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フィールドに舞う桜と共に  作者: しーた
『奇跡の桜』編
50/90

第50話『莉玖の見た桜ヶ丘の絆』

関東大会へ向かうバスの中は、まるでお通夜のようだった。

莉玖リクお姉ちゃん…。)

(流石に今回ばかりはマズイよ…。)

妹達、蒼空ソラ羽海ウミが心配している。

それもそのはず、今日の午前中は関東大会開会式が行われ、午後からは早速試合が始まる。

その第一試合は、我らが桜ヶ丘学園と、東京の古豪にして強豪で、関東大会優勝候補の紅月あかつき学院との試合になっている。


関東大会への出場高は、全部で16チーム。トーナメント形式で、上位7チームまでが全国大会への出場出来ることになっている。

つまり、初戦を勝てば、ほぼ全国への切符を手にしたことになる。

初戦を勝てばベスト8だからね。その中の7チームが全国へ行けるんだから。


だから初戦が重要になってくるのは、誰の目にも分かる。

それが関東で一番の強豪校だとしても、私達は怯んだりしない。

だけどそれ以外のことで、大問題が勃発しちゃった。

その問題を前提に、今日の試合をどうしたら良いか、会場に向かうバスの中で検討会を開いたつもりが、あまり良い案も出ず、結局お通夜のようになってしまっていた。


いつもは冗談混じりで、ムードメーカー的な部長も俯いている。

破天荒で超ポジティブの天龍も、そっぽを向いて窓の外を見ていた。

陽気なジェニーも、冷静ないおりんも、誰も彼もがどうして良いか意見すら出ない。

コレはマズイ。

それは誰もが思っている。だけど、どうしたら良いか答えがでないよ…。


「部長…。どうすんのさ。今日の試合。」

いおりんがたまらず声を上げた。

「どうするったって…。やるしかないだろ…。」

部長さんも今日ばかりは具体的な案を出せないでいる。

「おいおい、そんなんじゃ勝てないだろ。今日は封印を開放する。それっきゃねーだろ。」

天龍の意見は誰もが納得するほどの意味を持っている。

だって…、今日の試合には…。

「それでは駄目ネー。桜が半年以上かけて積み上げてきた物が、全てアッパッパーになってしまうネー。」

ジェニーの回答に、天龍が席から立ち上がった。

バスは高速道路をひたすら真っ直ぐ走っていました。


「だけどよ、負けたら終わりなんだぜ?しょうがねーだろ、桜がいないんじゃよー。俺達だけで、強豪の紅月学園とやらに勝てるのかよ?」

そう、今日は桜ちゃんが居ないのです。

「ご…、ごめんなさい…。私が余計な相談を桜ちゃんにしたか…。こんな大事な時にしたから…。」

「可憐のせいではない。自分を攻めるな。」

部長の声も届かないぐらい、可憐は大粒の涙をこぼしながら、ずっと泣きっぱなし。

「私が夜に桜ちゃん呼び出して練習に付き合わせたから…、だから桜ちゃん高熱だして…。」

そう、桜ちゃんは40度近い熱が出て、今日の試合には出られなくなった。

なかなか来ないので心配していると、桜ちゃんのパパさんが来て事情を説明してくれた。今は病院で点滴を受けているみたい。声も出ないぐらい酷いって…。

その衝撃は、桜ヶ丘学園女子サッカー部を、根本からひっくり返すほどの大事件だった。


「だからよ、今日は封印を解除して全力で勝ちに行く。全国では、そのうえで更に努力するしかねー。こればっかりはよ、想定外だろ?しかたねーだろ?」

天龍は勝ちに拘っていた。それもわかる。だって、負けたら桜ちゃんはサッカーをやめると宣言しているのだから。

「私の意見はノーだネー。ハッキリ言う。今、手の内を見せたら絶対に百舌鳥校には勝てない。断言するネー。関東大会、それも優勝校の試合は、絶対に奴らの偵察がいるはずネー…。」

「じゃぁ、どうしろって言うんだ?ここで負けろってか?」

私は決断する。このままでは桜ヶ丘は瓦解してしまう。


「ちょっと待って!」

座席の間の通路、バスの真ん中に歩み出る。

「桜ちゃんがいなくて不安なのは誰もが同じ。ここはまず冷静になろう。」

「リク…。じゃぁ、てめーはどういう考えなんだ?」

天龍が私にも噛み付いてきた。

「天龍。あなたがそれだけ苛ついているのは、普段からのプレッシャーが大きいからだと理解しているつもり。」

「はぁ?そんなもんねーよ。」

私達の会話に福ちゃんが絡んできた。

「僕は、それが分かります。あの桜先輩の絶大なる信頼を得ているのです。その期待に応えないといけない天龍先輩のプレッシャーは相当なものだと、常日頃思っていました。だからピリピリする気持ちも僕は分かります。」

