表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィールドに舞う桜と共に  作者: しーた
『奇跡の桜』編
87/90

第87話『天龍の絆サッカー』

新垣のループシュートが桜ヶ丘のゴールを襲う。

まるでスローモーションの映像を見ているような感覚の中、ボールがゆっくりとミーナの頭上を越えようとした時、あいつは仲間達の視線だけを頼りに、背後に向かってジャンプし、ボールへと飛びついていった。

長い手が、ピンと伸びた体から振り下ろされ、そのまま派手に倒れた。

ボールなんて、ほとんど見えなかっただろ…。


ハァ…、ハァ…。


ボールは…、ボールは…。




ワァァァァァァァアアアアアアアア!!!




大歓声の中、ミーナの野郎はボールをラインギリギリで止めていた。

主審と副審が視線を合わせると頷き、ノーゴールを宣言した。

あのバカ、1年坊主のクセに、どこまで格好良い(かっけー)んだよ!

悔しそうにする新垣とは対象的に、翼が俺の付近まで一気に下がってきた。

反撃に備え、このまま守りきるつもりだ。

そして延長戦となった時、体力の限界が近い俺達は為す術がない。

マズイぞ…。

一難去ってまた一難ってヤツだ。

ここで何としてでも点を取らないと…。

俺は更に前線へ駆け出そうとした。


!?


ガッ…


膝がガクッとすると、足に力が入らない事に気が付いた。

やべぇ…。マジやべぇ…。

周囲を見渡す。

他の奴らも似たり寄ったりかもしれねぇと思った。

だが、容赦なくボールが運ばれてくる。


百舌鳥校の連中は新垣一人を残してガッツリ守備体勢を取った。

ジリ貧かよ…。

どうすんだ…。

どうすれば…。

ポツンと最前線で走り回る新垣を交わしながら、部長からジェニーへボールが渡る。

あいつもこの状況に戸惑っているのが分かる。


SDFの二人も桜吹雪に加え、オーバーラップを何度かしている。

更に新垣やその他攻撃陣に振り回され、とてもじゃないが攻撃参加は厳しい。

このまま同点で、延長戦を腹くくってやるしかねーってか…?

しつこい新垣をあしらい、ボールが桜に渡った。


真剣な表情でゆっくりボールをハーフウェイラインへと運んでいく。

主審が時計を見た。

俺もスタジアムの大きな時計を確認する。

45分…。

もう、アディショナルタイムしかねぇぞ…。

肩で息をする桜。




でもよ…。




やっぱ俺らは攻めるしかねーだろ。

アディショナルタイムはほとんどねーかもしれねぇ。

逆に考えればボールを取られても、攻められる心配はない。

「行けっ、桜ぁぁぁああ!!」

あいつは俺の方をチラッと見た。

「行くしかねーだろ!!全員で攻めるぞ!!」


俺の言葉が終わらないうちに、攻撃陣がゆっくりとだが動き出す。

やっぱり辛そうだった。

だけど、ここで引いたら負けちまう、一か八かの賭けだ。

やるしかねーだろ、俺らのよぉ、全てを賭けてよぉ!


俺も震える足を前へと進める。

想像以上につれぇ…。

桜…、頼む…、俺らを導いてくれ。

1年もの長い間、途方も無かった勝負は、最終局面まできている。

お互い散々殴り合って、勝負の内容は互角だが、俺らのほうがボロボロにされ、今まさに両者が同時にクロスカウンター繰り出す場面だぜ。


ここまで全員で乗り越えてきた。


こんなすげーところまで来て、諦められるわけねーだろ!


「最後の1秒まで諦めるなぁぁぁぁあああ!!!」







凛としたフィールドに、フワッと風が通り抜けた。






俺の言葉に、桜がゆっくりと駆け出す。

鬼気迫る表情だ。

あいつ、ゾーンに入りやがった。

「オラッ!!全員でサポートするぞ!!!」

ジェニーは辛そうにしながらも桜の後方をサポートする。

だが、藍といおりんは今にも足が止まりそうだ。

フクは、攻撃陣の中では唯一ワンプレー出来そうだったが、DFに囲まれ身動きが出来ない。

俺は…、膝が笑い今にも倒れそうだったが、必死に走ろうとした。

こんな惨めな俺にも、百舌鳥校はマークを付けてきた。

だけどよ…。


あいつを一人にする訳にはいかねーだろ。


いっつも何もかも一人で抱えちまってる、あいつをよ。


そんなあいつに、足が折れてもゴールを決めると約束した!


だから…、ゴールに向かって…、走るしかねーんだよ!


直ぐに敵MFが桜をチェックしに掛け寄ってきた。

!?

ボールを跨ぎ、自分の体の後ろから蹴り出すフェイントで抜く。

今まで見たこともない表情のあいつは、ガンガン速度を上げてゴールに向かっていった。

今度は二人がかりで奪いにくる。

百舌鳥校の奴らも必死だった。

ここを守りきれば、一気に勝ちが見えてくるからだ。


桜、俺にパスを出せ。

二人を交わして更に前に行くんだ。

「桜ぁぁぁ!」


!?!?


