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フィールドに舞う桜と共に  作者: しーた
『奇跡の桜』編
60/90

第60話『山崎の見た真実』

私は桜丘学園の校門を通り抜ける。

季節は冬を迎えようとしていた。木々は丸裸で、見ているこっちも寒く感じる。

今日はリーグ戦もなければ、練習も仕事も無い完全オフの休養日。

事前に訪問の申し出はさせてもらった。

しかし奇妙な条件が付いた。

「見聞きしたことを他言しないこと。」

これが部活の顧問の後藤さんから言われた唯一の絶対条件だ。

他言するなだと?

詳しく訪ねたが、何も教えてくれなかった。

唯一わかったのは、大会スポンサーであるテレビ局で使う紹介映像の撮影を除き、他の雑誌、新聞、テレビと全てシャットアウトしているということだ。


そこそこの取材の申し込みは、あったんじゃないかな。

創部1年目で初出場で関東大会優勝。これだけの条件が揃えば、全国大会での話題作りにはなる。

だけど、全部シャットアウトだと?

何を考えているんだ…。応援が多いほど、選手だって嬉しいだろうに。

まぁ、いい。もう直ぐ答えは出る。


職員室へ向かう。

玄関で名前と訪問理由を事務方の人に伝えると、直ぐに強面こわもての背の高い逆三角形で屈強そうな教師が現れた。

「私が、女子サッカー部顧問の後藤です。」

マジか…。結構好み。

直ぐに左手に注目した。指輪無し…っと。

ちょっと別の楽しみも増えたと内心思った。

「つくばFCの山崎と申します。」

「はい。存じております。部員に連れられて、一度試合を観戦させていただきました。」

「すみません…。不甲斐ない試合ばかりでして…。」

「いえいえ。色々と事情もありましょう。素人ながら、選手だけではどうにもならないこともあろうかと察しております。」

あら。結構思慮深いタイプなのね。見た目肉体派なのに、実は知性派もイケるなんて完璧じゃない。

「ありがとうございます。」

「では、部活の方に行きましょうか。」

「はい。今日は宜しくお願い致します。」

「こちらこそ。」


後藤先生に連れられて、玄関に入り校舎を通り抜け裏側へ移動する。

ん?

校舎裏側の予想以上に高いフェンスは、全てシートが掛けられている。確かこっちは雑木林だったはず…。その奥は住宅街だったかな?何かクレームでもあったのだろうか?ちょっと気になる。

「あ、あの…。」

「あぁ、フェンスですね。どうも雑誌記者が勝手に雑木林に入って盗撮しようとしていたようなので、先に対策させていただきました。」

「は…、はぁ…。」

どういうこと?

「あの…。こう言っちゃぁ失礼ですが、何をそんなに隠しているのです?」

「他言しないという約束、覚えていますか?」

後藤さんは歩を止めて、真剣な眼差しで訪ねてきた。ヤバイ。超イケメン。

「はい。覚えていますし、そのつもりです。」

「つもりでは困ります。確約してください。その条件のまま、どうか子供達に勇気を与えてやってください。」

「勇気…、ですか?」

「はい。あの子達は、常に悩んで苦しんで、やっと…、やっとの思いでここまできました。後少しなのです。後5戦以内に、全ての片が付きます。」

5戦…。全国大会は全32校によるトーナメント。3位決定戦も行わない、負けたら終わりの一発勝負。5戦ということは決勝のことを差す。だから5戦勝てば優勝ということになるのだけれど…。

あれ?

「5戦以内?」

以内ってどういうこと?優勝なら5戦と言い切ればいいじゃない。

後藤先生はゆっくりと頷いた。


そして語ってくれた。

岬さんが百舌鳥校出身なのは知っていたけれど、大きなトラウマを抱えつくばに引っ越してきたこと。その原因は一番信頼していた蒼井選手による裏切りだった。

そんな百舌鳥校のサッカーが間違っていると奮起し、彼女らは独自に絆サッカーと呼ばれる連携プレーを身に付けた。

それを武器に打倒百舌鳥校を掲げ、練習試合では短所を徹底的に埋めて136連敗。

長所は練習と、つぐは大との合同練習で磨き上げてきた。

「ちょっと待ってください。」

まさか…。関東大会も得意プレーを封印してきたって言うの?