「………。」

後輩からの言葉に天龍は何も言わなかった。図星だったのだろう。

桜ちゃんの要求していることは、もう高校生レベルじゃないから。それに応えて結果を出してきた天龍は凄いと思うし、正直尊敬すら出来る。


「私は、最近桜ちゃんが口にしている絆サッカーが、今こそ試されている時だと思っています。」

私の言葉に何人かの仲間は顔を上げてくれました。

「一つずつ、やるべき事を確認して、一つずつ決めていこうよ。」

妹達が立ち上がった。

「お姉ちゃんの意見に、今回だけはのってくれませんか?」

「ここにいる全員思いは同じなはずです!桜ちゃんに勝ったよって報告したいはずです!」

天龍は、サッカーを始める前の野獣のような眼光をしていた。

「その結果、封印を解くという結論に達したなら文句はないな?」

「勿論です。」

私はその眼光を受け止めた。天龍だって真剣なんだ。百舌鳥校との戦いも、諦めた訳じゃないんだ。


「その前に…。」

鋭い眼光は可憐ちゃんに向けられた。

「可憐!まずは泣くのをやめろ!うっとおしくてしかたねー!」

「ヒィィィ!!!」

余計に顔を埋めて泣いてしまった…。あの顔で怒鳴られれば誰だって泣きたくなるよ…。

「天龍、待って。今落ち着かせるから。誰もがあなたのように直ぐに割り切れる訳じゃ無いよ!」

いおりんが珍しく声を張り上げる。その意外な行動に天龍も腕組をして席に座る。

「ごめんなさい…。本当にごめんなさい…。」

「おめーのせいじゃねーって、ここにいる全員がわーってる。だから泣くんじゃねーよ。」

「ぐずっ…。」

「だいたい桜が馬鹿なんだよ!本当にサッカーが好きで、俺らが好きで…。このチームで百舌鳥校に勝ちたいって…。あの馬鹿…。クソッ!」

誰もが俯いて、桜ちゃんの事を考え出す。絶対に彼女は悔しがっているはずだって、皆分かってる。

また重たい空気が漂ってきたことを感じた。

だから思っていることを全員に伝えた。


「一番泣いているのは…、桜ちゃんだと思う…。」

私の声に全員が顔を上げた。

「だよねー…。」

藍ちゃんも納得しているようだった。

「部長じゃねーけどよ、俺はあいつを泣かす奴らをゼッテー許さねぇ…。絶対にだ!馬鹿ばっかやってた俺に、こんなすげー面白えことを教えてくれたんだ。ボロボロにされるのを覚悟でな!俺はその覚悟に答える義理がある!だから絶対にあいつを百舌鳥校の前に引っ張り出して、思う存分戦わせてやりーんだ!」

天龍…。あんたそんなことを…。


「うむ、天龍の言う通りだ。」

今まで静かに俯いていた部長が立ち上がる。

「ここまで勝ち上がってきて、ふと桜が来た時の事を思いだしたんだ。何で桜ヶ丘学園に来たのかってな。」

彼女の言葉は思いがけないものだった。自分は考えたこともなかったから。

「アイツほどの実力があれば、もっとサッカーの強い高校に行っても良かったじゃんってな。シュートが撃てなくても、直ぐにレギュラーになれただろう。」

確かに…。

「でもあいつはココにきた。本当は楽しくサッカーが出来れば、桜は満足だったのかもしれない。そのつもりだったのかもしれない。高校卒業後、桜の実績をもってすれば、大学推薦だってプロの道だってあるだろう。高校生活残り1年、のんびりサッカーを楽しめればいいってな。」

そうか…。

「だけど…、それでもあいつは私達に出会って、百舌鳥校を倒したいって言った。楽しくサッカーやるだけなら言わなくても良かったはずだ。」

もしかして…、それは…。

「そう、私達に可能性を見出したからだと思った。最初は小さな可能性だったかもしれない。だけど今はどうだ?県代表1位通過、つぐは大にも勝ったことがある。これを、どう受け止めたら良いか、私は自分なりに考えていた。」

顔に似合わず…って思ったけど、これは後で伝えよう。


「私達はさ、桜がいくら『大丈夫』って呪文のように言っていても、どこか信じられない部分もあったと思うんだ。そんな馬鹿な、たった1年で何が出来る?ってな。だけど結果はさっき言った通り。ここまでだって十分過ぎるほどの成果だと、個人的には思った。」

「部長!てめー!」

天龍が殺気立つ。部長が諦めたように見えたから。

「天龍、最後まで聞くネ。」

それをジェニーが沈める。部長は真剣な表情でジェニーに向かって小さく頷いた。

「だけどな、私は欲張りだから、この先も見てみたいと思っている。」

グッと拳を握る部長。

「そして、高校女子サッカー界の無敵艦隊とまで呼ばれる百舌鳥校に挑戦してみたいと、心の底から思っている。」

握った拳が小刻みに震えていた。

「だったら、勝つしかねーだろ。」

「うむ、天龍の言う通りだ。だけどな…。正直に言う。あの15分の百舌鳥校とつぐは大のプレーを見た時直感した。勝てる気がしないと…。だから!」

彼女は部活始まって以来の真剣な表情をしていた。


「今日の試合。桜がいても辛い状況なのは全員知っている。だけど、この状況…。私は、いや、私達に訪れたチャンスだと思っている。」

「チャンス?」

私は堪らず訪ねた。

「そうだ。私達が更にステップアップする為の、最後の試練。桜の、そして私達の夢を叶える為の、最後のチャンス。そう思ったんだ。」

「部長…。」

あの部長が、こんな事を考えていたなんて…。

「今日の試合に負けられないのはわかっている。だけど、これから先、全国に出る事になればもっと辛い試合が待ち受けている。だから…。だからどうか…。」

部長は泣いていた。

「こんな頼りない部長だが、今日は私に指揮を取らせてくれ!皆の想い、私に預けて欲しい!」

そして深く頭を下げた…。あんたって人は…。

私は真っ先に立って、思いっきり拍手した。

全員が立ち上がって拍手した。泣いている娘もいる。

「そして桜に、自信を持って言ってやりたいんだ…。百舌鳥校なんかぶっ倒してやろうってな。」

そう言って顔を上げた部長は、大粒の涙をこぼしながら爽やかな笑顔をしていた。


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