一度騙された人ほど、何度でも騙されるものである(なお、悪気はない)
動物園を満喫したニーナは、王都の中央公園の原っぱでお弁当を食べていた。
『魔法を使う際には、世界と契約したルールがあります。魔女が自分のために魔法を使うのはぜんぜん構わないのですが、他人のために使うためには、相応の対価をもらわなければいけません。自分のためなら何をしてもいいのですが、他人のためだとちゃんと何かもらはないとだめだよっていうのが魔女のルールです』
お弁当を食べながらの、師匠の通信教育は三通目だ。
ニーナはその手紙を読むだけで、着実に魔女としての技能を増やしていっていた。
『この対価というのは、それぞれの魔女の主観によります。その魔女にとって価値のあるものをもらえば、魔女はその人のために力を使えます。ただし、先払いじゃないとだめです。ということで、他人のお願いを聞く時は、きっちり先払いでもらえます。今日はこのあたりで筆をおきます。ニーナちゃんの親愛なる師匠、ツェーヅ――』
今日の通信教育の内容を読み終わったので、ニーナはいつも通り結びの文言は読まずに燃やす。
お弁当の内容はリクエストしたハンバーグはジューシーでおいしかった。付け合わせのブロッコリーとニンジンもぺろりといただける味だった。
ペスも伏せの姿勢で前足にあごを乗せて目を閉じている。穏やかに、すやすやと午睡をとっていた。
そこへ、リューが戻って来た。
「マスター! そこの飲食店で、幻想界隈時代の知り合いドラゴンがいたから、いろいろと割引してもらったぞ!」
ご機嫌の様子のリューが、ニーナの隣に座る。
師匠手作りのお弁当があるニーナと違って食べるものがなかったので、買い食いするしかないのだ。
「む、ペス先輩はお休みなんだな。十歳の魔女のマスターがいると聞いたら、いろいろとおまけをしてくれてな! ほら、こんな珍しいお菓子をもらったぞ! マスターも食べてくれ!」
リューが差し出したのは、ドラゴンによる手作りアイスだった。たぶんリューの知り合いドラゴンは氷竜なのだろう。
「どうも、です」
「ふふふ、遠慮はしないでくれ、マスター」
ニーナはもぐもぐと甘未を味わう。
その様子を、リューは微笑ましそうに見ていた。まだ主従としての付き合いは短いが、リューはマスターが子供らしい仕草をする時は庇護欲がそそられるなぁと、にこにこしていた。意外と面倒見がよいドラゴンである。
ぱっと見、大人が子供を甘やかしているように見える微笑ましい風景。だが二百歳のリューが十歳のお小遣いでいろいろ買ってきたというが実情だ。
「リュー」
「なんだ、マスター」
「動物園には、猫がいませんでした」
「そうだな」
ひんやりした甘未。とてもおいしい。だが、ニーナの顔は晴れなかった。
マスターの悲嘆を聞いて、リューも重々しく頷く。
「やはり、マスターほどの魔女の力の源泉となっているものだ。そう簡単に見つかるものではないらしいな」
「でも、リュー。あなたは、王都に猫がいると、そういいました」
じとっとした目のニーナがリューの縦長の瞳孔をのぞき込む。
ドラゴン知り合いから割引してもらった弁当を食べていたリューの尻尾が、ビクッとリューが震えた。
「あなたは、また私をだましたです……?」
「ま、待て、マスター!」
このままでは鉄拳制裁三回目によって公園の地面にめり込む羽目になる。
二度の経験によってすかさず未来を悟ったリューは、尻尾をぐにぐにくねらせて頭を振り絞り、即座に理論武装を展開させる。
「我は聞いた話を伝えただけだ! 作り話をしたわけではない! 第一、最初の時だって、我はマスターのことを騙したりしてないぞ! 我はちゃんと、あそこに『ねこ』はいないと明言したではないか!」
「ふむ……?」
そっと握りこぶしを作っていた気の短いニーナは、動きを止める。
言われてみれば、一考の余地がある。
最初の時も、ニーナはリューに騙されたのではなかった。通りがかりの旅のお姉さんと村長に騙されたのだ。
つまり鉄拳制裁を下すべきなのは、この王都――ひいては愚かなる人類なのでは?