「そうです。彼女らは、百舌鳥校戦まで得意プレーは封印すると決めたのです。」

「途中で負ける可能性だってあるでしょう?」

後藤さんはニッコリ優しく微笑んだ。

「それが彼女達が決めた道なのです。私は応援することしか出来なかった…。」

「だから、勇気を与えてやってください、なのですか…。」

小さく頷く後藤さん。


そうか…。だから歯がゆさ、不自然さが出ているんだ…。そうか…。

だけど本当にそんなことって…。出会って集まって半年で、たった半年でそこまで乗り越えてきたっていうの?

有り得ない…。

直感的にそう思った。だから自分の目で確かめよう。そう思った。

「事情はわかりました。正直、驚いています…。」

私は急に怖くなった。

「どうしてこんな大切な事を私に知らせたのですか?」

「桜が…、部員の岬が、山崎さんのプレーは嘘を付かないから、だから信用出来ると言いまして…。」

胸に何か刺さった感じがした。

私は岬さんを知っている。いつもつくばのホームグラウンド、メインスタンドの最前列で、柵に捕まりながら大声で声援をくれている小さな子だ。

最初中学生かと思ったら、関東大会で見て驚いたばかりだ。高校生だったんだ。

調べてみてもっと驚いた。彼女の実績にね。


私は強く決心した。

「わかりました。決して他言致しません。そして、彼女達の何か力になれるなら、喜んでご協力させていただきます。」

「ありがとうございます。」

後藤先生は深く深くお辞儀をした。こちらも返す。

この人は見かけによらず、本当に生徒達の事を思っているんだなと感じた。そうじゃなきゃ、あんな微笑みも出ないよ。

マジ、イケメン。


二人はサッカーグラウンドへと向かう。

手前のコートでは女子が、奥のコートでは男子がサッカーをしていた。

女子サッカー部用グラウンドの近くには、中規模のプレハブ小屋もある。部室かな?

私は直ぐに、勝手に持参したスパイクに履き替える。

すると、頃合いを見てボールが飛んできた。

「山崎さーーーーーん!!!」

いつもスタンドから聞こえる、幼く元気な声が響いた。

小さな体で目一杯手を振っている。私は挨拶代わりにと、ゴール前へロングボールを入れた。

攻撃陣、守備陣が直ぐに反応し激しくポジション争いをすると、天谷さんが目の覚めるようなダイレクトシュートを決める。

あれ?

いつも不格好にトラップしているのに…。

私は軽く走りながら近づき、ラインの手前でお辞儀をし、そしてグラウンドに入った。

直ぐに岬さんが駆け寄ってきて、そのまま抱きつかれた。

「本物だー!」

まるで小学生がスター選手に会ったかのような反応だよ…。ちょっと照れる。こんな待遇慣れていないよ。

他の選手達も集まってきた。

「部長の戸塚です。今日はアドバイスをいただけると聞いて、期待しています。あ、あの、それと…。」

「大丈夫よ。後藤先生からしっかり聞いています。皆さんが何を目指し、何をしようとしているか把握しています。もちろん他言はしません。なので今日は、僭越ながらお力になれればと思っています。頑張りましょう!」

