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猫好きの転生魔女 ~数百年後の世界に転生したら、猫がいない~  作者: 佐藤真登


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蛇、山羊、獅子の強さは一緒



 ニーナがペスの散歩からメイドさんの家に帰ると、門の前にはでっかいよくわからない生き物がいた。


「わー?」


 いきなりすぎてちょっと意味が分からなかったので、ニーナはぺスのリードをぽとりと落として首を傾げてしまう。

 メイドさんの門の前に座ってご近所さんの耳目を集めているのは、ライオンの頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持った動物界では自然発生しなさそうな生き物だった。

 ニーナはしげしげと観察する。

 見たことも聞いたこともない生き物である。

 たぶん幻想界隈の系列かな、ライオンのタテガミが立派でふさふさしているなぁ、とニーナは思っていると、のっそりと起き上がる。


「帰って来たな、愚かなる魔女よ」


 ライオンの口がしゃべった。

 どうやらリューと同じく、人間じゃなくても喋れるタイプらしい。初対面の知性体に話しかけられたので、ニーナはぺこりとお辞儀をする。


「こんにちは。ニーナです。この子は、ペスです。とっても賢いいい子です」


 愚かなる魔女とか言われたが、相手の頭がネコ科だったのでニーナの対応はだいぶ甘くなっていた。簡単な自己紹介と、傍に控えるペスの自慢をする。


「マスター、帰ったのなら早く中に――む、何だこいつは」

「さあ?」


 ニーナの帰宅を感知したリューが、外にいる生物に目を丸くする。だが、ニーナだって答えようがない。目の前の生き物はライオンの頭こそあるが、ニーナの知らない生物である。


「頭がよくわからん肉食獣で体が山羊で尻尾が蛇……貴様、キマイラだな! 幻想界隈の魔獣が、何をしに来た」

「この魔女の従僕となった若竜か。悪いが、我が主人の意向でな。少々、不自由な思いをしてもらうことになった」

「なに? 我の前でマスターに手を出そうというのか!」

「ふんっ。かつての大戦も知らぬひよっこが吠えおるな」


 偉そうなキマイラの態度、そして何よりニーナに害をなそうという意思を聞いたリューが怒りの顔になる。

 人の形になろうと、リューの力は損なわれていない。怒りを炎と変えて纏い、一歩前へ。

 そんな彼女を推しとどめる小さな手があった。


「待ちなさい。待て、です、リュー」


 リューを止めたのは他ならぬニーナだった。


「手を出してはダメです」

「なぜだ、マスター!?」

「なぜでも、です!」


 なぜならば、頭がネコ科だからだ。

 体が偶蹄類の山羊なのと尻尾が蛇になっている点はマイナスだが、頭がネコ科だというのは大きい。もし攻撃をしてあのふさふさのタテガミが損なわれてしまったらと思うと忍びない。ライオンのもふもふに頭を突っ込みたいというのは、猫好きなら誰もが一度は夢見る希望なのだ。

 だからニーナには手出しできなかった。


「ふふん、幼くとも魔女だな。力の差がわかると見える」


 何を勘違いしたキマイラが、リューを制止するニーナを見て尊大な口調になる。


「無理もない。魔女とはいえ、まだほんの子供だ」


 ニーナは相手の言葉を聞かずに、もんもんと悩む。

 もふりたい。キマイラのあのタテガミに、頭を突っ込んで思うさまにぐりぐりしたい。

 だがなんというか、山羊の要素と蛇の尻尾がちょっと邪魔なのだ。別にヒヅメが悪いとは言わないし、蛇の尻尾がかっこ悪いとは言わない。ただ、ニーナはネコ科に飢えていた。ライオンのぷにぷにの肉球があれば是非とも触りたかったし、嫌がられることは承知で家猫とはまた違ったライオンの尻尾の先をモフモフしてみたかった。

