第66話『美稲の挑戦』
大丈夫!
そんな声が聞こえた気がした。
今のセービング、体が勝手に反応してキャッチ出来たけれど、結構危なかったかも。
でも大丈夫!
きっと桜先輩は、そう言っていると思う。
その期待に答えたい。
桜ヶ丘のゴールは私が守ってみせるんだから!
スローイングでリク先輩へボールを渡す。
先輩はオーバーラップ禁止なので、少しボールをドリブルし敵が襲ってくると、ノールックで中央のソラ先輩へパスを出した。
ジェニー先輩が、元安高のキャプテン、中元さんをマンツーマンでマークしてくれていて、敵はやり辛そうではあるね。
だけれど、逆にジェニー先輩も中元さんのマークに会っているよ。
こうなると二人は自由に動けないことになる。
だから、ジェニー先輩にパスを出したいはずのソラ先輩でしたが、やはりノールック、ノントラップでウミ先輩へパスをだした。
これって、ある意味『桜吹雪』のショートバージョンだよね。
三つ子だからこその阿吽の呼吸もあるかも。
敵のFW二人もボールに詰め寄りたいところだけれど、予想しないタイミングでパスを出され、深追いはしない感じ。
ここで無駄に走っても、体力的に苦しくなるだけだと分かっているだろうしね。
それを分かっているかのように、左サイドのウミ先輩は中央のソラ先輩へパスを出した。
ある意味、挑発行為かも。敵を焦らしているのが私にも分かるから。
敵が動き出した。埒が明かないからね。
何せ、うちらが先取点取ってるし。
あの時のフク先輩の雄叫びは、最後尾の私にまで聞こえたぐらい大きかった。
いつもは大人しくて優しい先輩が、あれほど興奮するなんて…。
でも、その気持は分かるよ。
勝利へ一歩近づいた時、しかもそれが自分によって起こせたならば、興奮せずにはいられない。
入部当初は、全国大会出場すら夢物語だったし、調べれば調べるほど強さの分かる、超強豪の百舌鳥校と闘うんだなんて、想像すら出来なかった。
それが少しずつ現実へとなっていく。
ここまできたら手繰り寄せたい。
「夢」なんていう非現実的なものを…。
桜先輩は、たった一人で百舌鳥校と戦おうとしていたのかもしれない。
それを理解し、共に立ち上がった仲間に加えてもらって、本当に感謝している。
先輩は言っていた。
もし、本当に倒せたら凄くない?って。
今なら分かる。
今までに味わった事のない大歓声と緊張感の中、挑戦してみたいと思っている自分がいる。
その為に私がやらなければいけないこと。
それは単純にして至高。
点を取られないこと!
右サイドへ展開した攻撃だったけれど、うまく囲まれてボールを奪われた。
ちょっと危ない。
いおりん先輩が、ボールを取られたからだ。
桜先輩がフォローに行くけれど、そうはさせるかとサイドチェンジをしてきた。
どちらかと言うと、藍先輩は守備が得意ではない。
そんな情報を知っているのかどうかは分からないけれど、敵はそこをついてきた。
ウミ先輩に緊張が走る。
通常ならばジェニー先輩のフォローも入るのだけれど、今日は敵の司令塔、中元さんをマークしていて自由には動けない。
中央の部長とソラ先輩の緊張感も高まる。
それは私にも伝染してきた。
敵の水野さんがボールを中央へ向かって、ドリブル体勢に入った。
部長がチェックに行き、ソラ先輩はクロスに備えた。
が、意外にもフェイントを入れて、部長を抜いてきた。今までのパターンだと、ゴール前にクロスを上げてきていただけに、うちらは意表を付かれた形となる。
直ぐにソラ先輩が距離を詰めようとした。
そこへ逆サイドから菊地さんが中央へ突っ込んできた。
ショートパスからのシュートに警戒!
水野さんと菊地さんの位置が交差しようとした。
どっちだ?どっちが蹴る?
(動きに惑わされないで、ボールに集中すること)
試合前、桜先輩はそう言っていた。
相手のどんな動きにも、仕草にも集中しろ!
