プロローグ
「おとうさま、おかあさま、今日はどちらに連れて行ってくださるの?」
少女の動きにあわせて、ふわふわと揺れるプラチナブロンドの髪。翡翠の瞳は大きくぱっちりと開いて期待に輝いている。小さく愛らしい唇に整った目鼻立ちはまさにお人形さんのよう。
きっと将来は隣に座る母のような美しい女性になるのだろう、と少女の父は妻子を眩しげに見つめ微笑んだ。
「今日は東の街の視察に…」
「あなた。」
窘めるような口調で妻に遮られると、娘が小首を傾げているのに気づく。
「海の方のとても賑やかな街にいくんだよ。見たことのない物が沢山あるだろうから楽しみにしなさい。」
「はい!おとうさま、海の方は初めてなのでとても楽しみです!」
さらに瞳を輝かせる愛娘に満足げに頷くと妻と目を合わせ微笑み合う。
本来の目的はここ、アーグレン公爵領内にある街の視察。
領主である彼の仕事のひとつだ。
幼い少女には少々退屈かもしれないが、できるだけ小さいうちから自領をその目で見させ民と交流させたい。
そんな親心から4歳になる娘を連れて様々な自領の街を渡り歩いていた。
馬車に揺られること2時間。
目的の街に着くと早速とばかりに駆け出そうとする少女を抱き上げ護衛の1人に役所に向かわせ、その間広場にずらりと並ぶ出店を見て回る。
「おとうさま!わたくしこんどはあちらのお店に行きたいです!」
「アティ、お父様はお仕事の話があるからお母様と行っておいで。」
あっちにこっちに興味を移らせながら走り回る娘を妻と護衛に任せ、官僚と話すべくそばを離れた。
2時間程官僚と話しながら街を回り、状況を聞きながら指示を出す。
視察も終わりそろそろ帰ろうかと家族を探すと、娘が不自然に足を止めひとつの店を凝視しているのを見つけた。
何を見ているのかと近付いて娘に合わせて腰を落とす。
どうやら異国の髪飾りに目を奪われているようだった。
「なにか気になるものでもあったかい?」
声をかけると我に返ったようにハッとして首を振るが、その目は髪飾りから離されることはなかった。
「きれいな"かんざし"だと思って見てましたの。」
そう答える娘に違和感を覚える。
はて、この子はこの髪飾りの名をどこで覚えたのだろうと。
もしかすると、店主に聞いたのかもしれないが話しかけている様子もなく、すこし離れたこの場所から眺めていただけのように見えた。
今日では無くもっと前に誰かに聞いたのかもしれないので深く考えないことにする。
「そうか…これは遠い異国、倭の国の品だ。どれひとつ買ってあげよう。」
選びなさいと促すと自分の瞳と同じ翡翠色のガラス玉から薄紫の小花が垂れ下がるようにあしらえられたものを指さした。
店主に料金を払って品を受け取ると、娘の小さな手に渡してやる。
「ありがとう、おとうさま!」
満面の笑みで受け取った少女は、そのまま父の腕に倒れ込むように気を失った。
気を失った少女はその後熱を出し、2日眠り続けたが病にかかった様子はなく医師は疲れからの発熱と診断した。