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#34 深窓の真相

 まあ以下省略ってやつですよね。男子高校生のシャワーシーンに需要がないことぐらい知っているさ。もしかすると多少はあるのかも知れないが、その嗜好はマイノリティに分類できると思う。

 だからオレはマジョリティの方を採用することにしたのだ。我ながら情けない話だが、オレの性格は信念を持ってそうだけど、何となく流される感じらしい(笹塚さん談)。


 シャワー後に神無月に無理矢理巻かれた頭の包帯を掻きながら話しかける。


「しっかし…拍子抜けするぐらいあっさり終わったな~」


 そうねと頷く神無月はスカートをひらりと揺らす。

 ちなみにトップスと羽織っている薄手のカーディガンはオレのだ。オレがシャワーを浴びている間に勝手に着替えていた。


「まあ私の家の惨状と班目くんの怪我を見れば何かしらの被害があったのは明白だし、それにお役所仕事の国家権力なんてあんなものよ」


 やけにトゲのある言い方をするじゃないか。一体お前と警察の間に何があったんだよ…。そのフリはかなり怖いぜ? 嘘ってわけじゃないから何も視えないし、微妙に気になる感じだ。


 しかし、触らぬ神に祟り無しというし、シカトでいこう。


「そんなもんかね。とりあえずオレとしては高校生のヴァイオレンスな痴話喧嘩って判断されなくて万々歳かな」


 オレとしてはDV彼氏の汚名を着せられなかっただけでも悪くないとしよう。だって事実が一個もないもんな。彼氏でもなければ暴力も振るっていない一般人Aのオレとしては。


「そう言えばお前の傷は大丈夫か?」


 オレの傷には神無月が包帯を巻いてくれたが、同様のことを彼女に施した覚えはない。絆創膏から自分で処置したことは確実だが…。


 神無月は髪を揺らしてこちらを向く。脚は優雅にステップを踏んで。その顔には余裕を佇ませて。


「ええ。こんなのただの擦過傷よ」

「なにそれすげえ痛そう」


 擦過傷って擦り傷のこと…だよな? 正しくはかすり傷と言いたかったのだろう。それをわざわざ大袈裟に間違えやがって。それはオレへの心遣いか、若しくはただの嫌がらせなのか。あるいはその両方か…。


「でもね」


 深く悩みそうなオレを遮る形で振られた話の内容は――


「漢字にすると強そうっていうか、何となく規模が大きくなる気がしない? ベクトルというかこうスカラー的な意味合いで」


 しょうもな! もういいよどうでも。


「ほう。例えば?」


 なかなかどうでもいいし、非常にくだらない。

 だが、微妙に深くなりそうなテーマだ。現在の時刻は一九時二四分。案外約束の時間までの暇つぶしには持って来いかもな。そうだ、何処かで飯を食わないと。


 ふふんと鼻を鳴らす神無月。


「かすり傷を擦過傷と呼ぶ」

「それだけじゃねぇか!」


 完全に思いつき。まるっきりの適当だ。

 もっと例がごろごろ出てくるものかと軽く期待しちゃったじゃねぇか! 頭の良さが欠片も見えない。

 本当にこの女の成績はいいのか果てしなく疑問である。自己申告では勉強は出来ると言っていたような気がしなくもないけれど、まあ『勉強ができる』のと『頭がいい』っていうのは全然別問題だから、必ずしもそれらを同一に持ち合わせているわけではないのだろう。神無月は『勉強ができる馬鹿』で、オレは『勉強のできる愚か者』って所か…。笑えねぇ。


 愚民どもよひれ伏せとばかりに両手を広げる神無月。滅茶苦茶サマになっている。かっけーっす。


「班目くん、謝るなら現在のうちよ。母なる私は全てを許してあげるのも吝かでないわ」


 随分とスタイリッシュな責任転嫁だ。その手際の良さはプロの犯行だな。責任転嫁のプロ…嫌な響きだ。


「やたらめったらに自分の人格の良さについて力説しているお前は相当に嫌なやつだと思うけどな」


 なんて言うか逆大数の法則? 強調すればするほどに真実味が薄れていく現象ってのはどうしてなかなか不思議なものだけど、割りとよくあるありふれたことだと思う。『絶対に確実に間違いなく安全』とか言われると超嘘くさいじゃん? 類型として『簡単在宅ワークで月収三十万』や『グループホームえがお』なんかが挙げられる。


「心外ね。私はこの世に生を受けて十数年、ずっといい人路線を突っ走っていると自負しているほどにいい人よ?」


 記憶違いでなければ、神無月紫織さん(自称・生粋の善人)と班目司くん(自他共に認めるひねくれ者)の初邂逅は穏やかなものでは無かったと思うけれど…。


 と言うかむしろ空前絶後の惨事だった気もするんだけどな。初対面の女の子の命を助けてやって、恋愛フラグではなく死亡フラグを建てた男子高校生ってのは流石に史上初の快挙なのではないか?


