第63話『藍の初詣』
1年の始まり。正月。そして初詣。
サッカー部全員で、筑波神社にお参りすることとなった。
あー、何だかこういうの久しぶり。
陸上部時代にも、当時仲の良かった子と近所の神社へ初詣に行った事はあるよ。
どちらかと言うと、出店の方が行く理由だったりしたけどね。
だけど今日は違う。
本当に神様に願い事を聞いてもらう為に来た。
どうやら私は一番乗りだったみたい。集合場所の大きな鳥居には、誰の姿もない。
「あーあ、こんな時ばっかり1番にならなくても良いのにねぇ。」
そんな愚痴を正月そうそう言ってみる。
ま、サッカーでは愚痴なんか全然出ないけどね。
おっ、早速見知った3人組発見。げっ、き、着物!?
渡辺三姉妹、気合入ってるぅ~。近づいてきたところで、向こうもこっちを見つけたみたい。
「明けましておめでとー。」
と、私。
「明けまして…。」
「おめでとう…。」
「ございます…。」
そして三人同時に軽くお辞儀する。動作がぎこちない。そりゃそうだ、着慣れない着物だしね。
「着物、いいねー。あ、でも三人共柄に個性が出ているね。」
「変…かな?」
リクちゃんが答えた。
「んーん。可愛い。三人共可愛いよ。」
満面の笑みで答えた。そう言えば、サッカーやってから嫌味の無い笑顔ばっかだなー。
「ありがと…。」
三人はそれぞれ照れて、ニッコリしながら顔を見合わせていた。
「おっ、次は誰だー?」
少し遠目から、こちらに向かって手を振る人がいる。あぁ、ありゃぁ、天龍だ。ということは桜ちゃんも居るな。
近づいてくると、予想は当たっていた。桜ちゃんは人混みに紛れると、低い身長のせいで見えなくなっちゃうからね…。
「明けましておめでとー。」
と、私。
「おう!おめっとさん!」
天龍はぶっきらぼうに答えた。まぁ、あんたらしくていいわ。
「おめでとうございます!本年もよろしくお願いします。」
ペコリとお辞儀した桜ちゃんは、意外とこういうところキッチリしているよね。あぁ、意外ではないか。
そう思っていると、次は背の高い奴らが来た。
部長が右手を上げながらアピールしている。その隣にはジェニーと、頭のてっぺんだけ見えるけど、多分いおりんだよね。あれ?髪飾り付けている?
「明けましておめでとー。」
「おめでとう!」
部長は男っぽいところあるよね。
「Happy new year!」
マジ本の英語だ。当たり前か。
「あけおめー。着物つかれたー。」
部長やジェニーの、何というか男っぽい格好とは対象的に、いおりんはバッチリ着物でキメていた。渡辺三姉妹が興味津々で、いおりんを囲んで着物について話している。
こういう女性らしい格好とかって、間近で見ると結構いいなー。
そう言えば、成人式では着るか。あぁー、なんか似合ってなさそう…、私。
「あー、藍ちゃん、私には着物似合わなそうって思ったでしょ。」
桜ちゃんからだ。何でこの子は、こんなに感が鋭いんだろ。
「まぁね。」
「絶対に似合うよ!だって、スラッとしてるし、背も高いしね。」
「桜ちゃんだって、似合うと思うよ。」
お世辞じゃないよ、まぁ、お人形さんみたいなイメージだけどね。
「無理無理!ここに来る途中で天龍ちゃんとも着物の話になったけど、私が着たら七五三みたいだって言うんだよ!酷いと思わない!?」
「ふふふ。」
「あー!藍ちゃんも笑ったー!」
「ごめんごめん。でもね、その可愛さは殺人的だから、桜ちゃんが思っている以上に需要あると思うよ。」
「んーーーー!」
握り拳の両手を上下に振りながら、言葉に出ない、何というか、怒っているのだろうけど可愛らしい。
