仲良くしろとあれほど言ったというのに(注:途中で力尽きた)
ニーナが王女様を対象とした探索魔法が失敗だと判断された数日後。
ちゃっかりお世話になっているメイドさんの家で、ニーナは水晶玉をのぞいていた。
「むむむ!」
師匠さんに新たに習った探し物の魔法。望むものの在りかを水晶に写すという魔法だった。
ペンジュラムの探索が何度やっても庭にたむろする猫しか示さないので、新しい探索魔法に挑戦しているのだ。
ニーナが魔力を込めて念じると、水晶に、ぺスと一緒にすやすや眠る猫が映った。
ペスの大きくもふもふの毛皮に、油断しきったにゃんこがうずくまってすやすやと眠っている。十歩歩けば広がっている、すぐそこの庭の光景だった。
「ふへへ」
にへらぁとニーナの頬が緩んだ。
ここ数日で、ぺスとにゃんこは仲よしさんである。にゃんこもペスの賢さに気が付いたらしく、すっかり懐いている。眼福とはまさにわんにゃんのためにある言葉だった。
しばし水晶越しでにこにこの笑顔で眺めていたニーナだが、はっと我に返る。目的はわんにゃんを映すことではなかった。
「しかし、おかしいですね……」
一応、ニーナは王女様を探すつもりで魔法を使っている。
だというのに、この猫しか映らないのだ。
猫愛ゆえの失敗なら、他の猫も映っていいのでは? そう思うが、失敗しているのは事実なのである。
なにが原因なのだろうか。なにが原因で他の猫が映らないのだろうか。王女様が映らないのは別にいいとして、なぜ幾多の猫を探すことができずに、メイドさん家の庭に居ついている猫しか映らないのだろうかとニーナは悩んでいた。
結局、結果が出せないでいるニーナだったがメイドさんは「十歳ならしかたないか」みたいな目で諦めて日々、忙しい仕事に戻っていた。メイドさんとて、別にニーナに金銭を要求されたわけでもなし。家に居座ってはいるものの、ニーナの御飯は師匠のお弁当制なので手間もかからない。施設育ちのニーナは洗濯清掃などもしっかりやるので、助かっている面すらあった。
「ただいま! 帰ったぞ、マスター!」
ニーナが猫について思い悩んでいると、リューが帰って来た。
リューは先日から、知り合いドラゴンの飲食店でアルバイトをさせてもらっていた。
十歳児のニーナはともかく、二十歳くらいの外見のリューが居候でだらだらしていると、メイドさんの目が果てしなく厳しくなったのだ。致し方ないことである。人間形態になったリューをニーナが吹っ飛ばしたように、印象というものは見た目で決まるのだ。
ということで、リューは金銭を稼ぐために働くこととなった。
とはいえ、意外と性に合っていたのか、帰宅したリューの顔は晴れやかだった。
「いやぁ、労働でかく汗は気持ちいいものだな! ほら、マスター。お土産だ!」
「そうですか……」
ニーナは渡された氷菓子を食べながら、帰って来たリューの尻尾をにぎにぎする。特に意味はないが、なんとなく触ってみたかったのだ。
「なんだ、マスター。ふふふ。くすぐったいぞ」
「いえ……」
言葉通りにくすぐったそうに尻尾をくねらせるリューに構わず、尻尾をなでくり回す。この尻尾と頭に生えている角、縦になっている瞳孔がリューのドラゴンっぽさなのだ。
かろうじて残っているリューのドラゴンっぽさをにぎにぎしながら、ニーナは一言。
「お前、日に日にドラゴンっぽさがなくなっていきますね……」
「!?」
ニーナの残酷な評価に、リューが固まる。
「い、いや! 我は、誇り高きドラゴンだぞ!? マスターに下されたが、強さをもとめて地上にいるんだ! そうだ! 我、強い!」
「でもお前、昨日私が店に行った時に、『いらっしゃいませー』とか笑顔を振りまいてたじゃないですか。いまも、なんか働くことが喜びです、みたいな顔をして、すっかり人間社会に溶け込んでます」
「う、うぐぐぐ……そ、それは雇い主の氷竜が……ぐう、でも確かに……」
人間形態になった時点でもはやドラゴンではないが、ここ数日の労働によっていまやリューは精神性までただのウエイトレスである。
マスターであるニーナから下された評価に、リューは頭を抱える。
「ま、いいです。私はぺスのお散歩に行きます」
「我は、我は一体……」
自分のアイデンティティに思い悩むリューをおいて、ニーナはペスの散歩に行くべく庭へと向かった。
***
そんなニーナの様子を、遙か遠方より水晶で見ている人間がいた。
彼女は、数百年生きた魔女だ。
ここ数百年、こつこつと遠大かつ壮大な計画を立てていた。
そして、ようやく努力を重ねた結果が出り、自分が生み出した『猫』の様子を見ようと思って水晶を覗き込んだのである。
そこには、てくてくと散歩しているニーナが映っていた。
お散歩少女。つまりは、こいつは犬派である。この魔女はそう思った。
そして何より、彼女の散歩をしている犬には見覚えがあった。
「あれは『王侯』ぺス。となると、こいつは、あの『飢狼の魔女』の弟子か……」
『飢狼の魔女』。
ほんの十年ほど前に現れ、使い魔である犬のぺスと共に地上を駆けまわって魔女界隈を蹂躙した急先鋒の犬派だ。猫派なきいま、魔女界隈の筆頭は犬派となって久しい。この数年の魔女集会で、その犬派のトップに君臨したのが、その若き魔女である。
当時の活躍から『飢狼の魔女』と呼ばれ、使い魔であるぺスは畏怖を込めて『王侯』という二つ名を戴いた。
まだ生まれて三十年も経っていないというとても若い魔女だが、基本、魔女の世界は才能なので年齢と実力は比例しない。強いやつは強い。それが魔女である。
彼女も数百年の時を生きる魔女であったが、『飢狼の魔女』には随分と煮え湯を飲まされた。
あの生意気極まりない『餓狼の魔女』の弟子が、数百年の苦難の末にようやく生み出した『猫』に近づいている。
「キマイラ」
「はっ!」
魔女が呼びかけると、腹心の一匹がのっそりと起き上がる。
キマイラ。ライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つ幻想界隈の生き物である。
「ここに映る犬派の魔女が、我らがお猫様に干渉しようとしている。私の計画が漏れた恐れがある。そうでなくとも『餓狼の魔女』から伝わったら計画が邪魔される恐れがある。そうなる前に、この小娘の口をふさげ!」
「承知」
魔女の命令に従い、キマイラはその場から姿を消した。
敵はまだなりたての未熟者の魔女と、わんにゃん戦争も知らないような若い竜。『王侯』ペスがいようとも、本来の主人が傍にいなければ力を十全に発揮などできない。
「犬派め……。お前たちが忘れようとも、私たちを貶めた恨みを、私は決して忘れはしない。必ずや鉄槌を下してくれる!」
その昔、自分の力足らずでこの世界から猫が消えてしまった。師匠の遺言を果たすことが、彼女にはできなかった。
ならば、せめて。
「わたしは再び、この世に猫を再臨させる。何人、人が犠牲になっても構うものか」
亡き師匠の願いのため、彼女は遠大な計画を立てたのだ。
「猫類補完計画――止めさせは、しないぞ!」
犬派を下すべく、猫派筆頭魔女の弟子だった彼女は気炎を吐いた。