第77話『蒼空の絆サッカー/羽海の絆サッカー』
これは…。
かなり…。
マズイ…。
敵は最初から全力できている。
それに気が付いた時には遅かった。
私達も散々走らされて、前半がもうちょっとで終わるという、こんな場面なのに息があがってきている。
(お姉ちゃん!)
右サイドの莉玖お姉ちゃんにアイコンタクトを送る。
すると左手を挙げて答えてくれた。
(今こそ冷静に!)
そう言われた気がした。
この勘は、ほぼ当たります。
三つ子だからかも知れないけど、二人のお姉ちゃんの考えていることが直感で分かっちゃう。勿論二人のお姉ちゃんも同じ。
そして私は反対側、左サイドの二番目のお姉ちゃんを見た。
(お姉ちゃん!)
羽海お姉ちゃんは右手をさり気なく向けて答えてくれた。
ボールに集中している。
(守りきるんだ!)
そう言われた気がしました。
私は隣の部長を見ます。
「蒼空!ここが踏ん張りどきだ!」
そう叫んでいました。
「はい!」
気合を入れ直すかのように答えます。
鼓動が早いのは、疲れのせい…、ではなく、緊張のせい。
旭川常盤高の貪欲な攻めは、失敗すると別の手を考えて仕掛けてきているように感じた。
だから、どんどん精度があがっていく。
ゴールを狙う精度が…。
3対7ぐらいの割合で、攻められていると思う。
苦しいから余計そう感じるのかな…。
残り10分ぐらいになると、桜ちゃんも下がってきて守備に加わる。
「集中!集中!」
彼女の言葉は心に響くよ。
グッと引き締めて、集中力を高めた。
この試合から、45分ハーフで試合が行われる。
残り5分…。とても長く感じる。本当なら前半が終了している時間帯。
「チャンスがあれば一気に攻めるよ!」
桜ちゃんは守りきる考えじゃないみたい。
そうだよね、攻めなかったら点が入らないもんね!
だけど、そのチャンスは訪れることなく、あっけなくドタバタと前半が終了した。
大きくクリアされたのと同時に笛が鳴る。どっと疲れが出た。
私達は肩で息をし、疲れきった表情でベンチに帰っていった。
「ハァ…、ハァ…。おさらい…、するよ…。」
あの桜ちゃんまでもが苦しそう。
胸が締め付けられる。
私達が不甲斐ないから…。
「守備は…、合格点だよ…。」
でも彼女は、私の心境とは異なった答えを言った。
「そ、そんなことない!」
私は否定した。したかった。
「んーん。この、色々と封印している中で、ちゃんと守ってくれた。だから合格点。」
「でも…、でも…。」
このままじゃ…。
「そうだね、このままじゃ、近いうちに点を取られちゃうかも。」
「!!」
「だから…、だから皆で考えるの。助け合うの。最初に言った通り、今は私達の絆も試されてる。」
「そうネー。だいたい、このペースで体力が持つわけがないネ~。勿論、相手のね。」
あっ…、そうか。
「そう!今は体力勝負にもなっているよ。ここで負けたら、取り返しがつかなくなっちゃう。だから、後半の最初は守備にシフトします。」
桜ちゃんがホワイトボードの磁石を動かす。
「いおりん、藍ちゃん、二人は少し下がり目で守備に参加して。」
「オーケー。」
「いいよ、まだまだ走れるから!」
桜ちゃんは小さく頷く。
「そして、相手が息切れしたら、一気に攻めます。」
「だけどよぉ。向こうの守備、半端ねーぞ?」
天龍が警告する。
「そうなんですよー。もう飛びついてくる勢いで、それこそ全力で当たってくるのです。」
福ちゃんも、今までにないガンガンくる守備に手こずっていることを告げている。
遠目にも無茶苦茶な守備だと分かるよ。
あんなにガンガン行ったら、守備だって体力的に辛いと思う。
ペース無視なんだもん。
「だから、チャンスが来たら、桜吹雪でいきます!」
全員が顔を挙げて桜ちゃんに注目した。
「絆サッカーの集大成…。桜吹雪で一気に攻めるよ!」
仲間同士で顔を見合わせる。
その表情は明るかった。
私達が考えた、この世に唯一無二の技なんだから。
私達の切り札の一つ。桜吹雪。
全員で考えて、全員で作り上げた、桜ヶ丘だからこそ出来た必殺技。
「百舌鳥校戦の前に使っても良いのか?」
部長は、そこが気になるみたい。
