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「アティ、緊張しているかい?」
王宮の長い廊下をお父様に手を繋がれながら歩く。
ずっと無言だったから緊張してるものと思われたらしい。
「いいえお父様、大丈夫ですわ。」
下手に攻略対象と接触しないか不安だっただけよ、気をつければいいわよね!とか言ったけど攻略対象とはお互い貴族同士、どう考えても避けては通れない道だったわ。
変に興味を持たれず、かつ嫌われない様に卒なく対応しなくてはいけないじゃない。
きゅ、と眉間に皺が寄る。
と、見兼ねたようにお父様に抱き上げられてしまった。
お父様、そろそろ謁見の間ですから抱っこはいけないと思います。
下ろしてくださいませ。
あぁほら、ちょうど謁見の間から出てこちらに向かってくる人影が。
恥ずかしいですわ、お父様。
「おや、テオドリック貴方のところも今日でしたか。」
「やぁウィリアス、久方ぶりだな。」
にこやかにお互いの名前を呼び合う二人は中々親しい関係らしい。
しかし、お連れの子息にとっても睨まれている私としては些か居心地が悪いですお父様。
「アロイヴ、アーグレン公爵とご令嬢に挨拶を。」
「アロイヴ·アシル·ローダンセです。よろしくお見知り置きください、アーグレン閣下。」
ちっちゃい癖に微塵もぎこちなさを感じさせない綺麗な礼を披露したアロイヴは、顔を上げるとまた私にキツい視線を寄越す。
たぶんお父様の腕から降りろって言われてるのね。
抱っこされてるのは私の意思じゃないわよ。
「流石ローダンセ公爵子息だ。将来が楽しみだな、ウィリアス。さ、アティ君もご挨拶を。」
漸く解放されて下ろされる。
まかせてお父様、この三日間お母様に鍛え上げられた私の完璧な淑女の礼を見せてあげるわ!
「アティリシア·ルーナ·アーグレンと申します。どうぞお見知り置き下さいませ、ローダンセ様。」
スっと足を引いてドレスを摘み背筋を伸ばしたままふわりと礼をする。
もちろん表情筋まで完璧に駆使し、お母様直伝の人を魅了する美しい笑顔付きだ。
何をもって美しい笑顔と言っているかは解ってないけど合格もらったからきっと大丈夫!
ふふんっと生意気なガキンチョに視線を向けたら顔ごと逸らされた。
喧嘩売ってるのかしら。
「素晴らしいご令嬢ですね、テオドリック。母君にそっくりで大変可愛らしい、きっとデビュタントでは注目を集めるのでしょう。いやはや楽しみですな。」
ハッハッハと二人で笑ってるお父様達を余所に、私とアロイヴの間にはバチバチと見えない火花が散っている。
こいつは、私のライバル確定だわ。
ではまた、というお父様の一言で解散となりやっと謁見の間に着いた。
国王陛下に会う前からどっと疲れたわよ。
陛下の御前で自然と背筋が伸びる。
白髪混じりのブロンドの髪は美しく整えられ、優しげな目元に反し強い光を讃えた、空より濃い青の瞳は正に彼こそが王であると訴える。
威厳と優しさを持ち合わせた彼が治める国は知らずとも素晴らしい世であろうと思わせた。
「よくぞ参った、アーグレン。私にそのご令嬢の紹介を。」
「はっ、アティ。陛下にご挨拶を。」
こくりと肯いて一歩前に出る。
「お初に御目文字仕ります。アーグレン公爵家第一公女、アティリシア·ルーナ·アーグレンと申します。よろしくお見知り置き願います。」
先程と同じように淑女の礼を披露し、陛下と視線を合わせてにこりと笑う。
お母様にそうしろって言われましたのよお父様、そんなヤバいみたいな顔しないで泣いちゃう。
「はっはっはっ!可愛らしいお嬢さんだ、よし二人とも楽にして良いぞ。」
うんうん頷いてる陛下の言葉に少し肩の力を抜く。
やっぱりちょっと緊張してたのかも。