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フィールドに舞う桜と共に  作者: しーた
『奇跡の桜』編
72/90

第72話『香里奈の守りたい笑顔』

親睦を深める目的と、息抜きを兼ねて古い遊園地に来ています。

お姉様とジェニー先輩は、桜先輩を奪い合うかのように連れ回していたのですが、無邪気で無慈悲な逆襲に合い、目を回していました。

結局、鉄塔を急上昇したり急降下したりするアトラクションに、皮肉なことに混んでいないこともあって何回も乗せられていました。

先に桜先輩を誘ってジェットコースターやお化け屋敷に誘った手前、断れないという、自分で自分の首を締めた結果となっていました。


その一方で桜先輩は、やっと自分でも楽しめるアトラクションに出会えて、凄く嬉しそう。

絶叫マシーン大好きミーナちゃんのアドバイスが良かったようです。流石です。

本来なら先輩方が、こうであるべきだと思うのですが…。まぁ、良いでしょう。

そんなお姉様とジェニー先輩がギブアップ寸前のところで、丁度お昼頃になり、昼食をとることとなりました。


いくら今をトキメク女子高生とは言え、やはり運動部。

ガッツリ食べたいという意見が多く、量が多そうなレストランで食べました。

何だかんだ言っても、私も食べてしまいますね。食べ過ぎは良くないと思うのですが…。

「ほら香里奈。もっと食え。」

こうやってお姉様にすすめられると、ついつい食べ過ぎてしまうのがいけない気がします。

そう言えば、案外桜先輩も沢山食べるのですよねぇ。

ちゃっかりデザートまで平らげて、再度園内へと向かいました。


その後も食べる食べる。

小腹を満たす、クレープやらたこ焼きやら、一体、体の何処に消えていくのでしょうか…。

お腹が一杯になったところで待ち受けていたのは、いわゆる回転系のアトラクション…。

これに反応したのが桜先輩だから質が悪いですね。

誰もが反応に困っていましたが、あの純粋無垢な笑顔で手を引かれると断れないのが悲しいさが

椅子に乗って空中をグルグルするだけなら何とか耐えられましたが、コーヒーカップは流石に拒んでいました。

「いや…、桜…、これはマズイ…。」

「えぇ~?これは怖くないよぉ。」

「そうじゃなくて…、あっ…、腕を組んではいけない…。あっ…。」

お姉様は導かれるままに、カップの中へ。

「部長…。うっ…。死ぬ時は一緒ネー!」

ジェニー先輩も、分かっていながら付き添います。これが女の友情…、なのでしょうか?