 妥協して、いいのか。それが悩みだった。

 こう、べりって感じで上手く要素を三分割できないかなと悩む。複合生物の魅力は認めるのだが、まずは単一素体を十分に愛でてからだと思うのだ。

 悩んでいると、くわぁっとあくびをしたペスがキマイラの脇を抜けて、てこてことメイドさんちの庭に入っていった。賢い犬は自らあるべき場所に落ち着くのだ。

 そのペスの動きに、キマイラは唸り声を上げる。


「ちっ。『王侯(わんこう)』め。吾輩の狙いに気がついたか。だが『猫』の奪取に急くあまり、魔女と離れたのは悪手だな」


 キマイラの尻尾がするりと動き、本体から分離した。

 地を這う大蛇がペスを追う。


「主のいない使い魔など、ただの犬だ。分裂した吾輩の一匹で十分よ!」

「……!」


 ニーナはぴんときた。

 いま分裂した部分だが、 尻尾はなくなっていない。毒蛇だったキマイラの尻尾はライオンの尻尾になっていた。

 つまり目の前のキマイラは、自らでちゃんとそれぞれの姿になれるのだ。


「なるほど……あなたのことが、わかりました」

「ほう、貴様も吾輩の狙いに気が付いたか? だが、もう遅いぞ」


 あとちょっとだ。あとちょっとでこいつは純粋なライオンになる。山羊とライオンに分かれてもらえば、あとはライオンのタテガミををもふるだけである。

 そうと決まれば、やることは一つである。


「リュー。ペスを、助けにいってください」

「わかった!」


 二手に分かれるまでだ。このキマイラの狙いとやらはさっぱりわからないが、戦力を分散させて相手を三分裂させるのだ。

 ニーナの指示に、リューが翼を広げる。空から迂回してペスに合流しようとしたのだ。


「させるか!」


 ニーナの狙い通り、山羊とライオンが分離した。

 ニーナのテンションが上がった。喜びいさんで、ニーナは相手の首筋に抱き着く。そこがもふもふパラダイスだと信じて満面の笑みで飛び込んだ。

 感触が、思ったよりもさらさらしていた。


「あれ?」

「ほう、真っ先に組み付いてくるとは、勇猛だな」


 黄金のタテガミにもふもふできると思ったニーナは思わぬ事態に固まってしまう。

 モフモフなのだが、毛が短い。ビロードのようなネコ科の毛並みとはちょっと違う。首筋のあたりとか、すっきりしすぎている。あのタテガミならば、もっとニーナの顔が埋まるほどのもふもふがそこにあるはずなのだ。

 ニーナはちょっと顔を話して、相手と目を合わせる。

 瞳孔が、横長だった。


「だがその程度の締め付けでどうにかなるほど、吾輩は脆弱ではない!」


 山羊だった。ニーナがいま抱きついているのは、くるりとした角が立派な山羊だった。


「…………」


 ニーナは押し黙る。ちょっと視線を上にやると、ライオンが空を蹴って空中を跳ね上がり、翼を広げたリューと空中戦をしていた。


「…………」


 ニーナは今一度、山羊と目を合わせる。

 別に、山羊は嫌いではない。好きか嫌いかで言えば、もちろん好きだ。のぼぉっとした感じの瞳は、見ていてなんとなく落ち着く。山羊のすらりとした四肢、ぴょこんとした尻尾は可愛らしい。

 そう。好きではあるのだが、山羊なのだ。しかも、人の言葉をしゃべる。めーと鳴いてくれない変な山羊だ。


「口をふさげというのが、我が主のオーダーだ! 吾輩の呪いにより、『猫』に関しての情報が漏れない内容にその口をふさがせもらうぞあででででぎぶぎぶぎぶぶぶぶぶぶ――ぅぐくぅ」

「…………………………………………………」


 無言のニーナのヘッドロックにより、山羊は泡を吹いて気絶した。

 弱肉強食。人を襲ってくる野生動物に、ニーナは容赦がなかった。かわいがるのはペットだけ。人を襲って町まで来るのは、残念ながら害獣である。博愛精神の発揮の仕方を、ニーナは間違えたりしなかった。

 それでもネコ科だったら頑張って友好を深めて「山へお帰り」としようとは思うのだが、山羊ではちょっと、そんな労力をかけるほどでもない気がする。しかもしゃべるのが大幅減点だ。見るからに幻想界隈ないきもが喋るのはいいのだが、普通の山羊のフリをして喋るのはちょっとダメだ。

 ニーナは気絶した山羊の後ろ脚を掴んで引きずり、庭に入る。

 この山羊をお肉屋さんにもっていったら捌いてもらえるだろうか。ジンギスカンのお肉をを差し入れたら、メイドさんは喜ぶだろうか。ニーナの思考はすでに今夜の晩御飯へと移行していた。


「あ、ペス」

「わふっ」


 ニーナが庭に入ると、ぺスは尻尾を振って誇らしげ獲物を見せつける。

 ペスに咥えられた毒蛇はぴくぴくとして動く余力もなさそうだ。ニーナの足元に気絶した毒蛇を置いて、「褒めて褒めて」という感じで見あげてくる。


「さすが、ペスです」


 狩の成果。しかも勝手に食べたりしない手加減付きである。もちろんニーナはいっぱい褒める。両手でペスのアゴからくしゃくしゃ撫でまわし、ごろんと横になったタイミングを見計らってお腹をもふもふする。

 ぺスから大蛇を受け取ったニーナは、長くてうねうねの大蛇でぎゅっと山羊の四肢を縛っておく。家畜を捌いてくれる業者を、あとでメイドさんに聞くまで転がしておこうというつもりだった。類を見ないほどひどい動物虐待だった。

 庭に普段たむろしているネコは、あまりの光景に隅っこで厳戒態勢になって全身の毛を逆立てていた。

 猫が近寄らってくれないのは残念だが、元来警戒心が高い生き物なのだ。山羊と蛇がいては仕方ないと諦める。

 毒蛇と山羊を庭に置き、ニーナは縁側に座って空を見る。

 空ではリューが、ライオンと戦っていた。


「さ、リューが帰ってくるまで待ちましょう」

「わん!」


 快勝と呼ぶのも驕ましいほどに相手を瞬殺したニーナとペスは、空で頑張っているリューの戦いの観戦モードに入った。

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