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フィールドに舞う桜と共に  作者: しーた
『奇跡の桜』編
54/90

第54話『部長の奮闘』

ピッピッーーーーーーー

前半終了の笛が鳴り響いた。

ベンチに仲間が集まってくるが、酷い状況だ。

攻撃陣は体力を奪われつつ、攻撃の手段を失いつつある。

守備は何とかなってはいるものの、かなり危ない突破を1度されている。

指揮を取ると言っておきながら、何も打開策が見いだせていない。

「部長…、ごめんよ。あれだけ攻めて点を取れなかったネー…。」

ジェニーがうなだれる。

「いや、正直どうして良いか、検討もついていない…。ジリ貧なのはわかっている。だが…。」

「クソッ!」

天龍が荒れる。そりゃ、あれだけ徹底マークされては何も出来ない。酷い時には3人がかりだ。裏へパスを送ろうとしても、そもそもまともにパスを出させてくれないばかりか、ポジショニングもさせてもらえない。そういった事にも相手は対処出来るよう動いている。

どうすりゃぁいいんだよ…。

こういう時になって、初めて桜の偉大さが分かる。

あいつなら敵の弱点を探り、そして正確に突いていくのだろう…。


「はいはい注目ーーー!」

そんな最悪の状況を無視するかのように、可憐がホワイトボードを持ち出してきた。

「今日は私がやる。」

そう短く言うと、ゲームのおさらいを簡単に行う。

「まず相手の守備。徹底的にゾーンディフェンスなのに加え、天龍にだけはマンツーマンね。ボールが来そうな場面になると更にマークが増えてる。これを振り切るのはかなり大変よ。」

「じゃぁ、どうすれば良いんだよ。」

「天龍には、もっとマークを引き付けるよう、もっと派手に動いてもらわないとね。」

「なんじゃそりゃ?」

私はピンッときた。

「そうか、それで他の手薄になった攻撃陣がシュートを狙う、と?」

「そういうこと。現状それしかないよ。というか、他の攻撃陣にシュート打たれても構わないぐらいの勢いだよ。わかってる?」

これはフクやいおりん、藍の決定力不足を暗示している。


「わかりました。これは僕の課題でもあります。どんどん狙っていきます。それで逆に僕のマークが増えれば天龍先輩が楽になりますから。」

フクは可愛いボーイッシュな風貌をしていながら、案外負けん気が強い。

「攻撃陣はその辺に注意して、後半戦に挑むように。それと守備。」

「おっ、おう。」

可憐の奴、いつになく気合が入ってやがる。

「神田さんはオフサイドトラップを警戒して、ドリブル突破を仕掛けている。これならオフサイドトラップ出来ないからね。」

「そうらしいな。どうもやりづらいと感じて、考えてみたらそういう結果だった。」

「だけど彼女、元々そんなにドリブルが上手いって訳じゃないはずなんだよね。」

「どういうことだ?」

「私が偵察に言った時も、やっている事はパサーだったもん。だから今回、まぁ、練習はしていたかもしれないけれど、わざと苦手なドリブルでの攻撃をしかけていると思う。だって弱点あるし。」

「なんだと!?」


「彼女、ここぞって時は、ボールをまたいでからのフェイントで抜いてくる。左右どちらもパターンはあったけど、彼女が突破してきた時は全部そのフェイントだった。だから止めるチャンスはあるよ、絶対に。」

私はいつの間にか口を開けて可憐の話を聞いていた。

ゴクリと唾を飲む。今日試合に出られない悔しさが、可憐の集中力、洞察力を高めたんだと思った。ここまで鋭い指摘をしたのは初めてだからだ。

彼女も戦っている。間違いなくそう思わせる発言だった。

「後、香里奈ちゃん。あなたは全然目立ってないよ。」

「oh~、それはわざとネー。」

ジェニーは大きなジェスチャーをしながらそう答えた。

「わざと?」

「きっと紅月学院は私達を偵察している。そうね、たぶん決勝リーグのどこか1試合。だから天龍がチームの点取り屋ってのも理解しているし、頼っていることも知っているね。」

「だけど、私のマークは最初俊足を気にしていなかったよ。」

藍からの報告だ。

「わざと走らせたのかもネー。」

「えぇーーーっ!?」

「どのくらい速いかなんて、数字だけじゃわからないでしょ。」

「マジで?」

「だから得点力が無いと読んだ他の攻撃陣はノーマークね。私らの守備も、オフサイドトラップを最初から警戒していた。それに混戦になって近距離からシュート狙った方が、ミーナから点を取りやすいと思ったようね。」