「それはそうとファミレスでいい?」

「なんか面倒でぶった切ってみましたって感じがひしひしするけれど…」

「ソンナワケナイデスヨー」

「扇風機の前の小学生みたいな口調はどうにも信用出来ないわ」


 めんどくせえ。ボケたオレも悪いのだろうけど、神無月と話すと何と言うか会話が一向に進まない気がする。相性の問題か?


「まあ事後処理前の下調べみたいなものをしたいんだ。この件に関してオレにはまだ見えていない、知らない部分が多すぎるからさ」

「う~ん。余り進んで話したいような内容では無いのよね」


 言わば、私の家庭環境が詳らかになるわけだしと、頭をもたげる神無月。


 そうこうしている内にファミレスが見えたので入店、案内された席に着く。ドリンクバーと料理を数品頼んで神無月に再度話を振る。


「さて神無月。聞きたいのは基本的に一つだ。お前の家庭について。より詳しくは殴り男こと神無月紫音について。そして夫に愛想を尽かして出ていったという母親についてだ」

「もう少しオブラートに包んだ言い方は出来無いものかしら? 率直過ぎると友達失くすわよ? ああ元々少ないんだっけ?」


 オブラートに包むべきはお前の方だと声高に主張したい。放射冷却がキツすぎる。それに友達は兎も角、知り合いは多いほうだと思う…多分。


「オレの交友関係は置いといて…殴り男の被害者は神無月、お前にちょっかいをかけた男子の先輩だろ?」

「まあぶっちゃけ私を口説いてきた同級生の馬鹿男達ね。本当美人って罪ね…」


 うっとりとした顔で何気に暴言を吐いているのはスルー。


「それで殴り男の人物像は諸説あったけれど、その内の一つ『黒髪の少女』ってのはお前のことだな?」

「そうね。現場には必ず私が居たし、被害者は頭をやられているわけだから直前の記憶ぐらい飛んでも不思議はないかもね」


 外的なショックによる記憶障害。陳腐だが如何にもと言った解答だな。

 オレも頭を殴られた直後は若干記憶が曖昧だったから若干都合がよすぎることを除けば、十二分に有り得そうな仮説でもある。


「なら、どうしてオレは連れ去られた? 他の被害者は現場に置き去りだろ? 何故オレだけが自宅に招かれたんだ?」


 そこで少し間を置く神無月。メロンソーダを一口含んでゆっくりと語る。


「多分…今までの人とは距離感が違ったから。双方から親しげな感じがしたからかしら…」


 それでよりいたぶろうとしたんじゃないのかと締めた。

 なるほど、神無月紫音の性格からすればその可能性が高そうだ。


「でもその性癖のせいで破滅しているのだから世話無いわよね…」

「まあ…うん。そうかもな」


 破綻させた直接の原因としてはどうにも返しにくいな。


「とまあ…」


 オレの気まずさを解消する為か、神無月は続ける。


「神無月紫音についてはこんな感じだと思うわ」

「そうか。まあ予想通りと言えばそうかな。じゃあ何故神無月紫音がそんな凶行に出たのかだ。―――それはお前の母親と関係があるのか?」


 また少し空白を置く。


「そうね。何となく分かっているでしょうけど、と言うか昨日私が赤裸々に語ったことだけど、お母さんは仕事人間のあの人に愛想を尽かせて出て行っちゃったの…それが二年前。高一の春だった」


 想像の範疇ではあるが、余り気持ちのいい話じゃない。


「それから壊れ始めたの。或いは初めから狂っていて、そうなるのは必然だったのかも知れないけれど」


 余計な口を挟まずに彼女の言葉に耳を傾けるだけ。


「それからあの人は私を……私とお母さんを混同し始めた」


 なんとも救えない話。


「失くした妻を娘で代用しようとした。そんな狂ったオルタナティブ」


 この時点で父親として人間として失格よねと挟んだ神無月は瞳の色をより深く碧く暗いものにする。


「もともと余り家に帰ってくることは無かったけれど、一層酷くなった。たまに帰ってきたと思ったら、殴られることもあった。…その癖娘に言い寄る男には容赦しなかった」


 結果『殴り男』の誕生ってわけね…。つまんない上にクソみたいな現実だ。


「私は人が怖くなった。全てがどうでも良かった。だから無機物になろうと思った。心の温度を無くして、何も感じないそんなモノになろうと思った」

「それが『深窓の氷像』の真相ってわけ」

「お前…結びの表情にそれは無いわあ…」


 何故にドヤ顔? わざとらしく『真相』にアクセントつけやがって…彼女なりの強がりなのか…? 僕にはわからない。


「そんな折で、フラっと自殺でもしようかと車道に飛び込んだ。そこで私は王子様に出会ったの…」


 恍惚としている所悪いのだけど記憶違いでなければ、王子様はその時『死ね、お節介野郎』って言われたぞ?


 なんだか良い感じに脱力したことと、もういい時間だったので会計を済ませて二宮邸に向かうことにした。

 

 あれだよ、結論から言って神無月の新居はあっさりと決まった。

 清隆さん曰く『不動産屋に不可能は無い』らしい。頼もしいお言葉である。

 

 んで肝心の新居なんだが―――皆さんお察しの通り、オレの部屋の隣だよ…。はは。

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