「なるほど、お前の言う通りです、リュー」
「そ、そうか。よかった」
ぜんぜんよろしくなかった。
ニーナがこのアイスを食べ終わったら『王都にはなんでも集まる』なんて宣伝した場所を蹂躙しようと大魔王みたいなことを考えていた時だった。
「どうか、どうかご協力ください……」
哀れっぽい女の子の声がニーナの耳に届いた。
見ると、メイドが何かを配っていた。
悲しそうな顔で、公園にいる人にビラを渡して何かを嘆願している。そのビラを受け取った側も、悲痛な顔になってメイド服の少女を慰めていた。
心あたりのある光景だ。ニーナは、はっと気が付いてメイドさんに近づく。
「もしもし、そこのメイドさん」
「あなたは……魔女さまですか」
泣きはらしていていたメイドさんは、ニーナのかぶっている三角帽子を見て目を見開く。
三角帽子は魔女の証明。すなわち、力の証明である。
「魔女さま! あなたのお力を、貸していただけないでしょうか!」
「もちろん、です」
鬼気迫るメイドさんの問いに、ニーナは強く頷いた。
あまりの即断に、リューは呆れつつも助言する。
「マスター? 事情ぐらいは聞いたほうがいいんじゃないか?」
「リュー。私をなめないでください。私くらいの猫好きならば、このメイドさんの様子を見れば、事情は大体察せるのです」
悲し気な声。ビラを配ることによっての情報収集。そして、鬼気迫る様子で探しものをする姿。
こうなると、結論は一つしかない。
同情のこもった声で、ニーナは告げる。
「メイドさん。あなたは、逃げてしまった猫を、探してるのですね」
「違いますけど」
なぬ、とニーナは押し黙った。
猫を探す以外で、ビラを配る意図とはいったい何だろうか。深く考えた末に、ニーナは答えを見つけた。
「あの『ねこ』ってなんでしょうか……?」
「わかり、ました」
この人は愛猫家ではないらしい。
ならばとニーナを思いなおす。
「猫以外のペットを、探してるのですね」
「いえ、人を探してるんです」
さすがは魔女。このままでは会話が成立しなさそうだと悟ったメイドさんは、ビラを渡す。
そこには、きれいな少女の顔写真があった。
「私の仕える主、キャサリン殿下の行方が、先日から知れなくなってしまって……!」
メイドさんは、悲痛な声で訴える。
金髪碧眼の優し気な少女の顔写真と、その少女が消えた時の概要がつづられていた。
王女の行方不明者事件。
びっくりするくらい、ニーナにとってはどうでもいいことだった。
もらったビラを丁寧に折りたたんでポーチにしまう。
「それで魔女さま――」
「力になれそうも、ないです。さようなら」
「――ええ!?」
丁寧な謝辞と、ペコリと下げられたよそよそしい言葉。あまりの掌返しぶりに、メイドさんは絶句。その様子に、リューは同情してしまった。
「……我が言うのもなんだが、それはちょっと冷たいんじゃないか?」
「人を探すのは、騎士団の仕事です」
意外と常識的だった。
「もちろん、近衛をはじめとした騎士団は懸命に捜索していますっ。それでも見つからないんですっ」
「そんなことを、言われても……」
ニーナと関係のない世界の話である。
魔女は、見合う対価がなければ他人のために魔法を使えないのだという。
ニーナにとって、対価とはすなわち猫である。それ以外のことは、だいたいどうでもいいので対価になりえない。つまり、大体どうでもいい存在である王女を探すために魔女の力を使えない。
その場合、ニーナはただの十歳児である。
「私には猫を探すという、使命があるのです。だから、人を探してるひまなんて、ゼロです」
「ねこ……『ねこ』とは、なんですか?」
魔女の助力を得るためには、その魔女が求める対価がいる。目の前の小さな魔女は、その『ねこ』というのが対価となりえると鋭く察したメイドさんは、懸命にニーナに食らいつく。
魔女はやべー奴として有名だが、その分、助力を得られれば大体の問題を解決できるポテンシャルがあるのだ。しかも、見るからにドラゴンが竜人となっている従僕が傍にいる。こんな力のある魔女に出会う機会はめったにないと、メイドさんは必死だった。
ニーナはポーチからペンとさっきのビラを取りだし、裏面に絵を描く。
「こんなん、です」
ぼちぼち絵がうまくなっていた。
四足の生き物だが、少なくとも犬に見間違えるようなことはない。そんなレベルにはなっていた。
それをまじまじと見つめたメイドさんは、熟考。
そして、質問する。
「これは、犬ではないのですね?」
「はい。違います」
「この生き物の大きさは、小型犬くらいですか?」
「はい。そうです」
「にゃーんとかなぁーんという感じの鳴き声で、鳴いたりしますか?」
「……! はいっ、はい!」
「舌は、ざらりとしています」
「はい! そうです!!」
「なるほど」
どんどんテンションの上がっていくニーナに、メイドさんは力強く
「もしかしたら、ですけれども心当たりがあるかもしれません。こんな感じの子が、最近、近所にいるんですよ」
「詳しく」
がしっと、メイドさんの腕をつかんだニーナの目は、少しばかり血走っていた。
だが、親愛なる主を探すメイドさんも必死だ。
ただでは案内できない。しかし魔女への対価は先払い限定だ。
メイドさんは、真剣な顔でニーナを見返す。
「……その子のもとに案内してくれれば、魔女さまは王女殿下捜索に力を貸してくれますか?」
「当然です!!」
大変威勢のよいニーナの安請負が公園に響いた。