「はい!」

部員達の元気な声と笑顔が眩しい。

私達が、とっくの昔にどこかへ忘れてきたものだ。


「まだ私は皆さんの実力を把握していませんので、最初はハーフで実践練習していきましょう。そこで何かあればアドバイスしたいと思います。」

「宜しくお願い致します!」

彼女達は直ぐに散っていった。私は中央後方からプレーを見守る。

チラッチラッと私を見る岬さんが可愛い。

プレーが始まって、私は鳥肌がたった。

これだ…、これが不自然さの原因だ…。彼女達の生き生きとしたプレー。それを今、目の当たりにしている。

これなら分かる、これなら理解出来る

彼女達の本当の姿。


それは一瞬ながら、強い光を放っている。希望という光を…。

そうか…。このプレーを関東大会で見せてしまったら…。百舌鳥校辺りの強豪校は偵察によって徹底的に調査し、対策を練ってくるだろう。

奇跡的に集まった彼女達だが、その出会いは遅すぎた。

もしも全員1年生だったら…。3年生の頃には今の百舌鳥校のポジションを、彼女達が掴んでいたかもしれない。公式戦無敗記録なんて、化物じみた成績も残したかもしれない。

あぁ、サッカーの神様は残酷だ。

命を削るかのように必死にボールを追う彼女達を見て、今の自分の不甲斐なさを恥じた。

私が来るべきところじゃないとも思った。


ダメダメ。

どうも最近負けが込んで、ネガティブに考えてしまう。

ここは頼られたんだから、それにしっかり応えないと。それこそ彼女達に失礼だ。

私にも出来ることがあるはず。

ボールに近いところでプレーを観察する。

「はい、ちょっと待って。」

練習を止めると、直ぐにアドバイスした。

「神崎さんは守備に苦手意識があるようね。」

「はい…。どうにも上手くいかなくて。」

「そういう時は、しつこく纏わりつくのが効果的よ。抜かれてもあなたの俊足なら追いつく。すると敵は嫌がってパスを狙ってくる。そこをパスカットする。」

「はい!やってみます。」

「ドリブルは凄く良いよ。後はアレンジが必要ね。」

「アレンジ?」

「そう。フェイント技術ばかりに頼ってはダメよ。例えば緩急を付けるだけでもいいし、逆にトップスピードを維持する抜き方とかね。見てて。ウミさん、守備お願いね。岬さん、適当にパス頂戴。」

私は一旦後ろに下がり、勢い良く走り込む。そこに絶妙なパスが岬さんから届くと、目の前のウミさんがボールを奪いにくる。ツータッチ目で股下を狙ってかなり大きく蹴り出すと、走ってきた勢いのまま走り続けてウミさんを置いてけぼりにする。

「すげー。」

神崎さんが感心していたのが遠くで分かった。私はそのまま中にクロスボールを入れる。福田さんに合わせてみた。

彼女は不格好ながらヘディングをするものの、ゴールとはならなかった。まぁ、市原さんからゴールを奪うにはよほどじゃないとね。

ゴール前に駆け寄る。

「福田さんは身長もあるから、それを利用しない手はないよ。今からでも間に合うから、ヘディングシュートの練習をしましょう。」

「はい!やってみます!」

「それと天谷さん。」

「あ?あぁ、俺か。」

誰のことが分からないような素振りをした。

「先輩は、天龍ってあだ名があります。」

福田さんが教えてくれた。

「じゃぁ、天龍さん。あなたはボールをもらわない時の動きのバリエーションを増やしましょう。」

「例えば?」

「そうね。これからあなたには、多くのマークが付きます。極端な話し、あなたが動けば敵も付いてくる。だったら、思い切ってゴールから離れるのも手段の一つよ。」

「あぁ、そうすればフクがフリーになるな。」

「そういうこと。それにポジションチェンジも有効よ。伊藤選手と場所を変える。敵は混乱するし、そうすることによるバリエーションも増えるよね。」

「俺がパスか…。」

「何を不安がっているの?天龍さんのシュートはキーパーの嫌がるところに豪快かつ繊細に蹴り込んでいる。だから、そのつもりでパスも蹴ればOKよ。」

「そんなもんかぁ?」

「そんなもんよ。」

キョトンとした天龍さん。だけど直ぐに真顔になっていく。

あぁ、眩しすぎるよ、皆…。


こんな感じで桜ヶ丘に小さな変化を与えていく。

彼女達はそれらを試し、検証し、改良していく。

なるほど…。砂が水を吸い込むように、どんどん吸収してこうとしている。

これが桜ヶ丘が強い秘密だ。こんな単純だけど、成長には必要な重要な要素がキッチリ揃っている。

誰一人として不満がったり、面倒くさがったり、今まで通りでいいじゃんと後ろ向きに考えたりしない。

そこには必ず岬さんの姿があり、彼女がそのように部員を育ててきたのが理解出来た。

あんた、凄すぎでしょ。

そうして練習がすすみ、私は最後の仕上げにと、岬さんが抱えるというトラウマ攻略に取り組もうと考えていた。

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