あっ…、言われてみれば…。
「大丈夫!百舌鳥校では出来ないサッカーだから。知ったところで破られないよ!そのぐらい凄いんだから!」
珍しく力説した桜ちゃん…。
そんなに切羽詰まった状況なんだよね、きっと…。
私達は、いつも誰かに流されてきたのかも。
ふと、そんな風に思った。
誰かが道を作って、そこを必死に走るだけ。
それじゃぁダメだよね。
「桜吹雪は使っちゃダメだよ。」
私は桜ちゃんに伝えた。
「だって、桜吹雪を完成させた時、『これこそが百舌鳥高を倒す方法だよ。私達の必殺技!』だって言ったじゃん。だから絶対に見せちゃダメだよ。」
私の意外な言葉を受けて、仲間達も悩んでいたかもしれない。
桜ちゃんは優しく微笑んだ。
「そうだね…。でもね、相手がこれだけ我武者羅に戦ってきているのは、もしかしたら作戦があるんじゃないかって思ったの。私達を疲れさせて、その上で秘策があるんじゃないかって…。だからね、そうなる前や、秘策が炸裂したけど防げた時、間一髪いれずに桜吹雪で決着付けないと…。そう考えたの。」
それほどまでにも追い込まれていると思った。
桜ちゃんに、ここまで決意させた、そう感じた。
「分かった。桜ちゃんがそこまで考えていたのなら、何も言わないよ。」
彼女はガバッと抱きついてきた。
「ありがとね、ソラちゃん…。やっぱり桜吹雪は極力温存する。私やジェニーだって、完璧じゃないから…。間違えちゃう時もあるから…。だから、ソラちゃんだけじゃない、皆の意見も大切にしたいって思ってる。」
私は小さな天使を優しく抱きしめた。
「知ってる。」
「うん…。」
桜ちゃんは負けたらサッカー辞める覚悟で挑んでいるのも知ってる。
でも…。
私達だって、皆で笑って部活を終わるんだって、その為には努力を惜しまないって決意でここまできた。
絶対に守ってみせる。
ゴールも、皆の笑顔も…。
そして後半戦が始まりました。
――――――――――
ポジションに付くと、中央にいる妹の蒼空、遠く逆サイドにいる姉の莉玖の姿が見える。
いつも冷静なお姉ちゃん。そして心配性の妹。
「羽海は熱血だよ。」
私は二人からは、そう言われてる。
ふんっ
そんな事ないもん。
熱血というのは部長みたいな人を言うんじゃないかな。
「よーーーし!声出して行くぞーーー!!!」
今も真っ先に大声で励ましてくれている。
「オォォォッ!!!」
三姉妹同時に手が上がった。
大丈夫、今日もシンクロ率400パーセント。
相手が違う戦法でくるという話もあったけれど、前半と同じように、ひたすら真っ直ぐ我武者羅にゴールを狙ってきた。
こぼれ球には二人がかりで飛びつき、ゴール前のチャンスには何が何でもシュートを撃つんだという必死さ。
見ていて、対戦していて、彼女らは私達以外の、何かとてつもない恐怖と戦っているかのようにみえた。
まるで、負けたら死んじゃうぐらいの勢い…。
ゾッとするほどの直向きさ。
ちょっと怖いと思うほどの真剣さ。
正直、凄いと思った。
きっと、高校最後の大会を最後まで仲間達とやり遂げるんだという、強い強い、それこそ私達では想像も出来ないほどの意志が、彼女達を走らせている。
だけど、彼女達を見ていると、とてつもなく大きな違和感がある。
彼女達の気持は分かるし、共感も出来る。
私達だって、仲間の為に努力したいし頑張りたいと思ってる。
だけどね、桜ちゃんが言ってたことが、一番大切だと思うの。
『楽しくなければサッカーじゃないから。』
本当に大切なことだと思う。
彼女達は、サッカーを楽しんでいる?
苦しいと思う。辛いと思う。
それこそ百舌鳥校のサッカーと方向性が同じになっちゃう。
だからこそ、私達は勝たなければならないと思った。
教えてあげないといけないと思った。
証明しないといけないと思った。
今、私達が実践しているサッカーこそ、日本一なんだって。
後半も中盤に差し掛かった。
お互い疲労が激しいことが分かる。
ボールから遠いエリアでは、誰もが少しでも体力を温存しようとしていた。
福ちゃんが囲まれてボールを取られ、敵は直ぐにDMFの松山さんにパスを出した。
!!!