だが…、あいつは…。


ジェニーの事を化物モンスターだと言ったが、桜は正真正銘、サッカーの女神だ…。

間違いねぇ…。

だって、だってよぉ…。


あんな抜き方出来る奴なんか、神様以外無理だろ…。


襲ってきた二人は何が起きたか理解する前に抜かれていた。

無理はない。

先に襲ってきた奴の軸足にボールを当て、バウンドしたボールは後から襲ってきた奴の足で跳ね返り、抜き去る桜の足元に戻ってきたからだ。

偶然…、そう思えるほどの荒業だ。

近くで見た俺ですら、今起きた事が信じられねーぜ。

すげー…、あいつは本当にすげー奴だ…。


俺はヨロヨロになりながらも桜の右側を走る。

走ると言っても、歩いているより少し速いぐらいかもしれねぇ…。

だけど、あいつを追いかけるんだ。

いつでもシュートを撃てるよう、集中力を高めろ。

だってよ、次に襲ってきたのは、百舌鳥校の守備の要、CB高宮だからだ。

こいつはマジでヤバイ。

伊達に日本の守備を任されていた訳ではない。

1対1での強さも半端じゃない。

今、フィジカルで押されたら…、小さなあいつは…。

「桜ぁぁぁあああ!!」


あいつは俺の叫びが聞こえていないのかも知れねぇ。

とんでもねぇオーラを撒き散らしながら、真っ直ぐ高宮に突っ込んでいきやがった。

桜だって疲れているはずなのに、ここにきてトップスピードのドリブルだ。

高宮はどっしり構え、ボールなんか見てねぇ。

桜だけを注視し、どっちから抜くか見極めている。

後は体を張って、桜自体を止めるつもりかもしれねぇぞ。


!?


ボールが…、消えた…。


左から抜くフェイントを一瞬入れると、トップスピードのまま右から抜いた。

いつやったのか分からねぇほど自然に、あいつは踵でボールを浮かせていた。

ボールは高宮の頭上を飛び越え、背後に落ちようとしている。

高宮は、ボールは無視し桜を止めようとするが、予想以上に加速したからか、肩と肩をぶつけることしか出来なかった。

プッシングとも思えるプレーはファールかも知れねぇ。

だけど主審は笛を吹かなかった。

桜は高宮の体当たりのような激しいショルダーチャージを両手でで支え、体を無理やり前へと持っていきやがった。

そのまま倒れた高宮が振り返る。

悲壮感漂う表情だったが、一瞬でその表情が明るくなった。


「桜ぁぁあああああああ!!」

翼だ!

あの野郎、こんな深くで待ち構えていやがった。

ワンタッチで浮いていたボールを沈めると、直ぐにフェイントの動作に入る桜。


あれは…。


あれは…。


「いけぇぇぇぇぇえぇええええええ!!!」

俺は叫んだ。

桜の必殺技とも言える、ルーレットだったからだ!

これで駄目なら、俺らに為す術はねぇだろ。それほどの技だ。

シュッと消えるように身を反転させた。


あっ…。


百舌鳥校の連中はこれを読んでいると桜は言っていた。


マズイ、マズイだろ…。

「桜ああぁぁぁぁぁあああ!!!」

俺は足がもつれ派手にころんだ。

直ぐに顔を上げて、二人を注視した。

案の定翼は、桜が右側から抜くと最初から読んでいたかのように、左足をボールに向けて伸ばそうと動いた。




!!!!!




しかし…。




その足は空を切った。




とんでもない速さで、左側から抜き去ったからだ。




今までに見た、どのルーレットよりも神々しほどの輝きを放って…。




直ぐに若森が体を横にしてボールを取りに滑ってきた。




「飛べぇぇぇぇええええ!!!」




若森の伸ばした手よりも高く…、高く飛んだ桜は…。




背中に羽が生えているかのように見えた…。




若森を飛び越した桜は…。




着地と同時に…。




迷うこと無くボールを前へと蹴り出した。




…………。




ボールは…。




ゴールネットを優しく揺らした…。




桜は…。




二、三歩進んで立ち止まり、ボールの行く末を見つめた。




両手で顔を覆って細かく震えだした。




こ、こんな時に、トラウマが…。




そんな不安は杞憂だった。

あいつは右手を高々と上げて、まるで自分を見ろと言わんばかりに小さな体を目一杯伸ばしてアピールしたからだ!




いつの間にか静まり返っていたスタジアムが爆発した。




ゥ…ワァァァァァァァアアアアアアアア!!!!




まるで笛を拭くのを忘れていたかのように、主審が右手を上げてホイッスルを鳴らした。

ピピッィィィィィィイイイ!!!

見ている奴ら全員に、ゴールを宣言した。


そして…。


ピッピッピィィィィィィィィィィィイイイィッィィィイイイイ!!!!!

両手を振り、試合終了を告げた。


あの野郎…。


あのバカ野郎…。


とうとうやりやがった…。


こんなスゲー場面で、ついに…、ついに…。


俺は言うことを効かない体を起こし、足を引きずりながら、最高のゴールを決めたあいつに向かって駆け寄っていった。

「桜ぁぁぁああああああ!!!」

俺が一番に、あいつを褒めてやるんだ!









だがあいつは…。









まるで、糸が切れた操り人形のように…。








頭から派手に倒れた…。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