?」


 後ろからリューが蹴りつけたのだ。その動きは、獅子の予想を超えていた。なぜ。混乱する獅子の目に、氷の壁が映った。

 驚愕する獅子に対し、リューは不敵に笑う。


「業腹だが、お前の動きを参考にさせてもらったぞ」


 獅子が空気を固めて地を蹴るように空中を跳ねていたのと同じこと。地上のヒューが空中で固めた氷を足場にして蹴りつけ、相手の予想を超える切り替えしを可能としたのだ。

 態勢を崩した獅子に、リューは指を絡めて組んだ両手を振り上げた。


「食らえぇ! マスター直伝の叩きつけだ!」

「ぐぉおおおおお!?」


 リューの振り下ろした一撃に、獅子は地面へと叩き落される。

 落下地点には、氷で巨大なフライパンを作ったヒューがいた。


「仕込みを台無しにした恨みぃ!」

「あぐぉ!?」


 落下の勢いと、振りぬかれたフライパンの衝撃。

 これには強靭な毛皮をもつ獅子も意識を揺らされる。


「リュー! やれ!」

「おう!」


 掛け声と同時に、獅子の傍に火球が出現する。


「バカめ! 火は効かぬと――む!?」


 追撃を間違ったなとあざ笑おうとした獅子は、次の瞬間、身動きが取れなくなった。

 青髪の竜人、ヒューの仕業だ。彼女によって氷漬けにされた。

 だが、この獅子は膂力も並ではない。氷の拘束などすぐに打ち破ってくれると動こうとして、失敗する。

 身を縛っていた氷が、すぐ傍の火球によって溶かされていた。解けた氷は水に代わる。氷を砕こうとした獅子の腕が、液体となった水をかく。大気を操り空中でも自在に動ける獅子だが、水の中で操れる空気もない。しかも水は流れ落ちることなく満ちていく。ヒューが水の外周を凍らせ続けているのだ。

 水から逃れようとするが、満足な身動きすらままならない。しばらく前足をばたばたしてもがいていた獅子は、やがて溺れて意識を手放した。

 ヒューが外側の氷を解除。水が流れ出し、気絶した獅子が地面に転がる。これでも幻獣だ。この程度では死んでいない。


「上手く煮えたな。食えたものではなさそうだが」

「頑強な毛皮を持とうと、大気を操れようと、水に沈めてしまえばどちらも無意味だったな」


 リューとヒューは拳をぶつけ合う。

 二人で手にした勝利だった。


「で? 店の有様はどうしてくれるんだ?」

「それは知らん」


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