グラウンドの空気が一変した。
何かがくる!
そう予感させるには十分なほど、一気に緊張感が高まった。
そして松山さんが叫んだ。
「行くぞ!ダイヤモンドダスト!!!」
彼女は、パスを出すと直ぐに前線に走り出す。
ボールはツータッチ以下でどんどん回っていく。
途中、松山さんが再びボールを受けると、ダイレクトにサイドへとパスをつなげる。
そして更に走っていく。
これって…。
こてって、もしかして…。
私達の桜吹雪じゃない!
味方は動揺と混乱で、守備らしい守備も出来ない。
ボールは気が付いた時にはジェニーを避けるようにゴールへと近づいてきた。
ディフェンスラインにピンッと張られた緊張の糸が見える。
このままじゃ…。
中央には松山さんが走り込んでくるのが見えた。
そうか、彼女がシュート撃つつもりなんだ。
だったら、サイドのFWに一旦ボールが来るはず。
そう思った瞬間、私の近くのFWへパスが来た。
直ぐにチェックをかけて、パスを出させないことだけに注意した。
敵が焦っている。リズムが狂うからだ。
だけど、強引に中央へボールを転がされてしまった。
松山さんとミーナが交錯する。
ドンッ!!!
激しい音と共に、ボールが跳ねてこっちに飛んできた。
クリアしなくちゃ!
早く!早く!!
一瞬得意なタックルが頭をよぎって直ぐに消した。
ダメだよ、逃げちゃ!
敵FWも向かってくる!
強引に体を寄せてボールを蹴り出す。
!?
何が起きたか理解出来なかった。
敵が派手に倒れたから…。
ピィィィィィィィーーーーーー!!!!
えっ…。
ちゃんとボールを蹴ったのに…。
どうして…?
何も理解出来ないまま、目の前の主審はイエロカードを高々と挙げ、そしてPKを宣言した…。
私は視界が揺れて、膝が崩れた…。
敵はPKだとわかると、スッと立ち上がり自軍へと引き下がっていった。
ブラフだ…。
やられた…。
どうしよう…。
取り返しのつかない事をしちゃった…。
どうしよう…。
このままじゃ…。負けちゃう…。
「………ちゃん。」
どうしよう…。
皆の想いを…、踏みにじっちゃった…。
私…、とんでもないことをしてしまった…。
「ウミちゃん!!!」
はっと我に返ると、歪んだ視界に桜ちゃんが映っていた。
「桜ちゃん…。」
絞り出すように出した声…。どう謝れば良いか…、言葉が選べない。
「ご…、ごめんなさい…、どうしよう…、どうしよう…。私…。」
ボロボロと溢れ出した涙と、混乱でどうして良いか分からない。
フワッと何かに包まれる。
温かい感触は、桜ちゃんの体温だった。
「大丈夫…。」
「でも…、でも!」
だって、PK与えちゃったんだよ…。
「大丈夫。いつも言ってるでしょ。誰かの失敗は、皆でフォローするの。だから大丈夫。」
「桜ちゃん…。」
再び涙が溢れだして止まらない。
「さぁ、勝つための準備をするよ。」
その言葉に、ドクンッと大きな鼓動が響いた。
この状態で…、勝てるの…?
「諦めない限り、チャンスはあるよ。ウミちゃんにも、まだまだ出来ることがあるよ。」
私は、少しずつ冷静になっていくのが分かった。
気がつけば、仲間達が囲んでいた。
「桜養分は、体に染みるだろ?」
部長がニヤニヤしながら言ってきた。
「うん…、勇気を分けてもらったから…。皆…、ごめんね…。」
「何を言っているネ~。最大のピンチは、最大のチャンスでもあるよ。さぁ、全員で乗り切るネー!」
「ったりめーだろ!」
「クリアボール、絶対に拾うからな!」
仲間達の笑顔が眩しかった。
嬉しかった。
また泣きそうになったけれど、グッとこらえた。
今は泣いている場合じゃない。
嬉し涙は、最後の最後までとっておくんだから!
でも次の瞬間。
桜ヶ丘最大のピンチが待ち受けていた。
私は、絶望した。