第86話『天龍の真価』
(格好良くて、可愛い先輩達が大好きです!サッカーに出会えて良かった!桜ヶ丘のサッカーに!)
優しく転がされたボールはミーナから部長へ。
(こんな私に最後まで付き合ってくれてありがとう!部長であることを誇りに思う!おまえら愛してるぞ!)
チェックに来た新垣を無視するかのように部長からソラへ。
(何も期待していなかった高校生活が、こんなにも楽しくなるなんて思ってもみなかった…。)
敵が迫ってくるが、ノールックでパスがソラからウミへ。
(それは素敵な仲間達に出会えたから。だから楽しかったの…。)
逆サイドへ大きなボールがウミからリクへ。
(私達三姉妹以外にも、こんなにも通じることが出来る、それを証明した仲間達が大好き!)
敵が翻弄されるなかリクからジェニーへ。
(日本に来て本当に良かったネ~。この充実した日々を忘れない。私の自慢の宝物。I love you all!!)
ボールを奪いにきた翼が足を出す間もなくジェニーから藍へ。
(こんな私に最高の場所で走らせてくれてありがとう!皆大好きだー!)
一気に前線へボールが通り藍から桜へ。
(いっぱいいっぱい迷惑かけたのに、最後まで一緒にサッカー出来て、最高に楽しいよ!本当に最高のメンバー!大大大好き!!)
ノールックからのダイレクトで桜からいおりんへ。
(苦しいこともいっぱいあったけれど、大好きな皆のおかげでここまで頑張れた!私、自分を変える事が出来た!)
キラーパスがいおりんからフクへ。
(もう少しで試合が終わってしまいます。嫌です!大好きな皆ともっとサッカーしたかったです!)
高宮との空中戦を制し、ぽっかり空いたスペースに向かってフクから天龍へ。
(どうしようもねー俺を最後まで信頼してくれた奴らに感謝するぜ!そして…、そして…。)
「おまえら最高だァァァァああああああ!!!!」
ダイレクトボレーシュートが炸裂する!
「無回転!」
若森の言葉が終わらないうちに、無規則にグワッとボールが沈み込んだ!
ピピッィィィィィィィィィイイイ!!!!
長い笛が同点となったゴールを知らしめる。
攻撃陣全員が俺をもみくちゃにしやがる。
「天龍ちゃん!最高のゴールだよ!!」
「先輩!格好良過ぎです!!」
俺は高々と人差し指を立てた右手を挙げた。
「ハットトリックだぁぁぁぁあああ!!!」
百舌鳥校の連中は大混乱に陥っていやがった。
「なんなんだ今のは…。」
翼ですら、何が起きたのか理解していない。
ほぼダイレクトで回されたボールの行き先には、必ず桜ヶ丘のメンバーがいて、それを次々と繋いでいく。
(ありえない。)
そんな顔をしていた。
「守備をゾーンからマンツーマンに変更するぞ。次は止める!だが延長戦まで頭に入れておけ!」
「オオオォォォォォォ!!」
「高宮!」
「おう。」
「あの10番を徹底的にマークしろ。他はどうでもいい。あいつに仕事をさせるな。」
「オーケー。翼、とうとう火が付いたな?遅すぎだろ。」
「桜が欠陥品だというのは訂正しよう。だが、やはり欠けた物は戻っていない。勝負は見えた。俺が点を取って終わらせる。」
「ヒュ~。」
翼の言葉通り、百舌鳥校の怒涛の攻めが始まった。
トリッキーな動きを続ける新垣だったが、フィジカルが弱いと分かってしまった部長達は、徹底的にそこを突いた。
あいつは体を寄せられると直ぐにバランスを崩し、どうしようもなくなる。
駄目だと理解した翼は、ついに自分で動き出した。
3点目と同じように、自分にボールを集め、半ば強引にでもゴールへ近づこうとする。
「そうはさせないネー!」
ここにきてジェニーの活躍はすげーものがある。
右足と、ロングシュートを開放したあいつは、まさに化物だぜ…。
それに加えて、必ずどこからともかく桜が飛んできてフォローする。
こうなっては翼も本領を発揮出来ない。
ボールを奪うと、仲間達と上がってくる。
1列目の俺とフク、2列目の桜、藍、いおりん、そして3列目の攻撃陣として果敢に参加してきた。
桜は前線が不利だと感じると、迷わずジェニーに頼った。
大砲のように撃ち出されるロングシュートは、何も出来ないDF陣を焦らせ、GK若森の体力、精神力を削っていった。
とんでもねー野郎だ…。
だが、攻撃が失敗し反撃されると、桜ヶ丘のゴールは何度も脅かされた。
サイドからえぐられ中央マイナス気味にクロスが上がると、ペナルティエリアラインぐらいで翼がボールを受け取る。
自軍ゴール前に緊張が走る。
ジェニーをフェイントで振り切り前を向くと、迷わずシュートを撃ってきやがった。
部長の股下を鋭く抜けていく。
ミーナからは大柄な部長がブラインドとなって、シュート体勢すらよく分からないかもしれない。
バンッ!!