ちょっと違う気もしましたが、流石にこのグループに入るのは、色んな意味で危なそうです。


「よし、部長とジェニーが挑戦するなら、俺様もやらないわけにはいかないな。」

などと、意味不明な発言をした天龍先輩もカップに乗り込みました。

こう言ってはなんですが、これは無謀な挑戦です。

「天龍先輩!」

フク先輩が心配していました。

天龍先輩は振り向かずに右手をあげます。

「人生には、挑戦しなければならない時がある。」

言葉は大袈裟ですが、そういうものでしょう。

「それは、俺にとっては今だ。」

「先輩!絶対に今じゃないと思います!」

ぐう正論。

「俺はこの勝負に勝って無傷でカップを降りた時、明日ハットトリックを取ることが出来ると信じているぜ。」

そう言うと横顔でドヤ顔していました。

まったくもって意味不明です。

まぁ、百歩譲って、先輩なりの願掛けだと思えば、多少は理解出来ます。


「先輩…。」

フク先輩は、危険な場所に赴く彼氏を見つめるかのような、乙女の顔をしていました。

「ご武運を…。」

こちらも意味不明です。

天龍先輩は右手親指を立てて、カップに乗り込みました。

「唯一不安があるとすれば…、俺様自身も危ないってところだ。」

ダメダメじゃないですかー!。賭けにすらなっていません。

ブーーーーー


ブザーが鳴り、係員さんが扉を閉めていきます。

一人はしゃぐ桜先輩と、悲壮感漂う3人の先輩達。

この状況をあざ笑うかのような幼稚な音楽が鳴り響いた時、誰もが奇跡を目の当たりにしました。

なんと、桜先輩は中央の円盤を回さないのです。

あぁ…、そうか…。

知らないんですね。円盤を回すとカップが回ることを…。

この信じられない状況を、フク先輩が涙を流しながら見つめていました。

「て゛ん゛りゅ゛う゛せ゛ん゛ぱ゛い゛!」

フク先輩の叫び声が聞こえたのか、天龍先輩が目をつむりながら、勝ち誇った顔で右手握り拳を高々と挙げました。

勝ち確定です…。本当に奇跡が起きました。

部長とジェニー先輩のホッとした顔が印象的でした。


だけど試合は終わっていませんでした。

「桜先輩!」

ミーナちゃんが柵に近づきジェスチャーしたのです。

カップを指差し、両手で円を作り、それをグルグル回す仕草をしました…。

半信半疑ながら、桜先輩が円盤を回し始めます…。

「あははははははっ…。」

無邪気な笑い声が響きます。

少しずつ回転速度が上がっていく先輩達のカップから、少量ながら何かが飛び散っていたような気がしますが、きっと気のせいでしょう。

もしかしたら涙かもしれませんし、汗かも知れません…。

気が付いた時には、カップは狂ったように回転していました。

「凄い!凄い!!」

桜先輩は際限を知らないようです。明らかに異常な回転速度で、他のカップを圧倒していました。

もはや、先輩方の表情を認識出来ないほどです…。


ブーーーーー

長い長い闘いが終わりました。

桜先輩以外、顔色が真っ青です…。お疲れ様でした。3人はヨロヨロしながら降りてきます。

「天龍先輩!」

直ぐにフク先輩が、天龍先輩に駆け寄りました。肩を貸してもらって歩いていきます。

「俺は…、俺は賭けに勝ったぜ…。」

「先輩…。格好良かったです…。」

私はそうは思いませんでしたが。


「桜先輩!もう一回乗りましょうよ!」

ミーナちゃんが誘います。

「うん!乗る乗る!!」

桜先輩は、これでもかと笑顔で答えました。

そしてとんでもない事を言いました。

「香里奈ちゃんも乗ろう!」

あぁ…。神様…。

あなたはとても残酷なのですね…。

そしてお姉様。

不幸な私を許してください…。

私は耐えられそうにないからです…。


その後、少しの間の記憶がありません。

人は、辛い記憶から順番に消していくそうです。

何とか耐えたはずですが、自信はありません。が、他の人の反応を見ても、恐らく大丈夫だと判断出来ます。

憐れむような視線はありませんでしたし、衣服も汚れていませんでしたから。

それに、ジェニー先輩が凄く心配してくれて、かなり嬉しかったりもしました。


さて。

楽しい時間はあっと言う間に過ぎていき、そろそろ帰りの時間が気になり始めました。

お腹も落ち着いてきましたし、程よい疲れも感じています。

それに大きな遊園地ではないので、ほとんど乗ってしまっています。

お土産屋さんで買い物もしました。

「よし、ぼちぼちホテルに戻ろう。」

お姉様は名残惜しそうな部員をなだめるように、そう告げました。

そうだね、なんて声が聞こえてきます。

色々ありましたが、とても楽しかったです。


スマホを使って、全員に招集をかけました。

バラバラになっていた先輩達が集まってきます。

そこへ、軽快な音楽が聞こえてきました。

珍問屋さんです。初めて見ました。

その後ろを色んな格好をした人達が付いてきています。

人が集まってきました。

彼らを囲むように大きな輪が出来ていきます。

ピエロの格好の人が身振り手振りで、人の輪の大きさや形を作っていきました。

明らかにちょっとしたショーが始まろうとしています。


「何が始まるんだろうね。」

桜先輩は、興味津々で天龍先輩に訪ねます。

「まぁ、大道芸人っぽいし、色んな芸をやると思うぞ。」

そう答えた途端、ピエロさんが小さなボールでジャグリングを始めました。

白いボールが4個、色んな軌道を示しながら、左右の手から飛び回っています。いわゆる、お手玉です。

そんな生易しいものではないですけどね。

ボールは高く上がったり、低く高速回転したりと、見ていて飽きません。

他のピエロさんが、ボールをどんどん投げ込んで追加していきます。

5個…、6個…、7個!