鼓動が頭のてっぺんまで響くような緊張の中、私は何故かスローモーションのように敵の動きが見えていた。
向かって左サイドの水野さんから、右サイドの菊地さんへ送られるアイコンタクト。だけど菊地さんは一瞬、本当にチラッと視線を後方へ送った。
何かが起きる!
刹那、二人にシュートを撃つんだという気迫というか殺意というか、そういうものが無いことに気が付いた。
そうか!
集中力が増していく。
そして二人が交差する。
!!
ボールが置き去りになり二人はそのまま駆け抜けようとしている。
そしてその後ろからは…。
ジェニー先輩のマークをギリギリ振りほどいた中元さんが走り込んで、そのままシュートを撃たれた!
頭ではなく、体が反応する。
彼女の視線、呼吸、軸足の向き、そして足のどの部位で蹴ったかまで鮮明にわかる。
その情報を元に、体が勝手に動き出す。
左だぁ!
横っ飛びするけれど、向かってくる鋭いシュートに、一瞬戸惑った。
回転がほとんどかかっていない!
関東大会1回戦、桜先輩がいない中、天龍先輩がFKで撃ったシュートと同じ、無回転シュートに近い。
恐らくジェニー先輩のマークが厳しくて、完璧には撃てなかったのだと思う。
だけれど、小さくも変化するはずだ。
ボールは意図しないタイミングで、微妙に動くはず!
!!!!!
左へ横っ飛びした私の体を、まるでくぐり抜けるかのようにボールが急激に沈んだ。
このままでは…。
だけど、今回も頭で考えるよりも先に左手が動いた。
目一杯伸ばした手は、何かを拾うようにボールをすくい上げ、胸元へと運んできた。
ドンッ!
体が地面に叩き付けられる。
大切に抱えたボールは、皆の想いが詰まっている。
絶対に離さない、離したくない!
ズサッー
勢いで体が滑る。
ハッと我に返り、直ぐに立ち上がった。
驚愕する敵チーム。
歓喜に湧くよりも私の名前を大声で呼ぶ桜先輩。
直接は見えないけれど、あの人の居る位置は直ぐに分かる。
強烈な存在感。
そんな目に見えない力が、あの小さな体から発せられている。
それに向かって、思いっきり蹴り出した。
ボールはぐんぐん伸びていく。
元安高は、最前線の3人に攻撃の軸を起き、フォロー体勢は当然取っているものの、守備への人数はしっかり抱えている。
こういったカウンターにも即対応してくる。
ボールを受け取った桜先輩だけれど、どう攻めるかは難しいと感じた。
この時になって、仲間の声が耳に届いてきたよ。
「ナイス!セービング!!」
部長の声だ。私は右手で、グッドサインを送る。
先輩から託された守護神は、予想以上に大変なポジションだったと、こんな時に思ったりした。
だけどやりがいがある。
自分が最後の砦、そう思うと夜も眠れない時もあった。
そんな話を桜先輩に相談したら笑われたんだよね。
「仲間がいるじゃない。ミーナちゃんだけが守っている訳じゃないでしょ。」
その通りです!先輩!
だから私は、思いっきり自分のプレーをすれば良いんだって納得したんです。
一人で背負い込む必要なんか、全然なかったんだ。
だから桜先輩。
あなたも私達をもっと頼って。
そして、百舌鳥校と派手にやり合いましょう!
その小さくて可愛い先輩は、左に大きくパスを出し、藍先輩を走らせた。
敵の裏に出た藍先輩が中を見る。
あぁ、先輩達、何か仕掛けるつもりだ。
遠いところで、勿論顔も背番号も認識出来ないけれど、ニアには福先輩が、フォアには天龍先輩が、中央下がり目に桜先輩がいるのが理解出来る。
その攻撃陣に向かって、藍先輩は低くて鋭く、強めのパスを出した。
福先輩と天龍先輩には、敵DFががっちりマークしているみたい。
一番近いところにいる福先輩にボールが近づく。
こうなると、私ですらどう攻撃するのか、シュートまでもっていくのか予想は出来ない。
元安高が変幻自在な攻撃?嘘でしょ?