そうこうしていると、可憐ちゃんと後藤先生がやってきた。
「明けましておめでとー。」
「うむ。おめでとう。」
後藤先生は、こういうの慣れていないのか、ちょっとぎこちない。
でも先生という立場は決して忘れていない。他の人の邪魔にならないよう注意したりしている。着物の子には、動きづらいだろうからという配慮もしている辺りが、なかなか憎いね~。
「おめでとー!」
可憐ちゃんは、上がり症じゃない時は凄く元気で明るいよ。
それに服装も女の子してる。私とは正反対だね。
大会終わったら、彼女みたいに髪を伸ばしてみるかなぁ。
前髪をいじりながら、そんな事を思った。
そして直ぐに後輩達がやってきた。
福ちゃんとミーナちゃんだ。あぁ、これもきっと香里奈ちゃんもいるな。
案の定、3人いたよ。香里奈ちゃんも、背は低いからね。
「明けましておめでとー。」
「おめでとうございます。先輩方。今年も宜しくお願い致します。」
福ちゃんは、本当に真面目。私なら息が詰まっちゃいそうだけれど、彼女は素であんな感じだし、根っからの真面目さんなんだねぇ。
「おめでとうございますっ。」
ミーナちゃんはすらっとしていて、本当に美人さん。バレーボール部は、逃した魚が大きいねぇ。私の陸上部は…、まぁ、関係ないか。
「明けましておめでとうございますであります。」
相変わらず、香里奈ちゃんの「あります」口調は面白いね。見た目は部長に似なくて本当に良かった。あっ、これは心の中に留めておかないと。
さてさて。これで全員集まったね。
部長が仕切って、先生が注意事項を言いながら、皆の浮かれた心をちょっと落ち着かせた。はしゃぎすぎて他人に迷惑かけたら大変だし、大会前だからね。
明日には会場へ向かうから、今日の午後はその準備になると思う。
両親には、色々と協力してもらっていて、大変なはずなんだけど、何だか嬉しそうだった。ちょっと意外。
まぁ、どこの家も同じみたいだけど。
ぞろぞろと神社へと向かう。
車道から本殿へ向かう脇道へそれる。人の波も続いていた。
筑波神社は相当古いみたいで、まぁ、改修や補修はしているだろうけど、歴史を持った風格というか威厳というか、そんな雰囲気はあるかな。
人混みに紛れながら、お参りを済ませる。
願ったのは、勿論、優勝。
だってそうでしょ。全国大会だよ?信じられる?
ここまできたら、狙うしか無いっしょ。
陸上では全国どころか県予選で苦戦していたしね。本当に夢みたい。
その過程で、百舌鳥校も倒しちゃうしかないね。
とはいえ、初戦すら勝てるのかどうか、私にはわからんけど。
でも願わずにはいられない。
そして、この世界に引っ張ってくれた桜ちゃんには、感謝を…。
他のメンバーも、思い思いに祈っていた。
それも、すごい真剣な顔で。中には結構長くお祈りしている子もいるけれど、桜ちゃんが一番短かった。と言うか、あれで祈れたの?
まぁ、後で話題になるだろうから、その時に聞いてみよ。
部長とジェニーは、サッカー以外に、桜ちゃんについて何か、いかがわしい祈りもしたよね、絶対。神様も正月早々困惑だよ。
皆でお守り買ったり、おみくじ引いてみた。
殆どの人は、吉や末吉だったりしたけど、可憐ちゃんが大吉、ウミちゃんが凶を引いちゃった。
可憐ちゃんは大喜びで、財布の中に閉まってた。どうやら幸運なくじは、持っていた方が良いらしいよ。んで、悪い方のくじは、神社の境内にてくくりつけてお祓いしてもらうんだって。全然気にせず、何でもかんでも縛ってたよ。
そんな中、ニコニコして皆の様子を見ていた桜ちゃんに気が付いた。
あれ?おみくじ引いてたっけ?
