第57話『いおりんのキラーパス』
前半から忙しいよ。
関東大会2回戦。千葉県代表、花見川高校との試合中。現在前半25分。
今日も右サイドからキラーパスを狙う。
いやー、マジで忙しい。
守備に攻撃に、右サイドを上がったり下がったり。
リクのオーバーラップによるフォローは、百舌鳥校戦までお預けかぁ~…。
こりゃぁ、この先も大変だね。
今日の布陣は、桜のポジションであるトップ下MFにジェニーが、ジェニーのポジションであるDMFに香里奈ちゃんが入っている。
このパターンは、一昨日の紅月学院でも試したしね。だいたいの感じは掴んでいるつもり。
桜ちゃんだと、ふわふわと攻めておいて、スパッと一刀両断するイメージだけど、ジェニーはドッカンバッタンと大剣を振り回す感じ。
余計にわかりづらいか…。
兎に角忙しいよ。
まぁ今回に限らず、私の役目は毎回こんなもんだけどね。
それもこれも、縛りプレーのせい。まぁ、私はそんなに制限ないけどね。
でも、かなり体力はつけたつもり。つぐは大で気を失うという失態を見せちゃったからね。それに、体力がつけば動きに余裕が出来るし、集中力も維持しやすい。
自主練でもひたすら走ったし筋トレも沢山した。
それが今、ようやく実感出来るレベルになってきたとは思うかな。
まるでそれを知っているかのように、桜ちゃんは私と藍を走らせるよ。
本当に桜は鬼!可愛い顔した鬼娘だよ!
でもね、そうしなければいけない理由は分かっている。
色々と制限がついている私達では、勝てないってことでしょ!
だからジェニーも同じように走らせようとする。わかってる、わかっているよ。
走ればいいんでしょ!
「いおりん!」
ほらっ、また前方にボールが出された。
私は目一杯走り、何とか先にボールにタッチする。囲まれかけたけど…。
!!
たまにはドリブルしてやろうじゃないの。勢いもあったお陰で、強引ながら抜くことが出来た。藍が恨めしがるかもね。
直ぐに次のDFが襲って来る。
あっ…。
もう何度目か分からなくなるほどの体験。
ゲーム画面のように全体が把握出来るイメージ。だけど、今回は迷っちゃった。
天龍もフクも良いポジションなんだもん。
香里奈がパスをどこへ出そうか迷ったって言っていたけれど、あぁー、それ分かるわー。
でもどこか不自然…。あっ、そういう事か…。ならば…。
私は決断すると、即ロングボールを上げた。
微妙に低く鋭い弾道でボールが飛んでいく。
不自然と感じた敵DFが、ボールが出された瞬間に、無条件で天龍に張り付いた。
そう、わざと天龍のマークを薄くしておいて、ボールが来たら一気に囲んで奪う作戦だったんだね。
でも…。
ボールは天龍を超えて、遠い方のファーサイドのフクへ。
あの子ったら、かなり必死に飛びついている。
そしてそのまま、ダイレクトでヘディングシュート!
ピッピッーーーーーーー
ボールは見事にゴールへ吸い込まれた。
「やった…、やったーーーーーーー!!!」
珍しく大声を出したフク。決定力不足と言われ、結構悩んでいたもんね。
天龍へ沢山のマークが付くのは、そのせいだし。
敵もまさか、あの難しいボールを走り込んでダイレクトで決められるとは思ってなかったみたいね。やられたって顔をしている。
皆がフクに駆け寄る。私も駆け付けた。
「ナイッシュー!フク!」
「ナイスボール、凄いパスでした!いおりん先輩!ドンピシャです!」
「ふふふ、ありがと。」
ちょっと…、いいえ、凄く嬉しい。まだ時々しか出せないけれど、このキラーパスは絶対に完璧に仕上げないといけないよね。
それに何より、最高に気持ち良い!
「ナイスパース!ナイスシュートー!」
ベンチから桜が両手を上げて叫んでいる。もう、本当に嬉しそうに。
あいつったら…。私は人差し指を立てて、その声援に答えた。
「俺のマークがやたら厳しい。それでもボールが来たら何とかしてフクにラストパスを出してやる。だから、どんどん決めていけ!」
「はい!天龍先輩!」
取り敢えず1点リード。守備も良い感じだし、もしかするともしかするかな?