「ミーナ!」
翼のシュートを弾いたあいつもすげーぜ…。1年前は中坊だぞ?
弱点を突かれてオロオロした新垣の方が、1年生らしいと言えばらしいぜ。
「もう絶対にゴールはさせない!!」
鬼迫十分なGKってのは、フィールドプレイヤーからすれば、これほど心強いものはないわな。
そして桜は容赦なく百舌鳥校を押し返そうとする。
「桜吹雪ぃぃぃい!!!!」
再びミーナから始まった桜吹雪は、時には誰かを飛ばし、時には桜が2度パスを出したりして、完全に先の読めないものとなっている。
あっという間に最前線へボールが来る。
俺には高宮がピッタリとマークしてきやがる。
これでは…。
そうだ…。
俺は突然後退した。それも思い切って桜よりも後ろだ。
つくばFCの山崎さんの案だ。これで更に守備がガタガタになる。
高宮が混乱したところへ容赦なくボールが飛んでくる。
!!
「Bravoooooooooooo!」
ジェニーの野郎、飛んで来やがった!
桜吹雪の最中、マークも守備もぐちゃぐちゃなのが幸いしたぜ。
ダイレクトかつ、かなり近い距離でのボレーシュートが炸裂する。
慌てて高宮が反応するが届かない。
若森は…。
バンッ!!!
弾かれた…。
かなり際どいコースだったが、少し甘かったか。
威力が高い分、コントロールが効かねーのかも知れねぇ。
だが若森が右手を抑えている。
まさか…。
「クソッ!右手を持っていかれた…。」
「若森!大丈夫か!?」
「人の心配する暇があったら、桜ヶ丘の連中を止めろ…。いや…。」
若森が駆け寄ってきた高宮を見上げる。その視線は真剣そのものだ。
「頼む…、止めてくれ…。」
その言葉に一瞬驚いた高宮。若森は弱音など吐いたことがないからだろう。
「任せろ!私は日本のDFラインも守ってきた!私らにもっと頼れ!」
静かに頷く若森。
「キャプテン!そろそろ頼むぜ!」
高宮の言葉に、駆け寄ってきた翼が頷く。
「勿論だ。俺がなんとかする。」
「そいうじゃない。」
「ん?」
「もっと仲間達を頼ってくれ。サッカーは一人じゃ出来ない。そうだろう?」
高宮の言葉に翼の表情がみるみる変わっていく。
長い間忘れていた感情だったかもしれない。
「あぁ、分かった。だが…。」
集まってきているチームメイトの顔を見回す。
「俺達のサッカーに敗北という文字はない。」
全員が一斉に頷いた。
「チャンスがあれば、ゴールを狙うのは今まで通りだ。だが、延長戦も視野に入れるぞ。見てみろ。」
そう、俺達は疲れ切っていた。
ボロボロだった。
桜吹雪の唯一の欠点。それは体力をごっそり持っていかれることだ。
だから旭川常盤高校の松山だって、後半も終盤のとっておきの策として利用した。
それは俺達だって変わらない。
桜も当然知っている。
というか、あいつ今日は走り過ぎだ。
百舌鳥校がボールをセンターサークルへ持ってくる短い時間も、両膝に両手を付いて辛そうに荒い呼吸をしている。
滴り落ちる汗の量も半端じゃない。
どの場面でも、あいつはボールの近くにいたような気がする。
その甲斐あって、試合は互角以上に持ってこれたのも事実かもしれねーが…。
それに、ジェニーも似たり寄ったりだ。
翼のマークに加え、こうして攻撃参加もこなしているからな。
