ネコ科のいない動物園にお金を払う価値はあるのか、十歳は考える(十歳以下、入園無料)
ぱおーんと、象が吠えた。
柵の中にいる大きな象は、長い鼻を使って水を吸い上げ、シャワーのようにまき散らす。
水しぶきが舞い、うっすらと虹が見える。そのパフォーマンスに、ニーナは目を輝かせた。
「リュー。あれはゾウです。おっきいです! 賢いです。すごいですね、リュー!」
「む、マスター。あんな象より我のほうが大きかったぞ。それに、我の方がずっと頭がいい!」
「お前、いま人間じゃないですか。張り合うなら、ドラゴンに戻ってからにしなさい」
「むう」
王都に入ったニーナたちは、動物園を訪れていた。
理由は簡単で、ここが最も生き物を集めている場所だからだ。
王都の誇る大動物園に、犬連れの少女が来訪。稀によくあることである。
竜から竜人になったリューの姿は珍しく、人目を引くものではあったが、ここは手に入らないものがないと言われているほどにあらゆる人種とものが集まる王都である。王都には竜人が経営して大繁盛している料理屋が三件ほどあったので、また料理屋でも出しに幻想界隈から来たのかな? 程度に思われていた。
「次、次です、リュー。あちらのキリンさんのほうに行くのです。親子連れです。親子連れの生き物は、すべからく尊いのです」
「わかったわかった。ふふっ、マスター。そう慌てるな」
ぺしぺしと頭を叩くニーナのわがままに、リューは微笑む。一行のリーダーと目されているペスだが、今は動物園のわんわんコーナーでお留守番だった。
ちなみにこの動物園、十歳以下は入園無料だったので、ニーナはいそいそと三角帽子を外してお散歩ポーチに入れていた。魔女だと認識されると、子供のふりをした年長者だろ思われかねない。三角帽子を外して普通のお散歩している少女スタイルになったニーナは問題なく無料で入れた。リューの分の入園料は仕方がないのでニーナがお小遣いを切り崩して払った。
そうしてリューに肩車をさせて動物園を回り、きゃっきゃと喜んでいたニーナだったが、次第にその顔が曇り始めた。
「猫が、いません……」
「ふむ? マスターの求める生き物がいないのか」
「そうです。いません」
ニーナの喜んでいた姿にまんざらでもなく肩車をしていたリューも、難しい顔をする。
猫がいない。というか、ネコ科がことごとく皆無なのだ。家猫はもちろん、ライオンもトラもピューマもジャガーもサーバルもスナネコもサーベルタイガーもいなかった。
ネコ科のいない動物園とはなんぞや? ニーナは哲学にふけりつつもリューに肩車されて動物園を満喫する。大型動物をざっと見た後に、鳥類とのふれあいコーナーでリューに餌を持たせて止まり木にして笑い転げ、お昼過ぎには、わんわんコーナーではぺスと思う存分駆けっこした。
おおむね動物園を満喫したニーナだったが、しかし猫はいなかった。
こうなればと、ペスと交流を深めるリューをわんわんコーナーに置き去りにしたニーナは、飼育員と思しき女性を捕まえて質問した。
「すいません。この動物園の、猫コーナーはどこですか?」
「『ねこ』? 『ねこ』ってなにかな?」
「猫は……」
やはり、猫という固有名詞が通じない。それにがっかりしつつも、ここは動物園である。動物の魅力を語ればきっと伝わるはずだと、考え込む。
猫とはなにか。猫の偉大さは、語りつくせるものではない。
だが、一言でいえば、そう。
「猫は、神です」
「ごめんね。神様は動物園にいないんだ」
飼育員のお姉さんは、やさしくニーナをなだめる。
いまのニーナは、魔女の三角帽子はかぶっていないので普通の十歳と認識される。
飼育員のお姉さんは常識人だった。子供わけのわからないことを口走るなど日常茶飯事だと、大人の余裕で対応した。
「違いました。違うのです」
ニーナは、言い方を間違ったことを悟った。
ちょっと猫への気持ちがほとばしり過ぎていた。反省し、控えめに猫のことを言い表す。
「猫とは、人類の上に立ち、人類を奴隷として仕えさせる魅力を持つ、大いなる存在なのです」
「ごめんね。そんな邪神みたいな生き物も、動物園にはいないかな」
「そんな……。せめて、ネコ科はいないのですか? ネコの眷属です。ちいさいので、大きいのでも構いません」
「ごめんね。この動物園には、大きい邪神の眷属も小さな邪神の眷属もいないんだ」
「ええー……」
だいぶ妥協して家猫以外のネコ科を求めたニーナは露骨にガッカリした。
そして少し恨めし気な瞳で、飼育員さんを見上げる。
「猫がいないとか、この動物園は、モグリなのですか?」
「んー、そこまで言われるようなことかなぁ」
子供の戯言であるが、そろそろ飼育員のお姉さんの頬が引きつってきた。
どうやら珍しい動物を探しているようだが、飼育できない動物というのもいるのだ。でも、そういう大人の事情を子供に暴露するのもなぁと、飼育員のお姉さんは悩んだ。
ちなみにこの動物園は国営であり、たくさんの家族連れのお客を笑顔にしている良い動物園だ。
「あのね、動物っていうのは、どうしても人の手じゃ飼えない子がいるの。だから動物園にいない生き物だっているんだよ? 期待に応えられないのは悪いと思うんだけど、やっぱりそういう子たちは、彼あの世界で生きるのが一番だから、ね?」
「そうですか……しかたありません」
一見納得したかのような返答したニーナは、言葉を続ける。
「ここが猫のいない、微妙な動物園だということは、わかりました。でも、他の動物がかわいかったから許してやろうと、そう思います」
「あはははハはは」
「だから、猫がどこに生息しているのか、教えてください」
「うん、ありがとうねー。もう帰ろうねー。親御さんはどこかなー」
緩やかに我慢の限界を超えた飼育員のお姉さんは、優しくニーナの背中を押して追いだした。
猫とは……猫とはいったい……(哲学)。
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