「桜ちゃんは、おみくじはどうだった?」
さり気なく聞いてみた。
「私?引かないよ?」
「あぁ、興味無い系?」
「興味無いと言われれば、そうなのかも。私ね、必死に神様にお願いしていた時期があったの。」
あぁ…、トラウマの…。
「だけどね、願いは叶えてもらえなかった。皆に会えた事は素敵な事だったけれど、今だにスランプからは脱出出来てないしね。だから私は、自分で何とかしていきたいって思ってる。」
「つよ!」
「強くなんかないよ。弱いから色んな人の助けを借りて、いっぱい頼っちゃってる。だけど、もしも神様が、お前は今年運が悪いんだぞって言ってきたら…。」
「言ってきたら?」
「神様だって、サッカーで倒しちゃう!」
「ふふふ。そういう芯のしっかりしているところが、桜ちゃんの強いところだよ。」
「ただの意地っ張りじゃないかな?」
そこへ天龍が話しかけてきた。
「そうでもないぞ。」
「そうかな?」
「俺も喧嘩で負けっぱなしで、いつもボロボロになって帰っていた時、神様はいないんじゃないかって思ってたぜ。」
そう言えば天龍も、おみくじ引いてなかったかも。
「まぁ、人それぞれだしね。私はすがれるもんなら、神様にだってすがっちゃう。」
「いいと思うぞ。その為に神様ってのは居るのだろうからな。」
「そうなるねぇ。」
ちょっと複雑な思いだった。
二人共、それこそどん底から這い上がってきたんだなぁ、って思った。
神様すら信じられないほどの酷い状態って、どんなんなんだろう…。
私はそこに落ちる前に、ここにきた。
これはある意味、凄く運が良かったのかもね。
それこそ神様に感謝しつつ、今度の大会でも勝利に貢献したいな。
そう思いつつ、おみくじにあった縁結びの項目を思い出した。
『今は目の前の難題を乗り越える時。いずれ出会える。』
初詣が終わり、今度は全員で、天龍の実家兼食堂の「天空」に来たよ。
ここで大会の説明を聞きながら、お昼ご飯を食べて解散ってことになっている。
何回かチームメイトと来たことがあるけれど、今日は親も一緒で、大会での日程や、宿泊関係の説明が後藤先生から聞いた。
ざっくりまとめると、全国大会の会場は東京で、5会場にて9グラウンドを利用して、全32チームによるトーナメントが開催される。
明日の1月2日午後に開会式があって、さっそく3日に1回戦が始まる。
4日に2回戦、6日に準々決勝で、ここまでの試合は40分ハーフ、つまり前後半合わせて80分にて試合する。
準決勝は7日に行われ、この試合以降45分ハーフとなり、10日に決勝となる。
決勝までいければ、1週間もの長丁場になるねぇ。
東京という場所で考えると、電車で2時間ぐらいで大概のところには行けちゃう距離だから、うちらにとってはラッキーかもね。
いざとなれば家に帰れるって安心感はあるよ。
宿泊するホテルは、例のごとく高山ホテルグループのとし子会長さんが段取りしてくれていた。どの会場からも電車1本で移動出来る、都内でも一等地のホテルだよ…。
ちなみに親の分の部屋もあるみたい。
だから着替えが1週間分あれば、家に帰ったり、親が何回も往復することなく試合に集中出来ることになる。
全員の親が有給やら使って正月休みを延長してあるみたい。
そう言えば母さんが言ってたっけ。
桜ちゃんの父さんが、正月は予定をいれないでと言っていたけど、本当にそうなるとは思わなかったって。
それはさておき、当事者の私が言うのもなんだけど、決勝までいける自信があるのかと問われれば、複雑な心境なんだけれどね。
親も親で、最初否定的だったくせに、今ではノリノリで大騒ぎだよ。
ちなみに全校生徒が応援に来てくれることにもなっている。
学校側だって、どうせすぐ負けるだろうみたいな雰囲気がプンプンしていたし、関東大会決勝まで応援なんてきてくれなかったのに、今では「祝!女子サッカー部 全国大会出場」なんて横断幕を校舎に掲げて、こっちも大騒ぎになっているよ。
そうそう、12月には抽選会にも行ったよ。
1回戦は、中国地区1位の広島元安高校だった。
前評判はパッとしないけれど、過去にも全国に出たこともあるしで、うちらよりは有名かな。つか、桜ヶ丘より無名な高校はないけれど。
だけどちょっとカチンときたんだよね。
廊下で対戦相手の選手とすれ違った時に、超余裕とか言ってたから。
こちらの思う壺だけれど、徹底的にやるからね。
説明も終わり部長が立ち上がった。
「皆も知っての通り、私達が目指す最終目標は優勝である。これが身の丈に合った目標でないことは、私達自身が身に沁みて分かっている。だけど何としてでも今の状態で決勝に進み、桜ヶ丘を全国へと導いてくれた桜を百舌鳥校の前に連れて行く!何としてでもだ!」
凄い気合入ってる。
そう、百舌鳥校とは一番遠い位置でのトーナメントとなったの。つまり決勝まで当たらない。
「そしてそこで、百舌鳥校の奴らに、本当の桜ヶ丘を見せつけてやろう!つぐは大の田中師匠が言っていた。私達は、奇跡の桜を咲かせようとしていると!」
部長は皆の顔をゆっくり見渡した。全員真剣な表情だよ。
「思いっきり咲かせよう。満開の奇跡の桜を…。舞い上がれぇぇぇぇぇ!桜ヶ丘!!!」
「ファイッ!オオオオォォォォォォォォォォ!!!」
小さな食堂、「天空」が揺れるほどの叫び声は、澄んだつくばの空にまで響いた気がした。
そして全国大会を舞台に、大きな挑戦が始まった。