フクも藍もいおりんも2度目の桜吹雪で辛そうだった。
もちろん守備陣も…。
部長が辛そうなソラの肩を抱き、必死に気合を入れている。
「声を出していけ!」
「気持ちで負けたら終わりネー!!」
かくいう俺も、さっきのでかなり体力を消耗した。
やばい…。
百舌鳥校は体力を温存している。
ペース配分も一流だからこそ、あいつらは負けなかった。
いざとなれば延長戦までこなせるからだ。
つぐは大の田中さんも言っていた。
何もかも完璧だと。
翼は少し下がり目で守備にシフトしているのが分かる。
そうと分かれば、ジェニーも積極的に攻撃に参加するが、どいつもこいつも、いつものキレが薄れてきてやがる。
桜は攻めの途中で桜吹雪を諦めたようにも見えた。
だよな…。
特に両サイドの消耗が激しい。
中央を分厚く守られたら、サイドを使って崩すしかねぇ。
だが、この有様では、それも上手く機能していない。
もしかしたら俺達は、百舌鳥校の作戦にはめられていたのかもしれねぇな。
前にも桜は、相手の体力を奪う作戦をとった。
当然百舌鳥校時代に叩き込まれた作戦だったのだろうな。
だからこそ、その作戦の有用性ってやつも熟知している。
ならば古巣の百舌鳥校が使ってこない訳がない。
百舌鳥校は勝ちにこだわり貪欲に求めてくる。
使えるもんは何でも使ってくるタイプだ。
こいつが一番やっかいなのは、喧嘩でも同じかもな。
いおりんが強引にキラーパスを上げるも、FW陣の動きが悪く、あと一歩ボールに届かない。
スルスルっと百舌鳥校の連中が上がっていく。
やべー…、やべーよ。
「戻れーーーー!!」
俺も必死にボールを追いかけるが、カウンター気味にボールが蹴り出され翼にパスが通る。
ジェニーも攻撃参加していたのが響いた。
いおりんも前に出ていてDMFのポジションには藍が入っている。
この辺のフォローはいつもやっていることだが、藍では翼は荷が重すぎる。
だがあいつは必死に食らいついた。
「あの野郎…。」
何度もかわされそうになっても直ぐに走って翼の前に立ちはだかる。
少しでも時間を稼げば仲間が来てくれる、そんな声が俺にまで届いてきた。
俺はフクを最前線に置いて、バックパスはさせまいと翼の後方へ走る。
ジェニーが追いついたが、彼女の裏を取るようにフェイントで抜きにかかる。ジェニーが邪魔するような形になり藍も一緒に抜かれてしまう。
ヤバイ!
桜が守備に行こうとしたがジェニーが止めると、そのまま翼を追いかける。
激しいプレッシャーに、流石の翼もやり辛そうに見えた。
だが…。
ボールより軸足を先行させ、右足で自分の体の後ろからパスを出す。当たり前のようにノールックでだ。
そのフェイントにジェニーはすっかり騙されボールを見失う。
そこへ新垣が走り込んできた。
ボールはDF陣の頭を超えてペナルティエリアの浅い所にポトンと落ちた。
直ぐに部長がチェックに行く。
ミーナも飛び出しシュートコースを狭めようとした。
!?!?
新垣の野郎、ボールを追い越したかと思うと、そのまま背後にあるボールを踵でフワリと蹴り出した。
ノントラップからのループシュートだ!
時計の針は残り5分を切っていた。
ボールは無情にも、ミーナの頭上を飛び越していった…。