「そこまで…。」

さすが強豪校だ。どうりでやりづらい訳だ。


「だけど、落ち込むことはないネ~。こちらにも優秀なスパイがいるネー。」

「ス、スパイ?」

可憐が自分のことだと思ってあたふたする。

「スパイは嫌だなぁ。」

「じゃぁ、女忍者ネー。」

そう言ってウィンクする。

「女忍者のことを『クノイチ』って言います。」

フクがフォローすると、ジェニーはOKOKとか言いながら納得していた。

「そのクノイチからの報告で、紅月学院だって、決して完璧ではないことが分かったネー。だけど、状況が悪い事には変わらないよ。こういう時の勝負は一瞬で付くよ。」


「だけどよ、それと香里奈をわざと目立たないようにしていたのとは関係ないだろう?」

私は疑問に思ったことを話した。

「そうね、私からの提案だけど、後半は守備重視のダブルボランチでいきたいの。」

「守備重視は計画通りだが、ダブルボランチ?守備に偏り過ぎていないか?」

ちょっと心配になった。確かに守るには有利だが、攻撃する為には人数が少ない。それも桜がいない時にだ。

「言ったでしょ。偵察されているって。だから見られていない香里奈がこの試合のキーになるネー。一瞬の攻撃チャンスに、香里奈、あなたは攻撃に参加するの。出来る?」

ジェニーは我が妹の顔を覗き込んだ。香里奈は少し沈黙する。それは、自分がチームの勝敗を握っていると実感しているからだ。

「やりたいであります!」

そう言いながらも、香里奈は不安そうな表情をしている。そりゃそうだ。責任が重すぎる。流石に手を差し伸べたくなって何かを言おうとした。

「ありがとう。あなたなら出来る、そう思ったから託しているの。勿論、私が自分で行った方が良いと思えば私が行く。だから全部を背負い込む必要なないネー。」

「はい!」

その時の香里奈の目は真剣だった。あんな顔、見たこともない。

「これでも私は、U-17ワールドカップの準優勝チームのキャプテンよ。その私からのお願いなんだからね。」

「絶対に…、絶対に得点に結びつけてみせるであります。例えどんなに不格好でも!」

「うんうん、良い顔ネー!」

「先輩方に一杯頼るであります。だけど、自分も頑張るであります!」

「OK!そのまま私の妹になるのもOK?」

「それは駄目で有ります!」

「即答だったネ~…。」

「残念だったな!」

「まだまだ諦めないネー!」

「おい!話が逸れ過ぎだろ!」

いい加減にしろとばかりに、最後は天龍が突っ込みを入れた。

アハハハハハハハハハハッ


ベンチに笑いが起きた。

こんな重要な試合なのに?

誰もが緊張しているはずなのに?

あっ、そうか…。そうだったよな。桜もいつも笑顔だったよな。悲しい時は子供のように泣くけれど、試合ではいつも笑顔だった。本当に楽しそうにサッカーやっていた。

重要なことだよな。

何だか良い感じでリラックス出来ている。


「よし!後半今の作戦でいく。もうひと踏ん張り、チャンスが来るまで耐えるんだ!」

「オォォォォォォッ!」

そしてピッチへと駆け出していった。円陣を組んだが、この重要な場面。いっちょ天龍に強烈な気合を入れてもらおうと考えた。

「天龍!気合入ったの頼む!」

「よし!てめーらビビってんじゃねーぞ!!」

おぉ…。最初から強烈だな…。

「サッカーなんてのはな、ボールを使ったド付き合いだ!一発殴られたなら、倍にして返してやれ!いくぞ!舞い上がれ!桜ヶ丘ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ファイ!オォォォォォオォッォォォォォォ!!!」

何だか興奮する自分がいる。

言葉遣いはどうあれ、これは勝負なのだと再認識出来た。

負けたら終わり。言い訳も、言い逃れも出来ない。だから立ち向かうんだ!


ピッーーーーーーーーー!

長い笛は、後半が始まったことを意味する。

ボールは紅月学園から。ボールが一旦下げられた後、回されていくのが遠目にも分かる。

早速、天龍とフクが追いかけ回していた。今回ジェニーはかなり下がり気味にいる。

紅月学院は、こっちが守りに入ったと分かった途端、怒涛のように攻めてきた。

「リク!ドリブルに気を付けろ!」

「ウミはこぼれ球に注意!」

「ソラ、フォローを頼む!」

私は3姉妹に指示を出しながら、いつもの場所にいるジェニーに加え、妹の香里奈の動きも把握する。

右サイド、いおりんの方から攻められる。彼女はしつこくボールに食らいつく。元々守備には定評がある。相手はかなりやりづらそうだ。

堪らず中にボールが入る。直ぐに左サイト、藍の方へ。彼女も俊足を活かして突然襲いかかる。

中央の神田と連携を取りながら崩しにかかる。不意に前方にボールが溢れると、敵の右SDFが駆け抜けてきた。

「集中!集中!」

大声を出して守備に徹する。ウミがタックルしたくてウズウズしているのが、手に取るように分かる。

「しつこくいけ!」

何とかボールを上げさせまいと、身体を張って守備をこなす。

そこへ藍と一緒に敵の右MFが突っ込んできた。

「10番に気を付けろ!」

ジェニーは分かっているよとばかりに神田をマークする。私は藍のフォローへ突撃し、激しいショルダーチャージで相手からボールを奪う。

大きくクリアするが、フクがボールを拾う羽目になるほど攻撃陣がいない。


FW達は、チャンスを作ろうとはするものの、無理に走ったりせず体力回復に努めている。

前半の攻めは、かなり苦しい上に、何とか敵のディフェンスラインを突破しようと、相当無理をして走っていたからだ。

今度は私達が踏ん張る時だ。

ただ、ジェニーはどちらにも絡んでいて、体力的に心配もある。

何とか彼女も休ませてやりたいが、ワンツーマンで神田を押さえ込んでいる以上、そうもいかない。

しかし、そんなジェニーの心配を一番気にしているのは香里奈だ。

我が妹ならやれる。大丈夫だ。あいつは誰よりも責任感が強い。


神田はドリブル突破をしようと試みるが、ジェニーによって阻まれている。

抜くタイミングが読まれていることに気が付いていないのか、しつこく仕掛けてくるが、さすがU-17ワールドカップ経験者、さすがアメリカ代表キャプテン。

そこは簡単には抜かせなくなっていた。

今度は右サイドから攻められるが、私は直ぐにサインを送る。

ピィーーー

オフサイドトラップだ。小さくガッツポーズすると、三姉妹もこちらを見て頷いていた。

そう、ロングボールは絶対に入れさせない。

敵も攻めあぐねている。少しずつ強引に、そして慌て始めている。プレーが雑になってきている。

「もうひと踏ん張りだ!気を抜くな!!」

そんな私の声が響いた時には、試合時間は残り10分を切ろうとしていた。

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