「油断しちゃ駄目だぞ!」
藍が一言気合を入れる。そうだよね。それが一番怖いよね。
気持ちを入れ替えて、うん、私も一生懸命走るよ。
試合は一進一退となった。
敵の猛攻が続く。私も前線で潰すべく守備に奔走するけれど、短いパスを上手く利用されていた。
だけど、敵も攻めづらそう。
そんな最中、ジェニーがボールを奪うと、今度は藍の方にボールがいった。彼女は香里奈やフクと連携を取りながら切り崩していく。
残念ながらフクのドリブルが潰され、ボールが奪われてしまった。
でも、敵はフクにもマークをしっかりと付け始めた気がする。そうなれば天龍のマークが甘くなるし、ここは攻撃陣の踏ん張りどころだよね。
夢中になっているうちに、前半の終了を知らせる長い笛が鳴った。
「凄い!凄い!」
ベンチでは、桜が満面の笑顔で迎えてくれた。紅月学院戦とは違って、何だかホッとする。
もうすっかり元気だし、マスクもしていない桜を見ると、ちょっとだけでも試合に出させてあげたい気もする。
彼女は早速、いつものボロボロで、マジックのカスが沢山ついたのホワイトボードを取り出した。
「じゃぁ、おさらい始めるね。」
彼女はまるで、グラウンド内で見ていたかのように、詳細な説明を始めた。
1点目の部分の説明に入る。
「いおりんはニアの天龍ちゃんにマークが集まるって気が付いたから、ファーの福ちゃんにパスを出したよね。」
「うん、そう。」
「そこに気付くなんて、凄いことだよ!」
「大袈裟だよ…。」
ほんと桜は大袈裟なんだから。ちょっと調子に乗りそうだったじゃない。
私は直ぐに調子に乗って失敗するタイプだから、厳しくいきたいの。
でも悪い気はしないよね。
「それに福ちゃんのシュートも凄かった!ダイレクトで押し込んじゃうんだもん!」
「えへへ…。恐縮です。」
フクは素直に喜んでいた。
「それにね、天龍ちゃんがちゃんとマークを引き付けてくれたからね。」
「まぁな。今までフクがやっていたことだ。」
「そうだね。それに、藍ちゃんと香里奈ちゃんのフォロー体勢も良かったよ。」
「はい!ありがとうございますであります!」
「ほんと?フォローとかどうも苦手で…。」
「藍ちゃんはもっと自信持っていいんだよ。それに福ちゃんが失敗した時のために、こぼれ球に注意していたじゃない。それで良いんだよ。」
「うん、わかった。」
いや、桜…。あんたどこまで見て記憶しているのよ…。いつも思うけど、あんたの方が凄すぎだわ。
「それからね、守備の方はね…。」
桜は次々と試合展開を再現しながら、これは良かったとか、ここはこうするともっと良いよ等と、いつものようにアドバイスをする。
該当する人は、こうしたらどうかとか、色んな質問や意見も出ている。桜はそれらの可能性なんかをキッチリと説明してくれる。
「後半は、このまま攻めるのが良いと思う。」
そう桜は締めくくる。
「そうだな。チャンスはまだまだ作れそうだ。守備も紅月学院よりも安定していると実感出来るぞ。」
「そうだね。だから、固い守備で跳ね返して、攻撃陣が追加点を取る。これでいきましょう!」
「おし!まだまだ暴れたりねーしな!」
まったく…。まだまだ走れって言っているよ…。まっ、走れるけど?
「桜ちゃんってばね、もう大変だったんだから。」
可憐からの話だ。ベンチにいたのに大変だったの?
「そこはダメーとか、もっと右、そうそうそこ!とか、もうグラウンドに立ってるみたいに忙しいの。」
「桜らしいね。」
「もう、直ぐに誂うんだから。」
そんな会話の途中で、部長が真剣な表情でぐいっと桜に近づく。悪い予感しかしない。
「桜…、もう一回言ってみてくれ。出来れば、ちょっと嫌がりながら、消え入りそうな声で頼む。」
部長のバカ…。ほんと懲りない人だよ。まぁ、半分はこの場をリラックスさせる為なんだろうけどね。わかっているよ、そのぐらい。
「どうして?」
桜が純粋な瞳で部長を見つめ返す。
「部長、どうしてそんな言い方しないといけないの?」
本当に何も気付いていない桜の表情。
部長は口に手を持ってくると。何か叫びたそうな様子で、細かく震えていた。
そして徐ろに、桜ではなくジェニーに抱きついた。
「同士よ!私はこの想いをどうすれば良い!?」
「oh~同士!可哀想に!」
ジェニーはニッコリ微笑みながら、部長の耳元で囁いた。
「試合にぶつければいいネ~。」
部長はガバッと顔をあげる。
「任せとけぇ~。」
と真顔で答えた。
なんで三文芝居なのよ。バーカ。
でも、チームメイトは笑っていた。全国大会出場をかけた試合なのに、皆リラックスしている。
本来なら大声で気合入れているかもね。
隣の花見川高校みたいに。
監督からの激は、何かの不条理に向かって叫んでいるよう…。
うちら初出場どころか、創部1年目のド素人集団なんだろうね、他の人の目から見たら。
勝って当然、紅月学院は油断した、きっとそんな下馬評がつきまとうんだろうね。
何だかちょっと悔しい。
でも、口が裂けても色々封印していまーす、なんて言えないね。
あぁ、そうか、あれだ。
創部前から全国優勝だの、打倒百舌鳥校だの言って、それが半ば合言葉みたいになって、それは桜のトラウマ克服でもあり、それらが日常になるにつれて、何だか当たり前になっちゃったんだね。
繰り返し言葉にすることによって、人ってそれが当たり前に感じちゃうらしいよ?
きっと私達もそう。
だけど、やってきたことは、確実に少しずつすすんでいる。合言葉がリアリティーを増してきた感じ。全国大会に向かって、百舌鳥校戦に向かって。それはじわじわと実感している。
まだ私達に準備出来ることは一杯あるし、成長も出来るはず。
笑顔が絶えないベンチで、何だか一人考えちゃったよ。
きっと同じような人もいるんじゃないかな。
でも、まぁ、これがうちらの良さ。
気合の入れ方なんだよ。
多分…。