その専売特許は、桜ヶ丘にこそふさわしいでしょ!
案の定、福先輩が仕掛ける。
ボールを受け取る振りをして、敵DFとボールの間に体を入れたけれど、ボールには触れずにスルーした。
天龍先輩がボールへ向かって走り込みながら、シュートを撃つぞアピールをする。
ここにまで届いてくる殺気は、喧嘩で鍛えたものなのか、チームのエースストライカーとしての成長の証なのかはわからない。
だけど、その迫力は敵を焦らせ、正常な判断をさせなくする。
それを知ってか知らずか、天龍先輩の存在感は嫌でも肌で感じ取ってしまう。
だけどボールは先輩を通過していく。
スルーだ!
えっ!?あれ?
じゃぁ、誰がシュートを…?
仲間まで騙すプレーに、私だけじゃなくてDFにも軽い混乱を起こしている。
もしかしたら敵ですら予測不能な事態になっているのかも。
だけど忘れてはならない、天龍先輩とは異質な、圧倒的オーラをぶちまけながらゴール前に走る存在を。
「桜先輩!」
聞こえるはずのない私の声援。
先輩には、トラウマも、しがらみも忘れて、思いっきりシュートを撃って欲しいと願っている。
例えそのシュートが枠に向かってなくてもいい。
撃つことさえ出来れば、きっと直ぐにトラウマなんて克服出来る、そう思う。
だって、先輩ほどサッカーを純粋に楽しんでいる人は、世界中見てもいないから。
突如現れた桜先輩に、敵が混乱している。
ワールドカップであれほどの功績を残しておきながら、予選どころか練習試合ですら得点をしていない。
そんな桜先輩がゴールを狙って最前線でラストパスに食いつこうとしていた。
先輩!思いっきり叩き込んでください!
見てみたい。世界中をなぎ倒してきた、世界一のシュートを!
しかし、そこへ誰もが予想しない人物が飛び込んできました。
いおりん先輩!
桜先輩の前に躍り出ると、少し不器用な格好ながら、利き足ではない左足でダイレクトにシュートを撃った!
ピィィィィィィィィィ!!!
相手のキーパーは一歩も動けなかった。
そりゃそうだ。あれで完璧にセーブしたら、ちょっとやそっとではゴールなんて出来ないよ。
抱き合う桜先輩といおりん先輩。
凄く嬉しそうな雰囲気がこっちにまで広がってくると、DF陣も大声で喜んだ。
逆に相手の悲壮感が大きくなった気がした。
前半の残り時間は、藍先輩もゴール前に襲ってきたりと敵を翻弄し、終始うちらが押している状態だったよ。
さっきのセービング以降、私の出番は実質なかった。何というか、チームが攻めて点が入れば入るほど、自分の出番がなくなっていくっていう感覚がもどかしい。
まぁ、私の出番がない方が良いのだけれど…、ねぇ…。
ベンチに戻っていくと、誰の顔にも笑顔があった。
いい感じで得点出来たし、守備も上手く機能したよね。
桜先輩のホワイトボードを使った復習も、そんな内容でした。
「ミーナちゃんがしっかり守ってくれたからね。」
そう言って微笑む桜先輩…。
先輩が、空も飛べるよって言ったら、本当に飛んでしまいそう…。
クスッ
「桜先輩が、この大会のナンバーワンキーバーになれって言ったから、私は本気で狙っていきます!」
「ミーナちゃんなら大丈夫!だから決勝までは無失点だからね!」
「え…。」
「だって百舌鳥校のキーパーは2年間無失点だもんね。」
あぁ…、そうでした。ナンバーワンキーパーって事は、あの化物みたいな百舌鳥校キーパーの若森さんを超えるってことですよね…。
ま、まぁ、目標は大きくね。
そういう意味では、鼓舞してくれているんだよね?
さぁ、後半が始まる。
全国大会での初勝利に向けて!