一個だけ赤いボールがあり、それがまた不思議なボールの軌道を強く表していました。

一体何処を見れば良いのか分からないほど複雑な軌道です。


しかしアクシデントです。

2~3歳ぐらいの小さな女の子が、華やかなリズムとボールにつられてピエロさんに近づいていきます。

満面の笑みからは、まったくもって悪意などありません。

あの年齢では、そもそも悪意など持ったこともないでしょう。

あぁ、桜先輩の笑顔に似ています。

えっと…、それはつまり…。

これ以上深く考えるのは辞めましょう。


ピエロさんが表情は変わりませんが、明らかに警戒しています。

恐らくこういったトラブルも経験しているでしょう。

問題は、幼児に怪我を負わせてしまうことだと予想しました。

ショーを切り上げ、軽いパフォーマンスで輪の外へ連れ出すと、誰もが思っていました。

後ろの方で、我が子の名前を呼ぶ声が聞こえます。

きっと、この子の母親だと思いました。そして、そのことに気が付いた観客の人が教えていました。

ホッ…。これで無事何とかなると思ってしまいました。


その時でした。

何かが一目散に幼児に向かって飛び出したのと同時に、幼児がピエロさんに突撃してしまいました。

刹那。

ギリギリで交わしたピエロさんでしたが、手元が狂ってしまいボールを掴み損ねて跳ね跳びます。

その数3個。

ボールは幼児に向かって降り注ごうとしていました。


そこへ、飛び出していた何かが、ボールを器用に蹴り上げ、何と足だけでジャグリングしています…。

信じられません…。

でも、それが誰だかわかると、妙に納得してしまいました。

桜先輩だったからです。

チラッと視線をピエロさんに送ると、タイミングを合わせてボールを蹴り上げながら渡していきました。

無事3個全部渡ると、先輩は幼児の手を取って輪の外へ連れていきました。

拍手と歓声が上がりました。


幼児のお母さんも来て、お礼を言っていました。

降り注いだボールが当たったとしても、怪我は無かったかもしれません。

でも、当たってしまった幼児本人は嫌な思いをしたかもしれません。

そのアクシデントを見た観客の人達も、複雑な心境だったかもしれません。

それらを全て吹き飛ばすような足技で、桜先輩は切り抜けてしまいました。

この先輩は、時々人じゃないのではないかと思ってしまいます。

だからこそ…、だからこそ、桜先輩の言葉を信用してしまうのです。


全国大会に初出場で初優勝を狙う、創部1年目のキャプテンが、駄目元でも、仲間を鼓舞するだけの為でもなく、本気で言って、実行し、私達をここまで引っ張ってきてくれました。

お姉様含め先輩達は、桜先輩をサッカーの神様だとか、女神だとか、天使だとかに例えます。

私は違うと思います。

神でも仏でもなく、ただの女子高生なのです。

女神や天使だった方が現実味があるかもしれません。

桜先輩は、本気で奇跡を起こそうとして、もがき、苦しむ、一人の女の子なのです。

見てください、ちょっと照れて無邪気に笑う笑顔を。


「お姉様。」

「ん?なんだ?」

「私達は、桜先輩の笑顔を守れるでしょうか?」

お姉様は、私を強引に振り向かせると、強く…、強く抱きしめてくれました。

頭をクシャクシャとしてきます。

あれ?

私は、いつ涙を零していたのでしょうか?

止まることなく、こんなところでボロボロと泣いていました。


「全員で守ろうな、絶対に…。」

「はい…。」

私は絞るように声を出して答えました。

これから登ろうとしている階段は、1段、1段がとても高いです。

最後の階段に至っては、天板が見えないほど高いです。

でも、諦めようとは思いませんでした。

どんな事をしてでも、登りきると誓いました。


その日の夜。

夕食後に、明日のミーティングが行われました。

準々決勝の相手は、東海地区1位の藤枝大井高校です。

百舌鳥校が優勝常連…、これはこれで異常ですが…、その地位に登りきる前に優勝を何度もしている強豪校です。

今大会も、決勝の相手は《《ココ》》の高校じゃないかと噂されています。

可憐先輩の分析が不安を煽ります。


桜先輩と同じく、U-17女子ワールドカップ優勝チームのメンバーの一人、左MFの望月 すみれさんがキャプテンをしていて、多彩かつ芸術的なパスを出しながらも、本人の決定力も非常に高いとのことです。

ワンマンチームかと思いきや、CMF、右MFにもパサーを並べ、ツートップのFWを支えます。

FW陣も決定力が高く、一人は背も高く空中戦も得意としています。

つまり、今大会屈指の攻撃力を持っているとの事です。


不安を隠せない、桜ヶ丘のDF陣に向かって、桜先輩はこう告げました。

「大丈夫!うちのチームなら無失点に抑えられるから!」

もう、どこまで信じたら良いか、検討もつかなくなってきているのが、正直なところです。

でも、もう悩む時期は終わってしまいました。

前に突き進むしかないのも事実です。

お姉様は桜先輩の無茶振りとも思える言葉に、「おうよ!」と元気よく答えました。

その言葉に力強く頷いた桜先輩は、こうも続けました。


「今だに私達は無名校でノーマークな存在です。」

勝ち上がっているのに、今だにインタビューとかされたことがありません。

「だからギリギリまでこの状態を利用したいと思うの。」

先輩は顧問の後藤先生を見ました。

「先生。雑誌とかの取材は全て断ってください。」

えぇー?

「私達は大会を終えるまで、シークレットな存在で構わない。メディアを喜ばせる為にサッカーやっている訳じゃないしね。」

なるほどです。でも、両親や地元の人は寂しいかも知れません。

「そして、優勝したら思いっきり質問に答えてあげよ。」

あぁ、それが一番です。


沢山語ってあげようじゃなりませんか。

私達が目指す、奇跡の桜の本当の意味を…。

一杯写真も撮らせてあげましょう。

笑顔で締めくくられた、全国大会での勇姿を…。

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